Site logo
Site logo
myExtraContent1
myExtraContent5

壺猫

Site logo

元号騒動

平成から令和へ。10連休と抱き合わせの改元行事がようやく下火になった。
小雨の降る灰色の朝のニュースは、仁徳天皇陵周辺が世界遺産にどうの、こうのである。
去年の試掘めいた行いは世界遺産を目指しての下準備であったのだろうか。ともあれ、百舌と呼ぼうと何と名付けようと、ほとんど解明されていない古代の巨大な墳墓である。
もう一つのニュースは亀卜である。改元行事の一つとして新規にウミガメを殺し、甲羅を剥ぎ取り、焼き焦がして亀裂を作り(国家の)将来を占うという行事である。
報道では国家の将来を占うとは、一言も言わない。占い師が何かを占う時は、必ず目的があるのだが、報道は、これを空欄にしている。バカバカしい報道。

つまり、何から何までバカバカしくて気分は灰色の小雨模様。
子どもの頃は、昭和何年生まれです、と言っていたが、やがて西暦を使うようになった。
郵便局や役所で記入する時に、平成何年かを確かめなければならない。憂鬱で面倒なことだと思う。
続けることについては、大賛成だ。大切に守り維持してゆく大切さは、どれほど強調しても足りないくらいだ。
天皇一統が末長く存続することも、どれほど強調しても足りない。けれども象徴という冠は外してしまう方が、天皇のためにも、国民のためにもなると思う。
この曖昧なものは、天皇を苦しめ、他力依存、無力無関心、右に左に靡き伏すアメーバ的日本国民の育成に力を貸す存在でしかない。

昨日は『平成史』という本を読んだ。この手のものを書物と呼べるのか、私にはわからない。
人気者の論客が対談をし、文字起こしをして手を入れて印刷製本、販売ルートに乗せる。
やあ、面白い。そうか、君たちもそう思ったか。え〜、なんだよ、それはないんじゃない?
ツッコミを入れながら拾い読み、読み飛ばし。
このご両人は当方の息子たちと同世代なので、子らの声を聞いているような感じだ、不意に懐かしくなった。
バラバラに帰宅した兄弟っ子が喋り続ける食卓。今日はカレー、昨日もカレーの、量ばかりの夕ご飯。
そうなんだ、今は、この子たちの世代が運転席にいるんだよ。こっちはもう、後部座席で。


寄り添う、という言葉

最近は、二言目には「寄り添う」というし、書きもする。
この表現は、体を相手に寄せて傍にいるという意味もあるけれど、最近多用される使い方は、相手の気持ちを理解し、共感する、というような精神的な意味合いで使われる。
二言目には寄り添うとやられるので、うんざりしている。コレで締めれば万事よろし。といった軽い空気がある。
寄り添う人は、常にいいもんの立場である。寄り添ったらもう、文句なしにいいもんである。
寄り添われた側の心情に、お構いなしに寄りついて、寄り添った側が喜んでいるだけ、という場合はないのだろうか?
もしかして、寄り添う側の人間の方が、誰かにひっつきたがっている、そういう場合もあるかもしれないと思うことがある。

最初に「相手の気持ちに寄り添ってみよう」と思いついて実行した人は、まことの開拓者だ。
これは良いと続く人たちも心根の良い人たちで、実行する力のある人は優れた人たちだ。実行することと思うだけの間の距離は、計り知れないほど開きがある。
心込めて実行している人たちのためにも、まるでコンビニで買ってきたかのような手軽さで、形だけのために使うのはして欲しくない。

高齢者の運転が危険だ、という問題を考えている。
超高齢者の親を持つ次世代家族が、親の免許返納を希望している場合、実態は寄り添うどころか、支配的言動である。
「やめさせるには」というのである。この表現を、個人が使い、メディアも多用し、当然だと感じているらしい。
生まれて間もない赤ちゃんに対するケア態度を超える一方的心情を持って相対する。危ないからやめなさいという単純明快さで迫る。
家庭内では、カメラもない、メディアもない、ブログに出すわけでもない、むき出しの心である。飾り言葉は使わない。

認知症の人にも、一瞬差し込む意識の光があると聞く。
重症の認知症の女性が、夜勤の係と交代して部屋を出て行く彼女の手首を掴んで、行かないで、と言ったと、彼女から聞いた。彼女は私の若い友人だ。
一瞬、開いた窓からのSOSの叫び。
運転歴何十年、ほとんど毎日クルマと付き合ってきた人がクルマと別れようとするとき、行く手には「この先行き止まり」の標識だけが見えている。
道を断たれた人の気持ちに寄り添ってくれる人が欲しい。「行き止まり」を、英語では dead end という。身にしみる言い方。
まだ死んでいるわけじゃない、運転ではない何かに希望の光を探しましょうと、まだらボケ高齢者の、まだら心に寄り添ってみよう。
クルマを取り上げてしまい、出て行くドアもない。これは無慈悲な暴力行為だと思う。

