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壺猫

夫婦別姓

国会中継で夫婦別姓に関する質問が出た。が、具体的な取り扱いをしようという気持ちの片鱗もない、受け流しの答弁で終わった。夫婦別姓は、本来は夫婦別氏という。
日本は、10年ほど前に「女子差別撤廃委員会」から、婚姻最低年齢、離婚後の女性の再婚禁止期間の男女差、非嫡出子の扱いについて、また、夫婦の氏の選択などに関して懸念を表明する、という勧告を受けている。この「女子差別撤廃委員会」は、国連に設置されている委員会である。
これを受けて国は20084月に「選択的夫婦別氏制度について、国民の議論が深まるよう引き続き努めている。」と報告した。しかし20098月に再度、「委員会は、前回の最終見解における勧告にもかかわらず、民法における婚姻適齢、離婚後の女性の再婚禁止期間、及び夫婦の氏の選択に関する差別的な法規定が撤廃されていないことについて懸念を有する」との勧告を受けた。しかし政府は「検討中」から一歩も出ようとしない。今回も、取り合わない、といった、あからさまな無視の態度を示した。
私は、福島瑞穂さん、千葉景子さんたちの意見を支持する。彼女たちは柔軟な意見の持ち主だ。是が非でも、全員が夫婦別姓にすべきだ、とは主張していない。選択的、と言っている。つまり、希望する人は、別姓を選ぶことができます、という社会にしたいです、と主張しているのだ。
私の意見は、夫婦別氏はもちろんのこと、戸籍を個籍にしよう、というものだ。生まれた瞬間に個人が確立する。赤ちゃんは、この父と、この母との間に生まれたという事実が記載される。認知云々のまやかしではない、もっと基本的は人間の存在、人間の命を尊重しよう、差別を消し去ろう、という考えに基づいている。現在の日本の状態と犬の状態を比べれば、犬の方がまともな体勢を取っていると認めざるを得ない。いまの状態は、犬に及ばないのである。
今回の答弁で、家族の絆が崩れるという反対意見がでていた。それじゃ聞くが、氏に縛られて絆を保っているのかと言いたい。親子兄弟の絆は、それほどヤワなものなのか。この問題をなおざりにし、意図的な先送りを続けることは、国の恥である。反対意見の人々は、なぜ選択肢の設定まで否定しようとするのだろう? なぜ、現況を強要したがるのだろう? 反対意見を掲げてムキになる人たちは、ぜひ胸に手を当てて、反対する真意が奈辺にあるかを再認識してみて欲しい。

これからの報道

人間社会を進歩させる動力は、政治力ではなくて科学力だと私は考えている。科学の発達と戦争は車の両輪のようにして前進し続けてきた、一段落すると一般の生活を潤すのである。原発は、平和利用という看板を先に掲げてみせた最初のヤツで、こんな大犯罪はない。この話は、また別の項目でしつこく続けることにして、いま考えているのは、カメラと報道についてである。
カメラは、撮影者が見たい対象にレンズを向ける。報道の場合も、いつ、何を、どの角度から見せるかは、ひとえに報道者にかかっている。この段階ですでに決定的な選択がなされている。当然のことだが、これは今までの話である。これからは変わると私は期待している。
先日、太重斉がメールで写真を送ってくれた。この写真はパノラマであった。マウスのポイントを動かすと、写真は360度上下左右、自在に移動し、まるでその写真の中に自分が立っているかのように見えるのだ。室内を撮影すれば、その部屋の中にいるかのように見える。カナダの友人もパノラマの風景写真を送ってくれた。みたい方向へポイントを動かせば、まるでカナダの原野に立つ心地がする。
このカメラを国会に据えては如何。常時見せる。テレビで受ける側は、自分が見たい議員へポイントを持って行けばよい。手元が見たければズームすればよい。
既に定位置のライブカメラはあるのだ、今回の大雪でもライブカメラをネットで見ることで、私は大垂水峠の雪の状況をつぶさに知ることができた。役に立つのである。国会中継でも、記者会見でも、小賢しい意思を含んだカメラアングルなど邪魔なのだ、パノラマ、ぐるぐる回しのカメラを据えてくれた方が気持ちがすっきりする。
いまの報道は、言葉では、形容詞・副詞の微妙な使い方で情報を操作し、カメラ目線も際限なく操作している。すでに信用を落として久しいメディアの人間力をカットして、かわりに器械で機械的に報道してほしい。

宗教法人への課税

今の世の中は、ずいぶん進んでいると思う一方、千年の昔とほとんど変わらない部分も持っているのだ、と感じる。日本の人口は、約1億2千万人、宗教法人が、それぞれの信者数を発表している、その合計は2億2千万人を超える。掛け持ち信者がいるだろうし、水増し発表もあるに違いない。それはともかく盛況である。人口の倍近い信者数とは恐れ入ったものだ。私の知人のあいだにも、「あんた、教祖にならないか」「まわりで盛り上げるから」といった冗談半分の企画もあった。儲け話である。
奈良時代に、ぞろぞろと真昼間に道を行き来している坊主が大勢いたと記されている。生きるに苦労多かった一般人は、男も女も坊主、尼になりたがったという。正式に認められる僧侶は、試験を受けて合格する必要があった。戒壇院が、その試験場であった。しかし自称坊主も、とがめられる事もなく生きて行かれた。私度僧といって、お坊さんの姿をすれば、即お坊さん、尼さんである。空海も、はじめは私度僧だったので、まじめな勉強家もいたわけではある。人気があった理由は非課税だったから。
いまでも、宗教法人には課税されない。私には、免税される理由が分からない。一般並に課税してやって欲しい。
宗教の人たちは、それなりに立派なことを言うのだから、非課税はふさわしくありません、税金を納めたい。という発言があってもよさそうなものだが、聞いた事がない。

寄生木

クリスマスに樅の木のクリスマスツリーを飾る。ヒイラギも飾る。寄生木も飾る。日本では寄生木は、ヒイラギほど有名ではないけれど可愛らしい白い実をつける。日記にも書いたが、山中湖畔でみつけた寄生木は、真っ赤な実だった。気をつけてみると、あるある、あっちもこっちも寄生木いっぱい。元気のよい大木が、梢にサッカーボールの2倍も3倍もあるような球形の寄生木をたくさんつけている。
キノコが生える樹木は老木が多い。樹勢が衰えてくるとキノコがつく。しかし、松茸はちがう。赤松の木から離れた所、しかし赤松の木の周辺に顔を出すのである。松茸は赤松から栄養を貰って育つキノコ。だから松茸というのだけれど、松茸は、地中に伸びる菌糸を通して、赤松のためになる成分を供給している。だから松茸の育つあたりの赤松は、とても元気がよい。共利共生である。元気な大木に鈴成りの寄生木を見て、私は、これは多分、共利共生だろうなあ、と想像している。

無言の行

スーパーのキャッシャーに並ぶ。そばに札が下げてあり「ポリ袋の不要な方は、この札を籠に乗せてください」と書いてある。この札を乗せると、キャッシャーの係の人は、エコバッグを持っている客だな、と了解してポリ袋を渡さない仕組みである。ポリ袋も節約なら、口を聞くのも節約である。
回転寿しに入った。店に入ったとたんに画面があり、そこに何人の客か、を入れる。二人だったら2と入れる。次にカウンター席か、客席か、どちらでもよいか、の3通りから選ぶ。混んでいる時は待ち時間が表示される。順番の番号が貰える。順番が来ると番号が表示される。かくしてカウンター席に落ち着く。ここでまた画面である。希望の寿司を選択、わさびの有無を選択、個数を選択、注文のところを押す。みそ汁、豚汁、茶碗蒸しも同様に注文画面を指先で押して待つ。いよいよ注文の寿司ができた、となると画面が注意音を発し、ベルトコンベアが運んできている事を報せる。食べ終わったらお会計のボックスを押す。すると店員が来て皿数を数え、会計の紙を渡してくれる。口を動かすのは食べる事と、茶を飲む事のためだけであり、声は必要ない。もっとも私は支払いのときに「ごちそうさま」と言いますけれど節約ぶりは極まっている。
自販機で買う、券売機で乗車券を買う、券売機も使わずカードで用を足す。このような前触れが長く続いてきたから、この現象をヘンとは感じないで、むしろ気が楽で好きなんじゃないだろうか。もっと増えて欲しいと思う人も多いかもしれない。相手の目をしっかり見て話す、という仕草がおっくうというよりも負担になってきている人たちが増えてきたと思う。

