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壺猫

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我慢するということ

先ごろ、どこぞの城にエレベーターをつけたのは、余計だとか、つけるべきだとかいう雑談を耳にした。論議ほどのことではないらしいが、障害者団体などが、弱者に優しくしようという趣旨からエレベーターの設置を主張しているらしい。
先日鎌倉の鶴岡八幡宮に行ってきた。あの大銀杏はなくなっていたけれど、七夕前であったので飾りも華やかで、観光の人の多さには驚いた。
参拝する前に、近くにある鏑木清方記念美術館に行ったために疲れてしまい、本宮(上宮)を見上げて、これはお参りできないと悟った。階段を登りきるだけの体力はないとわかった。
大石段を見上げて、ここまで来たことを喜び、下にある若宮(下宮)でお参りして帰ってきた。
お城を昔通りに復元することを目的として工事をした、にもかかわらずエレベーターをつけようという発想は、どうにもいただけない。昔はなかったのだから、つけたら昔通りではなくなってしまう。つけるべきではない。
鶴岡八幡宮にしても、あれだけ大勢の参拝客がいても、大石段の横にエスカレーターをつけていないではないか。拝みたいが大石段を上がれない人は、下の若宮で拝むようにできている。
障害者であろうと、体力不足であろうと、できないことを我慢すべき場合があることを知らねばならぬ。鉄道の駅に設置するエレベーターは、公共の施設としてありがたいことだ。しかし公共施設が整えられたから、あれもこれも全部と希望するのは、了見が違っている。
東京町田市にある、白洲次郎・正子夫妻の住んでいた武相荘が公開されているが、ここは車椅子は入れない。障害者割引はない。小学生以下は入れない。
段差があり、やたらと高い敷居があちこちにある、こういう家で高齢の正子さんが暮らしていたのだと、入ってみると体で分かる。このような家の中を動き回ることは、苦労だったかもしれないが、体力の保持につながっていただろうと想像できる佇まいだ。
人間いろいろ欲望はあるだろうが、金がなければないなりに、体力がなければないなりに、我慢と工夫で生きてゆくのが自然なのだ。不足分を抱えていると我慢力も工夫力も発達する。するべきことをせずに甘えるな、と言いたい。
このことを強健な若者が主張しているのであれば、高齢者の暮らしの苦労も知らないで、と笑うこともできるだろう。しかし80歳を過ぎた体で喋っているのだから、自分自身を含めての覚悟である。
知人の一人が熱意のあるボランティアと自覚している人物で、ある時、身障者をハングライダーに乗せてあげることを成し遂げた。成功して喜んでいたが、このような行為は支援ではなく、ねじ曲がった、歪んだ精神の自己満足でしかない。

メダカ

メダカは、たった3年程度の寿命の小魚だ。日本の田んぼ、小川に普通に見られる小魚だが、今は稲作方法が変化したこともあるのだろう、野生のメダカが少なくなった。
最近、メダカ愛好家が増えて、いまでは550種類以上の改良品種が市場に出回っている。どれも立派なもので、私の飼っている緋メダカはエサ用として売られている。
人気品種の名前がすごい。風神・雷神・楊貴妃・小春にブラックダイヤ、信玄に謙信もいるという有様。銀龍というのを熱帯魚店で見た。
どれも交配や突然変異発見など、手を尽くして作出している。出目金みたいなもの、グッピーみたいな華麗なヒレのものなど、限りなく種類は増える。

銀色に輝くメダカを美しい陶器の鉢で飼っている店がある。昼間は店の前に出しているので、見せてもらうのが楽しい。主人と話せる時もあって、飼い方など意見交換もできる。
私のメダカがヒメダカだとわかってがっかりされたが、育て方に変わりはない。
ただ、育ちぶりには違いが見えて、鉢育ちは泳ぐ距離がないので、体の向きを変えるくらいしか動かないから体つきが柔らかい。当たり前だけれど天敵のヤゴもいないから警戒心もなく、おっとりしている。
それに比べてビオトープのメダカは矢のように走るから、上から見ただけでも筋肉のつき方が違う。実際、運動能力全開だし、加えて頭の働かせ方も、機敏で優れているように見受ける。
これは教育したのではなく、生まれつきでもなく、必要に応じて発達したのだろう。だから信玄も謙信も、ビオトープに来たら強くなれるでしょう。