一方、まだらボケの側も、働き盛りの次世代の人たちの心に寄り添ってみよう。
若いもんたちは、とにかく今日にも事故を起こしたらただでは済まないと、切迫した気持ちでいっぱいなのではないだろうか。
思いやる力は、ゆとりがない場所では発揮する余裕も出ない。
明日と言わず、今日の午後にも事故るかもしれない親を思うと、ゆとりなぞ出るはずがない。大切な親だからこそ厳しい言い方にもなるのだ。

たとえば、クルマを止めて移動が不自由なら、病院へ通うためにタクシー代を出したらどうか、巡回小売があれば良い、などの提案もある。
ところが、まだらボケの超高齢者たちは、何の用事もない時に、自由気ままに動きたいのだ。こんな気持ちは理解されないどころか、封印されてしまう。
これはクルマを使わず、足で歩き回る徘徊と呼ばれる人たちの中にもいるのではないか。徘徊したいという気持ちが、私には身にしみるほどにわかる。
なんだ、これだったらクルマ続けるよりいいなあ、と喜んで出て行く世界が見えたら、ずいぶん多くのドライバーが明るい笑顔で次のステップに進むだろう。
ここはひとつ、お互い寄り添い合うことで、新しい道を探したらどうか。
明日から平成の時代が、次世代、新世代、令和に改元だ。
日本のこの伝統味豊かな風習にあやかり、価値観の転換を考えていきたいと思う。新しい道への鍵のひとつが価値観の転換だと思う。

心と繋がっている言葉

もう一度、池袋の母娘殺人車のことを言いたい。
お弔いをした夫であり3歳の娘の父でもある人が、うなじを垂れたきりの姿で語った。
それは、家族3人が当然持っているものと思い込んでいた未来が断ち切られた、まさに絶望の心を、訥々と言葉に絞り出したものだった。
どのメディアも反芻し、再現、再放映を繰り返す。力を込めて叫んだ言葉ではない、ようやくの思いで振り絞った言葉だった。これを受けとめて心揺さぶられる人々で日本が溢れていることもわかった。
先日の、元野球選手の清原さんの言葉も同じだった、頭で考えて作った言葉ではないのだ、心と繋がっている、技巧も作為もない、ハートそのものの言葉だ。
この哀れすぎる悲劇が、運転免許を返納する決心へと繋がってくれることを願っている。
市街地に住む高齢者に強く訴えたい。免許返納こそが、悲嘆にくれる父への弔辞であり、命を落とした母娘へ捧げる一茎の花となろう。

一方、加害者である高齢の男は入院中とのことだが、意識不明ではなさそうだ。一生を一所懸命に生きてきた最後のキワに、取り返しもつかぬ殺人行為をしてしまったことを、どれほどの思いで受け止めていることか。
なぜ、沈黙するのか? なぜ、言葉を発しないのか?
まさか、何も思わない、感じてもいないということもあるまい。
事故発生直後に息子に連絡をして、できる限りの防衛対処をしてのけているという。共謀である息子も沈黙しているが、おそらく弁護士をつけて万全の備えをしているのではないか。
過失であれ人殺しである。3歳の幼女は、行く手の人生を断ち切られた、この男は、過去を失ったとも言えるのだ。
ここで不用意な発言をすることが不利益につながると計算するような未練の男であるか。
赤裸の心を、なりふり構わず吐露することが、せめてもの人生終末期の態度ではないだろうか。憎悪心を持ち、狙い殺したのではないのだから。
この男こそが、同時代、同年輩の人々に向かい、免許返納のお願いの言葉を発するべきなのではないだろうか。
たぶん無言を貫いてメディアから逃れようと図るだろうこの男と息子に災いあれ。

自動車運転免許について。全国全員の高齢者が免許を返納することは、決して現実的ではないということを付け加えて言いたい。
電車、地下鉄、モノレール。駅前タクシー、流しのタクシー、高速バス、路線バス。
こういうものに囲まれた地域で生活している人は、日常生活で自家用車を運転しなくても、不自由なく暮らせる。車椅子を使う人でも単独行動が可能なこともある。
しかし日本は市街地だけではない、モノレールも地下鉄もないし、バスだって1時間1便のところがたくさん、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県などにも、いくらでもあるのが現実。
運転を諦めて、30分ごとに来るバスを待つことは大きなストレスだし、体力も持たないから荷物が持てない。そのバス停まで、どれほどの距離を歩いてくるのか、途中で腰を下ろして一息入れる石段も決めている。
1時間1本のバスに乗るために1時間歩く。このような地域は広いけれど人口が少ないので声が小さい。
運転を止めた後の受け皿なしに、やめろやめろと強要するのは、単細胞で無慈悲な態度だと思う。