ゆさぶりをかける

揺さぶりをかける、とは、人間同士の場合、何をするのだろうか。相手の肩をつかんで、ゆさぶる。これが原点かもしれないが、脅しをかけるとか、相手を動揺させることをいう。
私は、こうした行為をサルから受けたことがある。2度もある。はじめの時は、西丹沢の山の中、山奥ではなくて人家との境界に立つ送電線のための鉄塔付近で、数匹のサルの群を見つけたときだ。私は、サルだ、と言って近寄って行ったら、群は逃げ出した。が、なかのいちばん大きなサルだけは逃げなかった。群が無事に逃げたのを見送ると、この大サルは、鉄塔の周囲に張り巡らせた金網に四つ足でつかまり、思いっきり揺さぶったのだ。真っ赤な顔で私を見ながら、揺さぶっている。その様子は、どうだ、オレさまはこんなに力持ちなんだぞ、恐れ入ったか! と言っているように見えた。わかったわよ、と言って私は近寄るのを止めた。
2度目は越後湯沢の土樽だった。畑の向こうが山で、山と畑は、わずかなススキの原でつながっていた。この畑に十数匹のサルがでていた。子ザルも2、3いる。私は、ここにサルが出ることを知っていたので、車中から望遠カメラを構えていた。期待以上に大勢出てきたので、私は車を出て、もっと近くに寄ろうと移動し始めたら、すぐに察知した群は、素早い動きで吸い込まれるように山に入ってしまった。残念。もっと寄りたかったなあ。ところが、大ザルだけは逃げなかった。この大ザルもまた、家族全員が山に入ったのを見届けるやいなや、山裾の1本の木につかまり、思いっきり揺さぶり出したのだ。私を見ながら揺さぶっている。あはは、怖くないわよ。と私は笑い、なおも近寄って行ったら山の暗がりへ飛び込んでしまった。サル心にも、揺さぶったら人間が動揺して逃げ出すんじゃないかと思ったに違いない。
この秋のこと、自宅の駐車場の隅にクモが巣を作った。次第に大きくなったクモは、黒と黄のまだらのジョロウグモである。見事な巣を張り、その中心に足を広げて陣取っている。私は、このジョロウグモの胴体を突ついてみた。ビックリして巣の中心から、端の隠れ家へ逃げ出すだろう。隠れ家を突き止めてみたい、それだけの理由で突ついたのである。するとジョロウグモは、意外な事に一歩も退かず、いきなり巣を揺さぶり出したのだ。揺れる、揺れる。中心にいるジョロウグモも前後に激しく揺れている。揺さぶる様子は、どうだっ 驚いたか! 怖いだろう! オレ様は、こんなに力が強いんだぞ、と言っているように見えた。クモがゆさぶりをかけるなんて、まさかといぶかり、何度も試したが、真剣にやっているのだった。
こうなってみると、ヒトもサルもジョロウグモも似たり寄ったりという生き物に見えてくる。

生きている水

3.11以来、水道水を飲まず、自然水を汲んで使っている。山地の多い日本列島は、無数に湧き水があるが、都会の人間は、自分だけが知っているという穴場を持たないから、どうしても人の集まる水場へ行くことになる。私は4カ所を、その都度変えながら回って水を汲んでいる。そのうちの2カ所が深層水で、あとの2カ所は表層水だ。水汲みの人たちは、タンクに1個2個とかペットボトル数本というのならかわいいものだが、タンクを10個、20個、などというのはザラである。ペットボトルも、6本入れたダンボール箱を10箱20箱と持ってきて水場を独占するから行列ができる。大家族なのか、レストランか、売るのか。私にはわからない。ともかく私も水を汲んで持ち帰り、流しの脇に置いたタンクに入れて使ってきた。ところが、ふと見て息が止まった。タンクの内側が薄緑色なのだ。洗って入れ替えているのに。苦労して汲んできた水だと思うから大切にして、何日も使うのが問題なんだと思った。自然水をそのままポリタンクやペットボトルに閉じ込めたから、死んでしまったんだと感じた。市販の水は加工されている水だから自然水ではない。湧き水も地下水も、川の流れも常に動いている、生きている。日本の豊かな水は軟水で、美味しい水、生きている水なんだと、あらためて思った。

耳よりの話

最近、難聴故に耳の本をよく読む。そのなかに書いてあったことだが、補聴器は両耳に装着するのが望ましい、その理由は、片耳につけていても充分聞こえる、しかし、補聴器をつけた側の耳だけに頼ってしまい、つけていない方の耳は、休んでしまうのだそうだ。ワタシは働かなくてもいいわけね、となるらしい。さて、こうして暮らしているうちに、なんと補聴器をつけていない方の耳は完全に聞こえなくなってしまうそうだ。恐ろしい。このような退化現象は、すこし入院した経験のある方なら、強くうなづかれることと思う。
歯も、たとえば下の歯がなくなった場合、すぐに部分入歯をつけることが大事で、ないままにしておくと、噛み合わせる上の歯が、徐々に伸びてくる。伸びる、という表現より、落ちてくると言うべきだろう。恐ろしい。
洞窟に棲む魚が、目が退化して目のない魚になっている。水族館で眺めて、へええ、と感心している私だが、サカナ事ではない、自分の持つ各所を始終使いこなさなければならないと痛感する。

二度あることは三度

二度あることは三度ある。三たび目のマイクロチップ。無理に三度目を作ったわけではなく、偶々今日、映画「トワイライトゾーン」のDVDを観ていたら、予期せぬ所に現れたのだ。
この映画は1982年製作,翌年公開された4編の連作。原作は、アメリカで1959〜64年に放映されたSFTVドラマシリーズ。とても人気があって日本でも「ミステリーゾーン」のタイトルで放映された。
このなかの第4話「 NIGHTMARE AT 20,000 FEET」にマイクロチップが出てきた。嵐の夜、飛行機に乗っている乗客のひとりが、翼に怪物を見る。信じない乗員、乗客。このとき、パニックになっている「見た男」の気を紛らわせようとして客室乗務員がいう、お客さん、なんという本をお読みなんですか。パニックの男は答えて、あ、これは「マイクロチップの未来」って本です。客室乗務員は微笑して、「まあ、お客さん、SFがお好きなんですね」。
SF世界の夢物語を好んで読む人物像を強調するための小道具として現れたマイクロチップの本である。このときから何年経っただろう。
いま、マイクロチップは非常に大切な場面で活躍し、さらに多方面で期待を寄せられている。SFではなくなった現在を思うと感動せずにいられない。どれほど多くの基礎研究者たちが、努力してきたことだろう。
今回、DSファーマ株式会社は、マイクロチップの欠陥商品の割合が15%だ、と公表した。これは異常に高い割合だと思う。これを、9月に「製品の中の一部に欠陥がみられ」たと軽くいなして、それっきり、いまもって解決の方向さえも見せないのは、この半世紀、SF世界にいたマイクロチップを現実の世界に持ってきて、役に立つよう努力を重ねてきた多くの人々に対して、申しわけが立たないと思う。

ふたたびマイクロチップ

サイの密猟について読んだ。TIME (タイム・アメリカのニュース情報誌)VOL177,NO24 2011号に出ていた。年々その数を減らしているサイを密猟するのは誰か。そして何故か。それは漢方薬として角が売れるからだという。そこで保護するレンジャーがヘリコプターで、サイを探し出して捕獲し、角の中にマイクロチップを埋め込む運動をしているという記事だった。無惨に殺されて角だけを持ち去り放置された大きなサイの死骸。その写真は目を覆うばかりだ。一緒に写っているレンジャーの人の様子からも、その衝撃と悲憤の感情が伝わってくる。こうしたことを少しでも防ぐために、マイクロチップが追跡の手段となって密猟が「絶滅」されることを強く願う。
先日来、マイクロチップが動物の体内で破損し、データが読み取れなくなり、チップのガラスにひびが入った(割れた)事故を起こした
DSファーマアニマルヘルス社のことを、読みながら考えた。同社がホームページに出したメッセージ「不具合な品が出ました。動物の体内に与える影響があるにしても、その影響は極めて少ない云々」という、いい加減、無責任な姿勢で製品を作られてはたまったものではない。
影響はある、しかしいまのところたいしたことはないという欺瞞語を、私たちは福島原発事故でさんざん聞かされたのだ。マイクロチップはさまざまな場面で動物の命を守る役目を担っている。事業を行う人々は、利潤よりも先に、土台として持つべき精神を忘れてはいけない。東電の人々も保安院の人々も、そしてDSファーマの人々も、人として持つべき根本精神を忘れたというより、最初から持たないために、言を左右に、あいまいな欺瞞語で切り抜けようと謀るのだ。このような腐蝕した魂の日本人が繁殖すると、早晩日本はダメになる。

路上の犠牲者

先日のこと、高速道路を走っていて、サービスエリアに入ろうとして「P」のサインから左へ上がり徐行した。その先で普通車と大型車が分かれるあたりでタヌキが轢かれて死んでいた。どうして轢くか、と私は悲しくてたまらない。徐行しなければならない地点、目の前に突然現れても、並のブレーキで防げるはずなのに。この場所で、止まれなかった、は言えない。言い訳にもならない。
もうひとつ。一般道路の車道の真ん中でカラスが轢かれて死んでいるのを見た。このときは歩道を歩いていたので、次の車に轢かれないよう、傍らの街路樹の根元に置いた。上の電線にはたくさんカラスがいて、仲間の事故に大騒ぎをして鳴いていた。たいへんだ、たいへんだ、と言っているように私には聞こえた。カラスが車道で轢かれるのは、車から落ちた食べ物を目当てに降りる故である。車が近づくと飛び立つのだが、間に合わずに轢かれてしまうことが、たまに起きる。間に合わずに、だろうか。目の前に生き物を見たら、すこし速度を緩めれば飛び立てるのだ。ブレーキを踏むまでもないほどの気遣いで済むのに。
タヌキ、カラス、もっとも多く犠牲になるのがネコである。横断中のネコをみかけると、「ひき殺してやれ!」とアクセルを踏む人がいるのだ、と友人から聞いた。背筋が寒くなる。ふざけて「それーっ、轢いてしまうぞ!」と言いながら、実は目の前を横切るネコが渡り切るのを見届ける人は、いくらでもいるものだ。こういう人たちは、ほら、怖かったでしょう? これからは気をつけるのよ、と思っている。でも、本気で生き物にぶつけるなんて。現実に自分の自動車の車輪で、生き物を、ネコをタヌキを、カラスをひき殺して走り去るという神経は、私は恐ろしいと思う。
話が横にそれてしまうが、私が轢かれたカラスを車道から街路樹の根元に運んだ時のことだが、すっかりカラスに誤解されてしまい、ひどい目に遭った。私を加害者と見て取ったカラスたちは、怒りに燃えて私を襲ってきたのだ。違いますって。あたしじゃないって! 説明しても、叫んでも彼らはカンカンである。しかたなく近くのお店に飛び込んだ。常日頃カラスと仲良しの私だが、このときほど困ったことはなかった。