入センター 続

日記で学校に通う子供たちが環境に順応してゆく有様の感想を書いたが、高齢者が新しい環境に入ることについては、考えがまとまらずにいる。
そこで、私が当地に住み始めて出会った、この土地の高齢者のことを思い返している。
縁あって400年前から住んでいる家庭とお付き合いをさせてもらってきたおかげで、その家のお婆さんの暮らしぶりに接してきた。
お婆さんは耳がよくて普通に話し合うことができたからテレビドラマの話もした。あれは見ない、と「おしん」というドラマについてハッキリ言い、だって同じだったから見るのがつらい、と。
農家を継いだ長男のお嫁さんは、やがて立派な高齢者となったが、超高齢お婆さんの仕事には手も口も出さない。
お盆さんが近づくとお盆飾りの素材を集めて庭に置くが、それ以上は手伝わない。お婆さんの働きで盆飾りが出来上がると、訪れる近所の我々に自慢する、
お婆さんのおかげでねえ。見てくださいよ、お婆さんしかできないんですから。
もう一軒の家でもお婆さんが超高齢になった。孫娘が勤めに出るようになり、勤め先の縁で布切れを持ち帰る。
これを細く裁断して、糸を通した針を針山に何本も差しておく。お婆さんは縁側に座り、腰紐を縫う。お婆さんから見ると孫娘のお母さんは息子の嫁だ。
高齢の嫁さんは、色とりどりの腰紐を並べて言う、どうか貰ってやってください。私たちは縁側に斜め座りをして雑談をし、腰紐をいただいた。
お婆さんは傍にお菓子箱を置いていて、下校する小学生たちにあげていた。これはウチの子から聞いて知ったことで、だから子どもたちはお婆さんが大好きだった。
いま、お婆さんは二人ともいない。なんだか風邪みたいだって寝たんだけど。寝込むたって2日。3日だったかな、亡くなってしまって。とのことだった。
どちらのお婆さんだったか、お二人とも同じようだったのだと思う、これはデイケアセンターとか、特養や老人ホームなどができる前のこと、昔話です。
今は、地域包括センターなどの車が走り回り、送り迎えをしている時代。
なんとかセンターの中では、きっと楽しいことだろう、和やかな笑いがあることだろう。でも、必要とされているか、どうか。
こんなことを思うのは、現実を知らない夢みるおバカさん、なのかしら。

電子書籍

電子書籍が現れてから9年、来年で10年にもなる。2社の製品を使っているが、その一つ、kindleの使い勝手が良い。
何しろ読もうと決めてから、わずかのキーボードの操作でたちまち手元に現れるのだからありがたい。
こうしてせかせかと欲しがるのは、たいてい資料のためだから、用事のある部分だけを使えば終わってしまう。
これだったら満足度100%と言って良いのだが、初めから終わりまで「読書」しようとすると、たちまち腹が立ってくる。
日本語の本の場合だが、不意に現れる傍線とコメント。目立たぬように、細い破線ではあるが傍線が引かれて、その冒頭の肩に「xx人がハイライト」と記してある。
たまにある場合もあるが、続く場合も多々ある。古本じゃあるまいし、傍線のある本なんか買った覚えはない。傍線あり、の場合は、古書でも価格が下がるのが常識だ。
いったい、どこの誰が他人のハイライトを見たがるのだ?
ハイライトというのは、マークしたい部分を指でなぞると色が変わる仕組みで、傍線を引くというより蛍光ペンで文字の上をベタ塗りにした感じである。
昨夜買った本を使おうとして開き、怒りが再燃した。腹が立ってかなわない。

テレビという代物はニュースを伝えるものではない、ニュースだったらネットの方が早いし、情報量も多い。
テレビは「みんなは、どう感じてるのかな?」を伺うためのものだ。だから、テレビを見て喜ぶ奴どもがハイライト何人、を知りたがるのではないか。
周囲の反応をうかがってのちに、自分の反応を決めようという化け物、幽霊。実態のない、無に等しいもの、それがうようよしている。
ハイライトの怒りの炎はさらに燃え上がり、だらけた幽霊、後出しじゃんけんを利口者と任ずる下劣な奴らに類焼する梅雨時の朝である。

もう一つの機種の方には不満はない。地味で大人しい器械だ。
この中に蔵書を自炊して収納している。自分で自炊した本もあるし、業者に依頼したものもあるが、もともと手放したくない蔵書だから、
内扉に蔵書印があり、書き込みも全部、そのまま入っている。ま、いいか。鎮火。