高齢者運転免許

高齢者が引き起こす自動車事故が深刻な状況だ。今回は87歳の男が3歳の女児と、その母親を即死させた。悲惨さに胸塞がれる一方、高齢者の運転免許返上が話題に上る。
自分のことを言うと、去年の誕生日で返上した。最寄りの警察の交通課で、自主返納する理由を訊かれた。なぜ、理由を尋ねるのかと係員に問うたところ、アンケートを集計してデータを分析するのだという返事だった。
免許返納を決めた理由の、当てはまるものに印をつける。家族に勧められたから。同年輩の知人が返納したのをを見習って。必要がなくなったから。ひやりとしたことがあったから。自信がなくなったからなどが並ぶ。
どれ? と係員。う〜ん、どれでもない。と私。じゃ、なんで? と係員。
2つ理由があってね、一つは、ジジババがハンドル握ってるのを見るでしょう、停止線で停まるかな? 不意に飛び出さないかな? ってね、すごーい疑いの目つきで見ちゃうんですよ、あたし。
同年輩の人たちですからわかるんです。信用できないわよ。でね、私だって疑いの目つきで見られてるわけじゃないですか。ヒトにそういう心配させつつ続けるのって、どうよ?
あのジジババと私は別よ、って言える? 言えないわよね。いや、言っちゃいけないんだわ。
いいから。もひとつは? と係員。
こっちが肝心なんです。それは、車から公共交通機関に、いつか切り替える時期がきます。市街地に住んでいるのですから。切り替え時期が、あまり遅いと変化に順応できにくいでしょ。
適応できる力がある年齢のうちに切り替える必要があると考えているからです。車、好きだけど。すごく必要だけど。
困ったな。「その他」に丸するかな?
その他か。あたしの人生っぽいなあ、その他って。 
いいね? これ、穴あけちゃうよ!
悲しかった。もう走り回れないんだ。ギザギザパンチを入れたカードを返してもらった。
でも切り替えなくちゃ。先を見つめて元気に進むためだ。

元号は天皇のもの

結論から言うと、元号の存在は結構だが、日本国民の暮らしから切り離して、天皇所有のものとしてもらいたい、ということだ。
国民に使用を強要する、法制化することも止めてほしいということだ。
今回、次の天皇のための元号が決められた。思案し決定するのは、来月から天皇になる予定の皇太子殿下本人ではないどころか関与もしていないらしい。
選ばれた選者たちが、いかに心込めたとしても名を冠する本人と関わりのない他人である。押し付けられた名を否応なしに一生用い、死んでのちまでも、この名で呼ばれることになる。
大昔の元号は、もっとのびのびしていたのではないかしら。
秩父の山中に銅の鉱脈を見つけた。これで銅銭を鋳造できるわ、めでたいわ、元号を和銅に替えましょうよ。
と喜んで「慶雲」だった元号を「和銅」に取り替えたのは、女帝、元明天皇だった。西暦708年のことだ。このころは女性天皇もいたし、元号も気軽に取り替えた。なんか自由で楽しい感じが伝わってくる。
(ほら、ご覧なさい。和銅元年と言われても、いつのことやら判かりません。西暦に変換して納得するわけでしょう?)
今は、がんじがらめだ。今の天皇一家は自分自身のことも自分たちで決めてはいけないらしい。内々のことを夫婦親子だけで決めるわけにはいかないみたいだ。
思いつきを勝手に喋ることも問題らしい。挨拶以上の内容を喋ると大騒ぎになる。おまけに関係のない他人が寄ってたかって口を挟む。
天皇家という表現を目にすることがあるが、これでは家庭とは言えない。悲惨な晒し者だ。
朕は神ではない、と昭和天皇が人間宣言したのは事実だが、今現在の有り様は、どうだろう? 人間扱いされていない。人間扱いをしないのは、どこの誰だろう? ひどすぎる。
いったい誰に天皇とその一族の人権を蹂躙する権利があるのか。今現在のような振る舞いは、法律がどうであれ、人間同士として許されてよいものかどうか。
家庭内の事情・心情まで暴露、あるいは誤暴露され続けるありさまは、気の毒で見ていられない。これでは身の置き所もないではないか。だいいち神経が保てない。
わけのわからん「象徴」という冠を外して、慕いたい人から慕われ、愛され、親しまれつつ、穏やかに安全に過ごしていただきたい。願わくは、世界有数の長く深い伝統を大切にしていただきたい。
一方、伝統は伝統、国民の実生活は現実の暮らしだ、元号を公に用いることはやめてほしい。というか廃止すべきだ。
天皇の治世ではないのだ、国民を巻き込まないでくれ。戸籍をはじめ、公的書類から解放されるべきだ。あまりにも馬鹿げている。
日本は特別だ、元号は国民に必要だと言い張るのであれば、徹底したらどうかしら。度量衡も元に戻したらいかが。一升升で米を測り、道を訊かれたら、一丁ほど先ですよ、とやったらよい。
天皇に関する様々な感情も決まりごとも、希望する者たちの中に守られて続きますようにと強く願う。

平成から令和へ

月末からパソコンが壊れていて使えなかった。新聞の購読をしていないので、ニュースはテレビで見ていた。
大きなニュースは、4月1日に新しい元号が発表されたことだった。テレビ丸ごと大騒ぎだった。
昭和から平成へ改元の節は昭和天皇の容体報道が何日も続き、ご大喪へと日が進んで後の元号発表であった故に沈んだ空気に包まれていたし、数多続く宮中の行事の中の一つでもあった。
今回は、代替わりによる改元だから明るい大騒ぎだった。小渕さんの真似をして額入り二文字を掲げてみせた発表スタイルは、この先も定着しそうな勢いだ。
興奮の坩堝と化したTV局は、どのチャンネルに切り替えても違いがわからない有様。
号外に飛びかかる群衆、日の丸の小旗を振る人々、歓迎の笑顔が溢れた。ひとり残らず同じ方向を向き、同じ感情に包まれて高揚している映像。
その有様は、あまりにも同じ過ぎて、一方通行の道路を走っているような感覚に陥った。
こんなことってありえないというか不自然じゃないかと気持ちが引けた。
日本中が一色に染められていた時代を思い出した、一億一心。忌まわしい戦争中時代を。靡き伏しけん、草も木も。右向けーっ 右!