ものさし鳥

ものさし鳥という鳥がいる。3羽いる。スズメ、ハト、カラス。野鳥観察の本に出ていた。はじめて見かけたきれいな小鳥。名前を知りたいな。野鳥を観察する人たちは、実によく名前を知っている。双眼鏡を胸にさげてあるく野鳥博士に、なんて名前ですか? と訊ねると喜んで教えてくださる。そのときに、色、声とともに大事なのが大きさ。その鳥はスズメくらいの大きさでしたか、ハトと同じくらいでしたか、などと訊ねられる。声は聞かなかった、胸が白かったけど、あとはわからなかった、などとあやふやなものだが、この問いには、自信を持って答えられるのが普通の人たちである。ハトです! ここから丁寧な観察がスタートする。
ものさし鳥を知ってから、そういえば私も、自分用のものさし鳥を持って生きてきたわけだ、と思い至った。それはスズメやハトと同じくらいに、ありきたりのもの。たとえば「女」。だれかの価値観を知るときに、女というものさしを当ててみるとわかる部分がある。女のくせに、それでも女か、などと言われると、一発でその人の地金が見えてくる。女性でも、女のくせに、という人は結構いるものだ。この物差しを使って、世間の常識という鋳型のなかに安住している人種と、常識にとらわれない人種を識別してきた。世界中に、さまざまな物差しを持つ人たちがいる。ひそかに懐に忍ばせ、あるいは大きく振りかざして。

マイクロチップの事故

9月半ばのことだった。ニューヨークのマンハッタンをうろついていた猫が保護された。名前はウィロウ、住所はフロリダと、すぐに判明。どうして分かったかというと、体内に情報を入れたマイクロチップを埋め込んでいたからだった。5年前に家出して、およそ2500キロはなれたニューヨークまできて遊んでいた。最近、迷子になった犬や猫が、マイクロチップのお陰でで助かっている。口がきけない彼らにとって大きな救いである。
ところが今回、ある会社の製品に故障が出た。チップを保護する表面のガラスに亀裂が入ったのだ。情報が読み取れなくなり、用をなさないばかりか、割れガラスの破片が体内に残った。この亀裂チップを埋め込まれた猫を、私は知っている。親友の猫だ。摘出手術をしなければならない、と友人は暗澹としている。会社に伝えたら、即座にチップ代を返金したそうだ。HPには、一部の製品で品質上の不具合が確認された。このマイクロチップが動物の体内に与える影響はあるとしても、極めて少ないと考えられる、として、飼い主様に多大なご迷惑とご心配‥‥、という常套句で結んでいた。詳細をお読みになりたい方は、以下のHPをご覧下さい。http://animal.ds-pharma.co.jp/ 
影響はあるが少ないという表現に確実性は見えない。言い訳に過ぎない、と言われてもしかたがない。欠陥商品だったから、じゃあ、お金返しますという。私は、摘出手術代を負担すべきだ、と憤慨した。友人は言った、「姿はネコだけれど、まさしく私の仲間、家族。モノではない」。
一所懸命に生きるちいさな命に対して、悪かった、の一言もない会社には、動物のための製品を扱う資格はないと、私は思う。

方位磁石

先頃買った方位磁石だが、私にとっては無用の装置が多すぎた。私は東西南北がわかればよかった。窓から外を眺める、南側とはわかるけど、すこし西に傾いていないかしら、そんな疑問がわいたときに窓辺に方位磁石を置いて針の揺れが止まるのを待つ。これで充分だ。買い替えたのは、針がつっかえて動かなくなったからだった。それが、新規購入の代物は、照準機のような仕掛けがついていて、実にものものしい。細い針金の線と円盤に穿たれた細い溝とを合わせて、はるか遠くの物体と合わせる。これは銃の照準と同じやりかた。太重斉に見せたら、これは登山用だ、と言って使い方を教えてくれた。目指す地点に合わせておき、山に登る。しかしブッシュあり谷あり川あり、常に目指す地点が見えているわけではない。このとき、見定めておいた方位が役立つというのである。納得はいったが、本格的な登山は夢のまた夢、ごつい磁石を机の上に置いて文鎮がわりにした。こうして眺めるうちに発見したことがある。
人生の大目的、とおおげさに構えるもよし、大災害復興を置いてもよいし、身近な人間関係のいざこざ解決を置いてみるのもよい。これに照準を当てる。目的地方位がこれで決まるのである。行く手を確認したあと、右に曲がり、左に折れて、と複雑な道を辿ろうが、目先のことで、ああ言った、こう言われた、とあろうが、目的の地点に向かうことだ。揺るぎはない。当たり前のことだけれど、大勢で取りかかっているような場合、目的が逸れて、途中の事柄が目的化してしまうこともある。見定めた目的の地を目指す。当たり前だけれど難しい。方位磁石はいま、文鎮となって本のページを押さえながら、人の生き方について語りかけてくれる。

昼の脳 夜の脳

ながいこと夢を見ていなかった。就寝時間が遅く、横になったとたんに意識がなくなるような眠り方をしてきた。遅く寝るのに朝が早い。4時には自然に目覚めてしまう。睡眠時間が極端に短くなっている。昼寝をする日もあるから睡眠不足を感じたことはない。これでよいと思って来たのだが、最近になって、たまたま11時くらいに寝る日が続いた。11時に寝たら早く目覚めるはずが、そうはならずに4時過ぎまで寝てしまった。
話はここからである。夢を見た。それも賑やかな多種多様な場面の夢満載、そして目覚めたときには夢を見たことは感じているが夢の中身は消えている。何日か繰り返して悟ったことは、やはり夢は見た方がよいのだなあ、ということだった。昼間の生活のなかの、事務的な事柄以外の部分が活発になる、と感じた。左右の脳がそれぞれに担当している役割があるように、昼の脳、夜の脳の担当分野があるらしいと感じた。昼と夜。光と影。
こういう、普通の人に無視されるような戯言を思いつくのが夢の力ではないかと私は、まじめに考えている。

歩くミイラ

千早がいたときは、自宅周辺をくまなく歩き回った。ふたり一緒だから、のびのび散歩ができたし、冒険もできた。千早がいなくなってから、ひとり歩きをしてみたが、虚しいったらない。徘徊とまちがえられる、ことはないにしても、この通りに用があるの? とうさんくさい目で眺められるのは面白くない。ここはなんだろう、と通り抜けできない道に入る私も悪いのだが。
湖畔は、単純一本道だし、散歩人間、ランニングの人、サイクリングの人、あるいは釣人、富士山撮影の人だから気楽である。なるべくこちらから、おはよう、と声をかけることにしている。外国の人の場合は、なおさらである。よくまあ、日本にいらっしゃいました、の気持ちで、おはよう、という。一般の観光客は、都心の通りと同じ感覚で、挨拶など思いつかないらしい。こういう人たちはすぐ分かるから、たがいに知らん顔をしている。土地の人や、住み着いている人たちが、よく挨拶をする。何度か、頭を下げるだけのすれ違いを繰り返してきた犬連れの人が、今朝はいい富士だね、といきなり言うときもある。楽しい。
ミイラ? そう、このなかに時折ミイラが混じっているのだ。歩くミイラである。ほとんど、というより私は女性らしきミイラしか出会ったことがないのだが、まず、目深に帽子をかぶっている。サングラス、巨大マスクをしている。夏だろうと長袖、手袋をしていることもある。足先まで完全に包まれている。これをミイラと言わずしてなんと言うのか。ミイラではないか。おはよう、と声をかけたくても相手の表情は、完全に覆われていてわからない。手振りそぶりもない。無関心派の都会人は、視線を送って来ないことがはっきりわかるので、問題ないのだ。まったく分からないと、対するこちらは、どういう態度に出てしまうか、というと、ミイラに対する視線となってしまうことを発見した。つまり、ためらうことなく眺めてしまう。生きている人間扱いをしなくても許される気がするのだ。
ネットに日常の困ったことなどを提示して、意見を言い合う場がある。そのなかに、近所の人たちとの人間関係が苦痛だ、という相談があった。これに対するアドバイスの一つに、大きなマスクをして、大型のサングラスをかけるといいよ、と言うのがあった。安部公房の小説『箱男』の時代から『ミイラ女』へ時代は変貌する。

同じ空

道に立って東を見る。日の出だ、紅色に染まっている。見上げると今日も快晴、秋の雲は高い。しかし、それは切り紙細工のように、ハサミで切り取ったような空と雲である。
切り口は、我が家の屋根であり、隣家の屋根屋根、縦横に張り巡らされている配電線の黒い筋、電波の柱であり............。
私は、頭の中で切り紙を消してみる。目の先の道路標識も、遥か遠くの建物も、水道タンクも、すべて消してしまおう。
まあああああ! なんと美しい。東京だって川崎だって、おなじなんだ、山中湖の鏡のような湖面に映る空と。金色に波打つ越後の稲田を覆う空と。
タクラマカン砂漠の空も、カンサスの空も、アリゾナの空も、東京の空とおなじはずだ。