座禅

最近、座禅を復活している。まだ10日足らずであるから、始めたばかり。
今回の座禅再開は自宅での単独座禅。
以前は禅寺に通っていた。日曜日の早朝に座禅の会が開かれるお寺で初歩から指導していただき続けていたが、何かの怪我がきっかけでやめていた。
非常にしばしば怪我をするので、どの怪我が原因で辞めたのか思い出せない。
今回は単独修行。まずは、高野山のお坊さまたちがお作りになられたというお線香を500本買い求めたのである。
これで毎日一回、怠けずに座禅修行をするとして、約1年4ヶ月分の線香を手元に蓄えたことになるから前途洋々である。
1本のお線香が燃え尽きるまで約40分かかることがわかった。500本で2万分。これから2万分を無念無想で過ごそうというわけです。
座禅はじっと動かずにいるけれど大きな運動で、ある意味体操に匹敵すると思っている。
歩禅も運動になるが、正しく背骨を立てることが、私にとっては座禅から受ける大きな恵みなのでとても大切に思っている。
難関が無念無想。人間、眠っていたって無心ではない、夢を見てしまうこと屢々。
夢とは、日中の生活時に処理しきれなかった残滓を処理する脳内の作業過程が映像として見えるのだ、という説があり、これは説得力がある説だと思う。
座禅では目を閉じてはいけません、半眼を保ち、意識は清明にする。その上で無念、無想を行うのであるから、夢のように脳みそに任せるわけにはいかない。
いい加減にやることは簡単で、誰にも見えないのだから、何を考えていても済んでしまう、でもせっかくの修行だからと、
本気の無念、無想に立ち向かうと、これはもう、重労働としか言えない苦行と感じます。
ここまでが前置きです。
さて、夜明け前の庭に端座して座禅。なんとも素直に、なだらかに無念の境地、無想の世界が開けてくる「いっとき」に恵まれた。
清掃を行ったかのような、自分自身の心の部屋の中を感じ、期待もしなかった世界に驚いている次第。
喜ぶ以前の驚きで、無念とか無想とか言うから話がややこしくなるのであり、心の掃除、と言い換えるとわかりやすいし、手がとどく存在になるような気がした。
毎朝、30分ちょっとの時間、心のお掃除をする。
自分風に言い換えてみたら、2万分、行けそうな気になりました。

パンの感触

パン屋さんがたくさんある。
あんぱん、メロンパン、カレーパン。新作の人気パンも色とりどり。店の看板パンもある。
見た目も魅力いっぱいで、しかも美味しい。
好きなパンを持ち寄って、スープとサラダ、コーヒーのおしゃべりランチは手軽で気軽、すごく楽しい。

最近感じていることだけれど、この菓子パン類に限らず、食パンも、なんか、何かが変わってしまった気がしている。
口当たりが良くて、ふわっと軽く、いくつでも食べられる。お腹にズシリと来ないパン。
穀物を粉にして、こねて丸めて焼いていた時代から、完全に制御された工程を流れて末端消費者へ届けられる時代に移ったので、
その過程では消費以前に必要とされる加工と添加、つまり保存のためとか発色のためとかが数多あり、これも日々研究更新されているに違いない。
だいぶ前から末端消費食品の価格の値上がりが密かに続いてきており、最近ようやく、値上がりが顔を隠さずに現れ始めたところだ。
例えばパッケージを小型化して価格を据え置く方法などが多用されてきていたが、私の邪推だろうが、消費量を増やそうとしているような感じを受ける。
コクのない、お腹にたまった感じの少ない、見た目は大きくて派手なデザインで、実際にすごく美味しい菓子パン。
100円だったパンを134円にするだけでなく、3個買おうか、と迷うところを5個食べたい、とお腹に言わせる作り方をしているんじゃないか。
食べて美味しく、見た目も楽しい。もっと食べても大丈夫。お腹にはまだまだ入ります。
パン屋さんに並ぶ行列を眺めて、こんなことを腹に蓄えているのは、なあ〜

自分を信じない

自信がある、ない、という。これは自分の能力を信ずる、自分自身を信頼する、というような意味でしょう。
最近私は、自分自身の運動能力を信用しないことにしました。
高齢者の自動車運転能力について危ぶむ声があちこちから聞こえますが、車どころか自分の体を動かすことさえおぼつかないというのが現実じゃないでしょうか。
高齢の知人たちから、なんとしばしば「転びニュース」が届くことでしょう。転んでもただでは起きないのは若者です。タダでは済まないのです、骨折へ、安静へ、と進んでゆきます。