パソコンが回復した。頼りにしている二人の息子が寄ってたかって修復してくれた次第。
文句ばかり言っているが、実は助けてもらい、支えてもらいを繰り返しつつ生きのびている。できることは「ダメになっちゃった〜」と騒ぐことだけだ。
久々にネットサーフィンしてホッとした。
高嶺おろしに草も木も 靡き伏しけん大御世を、じゃなかった、意見異論、別論、多々溢れている。
これが普通だ、賛否両論あって自然なのだ。令和? いい字じゃないですか。なんか冷たい。変換すると0話が。昭和に重なる。などなど。
笑顔を拾い集めて放映時間を埋め尽くすことは報道ではない。報道者がこれをやったら、罪悪というより犯罪じゃないですか。
日本中が一色に染められていた時代を思い出した、ラジオだけで、おまけに民間放送がない時代を。新聞は裏表の2ページ、1枚の時代。
統制下の報道を浴びていた時代を、図らずもテレビニュースだけに依存して過ごしてみて思い出した。

横書きの日本語

ウンベルト・エーコ(Umberto Eco)の小説『女王ロアーナ、神秘の炎』(La Misteriosa Fiamma Della Regina Loana)和田忠彦訳 岩波書店 2018年発行を読み始めたところだ。
『薔薇の名前』が映画化されて有名になった人で2016年に亡くなられたが、小説は、この世界的知識人の仕事の一端に過ぎない。
それはともかく、この訳本は横書きで左綴じだ。特に数字や英文字が多いわけではない。
文芸書は従来縦書きで右綴じ、つまり本を開いて右側から左手へ読み進むものというのが常識だが、この本は横書きだから左上から右下へと読む。
横書きの日本語の小説を、恐る恐る読み始めているところだが、これは良い、これで良い、という思いが湧いてきた。なんか嬉しくなってきた。
という次第で、昨日は図書館で子どもの絵本をつぶさに眺めてみた。文字の多寡にかかわらず、どの本も自由奔放で、思い思いの作り方をしている。横書きの物語なんて、たくさんある。
そういえば高校生の使う日本歴史の教科書も横書き左綴じだ。
私がキーボード操作で、横書きの画面で文章を書き始めてから何年になるだろう、何十年も経っている。十何年ではない。おかげで印刷した400字詰の原稿用紙が余ってしまい、雑記に使っても使い切れない有様だ。
横書きで奈良時代の平城京風景などを記し、これを縦書きに変換している。いったい誰のために、何のために縦書き変換をしているのだろう。縦書きの場合、年号などの数字が厄介なのだ。
書き手によっては、パソコンの画面を縦書きに設定して縦に入力している人もいる。もっとすごい人は、画面に原稿用紙のマス目を表示して、1文字、1文字、マス目に入れている。
さらに、もーっとすごい人は、今もって原稿用紙にペンで書いている。これでないと文章が違ってくるという。
こうなると味覚的感覚の世界だと思うので口を出さないが、世の中は前を向いて進んでゆく。
うちうちで好みのままに暮らすのは結構だが、せめて公文書は西暦にして、新聞も横書きにしてほしいと思う。

個人化

私は長らく同人誌と関わりながら生きてきた。断続的に同人誌の同人となり、今は個人誌を発行しているが、かれこれ60年を越えた。
最近の同人誌というと、漫画・アニメ・ゲーム系二次創作の同人誌が隆盛を極めており、ビッグサイトに行ってびっくりしたのはだいぶ前のことだ。オリジナル作品に限って発表している一次系は、少ないのか目立たない。
だいたい、同人誌というものが生まれたのは明治時代で、小説・俳句・短歌などを寄り集まって書いて作っていたものだ。今は俳句・短歌専門に発表している集まりを結社と呼んでいる。秘密結社というと迫力があるが、俳句などが結社という呼称を好む理由は知らない。
本家というべき文芸同人誌は、高齢化に加速度がついて年々減少の一途をたどっている。高齢者は肉体的ハンデに加えてパソコン使用がネックで、高額の制作費を捻出しなければならないことも減少の原因ではないかと思っている。
最近は紙の媒体をやめてインターネットからのダウンロードで伝え合う「デジ同人」が増えつつあるのだから、伝統的文芸同人誌の先細りは止まらない。私も「デジ誌」にしたいのだが、これに移行すると読者のほとんどがアクセス不能状態、存在しないも同然となるので困っている。
このような惨めな有様であるのに、文芸個人誌が増えてきていることを最近になって知って意外な感じがした。個人誌こそ希少種、絶滅種だと思っていたのだ。
そこで世の中を見回してみると、カラオケではワンカラという、一人用のカラオケが人気で増加している。先日、新宿で見つけたのだがTSUTAYA BOOK APARTMENTでは、24時間営業で個室ブースのレンタルがあった。独りで何するんだろうな、とカウンター周辺をうろついていたら、次々と利用者がやってくる、対応が間に合わなくて並んでいる、という繁盛ぶりであった。女性も多い。
お笑い芸人のヒロシさんは、一人でキャンプに行くそうだ。キャンプファイアを囲んで歌を歌って、というキャンプではないという。独りで、自分流儀の火を起こして、一人分焼く。焼いたりしないで途中のコンビニで買ってきて食べることもあるそうだ。
これに人気が集まり、ひとりキャンプのヒロシさんに、ぞろぞろとついてくるそうだ。キャンプ場に着くと散らばって、それぞれが一人キャンプを始めるという。ひとりは寂しくはない。ひとりは疲れない。