カラスとハクチョウ

烏と白鳥の観察が「世相」に分類されるかどうか疑問だけれど、両者の違いは黒白だけではない。烏は、おしなべて仲が良く、烏同士の争いというものを、私は見たことがない。ほかの鳥を追いかけたり、追いかけられたりする事は、よくある。あんがい弱くて、オナガにやられて逃げ惑うのである。
性質が露になるのは食物を見つけたときで、烏は極く少量の餌を1羽が見つけた時は、ひとり黙って食べてしまう。2羽で少量の餌を見つけた場合が問題になるが、2羽揃って少しずつ食べる時と、1羽がほとんど食べ尽くしてしまうまで、離れて待っていて、残りを、もう1羽が食べる場合がある。しかし、取り合って争うことはしない。これが烏の大きな特徴だと思う。大量の餌を発見したとき、これはゴミ置き場で生ゴミ発見の場合が多いのだが、自分だけで食べきれない大量の餌だと認識したとたん、大声で喚き出すのである。この声によって近隣の烏が一挙に集合することになる。集まって来た烏同士は、ポリ袋を破いたり、ネットを持ち上げたり協力して働く。この有様は見事というしかない。
一方、山中湖で保護され、繁殖もしているコブハクチョウの態度をつぶさに観察することができた。白鳥の餌として売っている粒餌を撒いてやる。あるいは食パンのかけらをあげる。一握りの餌を一カ所に撒くと、数羽が集まってくるが、中でも大柄な白鳥が、傍らから食べようと首を伸ばして来た者に噛みつく。噛みつくといっても歯がないので嘴で相手の長い首を力任せに挟むのだ。これで相手は怯み、食べられない。そのあいだにあるだけを1羽が急いで食べてしまう。これでは体格の良い者がたくさん食べる一方、食べられない者はほとんど餌にありつけないことになる。私は離れた所に別々に撒いてやるが、これは一時しのぎでしかない。見とれる美しさの白鳥には似合わない態度。このような独り占めの態度は、鶏にも見られる。レグホンという白い鶏がいるが、これも餌の取り合いが激しくて、弱い鳥は頭を突つかれて血だらけにされてしまう。白鳥は嘴ではさむのだが、鶏は突つく。
嫌われ者の烏は、姿で嫌われるが行いは見ていても快い。ゴミを散らかす云々の苦情は、烏の側ではなく人間側の問題なのだ。姿で愛でられる白鳥は、行いについては、あまりよいとは言えないのだが、人々は目を細めて白鳥を眺め、写真を撮り、烏は追い払われる。

多読はよいことか

カートを置いている図書館が増えた。借りるときに、書棚からカートに本を入れて貸し出しの手続きをする。ひとり10 册借りることができるから、親子連れで借りたら相当な冊数を運ぶ場合も出てくる。子どもたちは実によく読むらしい。本をたくさん借りて、返して、を繰り返しているので、そう思う。そんなにたくさん、つぎつぎに読んで行かれるものだろうか、と不思議な気持ちにもなる。
私自身の子供の頃とはくらべるわけにはいかない。時代が違う、というのではなく、事情が違うから比べることはできない。戦争中で、本が少なく、手に入りにくかったし、図書館というものの存在を、私は知らなかった。買ってもらったわずかの本を、繰り返して読むことになる。何度も読んだ本を、また開く。いまでも、持っていた昔話の絵本の、どのページにどのような絵があったかを覚えている。菅原道真の事を書いた絵本を持っていて、そのなかに、太宰府に流された道真が石に腰を下ろし、まわりにしゃがんでいる子どもたちに、長く細い棒で、地面に字を書いて教えている絵があった。いまも、道真の、その表情も覚えている。
図書館でふんだんに借りて、どんどん読んでは返して行く子どもたちには、本への渇望、飢餓感は、理解できないだろう。
食べ物と、書物は似ているところがあって、どちらも、ぞんざいにしてはいけない。どちらも、丁寧に扱わなければいけない。味わうことも似ている。毒なものは取り入れてはいけない。大食もよろしくない。

新浴衣

山中湖平野天神祭と報湖祭、花火大会と続けてお祭りを見物した。賑わう屋台、集まり流れる人の波を見物するのも、祭りの大きな楽しみである。
天神祭では、山車を引く子たちがいちばん年少で、神輿は小学生が担いでいた。この山車を引く子たちの中に、また傍で眺める子たちの中に、浴衣姿が目立った。私の目は、この幼児たちの浴衣に引き寄せられた。
白地に花柄、水色地に花、可愛らしい浴衣。思わず見つめたのは、浴衣の裾まわりで、裾にレースがつけてあるのだ。浴衣の裾にレースとは。そう思いながらさらに見ると、袖口にも白いレースがついている。浴衣にレースって、驚きだわ。だれが思いついたのかしら、と見ていたら、なんと幼児の浴衣の裾は膝上の長さで、しかもギャザースカート風に仕立てられていた。下はスカート、上は浴衣だ。
報湖祭でも、ギャザースカート浴衣の孫の手を引く爺様、婆様を見つけた。
年頃の娘さんたちを眺める。意気揚々と胸を張った心地の男の子とふたり、浜辺を歩く。屋台の前でこうした二人連れ同士が笑いさざめく。可愛らしい髪飾り、薄茶に染めた髪、イヤリングとブレス。すらりと伸びた姿態は細く、まるで若鹿のようだ。湖を渡る風が、宵から夜へと進むに連れて強くなった。裾の乱れを片手で押さえて歩く娘。それは美人画の世界だ、見物できる浴衣姿の女の子たちは、吹かれるままに裾をなびかせる。寒くなっても平気、前もってタイツをはいている。ブーツ、スニーカで危なげなく浜砂を踏む。

女心

福島原発.......福1と略称が生まれた、この大事故について、8月6日原爆の日には、とくに思いが押し寄せて、式典の実況とともに1時間を過ごした。これから先、ますます福1が出てくるに違いない、今回はそれは置いておいて、昔の思い出を記す気になった。昔の「思い出」「女心」とでたら、このあとに来るのは「恋」。そう思うでせう。残念でした。はずれ、です。
ライターとしてプロダクションで仕事をしていた時代のこと、プロデューサーに取材に行ってこいと言われた。場所は新宿歌舞伎町、時は深夜。TVドラマ作りとは畑違いの方面の小説書きの男性に白羽の矢を立てたが、即座に同行を断られた。もうひとり、似たような男性を誘ったが、はっきり逃げられてしまった。軟弱な者どもである。単独で出かけたが、もともと生まれた地域から近い繁華街という認識なので気楽である。たいていの場所は歩き回った路地である。が、いつ何が起きてもおかしくない緊迫した空気が漲る澱みが見え、猥雑であり、きわめて美しいシーンもあるのだった。そして地方から物珍しげに訪れた男たちにとっては、そのような色合いは片鱗も見えずただ、金を出せば楽しめる明るい入り口が無数に開いている世界である。見せてよ、と私は言った、キップ売りの男は答えた、止めてやってね。男になら見せるよ、でも女にって、辛いんだよね。これだけ言ってもらえば充分だった。私は反省し、学んだ。痛々しい女心に触れた。キップ売りの男の心も、優しかった。みんなが、すべてを承知していた。承知しながら、生きなければならないことも分かっていた。私の心が抱きしめる女心、そして深夜の歌舞伎町。

女人禁制

高野山へ参拝した折りのこと、案内してくれていたお坊様が、女の方はここまででして、と会釈されて奥へ進んで行かれたことがあった。高野山は女性にも開かれたが、細かい部分では、今でも女性が足を踏み入れてはならぬ、という場がはっきりとある。仏教系、神道系、修験者系のそれぞれに女人禁制の場はあり、広く知られている場には相撲がある。土俵に女を入れない。以前、女性の大臣が土俵にあがると主張して話題になり、騒ぎにもなったが、その後どうなったのだろう。男女差はあるべきではない、どのような職業でも性別に関係なく進めるのが自然だし、当然という考え方は、大歓迎の大賛成、拍手喝采だ。しかし従来ある女人禁制の場については、私は現状維持に賛成である。お相撲の土俵に上がる、上がらせたくない、という押し相撲は、すべきではない。高野山の奥の院のその奥なども、女はここまで、と言われたら引き下がるのがよい。このことについて、私は不満はない。なぜ女人禁制としているか、その歴史を丁寧に示してひとつの伝統的風習として伝え、存続させて行くことは、あながち悪くないんじゃないか、という考えを持っている。この先、新しい女人禁制の場が作られることはないだろう。せいぜい、女性専用車両という、男子禁制の場は増えるかもしれないが。だから、あの土俵に上がることにこだわった人について私は、度量が狭いなあ、絶対作らねばならぬ、絶対守らねばならぬ職業の自由と伝統的風習を混同することはないんじゃない、と思っている。

イタリアとドイツ

6月14日の朝、イタリアの国民投票の結果が出た。これは原発再開の是非を問うもので、投票率が有効の50%を超え、反対の意見が90%を超えた。これで再開は断念された。先にドイツが原発廃止を表明した。日本などは、真っ先に、最初からしない方針を取るのが当然なのだ。
イタリアの判断、ドイツの決定は、福島原発事故を見たための決断にちがいない。先進国と言われる国の一つで起こったこと、世界中から津波対策のお手本として見学に来ていた地域が被った甚大な被害を見た、知った、が故の方向転換だと思う。日本は、どういう考えでいるのだろう? 日本の政府は、まるでアメーバみたいだ、ナメクジのようにのろのろと、はっきりしない緩慢な動きをして、しかも常に勘定と感情が入り乱れている。
電力はどうするのだ? 経済成長の遅延はどうするつもりだ? という考えは、過去に葬り去るべきだと私は考えている。価値観を大転換する必要がある。
右肩上がりじゃなくては、やっていけないのか? 水平で良いじゃないか。会社は拡大、拡張するのが運命なのか? 経済学のイロハも知らずに暴論だ、と見向きもされないとは思うけれど、学問や理論以前の土台に生きる人々が基本なんじゃないか。だいたい、がんばったって、ほんの一握りの人が巨万の富を手に入れるだけで、右肩上がりになろうが、バブルがどうなろうが、普通の人たちは関係ない、関わることができていないのだから。スポーツの人も芸能の人も、普通の人たちから見たら、桁違い過ぎて、凄くヘンだ。私が彼らから受け取るものは違和感だけであり、親しみでもなく、楽しみでもありはしない。
山梨県の観光案内所へ行った。カウンターの中に何台かのパソコンがあり、もちろん電話があり、人がいて、パンフがたくさんあって、親切細やか。楽しい催し満載。見回すとホールの周囲の壁に、主役の富士山をはじめさまざまな観光スポットの写真が張り巡らされている。それは全部、大判のガラス額で、内側から光を当てている写真。いつか友人の葵さんが話していたトイレのことを思い出した。彼女は羽田空港をしばしば利用するので、空港のトイレの話をしてくれたのだ。トイレの個室の中に、まさにこの観光写真的発光広告があるそうだ。どこぞの目立つ廊下の電灯を、目立つように薄暗くするより、考えることがありそうなものだ。