私は長い間犬と暮らしてきて、今は猫と暮らしていますが、犬、猫たちから学ぶことの一つが、高齢化した時の暮らし方です。
犬の場合、散歩している時に出会う相手と自分自身との力関係を、瞬時に見てとります。相手が犬であろうと、人であろうと、なんであれ動くものに対して見計らうのです。
壮年期の充実している時代には、胸を張り、正面から相手を見据えながら堂々と歩をすすめる、その様子は自信に溢れたものです。
犬の性質にもよるのでしょうが、私の相棒犬、千早は、攻撃的な気持ちは湧いていないが、比較にならないほど自分は強い、という気持ちに満ちていることが伝わってきました。
やがて高齢になり、歯を、特に犬歯を失った後の千早は態度が激変しました。
行く手から近づく大型の若犬に対してどうするか、というと、気がつかない顔をするのです。素知らぬ風で目をそらせるのを、相手も受け入れてくれて知らん顔ですれ違います。
冒険大好きで、どこにでも一緒に行っていた相棒だったのに、年を取ってからは毎日決まり切った散歩の道だけを、なぞるように歩くことを好むようになり、
しかも草の葉や石ころの一つなどに鼻を寄せて仔細に嗅ぐことが目立つようになり、慣れた場所で馴染みのにおいを確かめることが、彼女の大きな満足になりました。
年をとるって、こういうことなんだ、それを自然に受け入れて暮らしていると感じて、しみじみと心にしみたのでした。
その後、猫と出会って最期まで一緒にいましたが、この猫からも学びました。
隣の家の物置小屋の屋根から、わが家のベランダに、まるで空に浮かぶかのように身軽に飛び移ってくる。後足の跳躍力の凄さ。跳ぶ前に注意深く見計らう眼差しの真剣さ。
そして思う通りのジャンプを成功させます。
野生のものたちは命がけですから、スズメもツグミもムクドリも、猫に狙われたら必死で身を守る、それぞれの能力全開で猫から逃れようとしますが、若猫の能力はそれに勝っています。
この子、メロデイは、やがて高齢になり、1メートル足らずの台に飛び上がることができなくなりました。
推し量っている眼差しを見つめていると、彼女が自分の体力と台の高さを考えて、やめよう、と決めている気持ちが伝わってきました。
メロディは、記憶にある能力、空に浮かぶかのように跳躍できた過去を完全に棄て去り、今現在の自分の体力と相談しているのでした。
私たち人間は、なんと記憶を大切に抱え込むことでしょう。
二段飛びで駅の階段を駆け上がった記憶を抱えながら、玄関の上がり框に引っかかって転ぶ姿は、猫も呆れる馬鹿らしさではないでしょうか。
凡人の私は、仲良しだった犬の千早、友達だった猫のメロディから学んだ知恵に従い、過去の記憶に座らず、今の自分を見据えることにした次第です。

ロシアの作家、レフ・トルストイは、82歳の時に家出をして鉄道の駅舎で命を終えました。
寒いロシアの11月末です、承知の上での行動は、人間が記憶から自由になれないこと、肉体で生きることを超えて心で生きる生き物であることを伝えてくれるように思います。



元号騒動

平成から令和へ。10連休と抱き合わせの改元行事がようやく下火になった。
小雨の降る灰色の朝のニュースは、仁徳天皇陵周辺が世界遺産にどうの、こうのである。
去年の試掘めいた行いは世界遺産を目指しての下準備であったのだろうか。ともあれ、百舌と呼ぼうと何と名付けようと、ほとんど解明されていない古代の巨大な墳墓である。
もう一つのニュースは亀卜である。改元行事の一つとして新規にウミガメを殺し、甲羅を剥ぎ取り、焼き焦がして亀裂を作り(国家の)将来を占うという行事である。
報道では国家の将来を占うとは、一言も言わない。占い師が何かを占う時は、必ず目的があるのだが、報道は、これを空欄にしている。バカバカしい報道。

つまり、何から何までバカバカしくて気分は灰色の小雨模様。
子どもの頃は、昭和何年生まれです、と言っていたが、やがて西暦を使うようになった。
郵便局や役所で記入する時に、平成何年かを確かめなければならない。憂鬱で面倒なことだと思う。
続けることについては、大賛成だ。大切に守り維持してゆく大切さは、どれほど強調しても足りないくらいだ。
天皇一統が末長く存続することも、どれほど強調しても足りない。けれども象徴という冠は外してしまう方が、天皇のためにも、国民のためにもなると思う。
この曖昧なものは、天皇を苦しめ、他力依存、無力無関心、右に左に靡き伏すアメーバ的日本国民の育成に力を貸す存在でしかない。

昨日は『平成史』という本を読んだ。この手のものを書物と呼べるのか、私にはわからない。
人気者の論客が対談をし、文字起こしをして手を入れて印刷製本、販売ルートに乗せる。
やあ、面白い。そうか、君たちもそう思ったか。え〜、なんだよ、それはないんじゃない?
ツッコミを入れながら拾い読み、読み飛ばし。
このご両人は当方の息子たちと同世代なので、子らの声を聞いているような感じだ、不意に懐かしくなった。
バラバラに帰宅した兄弟っ子が喋り続ける食卓。今日はカレー、昨日もカレーの、量ばかりの夕ご飯。
そうなんだ、今は、この子たちの世代が運転席にいるんだよ。こっちはもう、後部座席で。