校正と校閲

「夢類」第26号の発行が12月になったことから、発送などの仕事が年をまたいだ。十日になってようやく一段落した。
「夢類」は個人誌だから著者校に始まり著者校に終わる。三校の後、もう一度見て責了として印刷所へ渡す。ここでさらに校正が入り校了となる。
今回は写真の仕上がりも満足行く出来で印刷所共々喜び、もちろん校正ミスは考えられなかった。「夢類」はカラーを使わないので色校正はないので簡単だ。
印刷所から手元に届いた、パッケージを開いて表紙を見る、そして本文ページを開く、この時のワクワク感が、今までの労苦を帳消しにしてくれる。

最初に目に入った見開きページの下段。あらら、ら。校正ミスだった。あれだけチェックしたのに。完全無欠のはずだったのに。最初に開いたページに間違いがあるとは。
漢字一文字の間違い。結局、校正ミスはこの一文字だけだったのだが、ゼロにならなかった悔しさは一通りのものではない。
校正とは、生原稿を希望のフォント、希望の配置にして入力したものを、元の原稿と突き合わせて誤りを正す作業のことだ。
簡単に言うと、カラスとあるべきところがガラスとなっていたら、カラスに直さなければ意味が通じないというわけだ。

もう一つ、校閲という作業がある。これは同じく「校」の文字がついているが仕事は全く違う。内容の正誤を確認する仕事だ。出所の確認である。俗な言い方をすれば、ウラをとること。
例えば人物の名前、住所、生年月日、有名な事件が起こった年月日。地名、気象は言うに及ばず、ありとあらゆる事象を確認する。これは踏み込んだら最後、終わりはない。古今東西森羅万象に及ぶ。
校閲が優秀な出版社がある。私は読者として、この出版社を心底尊敬している。創業者が校閲を大切にした、これが伝統となっているに違いない。今度生まれ変わったら、こんな世界に身を置きたい。
私は校閲も自分自身でやるから、自分の尻を叩きながら進むようなものだ。滑稽な有様だが、この緊張が生命に張りを持たせているのかもしれない。
最近の事だが、ある人が某出版社は校閲部を持っているのか、ないのではないか、という疑問と批判の言葉を発した。
名指しされた本についてはさておき、校閲部があるのかという言葉は、出版社にとっては、お前は人間かと問われているに等しい刃だ。

アメリカのテクノロジー企業googleは日本でも情報サービスを行い、いまやなくてはならない情報源となっている。しかしここで手に入る情報は校閲を通ってきていない情報だ。誰の保証もついていない情報である。このことを承知の上で利用するには問題はない。
最後に言いたいことは、まともなメディアは校閲を通さない情報を流すべきではない、という一言だ。この一言を言いたいがために校正、校閲のゴタゴタを述べてきたのだ。
マスゴミと呼ばれる数多の雑多メデイアは、それなりにやっていたら、それなりの受け手がそれなりに楽しんでくれるだろうから文句はない。
しかしNHKは違う。NHKだけは、校閲を通さない情報を流してはいけない。反則だ、とまで言いたい。
どういうことか、というと、「関係者への取材で分かりました」という前置きのもとに言いたい放題。「有識者の意見では」という前置きで、言いたい放題。
この枕詞を聞き流して、内容だけを聞き取ってしまう視聴者は被害者だ。
有料視聴をさせられている「みなさま」は、まさに入れ食い状態で「私たちのNHK」の、故意のデタラメもありうる情報を丸呑みし、釣られている。
いまどき、朝日、毎日、読売、産経、東京、共同などなどを、まともに信じて受け入れるバカがいるか。この人物ならと選んだ個人ブログへ走っている。
私は個人誌の主だから、自身の発言に全責任を背負っている重さが身にしみる。今や存在力を持つのは組織ではない、個人だ。
責任を回避し、責任を他者になすりつけ、嘘つき冷酷のアベ政治、このアベ政治の水先案内人と化したNHKは、亥年の本年、豆腐の角に頭を打ち付けてくたばってしまえ。

