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壺猫

世相 主張

高齢者

14号  20061  


私が初めてアメリカに行ったとき
マーケットに、公園のベンチに、バスストップにいつも見かけた高齢の人たち。
私は、その数の多さに驚嘆した。
なんとお年寄りが大勢いるのでしょう!

それは1965年だったか。
当時の日本には、老人が少なかった、とくに男が。

日本人は、戦争で殺されてしまったからなのだ。大勢殺された。
戦後、戦友の魂と共に復員してきた人たちは、老顔に変貌しており、その心は余生の域にあったが、肉体年齢は三十代、四十代だった。
21世紀のいま、まわりを見回すとジジババジジババ。
溌剌としてジジは叫ぶ、がんばりましょう、百まで、百二十まで!
21世紀のババはいう、気持ちはまるで娘時代と同じなのよねえ。
若さの残滓にしがみつき、老化を拒むだけではなく、熟成した老人になれない未熟高齢者が湧きだしてくる、日々、続々と。
戦争を体験していない老人たち、死を知らず、死を拒否する老人たち。
生を尊び、生かされている感謝の心に向かおう。  





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