寄り添う、という言葉

最近は、二言目には「寄り添う」というし、書きもする。
この表現は、体を相手に寄せて傍にいるという意味もあるけれど、最近多用される使い方は、相手の気持ちを理解し、共感する、というような精神的な意味合いで使われる。
二言目には寄り添うとやられるので、うんざりしている。コレで締めれば万事よろし。といった軽い空気がある。
寄り添う人は、常にいいもんの立場である。寄り添ったらもう、文句なしにいいもんである。
寄り添われた側の心情に、お構いなしに寄りついて、寄り添った側が喜んでいるだけ、という場合はないのだろうか?
もしかして、寄り添う側の人間の方が、誰かにひっつきたがっている、そういう場合もあるかもしれないと思うことがある。

最初に「相手の気持ちに寄り添ってみよう」と思いついて実行した人は、まことの開拓者だ。
これは良いと続く人たちも心根の良い人たちで、実行する力のある人は優れた人たちだ。実行することと思うだけの間の距離は、計り知れないほど開きがある。
心込めて実行している人たちのためにも、まるでコンビニで買ってきたかのような手軽さで、形だけのために使うのはして欲しくない。

高齢者の運転が危険だ、という問題を考えている。
超高齢者の親を持つ次世代家族が、親の免許返納を希望している場合、実態は寄り添うどころか、支配的言動である。
「やめさせるには」というのである。この表現を、個人が使い、メディアも多用し、当然だと感じているらしい。
生まれて間もない赤ちゃんに対するケア態度を超える一方的心情を持って相対する。危ないからやめなさいという単純明快さで迫る。
家庭内では、カメラもない、メディアもない、ブログに出すわけでもない、むき出しの心である。飾り言葉は使わない。

認知症の人にも、一瞬差し込む意識の光があると聞く。
重症の認知症の女性が、夜勤の係と交代して部屋を出て行く彼女の手首を掴んで、行かないで、と言ったと、彼女から聞いた。彼女は私の若い友人だ。
一瞬、開いた窓からのSOSの叫び。
運転歴何十年、ほとんど毎日クルマと付き合ってきた人がクルマと別れようとするとき、行く手には「この先行き止まり」の標識だけが見えている。
道を断たれた人の気持ちに寄り添ってくれる人が欲しい。「行き止まり」を、英語では dead end という。身にしみる言い方。
まだ死んでいるわけじゃない、運転ではない何かに希望の光を探しましょうと、まだらボケ高齢者の、まだら心に寄り添ってみよう。
クルマを取り上げてしまい、出て行くドアもない。これは無慈悲な暴力行為だと思う。

一方、まだらボケの側も、働き盛りの次世代の人たちの心に寄り添ってみよう。
若いもんたちは、とにかく今日にも事故を起こしたらただでは済まないと、切迫した気持ちでいっぱいなのではないだろうか。
思いやる力は、ゆとりがない場所では発揮する余裕も出ない。
明日と言わず、今日の午後にも事故るかもしれない親を思うと、ゆとりなぞ出るはずがない。大切な親だからこそ厳しい言い方にもなるのだ。

たとえば、クルマを止めて移動が不自由なら、病院へ通うためにタクシー代を出したらどうか、巡回小売があれば良い、などの提案もある。
ところが、まだらボケの超高齢者たちは、何の用事もない時に、自由気ままに動きたいのだ。こんな気持ちは理解されないどころか、封印されてしまう。
これはクルマを使わず、足で歩き回る徘徊と呼ばれる人たちの中にもいるのではないか。徘徊したいという気持ちが、私には身にしみるほどにわかる。
なんだ、これだったらクルマ続けるよりいいなあ、と喜んで出て行く世界が見えたら、ずいぶん多くのドライバーが明るい笑顔で次のステップに進むだろう。
ここはひとつ、お互い寄り添い合うことで、新しい道を探したらどうか。
明日から平成の時代が、次世代、新世代、令和に改元だ。
日本のこの伝統味豊かな風習にあやかり、価値観の転換を考えていきたいと思う。新しい道への鍵のひとつが価値観の転換だと思う。

心と繋がっている言葉

もう一度、池袋の母娘殺人車のことを言いたい。
お弔いをした夫であり3歳の娘の父でもある人が、うなじを垂れたきりの姿で語った。
それは、家族3人が当然持っているものと思い込んでいた未来が断ち切られた、まさに絶望の心を、訥々と言葉に絞り出したものだった。
どのメディアも反芻し、再現、再放映を繰り返す。力を込めて叫んだ言葉ではない、ようやくの思いで振り絞った言葉だった。これを受けとめて心揺さぶられる人々で日本が溢れていることもわかった。
先日の、元野球選手の清原さんの言葉も同じだった、頭で考えて作った言葉ではないのだ、心と繋がっている、技巧も作為もない、ハートそのものの言葉だ。
この哀れすぎる悲劇が、運転免許を返納する決心へと繋がってくれることを願っている。
市街地に住む高齢者に強く訴えたい。免許返納こそが、悲嘆にくれる父への弔辞であり、命を落とした母娘へ捧げる一茎の花となろう。