日本人の感覚は、おかしい

炉心溶解。メルトダウン。3月11日当日から知っていた、あるいは、そうだろう、と見ていた専門家が多数いたのだ、と今日の報道で知った。
原子力委員会の記者会見があった。ある記者が「メルトダウン」だということですか、と確認をした。そのときの原子力委の答。
「燃料が溶けて、、、原子炉の底が破れている、と言うことを、そう呼ぶのであれば、それでいいです」それでいいです、と平然と言ってのけた男は無表情だった。

今回の大震災で福島原発が崩壊したことは、大きな意味がある、ヒロシマとナガサキを抱える日本で、この大きな原発事故が起きたことに、大きな意味があると、私は書いたし、いまも同じ考えでいる。
世界に向けて、また自国の自分たちに向けて、8月がくるたびに原爆反対を主張してきた日本人が、一方の手で、国策として原発を推進し、日本列島54カ所にプラントを作り、崩壊した危険な工場について、「そう呼ぶのであれば、それでいいです」。
三陸の被災地を助けようという、がんばろう、のかけ声は頼もしい日本人の心意気だ、被災者への同情と支援、協力の努力があり、そしてなによりも取り返しのつかない死について、皆が心を寄せている。が、このことと、原発事故を混ぜてはいけない。津波と地震で原発事故を覆い隠してはいけない。独立した地球規模の注目すべき大事故なのだから、世界中の国に対し、地球に対し、永久に責任を背負わなければならない。
私は、もう、ヒロシマだ、ナガサキだ、を口に出来ないのではないかと思っている。もしも、今年の8月にも、それを主張したかったら、今、たったいま、声を大にして叫ぶべきなのだ、原爆の苦しみを知っている国民ですから、どれほど不自由な思いをしても、経済成長が思わしくいかないにせよ、それよりも大切なことを守り抜きたい。それは原子力を使わないで行きて行くことです。
私は、ゴマメだ、ゴマメだが、ここで、歯ぎしりをする。日本人として、そのくらいの決心が出来ないのか。日本は腐ってしまったのか、ハート、脳みそメルトダウンでうごめくゾンビになってしまったのか。
私だったら、世界に向けてこう言います。
「負けきっている国と承知の上で、落としてくれた原子爆弾だった。それを被ったヒロシマ・ナガサキを、日本国民は忘れない。世界中の誰が、どこの国が、原子力をいじろうと、知ったことではない。だが、日本だけはしません。そのためにひもじい思いをしようと、ぼろ屋に住もうと、断ります。風力、水力、波力、自然の力を借りて暮らします」。
日本人だったら、あの戦争の最後を思う人だったら、この原発事故に際して、黙っていて欲しくない。どうしてだろう、沈黙が漂い、木霊の気配もないのは。

トラの話

久しぶりに上野動物園へ行った。
偶々ガイドツアーが始まるところで、門を入ったところの広場に十人あまりの希望者が集まっていた。私も、飛び入りで入れてもらい、動物解説員の説明を聞きながら巡り歩いた。
ワシ、タカなど猛禽類の前に来た。これらの勇猛な鳥たちが、実は怪我をして自然のなかでは生きて行かれないので保護され、治療を受けていることを、このとき初めて知った。元気になったら野に放たれるという。なかには、一生、ここにいなければならない大傷を負う鳥もいるのだった。動物園の解説者の話は興味深く、しかも目の前にいる動物たちについて説明して貰えるので、おもわず身を乗り出して聴き入ってしまう。
やがて、トラの囲いの前へやってきた。寝そべるトラ、伏せるトラ。くつろいでいるように見えたが退屈しているのかもしれない。なかの一頭が、ぶらり、歩くとしようか、といった風に、億劫そうに立ち上がり、目の前を横切って行った。縞模様が艶やかな見事なトラ。長身、肩までの高さの高いこと、太い脚。威厳ある大きな頭。額から鼻に流れる傾きから発する肉食獣の魅惑的な気配。私は目を凝らして見つめる。

しかし億劫そうなスマトラトラは知らん顔である。トラの尾が目の前を通り過ぎてゆく。そのとき私は、なんという気の毒なトラであろうか、と慨嘆、哀れでたまらない気持ちに襲われた。真横から見たトラは、まさしく立派なトラであったが、見送ったトラは、惨めなほどに痩せて、ぺらぺらな、薄い身体をしていたのである。まるで手のひらを、横から眺めるようなものだった。
運動不足だな、と私はピンときた。筋肉が衰えているんだわ。トラからゴリラへ移動し始めた解説員を追いかけて私は、たまりかねて囁いた。
「こんなこと、申し上げるのは恐縮ですが、あのトラさんは痩せ過ぎではないでしょうか。運動不足とか、食べ物が足りないとか、なにか……
解説員は、ブレーキをかけたように立ち止まり、晴れやかな表情で、ツアーの一同をトラの前に引き戻した。
「皆さん、トラは、もともと横幅が狭い体型をしています。ご覧ください。これが正常です。痩せこけているわけではありません。環境に合った体型をしています。ライオンは平原で狩をしますが、トラは丈の高い灌木のなかで暮らし、そのなかで狩りをしてますからね、あまり横幅があると、獲物を追って走り抜けにくいわけです」

不可解な笑い

昨夏、群馬県の山中を走っていた。
小さなダムのある湖から県道へ下る一本道は、前にも後ろにも車の見えない、もちろん歩行者のいない山道だった。センターラインとガードレールがついている整備されている道である。

左側が石崖の、曲りくねる下り道路にさしかかったとき、上がってきた乗用車の屋根が見えた、と思う間なしにセンターラインを越えてきた。こちらのラインに、そっくり入った相手の車体を見た。
正面衝突しかありえない状況だった。
アクセルを目一杯に踏んだ。右側バックミラーに強い衝撃を受けながらすれ違って石崖へ接触寸前でブレーキペダルを踏み込んだ。夢心地のスローモーションだった。きわめて長い時間が経っていた。実際の時間は、
目視した瞬間からブレーキを踏むまで、二秒あったかどうか。ぶつかるしかない。怖れて停めたら、その瞬間に正面衝突だ。双方の人身事故は避けられない。しかしこちらは下りだ。あっちは上りだ。こっちの方が早いはず。止まるな、走れ、走り抜けろ。この回路を巡った頭が足に指令を出し、スニーカーの靴底がアクセルを踏み込んだ。意識の時間は長く、二分も三分もかかっていた。
無事だった、よかった。車の怪我も少しだ。
そう思いながら振り向いた五十メートルほど先に相手の車を見つけた。ドアが開いて四十台半ばくらいの女性が現れ、ドアを開け放したまま、つまづくような走り方でやってきた。笑顔でやってくる姿を見たとき、私は、猛烈な怒りがこみあげた。沸騰する怒りを抑えて待ちかまえると、彼女は走りながら両腕を差し出して、にこにこと笑いながら言った。驚いたでしょ、驚きましたあ。そして私の胸の前まできて息を切らせ、さらに笑った。笑いが止まらない様子に、私は爆発した。おまえ! と私は怒鳴った。笑ってる場合か!
すると、小柄な彼女は私を見上げて、笑ってなんかいません! 心臓がバクバクして。と笑った。にこにこと笑っているのではない、ケラケラケラと、とめどもない、乾いた笑いは止まらない。
感情のコントロールが利かなくなっているのだ、と、このときになって私は悟った。怒りの感情が引いていった。

おくりびと 

『納棺夫日記』青木新門 著 が書かれたのは、いまから14年前であった。
納棺師という職業があることを、当時、私はNHKのテレビで、その仕事ぶりを見て知った。うろ覚えだが『納棺夫日記』という本の著者を取材した番組だったと思う。

納棺師とは、死者を柩に納めるために必要な作業を行う職業人のことである。このような職業があることを知らなかった私は、非常に驚き、ついでさまざまな人模様を想像した。
驚いた理由は、人が亡くなったときに、最後の別れまでの、死者の姿が消されてしまうまでの残り少ない時間を、親しい者以外の、誰かの手にゆだねることの、もったいなさや、微妙な感情を思ったのだった。
けれども人には、思いも及ばない境遇、死の瞬間を与えられる場合が数多くあり、この仕事の大切さも想像した。
のちに納棺師が生まれたいきさつを知るに及んで、深く納得できたのだった。
納棺師が生まれたいきさつを簡単に記すと、1954年、洞爺丸台風によって青函連絡船が座礁転覆し、死者、行方不明者1761人という犠牲者を出した。これは世界海難史上第三番目の規模である。第1位は北大西洋のタイタニック号。第2位はミシシッピ川のサルタナ号。
この台風は、想像を絶する規模のもので、最大瞬間風速  メートル、956ヘクトパスカルと記録にある。函館海岸に多くの被災遺体が流れ着いたとき住民たちは、葬儀業者を助けて遺族への遺体の引き渡しを手伝ったという。このことがきっかけとなり、葬儀業者の下請け仕事として発生したものなのだった。「おくりびと」という題名で映画化されて、外国へも知れ渡ったのは、これより、はるか後のことである。