白内障

年明けに白内障の手術を予定している知人が二人もいる。去年は、やはり二人いた。
揃って60歳以上の方々で、欧米のように早期に手術に踏み切る人は少ない。
夫の伯母が白内障の手術を受けたのは、やはり相当高齢になってからだったが、これは50何年も前のことだった。その時伯母はもちろん入院したのだが、術後の3週間を上を向いて寝たきり状態で過ごした。
トイレに行けない、上体を起こして食べることもできない、想像を絶する固定状態。私に言わせればミイラスタイルの3週間だった。
退院した伯母は涙を流した。随喜の涙であった。見えるようになった嬉しさのせいか、ずいぶん素直になったように感じたものだ。

他人事と感じていた白内障が我が身のこととなった時、時代は進んでいて15分足らずの手術時間、1日の入院、あとは通院で視力を回復してもらったのだ。今はどうだろうか。
通院環境にもよるが、日帰りも可能なほど負担が軽くなり、まるで常識であるかのように、この微細な高度の技術を必要とする治療が普及してきた。
一昔前に伯母が手術に踏み切った頃までは、諦めるしかなかったのだ。視覚障害者となって耐えるしかなかった。この有難さは表現できるものではない。
水晶体の中、液体に微細な粒がたくさん浮遊して、これが邪魔をして見えなくなるので、眼鏡による補正が効かない。朝日に向かったら、視界は輝くすりガラスだ。テレビに出る大写しの顔の目鼻が見えない。目と口の位置がなんとなくわかる。

近く手術をする方に、お風呂に入っている時には見えました、と手紙を出したら、なんと同じだった。お風呂に入っている時は、少し見えるそうだ。面白い現象。水蒸気の作用かしら。
近く手術を予定される方々に伝えたいことがある。それは、濁った水晶体を除去して人工的な内容に置き換わることにより得られるものは、視力の回復だけではない、ということを強く伝えたいのだ。
病院で丁寧な説明を受けた内容の受け売りだけれど、生まれたての赤ちゃんの水晶体は、それはもう澄み切っていて美しいものなのだそうだ。年月を重ねるにつれて、自分の手の甲の色と同じくらいの色に濁ってゆくのだそうだ。よく見えていても無色透明な水晶体ではないのだそうだ。
手術によって、生まれたての赤ちゃんレベルになる、だから世の中が鮮やかに、あるべき色合いに映るのだそうだ。
治ることで、テレビの目鼻が見えるだけではない、空の青とは、こういう色だったんだ、椿の葉の色は、こういう緑だったんだ。
見るものの鮮やかさ、新鮮さに感動する日々が待っています。

千年一日の如し

どの国の人々にも、歩み、背負ってきた過去があって、意識下でそれを抱えた上での、今現在の判断があるのではないか。
こんな当たり前のことを改めて言うのは、最近の健康への強い関心の中で、究極の願いとしてあげられている二つのことを思う故だ。
その一つはピンピンコロリと死にたいという願い。もう一つは孤独死は嫌だという拒否感。
いいけど、この二つは矛盾した願いではないかしら。だって道を歩いていて発作が起こり、ころりと死んだとしたら初めの願いは達せられるが、孤独死が付いてくるでしょう。
わかっているけれど、二つ並べて念仏のように唱えるのは、その昔に、日本にはぽっくり寺というものがあり、今でも繁盛しており、元気いっぱいで暮らし、ある日突然、ポックリと死ぬことを願ってきたからだ。
もう一つの方は、伏せっている周りを取り囲んでもらい、息をひきとる姿こそ最上の死に方であるという観念が染み付いているからではないか。
「あいつは畳の上で死ねない」という言い方がある通り、悪事を重ねないまでも付き合いが悪くて、皆々に看取ってもらえない奴にはなりたくないという思いが孤独死を嫌がる気持ちに含まれていないだろうか。
この二つは医学が発達する以前から日本の風土に染み付いていて、イイモンは苦しまず、見守られて死ねる、悪モンはヒトリ寂しく死んでゆく、という因果応報の刷り込みだろう。
どれほど医学が進歩しても、究極の願いとなると原点に回帰するのではないか。ま、心のけもの道か。

万人が関わる生死については、こんなものさ、と茶飲話にしているが、このところ話題の日産ルノーの事件では、ふと長屋王の事件を思い出した。
古代と言って良い聖武天皇の時代の事件だ。
突然、一つの密告から始まり、長屋王とその一族が、あっという間に壊滅した事件だ。
折しも藤原一族が台頭してきている時代で、この事件を節目に藤原四兄弟の世となってゆくのだが、長屋王一族の中で、藤原家から嫁していた女だけが助けてもらっている。
この露骨なやり方は、当時はメディアがなかったにもかかわらず、一般人にも情報が浸透して行ったものと思われる。
一等地にあった長屋王の大邸宅跡は長い間放置されて、怨霊の祟りの数々が染み渡って行った。実際、この事件の後、藤原四兄弟は疱瘡に罹病して四人とも死ぬのである。
平城、平安の京の時代に怨霊が跋扈したのは、施政者側が怨霊や呪詛を用いて政敵を抹殺し、一方の一般人もまた怨霊のせいにして世の不条理に対して声を上げた、
つまり怨霊が存在して、これを恐怖しているものとは、誰も思っていなかったのだろうと思っている。怨霊は道具だった、と思う。
密告と突然の逮捕。本来なら自社の不祥事であるから恥ずべき騒ぎだ、鎮痛な表情であるのが自然だろうが日産の社長は、晴れ晴れと笑みを湛えていた。
これが、今まで通りに日本国内の事件で終わりになるのならば、数え上げるまでもない数々の同類事件の積み重ねの一つとなるだろうが、
今回は「昔」を共有しない外国が絡んでいる。
千何百年前の怨霊の代わりに、法律を使おうが、三権分立をひっくり返そうが、それだけでは収まらないのではないか。
「昔」の持つ力は根が深い。諸外国は根なし草ではない。それぞれの国に、それぞれの異なる昔の根があるのだ。