一方、加害者である高齢の男は入院中とのことだが、意識不明ではなさそうだ。一生を一所懸命に生きてきた最後のキワに、取り返しもつかぬ殺人行為をしてしまったことを、どれほどの思いで受け止めていることか。
なぜ、沈黙するのか? なぜ、言葉を発しないのか?
まさか、何も思わない、感じてもいないということもあるまい。
事故発生直後に息子に連絡をして、できる限りの防衛対処をしてのけているという。共謀である息子も沈黙しているが、おそらく弁護士をつけて万全の備えをしているのではないか。
過失であれ人殺しである。3歳の幼女は、行く手の人生を断ち切られた、この男は、過去を失ったとも言えるのだ。
ここで不用意な発言をすることが不利益につながると計算するような未練の男であるか。
赤裸の心を、なりふり構わず吐露することが、せめてもの人生終末期の態度ではないだろうか。憎悪心を持ち、狙い殺したのではないのだから。
この男こそが、同時代、同年輩の人々に向かい、免許返納のお願いの言葉を発するべきなのではないだろうか。
たぶん無言を貫いてメディアから逃れようと図るだろうこの男と息子に災いあれ。

自動車運転免許について。全国全員の高齢者が免許を返納することは、決して現実的ではないということを付け加えて言いたい。
電車、地下鉄、モノレール。駅前タクシー、流しのタクシー、高速バス、路線バス。
こういうものに囲まれた地域で生活している人は、日常生活で自家用車を運転しなくても、不自由なく暮らせる。車椅子を使う人でも単独行動が可能なこともある。
しかし日本は市街地だけではない、モノレールも地下鉄もないし、バスだって1時間1便のところがたくさん、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県などにも、いくらでもあるのが現実。
運転を諦めて、30分ごとに来るバスを待つことは大きなストレスだし、体力も持たないから荷物が持てない。そのバス停まで、どれほどの距離を歩いてくるのか、途中で腰を下ろして一息入れる石段も決めている。
1時間1本のバスに乗るために1時間歩く。このような地域は広いけれど人口が少ないので声が小さい。
運転を止めた後の受け皿なしに、やめろやめろと強要するのは、単細胞で無慈悲な態度だと思う。

高齢者運転免許

高齢者が引き起こす自動車事故が深刻な状況だ。今回は87歳の男が3歳の女児と、その母親を即死させた。悲惨さに胸塞がれる一方、高齢者の運転免許返上が話題に上る。
自分のことを言うと、去年の誕生日で返上した。最寄りの警察の交通課で、自主返納する理由を訊かれた。なぜ、理由を尋ねるのかと係員に問うたところ、アンケートを集計してデータを分析するのだという返事だった。
免許返納を決めた理由の、当てはまるものに印をつける。家族に勧められたから。同年輩の知人が返納したのをを見習って。必要がなくなったから。ひやりとしたことがあったから。自信がなくなったからなどが並ぶ。
どれ? と係員。う〜ん、どれでもない。と私。じゃ、なんで? と係員。
2つ理由があってね、一つは、ジジババがハンドル握ってるのを見るでしょう、停止線で停まるかな? 不意に飛び出さないかな? ってね、すごーい疑いの目つきで見ちゃうんですよ、あたし。
同年輩の人たちですからわかるんです。信用できないわよ。でね、私だって疑いの目つきで見られてるわけじゃないですか。ヒトにそういう心配させつつ続けるのって、どうよ?
あのジジババと私は別よ、って言える? 言えないわよね。いや、言っちゃいけないんだわ。
いいから。もひとつは? と係員。
こっちが肝心なんです。それは、車から公共交通機関に、いつか切り替える時期がきます。市街地に住んでいるのですから。切り替え時期が、あまり遅いと変化に順応できにくいでしょ。
適応できる力がある年齢のうちに切り替える必要があると考えているからです。車、好きだけど。すごく必要だけど。
困ったな。「その他」に丸するかな?
その他か。あたしの人生っぽいなあ、その他って。 
いいね? これ、穴あけちゃうよ!
悲しかった。もう走り回れないんだ。ギザギザパンチを入れたカードを返してもらった。
でも切り替えなくちゃ。先を見つめて元気に進むためだ。