耐震家屋


 阪神淡路大震災の余波が続くころのことだった、川崎市で耐震構造かどうか、住居の診断をしてくれることとなった。区役所広場(合同庁舎)会場に大喜びで行った。
 相談員の質問に答えるうちに断られてしまった。木造家屋を診断するのだ、あなたの家はコンクリートパネルを使用しているから対象外だという。
 無駄足とは考えない。未曾有の事件勃発の時は、市の言うことは対象外にしよう。

キレイ・トイレ


 きれいトイレがないと、宿泊も二の足を踏む。
 一億円かけた、というトイレに入った。
 一歩入ったら、こぢんまりとした洒落たホール。 真っ白いグランドピアノが置いてあった。
 何の用事で入ってきたのか、忘れてしまった。

加速する速度願望


 PCの立ち上がり
 重いサイトの呼び出し
 シュレッダーのシュレッド速度
 電子レンジで、分刻みで仕上げる料理

ネジ

ネジにはアタマがある。
ネジのアタマには+か
がついていて、これにドライバーの先端をはめてまわす。するとネジは回り、浮き上がるか、ネジこまれるかする仕組みだ。噛み合わないと空回りする。
 私のアタマは、むずかしい理屈に出会うと空回りする。複雑な言い方にあっても空回りする。よほどアタマが浅いか、小さいか、摩滅しているのだろう。読んだり聞いたりする能力がこの通りだから、書く方は、簡単、単純なことしか書けない。難解な理論を駆使して、富士山を何回も巡るほどの長さに書く人は、どんな頭をしているのだろう、と思う。

深夜の歩行者

深夜の歩行者
      JAF MATE 
      「事故ファイル #104」より抜粋
 深夜には、危険な歩行者が……
 警察庁によれば、平成20 年中の交通事故死者(5155人)を年齢別に見た場合、65才以上の高齢者が 48・5 %(2499人)と、約半数を占める。この高齢者死亡者の  47・7%(1191人)が歩行中であり、そのうちの68・2 %(812人)が夜間の事故であった。
 午前1時、トラックの前を左から右へ横断していた 78 歳、男性。徘徊中の事故だったという。午前 0時に、国道を乳母車を押して徘徊していた  80歳代の女性。午前4時に市道をハダシで歩いていた90歳代の女性などが保護された。夜間、道路の真ん中をフラフラと歩いたり、横断歩道のないところを、横断したり、路上で寝込んだりすることもある危険な歩行者。
 われわれドライバーは、彼等の存在、行動を常に念頭に置きながら走る必要があるだろう。また、危険な歩行者を見つけたら、積極的に警察に通報して事故減少に貢献したい。
 以上、「JAF MATE」は、社団法人日本自動車連盟(JAF)が発行している月刊誌であるから、ドライバーの安全を念頭に書かれている。認知症の人の徘徊事故を、なんとかして防いであげたいという趣旨。
 ここからは私の意見。
 問題なのは認知症ではない人のとる「危険行動」のことだ。ごく普通の人で、無意識下に自殺願望をもつ人のことである。もう死んでもいい。死ねるんだったら死にたい。こういう願望を胸の底に沈めながら歩く。こうした歩行者を避けるのは容易なことではない。
 歩道に立ち止まっている、と目視して走り続ける、そこに、ひょいと出てくる。私は、このような場面に出会ったことがある。赤信号で一時停止していたとき、歩行者用の信号が青になるのを待つ高齢の女性がいた。しかし青に変わっても、佇んでいて動かない。やがてこちらが青になって、車が動き出したとたんに車道に踏み出した。勘違いをしたのかもしれないが。
 わたしたちの誰もが、事故に遭いたくないと願って運転している。法的には加害者だが被害者である場合を思う。

男と男性 女と女性 

この項目から、夢類19号掲載の壺猫 転載です。

違いはないように見えるが、メディアで使うときは、はっきりとした区別があることに気がついた。
単に性別を表現したいときは、男性、女性というが、犯罪に関わった人物の場合は、男が、女が、と言う。簡単にいうと、イイモンは男性、女性で、ワルモンは男、女である。
いつ、だれが取り決めたことなのかしら。

ストレスの下で

3.11大震災のときに籠城をした。半分は本番、半分はテストだった。神奈川県が境界線地域にあった故でもある。さまざまな場合を想定して準備をしていたので、ひそかに完璧だな、と自信を持っていた。にもかかわらず、不足のものを発見したのだった。それも初日に、である。
それは「甘いもの」と「酒」だった。この二つは、手元に置くと必ず手を出してしまうので、買わないことに決めていた。目の前にあると、つい食べてしまうカリントウ、お煎餅など、たわいもない駄菓子、あとはチョコレートがお気に入り。甘いものの間食を我慢すれば、体重増加の心配はないのだ。酒の類いは、なければ何ヶ月でも飲みたいとは思わないが、あれば種類を問わず飲み干してしまう。飲んでしまった夜は、まったく仕事にならないから、手元に置きたくないのである。
ところが、地震発生の当日、ノドから手が出るほど欲しいっ、と思ったのが、甘いものだった。なにもない。しかし食べたい。餅米とキナコでキナコ餅を作って食べてしまった。甘い食べ物で、気持ちが落ち着けた。その後、日を追うに連れて、ウィスキーなかったけ。もちろんビールはないよね。ワインも飲んじゃったなあ。久保田、巻機。なつかしい越後の銘酒の空き瓶が恨めしい。忘れようとしても目の間に浮かぶのは酒瓶である。宮城、岩手にお菓子屋さんが支援に行って、ケーキを振る舞っていた。たいやきを作っているボランティアの人もいた。
強いストレスの下に置かれたとき、甘い食べ物が助けてくれる、この力は大きい。がんばろう、の元気づけの言葉もよいが、私は、たいやき1匹のほうが元気が出ると思った。そして昼はがんばって、夜は、とことん飲みたい。ここで、即席の標語。 「 甘いお菓子は、その日の元気、宵のお酒は、明日の力。」

交通違反

交通違反は、交通事故の原因になるから違反してはいけない。よって違反者を取り締まる。これは、書物の題名のようなものだ。では本を開いてみよう。あら、立体絵本、飛び出す絵本らしい。現実感に溢れている。
季節ごとの「交通安全週間」には、一斉に取り締まりを行う。些細な注意を受ける50ccバイク。ちょいと停められて、ハッと心臓が止まりそうになると覗き込んで、あんた、サンダルで運転しちゃダメよ、行ってよろしい、と言われたりする。日曜日の朝、ほとんど車のいない直線道路、いきなり車道に現れた人影が、赤い旗で(なぜか巻いていて、両手で横に持っている)制止する。こっち、こっち、という。見れば道路わきに空き地があり、そこに捕まえた車を引き入れて違反キップを切っているのだ。すでにプリントした紙を持っており、速度違反の時速が記されている。自慢にならないが、このあとの状況を話し始めたら長くなる。経験豊かなのである。結果と感想に留めたとしても、言い尽くせないほどある。
観察の結果、彼らは入れ食い狙いの魚釣りをしているのであり、かかり易いところで待ち伏せるのだ。違反したら危険だ、という場所ではない。あくまでも捕まえ易い場所を、彼らのために選ぶ。運転者のため、などみじんも考えていない。
高速道路の超絶スピードの確信犯に対しては、両者とも真剣に、一種の醍醐味を味わっている。醍醐味と言えば、暴走族相手の取り締まりも似たもので、「あっちも、こっちがいたほうが面白いしね、こっちも喜んでやってるわけだから」とおまわりさんが笑っていた。以前は、県境まで逃げ切ったら追跡者(警察)の負けだった。
一般道が問題で、以前は何キロオーバーしていた、いや、していない、と果てしない口論が続いたのだが、いまは自動的に記録されたプリントを見せるだけである。しかし私は、このプリントを、根っから信用していない。40キロはオーバーしていたはずなのに、25キロ違反だったことがある。しかし、20も出していないのに、25でやられたこともある。プリントは、チラと振り回すだけで、決して当方に渡してはくれない。あんなものは、言い訳封じの目くらましだ。前車と車間距離も取り、同じ速度で普通に走行していて停められ、16000円の速度違反となった。尋常に走行していると感じている速度で、想像以上の時間を拘束され、バカにならない金額を支払うことになった。このような「災難」に遭う市民の数は多い。こういう悪質な取り締まり方を繰り返すと、社会が荒れる。確実に荒れて行く。この現象を警察は軽く見ているだろうが、恐ろしいことだと思う。警察が作りだす社会の荒廃。警察は感じていないのだろうか、最近の市民が、なにかあった時に、すぐに110番をしなくなっていることを。
もう一つ言うと、違反して支払ったお金は国庫に入る。警官のボーナスではない。しかし、違反した当日に、所轄警察の知り合いに連絡すれば「消去」されたのだ、つい先頃までは。現在は禁止になったが、表向き禁止になった、と私は勝手に解釈している。たとえ感謝費用が違反金よりも高価になったとしても、点数を気にする向きには、この上ない有難さである。双方が止めるわけがない。これは、私の勝手な想像でしかないが。
警察の末端組織、交通課は、一般市民とじかに接触する、もっとも大切な部分なので、親しまれ、信頼されてこそ、存在の意味がある。
しかし500人とも言われるキャリアの人たちは、三権分立などクソクラエだ、大規模でいいようにやっているのだから、長期にわたり熟成されてきた体質なのだろう、理不尽な交通違反取り締まりに遭っても、気持ちが離れるばかりで驚きはない。