アウン=サン=スーチーさん

アウン=サン=スーチーさん。いつも同じヘアスタイル、うなじにまとめた髪に花かざりの、細面の美しい人だ。
あの、とんでもなく長い間の幽閉生活の中でも、花の香りを失わず、明るい表情を保ち続けてきた、この政治家に、遠くから声援を送ってきた。
だが、最近のスーチーさんの表情は険しく暗い。今こそ自由に活躍できる立場であろう、ノーベル平和賞ほか数々の受賞などに励まされても来ただろう。
それが国際社会から批判されて、ノーベル賞も返してもらおう、という声まで上がってきている昨今だ。
遅ればせながら、ロヒンギャについて勉強、ほどではないが知識を増やそうと努力している。
まだ勉強途上だけれどスーチーさんは、ノーベル賞を返せ、という声に対して、賞などはどうなってもいいと反応している。
難民として世界中が把握しているロヒンギャと呼ばれる人々に対して、ミャンマーの人たちとスーチーさんは、計り知れない多くの情報と経験を持っているはすだ。
暗く、険しい表情のスーチーさんは、国際社会から非難を浴び続けているが、一方、国内では絶大な信頼と共感を得ている現在というものがある。
スーチーさんは、自分の名誉などを放り出してでも守りたい、守ろうとしている何かがあるのだ。国際社会の人びとには、これが見えてこない。

粘る力のあるスーチーさんだ、国際社会がもっと深く事実を知るまで我慢を続けるしかないだろう。
単純に助けたのでは、国民が収まらないものがあるに違いない。
このことと関係するかなあ、と首をひねって思案するのが宗教問題だ。
ミャンマーは、ほとんどの国民が仏教を信ずるが、ロヒンギャの人たちはイスラムだ。
イスラム教徒で多産のロヒンギャの人々が、婚姻により国を侵食することを懸念しているミャンマーの人々の恐怖心を、風評と片付けて無視することは危険ではないか。
恐怖心ほど、人の心を行動に走らせるものはない。また、風評ほど、人の心に食い入りやすい「知らせ」はない、と私は思う。
なぜなら人は、信じたいものを信じようとするからだ。確実な情報源を持つ情報の声は、いつも静かで低い。
おまけにタチの悪いことに、時には風評が事実だったりするのだ。戦時中の「口コミ」当時は噂話と言ったが、正しかったことが数知れないのである。
それは政府が事実を隠蔽したり曲げて伝えるからで、元はと言えば国が最大の元凶なのだ。だからこれからもフェイクをテイクする人は増える一方だ。

彼らが、どうして仏教なり、イスラムなり、宗教に浸っているのか。心の救済を求めているのではないか。
一方、日本も欧米諸国も、宗教に対して低温状態である。衣食過多の物質文明の中で心が失われているのではないか。満たされているわけじゃなくて。
宗教に何を求めているのか、なぜ、宗教がどうでも良いのか、ロヒンギャ問題の底辺には、この問題が横たわっているのではないか。

犬の力を借りる

地域内で自由に暮らしている猫たちとの付き合い方を考える中で、共に仲良く助け合い、気持ちよく暮らす方法として庭をテリトリーとして守ってもらう方法を考え、実行しています。
この考え方は、無から発生したものではなく、あるシンポジウムで行われた長い討論から学んだものです。それは、何年か前に山梨県富士吉田市にある、山梨県環境科学研究所で開かれた、農地を荒らすシカ、イノシシの被害と対策についての討論でした。関連した問題が数多く討論されましたが、私には、この部分が興味深く、役に立った部分です。
発言された方々は、研究者のほかに生まれる前から当地に生きてきた現場の方々も多く、誰もが時間をかけて話してくださったので、時の経つのを忘れて没入したことでした。
問題は農地と害獣の攻防ですが、電線を張り、通電しようが、高いフェンスで囲おうが、抜け道は作られて出入りされてしまう。研究所の方が観察したところ、鹿の跳躍力は想像以上で云々、とフェンスの高さを吟味する話題になった時、現に畑を持っている方々から、犬の話題が出ました。
昔は畑の被害は、あったが少しだった。今現在の被害は半端でない。イモ畑一面が、バックホーが入って耕したかと思われるほどにひっくり返されてしまう。一晩かかって親子連れのイノシシが芋を食べつくす。このような大きな被害が出る原因は、犬の不在にあるという主張でした。
今、飼い犬は放し飼いを禁じられています。犬も利口ですが、食べたい一心で農作物を狙ってくるシカもイノシシも、なかなかの利口者ですから、つながれている犬が追ってこないことを百も承知で侵入してきます。でも犬が吠えてくれていた時代は、気づいた飼い主が目を覚まして追い払うことができていました。ところが今は、地域全体が高齢化して中型、大型の犬が消えました。体力のある活発な犬を飼うことは、高齢者には大きな負担です。引きずられて転倒する危険もあります。気づいた時は、どこの家も小型犬ばかり、それも室内で暮らす可愛らしい犬たちばかりとなってしまいました。
犬の放し飼いを認めて貰えば、高齢者でも大型犬とともに暮らせます。食べさせて、ハウスを用意すれば良いのですから。自由な犬たちは足にモノを言わせて走り回り、ご主人のテリトリーを守る喜びを満喫するのです。これならヒトもイヌも大喜びです。地域限定で放し飼いを認めたら、ずいぶん楽になるだろう、とは私の夢ですが。
現実には、高齢化と並んで幼児から中年までの人々が自然から隔絶された感覚になりきっています、歩道に1匹のカマキリがいただけで跳びのき、振り返り眺める有様。こんな感覚の若いもんが、自由に放されて走り回る犬たちを見たら110番するんじゃないでしょうか。