元号は天皇のもの

結論から言うと、元号の存在は結構だが、日本国民の暮らしから切り離して、天皇所有のものとしてもらいたい、ということだ。
国民に使用を強要する、法制化することも止めてほしいということだ。
今回、次の天皇のための元号が決められた。思案し決定するのは、来月から天皇になる予定の皇太子殿下本人ではないどころか関与もしていないらしい。
選ばれた選者たちが、いかに心込めたとしても名を冠する本人と関わりのない他人である。押し付けられた名を否応なしに一生用い、死んでのちまでも、この名で呼ばれることになる。
大昔の元号は、もっとのびのびしていたのではないかしら。
秩父の山中に銅の鉱脈を見つけた。これで銅銭を鋳造できるわ、めでたいわ、元号を和銅に替えましょうよ。
と喜んで「慶雲」だった元号を「和銅」に取り替えたのは、女帝、元明天皇だった。西暦708年のことだ。このころは女性天皇もいたし、元号も気軽に取り替えた。なんか自由で楽しい感じが伝わってくる。
(ほら、ご覧なさい。和銅元年と言われても、いつのことやら判かりません。西暦に変換して納得するわけでしょう?)
今は、がんじがらめだ。今の天皇一家は自分自身のことも自分たちで決めてはいけないらしい。内々のことを夫婦親子だけで決めるわけにはいかないみたいだ。
思いつきを勝手に喋ることも問題らしい。挨拶以上の内容を喋ると大騒ぎになる。おまけに関係のない他人が寄ってたかって口を挟む。
天皇家という表現を目にすることがあるが、これでは家庭とは言えない。悲惨な晒し者だ。
朕は神ではない、と昭和天皇が人間宣言したのは事実だが、今現在の有り様は、どうだろう? 人間扱いされていない。人間扱いをしないのは、どこの誰だろう? ひどすぎる。
いったい誰に天皇とその一族の人権を蹂躙する権利があるのか。今現在のような振る舞いは、法律がどうであれ、人間同士として許されてよいものかどうか。
家庭内の事情・心情まで暴露、あるいは誤暴露され続けるありさまは、気の毒で見ていられない。これでは身の置き所もないではないか。だいいち神経が保てない。
わけのわからん「象徴」という冠を外して、慕いたい人から慕われ、愛され、親しまれつつ、穏やかに安全に過ごしていただきたい。願わくは、世界有数の長く深い伝統を大切にしていただきたい。
一方、伝統は伝統、国民の実生活は現実の暮らしだ、元号を公に用いることはやめてほしい。というか廃止すべきだ。
天皇の治世ではないのだ、国民を巻き込まないでくれ。戸籍をはじめ、公的書類から解放されるべきだ。あまりにも馬鹿げている。
日本は特別だ、元号は国民に必要だと言い張るのであれば、徹底したらどうかしら。度量衡も元に戻したらいかが。一升升で米を測り、道を訊かれたら、一丁ほど先ですよ、とやったらよい。
天皇に関する様々な感情も決まりごとも、希望する者たちの中に守られて続きますようにと強く願う。

平成から令和へ

月末からパソコンが壊れていて使えなかった。新聞の購読をしていないので、ニュースはテレビで見ていた。
大きなニュースは、4月1日に新しい元号が発表されたことだった。テレビ丸ごと大騒ぎだった。
昭和から平成へ改元の節は昭和天皇の容体報道が何日も続き、ご大喪へと日が進んで後の元号発表であった故に沈んだ空気に包まれていたし、数多続く宮中の行事の中の一つでもあった。
今回は、代替わりによる改元だから明るい大騒ぎだった。小渕さんの真似をして額入り二文字を掲げてみせた発表スタイルは、この先も定着しそうな勢いだ。
興奮の坩堝と化したTV局は、どのチャンネルに切り替えても違いがわからない有様。
号外に飛びかかる群衆、日の丸の小旗を振る人々、歓迎の笑顔が溢れた。ひとり残らず同じ方向を向き、同じ感情に包まれて高揚している映像。
その有様は、あまりにも同じ過ぎて、一方通行の道路を走っているような感覚に陥った。
こんなことってありえないというか不自然じゃないかと気持ちが引けた。
日本中が一色に染められていた時代を思い出した、一億一心。忌まわしい戦争中時代を。靡き伏しけん、草も木も。右向けーっ 右!

パソコンが回復した。頼りにしている二人の息子が寄ってたかって修復してくれた次第。
文句ばかり言っているが、実は助けてもらい、支えてもらいを繰り返しつつ生きのびている。できることは「ダメになっちゃった〜」と騒ぐことだけだ。
久々にネットサーフィンしてホッとした。
高嶺おろしに草も木も 靡き伏しけん大御世を、じゃなかった、意見異論、別論、多々溢れている。
これが普通だ、賛否両論あって自然なのだ。令和? いい字じゃないですか。なんか冷たい。変換すると0話が。昭和に重なる。などなど。
笑顔を拾い集めて放映時間を埋め尽くすことは報道ではない。報道者がこれをやったら、罪悪というより犯罪じゃないですか。
日本中が一色に染められていた時代を思い出した、ラジオだけで、おまけに民間放送がない時代を。新聞は裏表の2ページ、1枚の時代。
統制下の報道を浴びていた時代を、図らずもテレビニュースだけに依存して過ごしてみて思い出した。