大震災後のタマゾン

東京都と神奈川県の境を流れる多摩川の話題。以前から、多摩川が、ちょっと揶揄された言い方で「タマゾン」と言われていた。多摩川に熱帯魚が増えてアマゾン川化しているよ、という意味である。主に河口付近の多摩川では、流入する排水、もちろん濾過されて排水されているが水温が高い。この付近に、熱帯魚が住み着いて繁殖する種類も現れた。グッピーのような小型のものからアロワナまでいる。ピラニア、ガーもいる。大きくなりすぎたり、飽きたから、と捨てる人がいるらしい。集めて保護している人たちは、どうか、お魚ポストに持ってきてください、川に捨てないで、と懇願している。生態系が破壊されるのを危惧しているのだ。私も同感ですので、どうか川に放さないでください、と心からお願いします。
ところで、3.11 以来、タマゾンに熱帯魚がさらに、いっそう増えている。その原因は、東京、神奈川でも相当揺れたために、水槽から水が溢れた飼育者が大勢でた。これを機会に、飼育を諦めた人たちが多摩川に捨てたのだと言う。大地震の波紋は、熱帯魚にも及んでいるのだ。たしかに、私の水槽も溢れて水浸し、モーター2基がお釈迦になった。マンションで飼育している人の場合は、階下にも迷惑がかかることになる。
魚を飼育する趣味は、不況の時に流行すると言われるが、不況で飼っていたものを、地震で諦める事態となった人もいたはずだ。私のごとき、年中不況の身となると、年中魚を飼っていて、この困難を乗り越えて飼い続けることに迷いはない。いまから3年前に、水槽の水温を自然体にした。それまでアマゾン並の25℃に設定していたのを、節電のために止めたのだ。水槽の住人は熱帯魚のコリドラス。これはナマズの仲間で、数センチの可愛いアマゾン川の魚。夏から秋へ、冬へと次第に水温が下がって行く。コリちゃんは、この変化に耐えに耐えた。この冬も5℃の水温を経験し、乗り切った。すごーい、コリちゃん。
タマゾンで元気に生き抜くガーや、ピラニア、真冬の5℃水槽で生き抜くコリちゃん、環境の変化に順応する生命の力を見る思いがする。

大人災

3.11は、やはり人災の部分が大きくみえてきて、この先を思うと暗澹とする。五感を素通りしてしまう「毒」ゆえに、時間とともに緊張感が薄れてゆく。何度も繰り返すが、地震と津波の被害からは、必ず立ち上がる日本人だと確信している。福島原発は、そうはいかない。大人災だ。プラントの大崩壊を目の当たりにして、私は、自分自身の怠慢を強く反省した。原発というものを、自発的に、もっと調べたってよかったのに、見過ごしていたんだ、と思った。
そこに在ることを許容し、黙っていた。そう感じている。気になっていたことは事実で、福島の浜通りを走り、原発の前で車をとめて門の前に佇んでいたときのことが甦る。また、去年の夏に、柏崎刈羽原子力発電所へ行ったことも記憶に新しい。しかし、わざわざ遠走りして見物に行ったにしては、これを知った、という手応えはまったくなかったのだ。柏崎刈羽についての感想を言うと、展示館のためにずいぶんお金をかけているなあ、という驚きと感嘆だった。見事に作られた模型の数々、ジオラマ、説明をしながら巡り歩いてくれる解説員の方、幼児のための遊び場。軽食のレストランは、安くてしかも美味。

展示館を見学しても、素人が一般向けの情報から得られるものは、とても‥‥「少ない」のではなくて「限られて」いる。見せたい部分だけを見せてくれるのだから、隠れている部分を見る手だてはない。さらに一般人は、何が隠れているかを知ることさえ出来ないのだから、これでは話にならない。
家庭の平和を保つコツは、楽しいこと、よいことは後回しに喋り、言いにくいこと、悪いニュースから真っ先に伝えることなんだ、と言う、これを実行している友人が、大家族の中心となった年齢にきて、次世代に同じことを伝えている。隠し事がない家庭にこそ、平和と安定、幸せがある。
日本のメディア、メディアを利用する各組織すべてが、彼らが伝えたいことだけを選びだし、伝えたい時を選んで伝えている。TVもラジオも、新聞も、「展示館」そのものだ。あらかじめ用意された展示館だけを眺めていても、彼らの作ったワクから出られないし、ほかの世界は見えはしない。しかし、このワクの中に安住していることこそが怠慢なのだ、原発に関してだけに怠慢なのではないと、反省し直した。
便利なテレビ、毎朝配達される新聞、このワクの外の世界を見ることができる時代にいることを自覚しましょう。

差別といじめ

アラバマ物語(To Kill a Mockingbird)は、ネル・H・リー(Nelle Harper Lee 1926年アラバマ洲生)が書き、ピューリッツァー賞受賞、グレゴリーペック主演で映画化された名作である。アメリカ南部の田舎町の弁護士が、白人女性に対する婦女暴行事件の容疑者とされた黒人男性を弁護するありさまを、弁護士の娘と友だちの少年たちの目で見てゆく物語だ。黒人の弁護を引き受けた、という理由で、非難、中傷、攻撃を受ける弁護士。黒人男性の無実は明らかだ。しかし裁判では、陪審員は全員白人で、はじめに結論ありきである。弁護の力は如何に。このとき黒人男性は絶望する。平然と偽証する女。偽証と知りながら受け入れる陪審員たち。物語は、そのあとに劇的な展開をみせるのだが。
私は、最近、この映画をしばしば思い出す。差別といじめについて思い巡らせる故である。いま、二つの事件がある。ひとつは、小沢一郎強制起訴。もうひとつは、相撲の八百長疑惑。
小沢一郎は、裁判前に党員資格を停止するという。相撲の方は、まだ決まったわけではないから、給料を支払い続けると言う。これは政治の話ではなく、相撲の話でもない。それ以前の、人間としてのありようの話である。
八百長事件を扱う人たちは、真っ当だと思う。記者が、不満そうに訊ねる、どうして給料を払うんですか? 答えて、まだ、すべてが決まった段階にないから。黙る記者。小沢一郎は、すでに2度も疑惑を晴らした後の強制起訴である。しかも、この制度は、政治に用いるのは適当でないと言われている制度である。それを知りながら公判前に処分をするという。この事件について大林宏前検事総長は、検事総長のときに2時間近くに及ぶ記者会見で、丁寧に記者の質問に答えた。この記者会見を私はインターネットで見聞した。小沢一郎は無実なのだった。与謝野馨は、これはリンチだ、と発言した。鳩山由紀夫は、これはいじめだ、と発言した。このような声を知りながら、活動の場所から追い出そうとする。私の目には、偽証を偽証と知りながら、無実の人を死に追い込んで行く陪審員たちの姿が、日本の政治世界、日本のメディア世界に、うようよ見えて仕方がない。差別、いじめを傍観することは罪である。他国から、あの国には、もともと民主主義なんてないのだ、と笑われている日本の国民として、これを黙っていることは、民主主義なんてない国だ、ということを肯定することになる。黙っていることは、いけないことだ。罪だし、恥ずかしくたまらない。

石の話

庭とも言えない、トレーニング場のような庭には小石がごろごろしている。日本各地をドライブしたときに持ち帰った小石。国立公園をはじめ、採取禁止の場所が多いから拾ってくるにも制約は多い。連れ帰った石のなかには、場所の名をマーカーで書いてあるものもある。
人に話すと、石を持ち帰るのはよくない、と言われることがある。石は、買って所有するのは問題ないが、拾ってくると災いがふりかかる、と聞かされることが多い。石にこもった悪念が作用するぞ、というのである。占い師などが真顔で説くものだから、本気で信じている人も多い。私も、はじめは、そういうものなのかしら、と受け入れていた。悪いといわれることは、強いてしないでいるほうがよいと思った。一方、なんでかな? と疑念は消えず、結局こう考えた。ひとつには、石の物語を創るつもりがあるために、資料収集をしているせいでもあるが。
どう考えたかというと、地球上の石ころを、あっちこっち動かしても、石の寿命と動かす人間の寿命とは比較になりはしない。山の岩石が川を下り、丸石となり砂になる、その年月のうち、どれほどの時間を人と石は共有できるのか。石は、目にもくれず、気にもとめないだろう。よしんば怨霊の念が籠った悪石を取り込んだとしよう。私は、その悪念を浄化してみせる、といままでの経験から自信を抱いたのである。こうなったら、みんな来い来い、である。幸せ石にしてあげましょう。

養老孟司さんの本『小説を読みながら』を読んだ。すこし引用させていただきたい。P24~5に、こんなエピソードが書かれていた。
元旦に猫が死んだ。ー中略ー 我が家の隣は寺の墓地で、庭を掘ると古い五重塔の石が出る。その石の一つを猫の墓石にした。翌日になったら、その石が移動していた。老齢の猫だったし、最後はヨレヨレで、死ぬときは人目につかないところに行こうとしたらしいが、途中で力つきて倒れた。だから墓から出るほどの気力はなかったはずである。なぜ墓石が動いたか、いまだにわからない。もともと人間用の墓石だったから、本来の持ち主が猫嫌いだったのかもしれない。それなら墓石のほうが猫を嫌って逃げたのである。ー中略ー 墓が動くというのは、考えてみれば、大きな異変の代名詞である。とはいえ猫の墓だから、なにか起こるにしてもたかが猫程度の異変であろう。いまは置き直した石が無事に収まっている。