庭は、誰のテリトリーか

戸建ての家の庭は、誰のテリトリーか。もちろん、住んでいる人のものと思っているでしょう。
が、それはヒト社会の話で、犬や猫たちにとっては別の世界、ヒトには関係のないテリトリーを作って暮らしています。
千早が生きていた頃は、南のガラス戸に出入り用のフラップを付けてあり、室内と庭を自由に移動して暮らしていました。だから千早にとっては、室内と庭が彼女の守る領域でした。強烈なテリトリー意識がありました。
千早が亡くなった時フラップは閉じられ、庭は自由空間になりました。犬がいる家の庭には猫は絶対に入れません。猫の侵入を許す犬がいるとしたら、よほど猫好きの犬か、猫と共に暮らす犬かであり、さもなければとんでもないバカ犬です。
千早のいない庭には、多くの猫たちが集まり、タヌキもやってきました。みんな仲良く穏やかで、それはそれで楽しいのですが、猫の繁殖力は相当なものですから放任はできません。
結局、避妊したメロディのテリトリーと決めました。つまり、彼女の分だけの食料を与えて、庭を守ってもらうことにしました。これでメロディは住み込みの職を得た格好となり、自分のテリトリーとして庭を守ってくれました。
やがてメロディが歳をとってなくなり、今はマルオが彼女の後継として我が家の庭を他の猫から守ってくれています。安定させるコツは、マルオの分だけの食料を与えることです。彼にとってみれば、生活がかかっているから真剣に守ります。
猫が嫌いな人は大勢いますが、糞をするから嫌い、と怒り、追い払うしか能がない、猫よりバカな人たちです。我が家の近所には、棒を振り上げて追いかける獰猛なヒトが複数います。猫はヒトを仔細に観察して生きていますが、猫嫌いの彼らは、猫を観察する気もなく、能力もない、猫に劣る生き物ですから勝負になりません。
仲良くして、手伝ってもらって、折り合って暮らせば双方がニコニコしていられるものを、排除し、嫌うのです。
正当な怒りは強い精神から生まれますから、心根がまっすぐに立ちますが、負の感情を発し続けることは健康によろしくない。
憎み、嫌う感情を顔に表して睨んだり、追い払ったりを繰り返していると、いやでも人相に染み付き、これは洗っても落ちません。

暑い盛りは猫の毛も抜けきって身軽になっている。それでも毎日ブラシをかけてやるが、毛の長さは決まっている。顔の毛の長さ、背中の毛の長さ、尾の毛の長さなど、それぞれ決まっている。これは猫に限らず、毛の生えている生き物はみんなこんなものだ、と言いたいが、ヒトは違う。
伸びるのである、どんどん。先ごろロシアのフィギュアスケーターの少女が、生まれた時から一度もヘアカットしたことがないと語っていた。その少女の髪は身長より短かったが、この先、身長を超えてどんどん伸び続けるのだろうか。
ヒトにはカーリーヘアーとストレートヘアーの種類があり、色調も様々だが、長毛種・短毛種はあるのだろうか。
実は、夏のうちに怪談を一つ、と思って毛を持ち出したのです。長い髪、女の髪。これは縄に綯(な)うこともした執念の象徴でもあります。毛にまつわる話で、怖いなあと思った怪談の骨子を一つ。
男がいる。障子を閉め切った部屋のうちにいるが、暮れてきた。昔の大屋敷である。長い廊下の右端に衣擦れの音がして女が歩いてくる気配。すぐに察した、無残に捨てた女だ。女の歩みは男の部屋に近づいたが、立ち止まることなく通り過ぎていった。ほっとした男。立ち去ったと確かめずにはいられない。しばらく息を潜めていたが、やがて障子をわずかに引きあける、左手の回廊の曲がり角を見透かすが人の姿はなかった。気が緩み廊下に目を落とした、塵一つない廊下の板の上を、あの女の自慢の長い髪が、生き物のように動いてゆく、右から左へ。終わりもなく。
myExtraContent7
myExtraContent8