横書きの日本語

ウンベルト・エーコ(Umberto Eco)の小説『女王ロアーナ、神秘の炎』(La Misteriosa Fiamma Della Regina Loana)和田忠彦訳 岩波書店 2018年発行を読み始めたところだ。
『薔薇の名前』が映画化されて有名になった人で2016年に亡くなられたが、小説は、この世界的知識人の仕事の一端に過ぎない。
それはともかく、この訳本は横書きで左綴じだ。特に数字や英文字が多いわけではない。
文芸書は従来縦書きで右綴じ、つまり本を開いて右側から左手へ読み進むものというのが常識だが、この本は横書きだから左上から右下へと読む。
横書きの日本語の小説を、恐る恐る読み始めているところだが、これは良い、これで良い、という思いが湧いてきた。なんか嬉しくなってきた。
という次第で、昨日は図書館で子どもの絵本をつぶさに眺めてみた。文字の多寡にかかわらず、どの本も自由奔放で、思い思いの作り方をしている。横書きの物語なんて、たくさんある。
そういえば高校生の使う日本歴史の教科書も横書き左綴じだ。
私がキーボード操作で、横書きの画面で文章を書き始めてから何年になるだろう、何十年も経っている。十何年ではない。おかげで印刷した400字詰の原稿用紙が余ってしまい、雑記に使っても使い切れない有様だ。
横書きで奈良時代の平城京風景などを記し、これを縦書きに変換している。いったい誰のために、何のために縦書き変換をしているのだろう。縦書きの場合、年号などの数字が厄介なのだ。
書き手によっては、パソコンの画面を縦書きに設定して縦に入力している人もいる。もっとすごい人は、画面に原稿用紙のマス目を表示して、1文字、1文字、マス目に入れている。
さらに、もーっとすごい人は、今もって原稿用紙にペンで書いている。これでないと文章が違ってくるという。
こうなると味覚的感覚の世界だと思うので口を出さないが、世の中は前を向いて進んでゆく。
うちうちで好みのままに暮らすのは結構だが、せめて公文書は西暦にして、新聞も横書きにしてほしいと思う。

個人化

私は長らく同人誌と関わりながら生きてきた。断続的に同人誌の同人となり、今は個人誌を発行しているが、かれこれ60年を越えた。
最近の同人誌というと、漫画・アニメ・ゲーム系二次創作の同人誌が隆盛を極めており、ビッグサイトに行ってびっくりしたのはだいぶ前のことだ。オリジナル作品に限って発表している一次系は、少ないのか目立たない。
だいたい、同人誌というものが生まれたのは明治時代で、小説・俳句・短歌などを寄り集まって書いて作っていたものだ。今は俳句・短歌専門に発表している集まりを結社と呼んでいる。秘密結社というと迫力があるが、俳句などが結社という呼称を好む理由は知らない。
本家というべき文芸同人誌は、高齢化に加速度がついて年々減少の一途をたどっている。高齢者は肉体的ハンデに加えてパソコン使用がネックで、高額の制作費を捻出しなければならないことも減少の原因ではないかと思っている。
最近は紙の媒体をやめてインターネットからのダウンロードで伝え合う「デジ同人」が増えつつあるのだから、伝統的文芸同人誌の先細りは止まらない。私も「デジ誌」にしたいのだが、これに移行すると読者のほとんどがアクセス不能状態、存在しないも同然となるので困っている。
このような惨めな有様であるのに、文芸個人誌が増えてきていることを最近になって知って意外な感じがした。個人誌こそ希少種、絶滅種だと思っていたのだ。
そこで世の中を見回してみると、カラオケではワンカラという、一人用のカラオケが人気で増加している。先日、新宿で見つけたのだがTSUTAYA BOOK APARTMENTでは、24時間営業で個室ブースのレンタルがあった。独りで何するんだろうな、とカウンター周辺をうろついていたら、次々と利用者がやってくる、対応が間に合わなくて並んでいる、という繁盛ぶりであった。女性も多い。
お笑い芸人のヒロシさんは、一人でキャンプに行くそうだ。キャンプファイアを囲んで歌を歌って、というキャンプではないという。独りで、自分流儀の火を起こして、一人分焼く。焼いたりしないで途中のコンビニで買ってきて食べることもあるそうだ。
これに人気が集まり、ひとりキャンプのヒロシさんに、ぞろぞろとついてくるそうだ。キャンプ場に着くと散らばって、それぞれが一人キャンプを始めるという。ひとりは寂しくはない。ひとりは疲れない。
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