これが小説書きの書いたものだったら、私は信じるべきか否か、吟味に吟味を重ねるところである。しかし、養老先生は解剖学者です。科学者にして、この異変を現実に目撃したのである。私は、自分の経験も重ね合わせて、養老先生の目撃談を信じた。
私の経験は昨年のことで、石庭の縁どりのコンクリートの通路で起きたことだった。信楽焼のカメを伏せて植木鉢の台にしていたが、ある朝、このカメが1メートルほど東に移動していた。もとあった場所には、長く置いたために輪が出来ていた。引きずった痕跡はない。だれも入らない庭である。メロディが蹴った? まさか。いまだにわからない。元の場所のほうが便利なので置き直した。



壺猫のいる庭

王侯貴族が造る庭園は、世界中にいくつもあって、世界中の人々が見物、鑑賞する。日本の名園も数しれない。お寺の庭も見事だし、たとえば東京庭園美術館の庭も溜息が出る美しさである。これらは専門の造園師の手になる庭園で、主(あるじ)の希望、指示に従って造られているから、時代を経ても、主の心を汲み取ることができる。翻って、一般家庭が持っている比較にならない小さな場所も、立派な庭、これこそが我が家の庭である。ある意味、王侯貴族よりも、自分の希望を直接叶えられる庭と言えよう。極端なことを言うと、A4 サイズの木箱庭だって「私の庭」と言えるのだから、予算だって案ずることはない。
壺猫のいる庭は、このたぐいの自作の小庭です。升目に仕切られた分譲地にプレハブの小家を建てたときは、隣近所の家と同様のワンパターンのネコ額の庭だった。それは住む人が造った庭とは言えず、工事の人が薦める、普通、こんな具合です、といったつくりに従っただけの庭だった。
壺猫はこれに疑問を抱いていて、前々から欲しかった庭に変えていった。心のありようとともに、庭は変化するから、この先、どう変わるかは分からないが、現在の庭を説明しましょう。すこし理屈っぽいのですが。
それは、正方形の石庭を東西にふたつ並べている石庭です。東側の正方形には白い砕石を敷き、9カ所に御影石の丸石を配置している。9カ所には、1個から9個の石が埋めてあり、3x3の魔方陣を形作っている。これは中国では「洛書」と呼ばれる数の配置で、九星術の基本形。これは各列、各行、両対角線上の数字の合計が、いずれも15で、1から9までの数の総和は45、これを三等分した数が、洛書の定和となっている。
9つの数群の中央は5個の石で、この上部にブランコを下げてある。ブランコに揺られて、ブランコの綱が消えてなくなり浮遊したらよいなあと空想する。ブランコが子どもの遊具以上の意味を持っているのは、胎内回帰の旅に出られるゆえではなかろうか。懐かしい記憶、母の記憶、前世の記憶が甦るのは人間だけではないらしい、私の相棒だったイヌの千早、いまはネコのメロディが、抱いて共に揺られていると同じ思いに揺れているのが分かるのである。
西側の正方形の中央には、円盤状の市販の御影石が埋めてある。市販の石はこれだけで、残り全部は私が連れ帰った石たち。中心から東西南北へ十文字に丸石を配置し、その隙間は御影石の小石が埋めている単純なもの。中央は瞑想の座。とくに座布団を敷かなくても冬でも暖かくなってしまう。周囲は歩禅の場。裸足で歩くと足裏が刺激されて健康にも良い。
壺猫はどこにいるか、って? およそ南西に当たる場所に陣取っております。
庭の話は、これでおしまいです。続いて石の話をつけ加えます。

新聞の結婚

アメリカでは新聞の売れ行きが下がっている。日本では、雑誌は下がったが、新聞は少し下がっただけだと聞く。その理由は宅配制度にあるという。毎朝届けて貰う便利さと、朝開く習慣。それに勧誘に弱いし、まして長年とっている新聞を断るなんて、およそできない空気。その上、押し紙が相当あるのだ。新聞の販売に、このような慣習的宅配がなかったら、崖下へ転落、くらいな下がりかたをしているのではないか。新聞には、それほど魅力がなくなってきている。現実、猫のトイレのために要るもので、と言っている人もいるのです。

予想するに、そのうち新聞社の統廃合が始まるだろう。自動車業界や銀行や、デパートなどのように。デパートを見てみると、昔感覚の私なんか、のけぞるような結婚をしている。三越と伊勢丹の結婚など、その代表だ。昔の感覚で言うと、三越と伊勢丹では、まったく客層が違っていた。同じ客が三越と伊勢丹の両方を使うことはあった。しかし、その場合は用向きが違ったのだ。それが相違相愛の間柄かどうかは知らないが、結婚に漕ぎつけたということは、ある意味、釣り合いが取れたに違いない。
いまの新聞業界で、産経と読売、朝日と日経、毎日が合コンしたって全然驚かない。理由は、各社、似たり寄ったりの記事になっているから、だれとでも釣り合う。談合してるんじゃないかと勘ぐるくらい、似ている。
しかも、各系列のテレビのニュースがそっくりさんだ。見る気もしない、聞く気も起きない。すこし前までは、系列は縦の流れで連なっていて各局特徴があった。が、いまは縦横一緒、どこもここもうさんくさい談合団子だ。

基本的な談合団子に加えて、テレビのニュースなど、たるみきっている。ただの三面記事を流すだけだ、どうでもいいや、というつもりなのか。たとえば事件が起きたとしよう。「取材」の結果、放映した映像と内容は、こんな感じだ。
道端に立っている中年らしき、女性らしき人物の首から下。腹から上を映す。これに声。「ドカンて音がしたから出てみたら、パトカーが来てて」これっきりだ。一度ではない、あちこちの局で常識的にやっている。電波使うんじゃない、と言いたい。屑記事に紙使うんじゃない、と言いたい。
サンダルつっかけて出てみたら、隣のオクサンのほうが早くて、もう道に出ていて言った、ドカン、って音がしたのよ。聞いたわ。そしたらあそこに、パトカーがきてて。ほんと。やあねえ。
普通、これって取材と言わないんじゃないか。オクサンたちだって、ゴミ端会議では、もうすこし突っ込んだ話をしている。警察回ってネタもらってきて、記者クラブで言うなりに聞いて、おとなしくコピーして。メディアの腐敗。書き足りない。


谷啓・細川 俊之

谷啓さん78歳、そして細川俊之さん70歳、このお二人が昨年から今年にかけて続いて自宅で転倒、転落事故で亡くなられた。人前に姿を現すことが必須の職業は、肉体労働の部分が大きい。このような職にある方々は、とりわけ肉体管理に意を用いていられることだろう。それでも転倒が避けられず、死につながる。不条理としか言いようがない。
私が骨折したのは転倒ではなかった。強いて言うならば転落であった。が、階段落ちのような華々しい転落ではなく、通夜の斎場、40cmにも満たない高さのスツールからずっこけた、これだけのことで立派に骨折したのであった。
スキー場で事故は多い。手痛い骨折事故である。事故に遭った人が、ほとんど異口同音に強調する事故原因がある。それは心理的な要素だそうだ。それも本人自身の心の内の出来事。
じゃあ、私のスツール転落、大骨折に心理的要因はあったのかしら。
あれは通夜の席だった。私の仲良し、10歳年上のひとを悼む宵だった。彼女は賑やかで活発な人だったから斎場は混雑するだろう。すこし遅れて着いた私は、あれ、と立ち止まる。親族の席以外にほとんど人が見えなかった。しかも、10歳年上というのはちがっていて14歳年上だったのだ。私はびっくりした。え、え、え。びっくりしているところへ、係の人が誘導してくれた席が、誰もまわりにいない中央だったのだ。あ、あ。なんなんだ。ずっこけた。
大部屋に入院したら、仲間が5人もいた。ひとりは電子レンジでチンしようとして、茶碗に手を伸ばしたら、片足が滑って転倒、大腿骨骨折。ひとりは棚の葉書に手を伸ばしたら背骨を骨折したと。もうひとりは、ダンボール箱を両手で抱えて玄関に入るとき、上がりがまちにつま先をひっかけて転んだという。以下同文。
異口同音に叫ぶことは、誰が転びたくて転んだか! である。 そのとき何を考えていたか、悩んでいたかは、あるのが当たり前だろう。無念無想でチンする人はいない。財布を落としたって、失恋したって、転倒しない人はいくらでもいる。
私は、医者に頼んだ、いいから放っておいてください。充分生きたから、もう結構です。すると医者は言った、あんたね、死ねないの。わかった? 
生死は、不条理か。   pot mouse

第19号 近日発行

19 号 発行と同時に、壺猫がここに参ります。

政権交代 森林オオカミ その他

18号   20099

18号から、コラムの壷猫を、随想の場「壷猫」とすることにした。17号で随想の場をつくったのだが、創刊号から鎮座している猫殿に頼み、随想の部屋主となって貰うことにした次第。
同じようなコラムのマウスは、パソコンのマウスを意味していて、デスクまわりの話題を担当してきた。ネズミは猫と同居で嫌がるかもしれないが、壺の底に同居して貰うことにした。

 壷猫という名前には、由来がある。
「夢類」創刊より10年も前の遠いむかし、我が家の庭に黄河が流れていた。庭の南西に水源があり、大河は西から東へ向かい悠揚迫らざる流れをみせていた。水源は、中国から輸入された茶色の壺であった。もとは、漬物の類が詰めてあり、漬物を売るために日本に運ばれてきたらしい。この壺を傾けて、あたかも水が流れ出すような形にして庭の飾りにしていた。我が庭の大黄河は、この壺から発し、雨天の日にのみ悠然と流れていたのである。私は、自分の名前の文字、「泰」が中国の名山、泰山に由来するがゆえに、だろうか、果てしない夢を描き続ける中国大陸である。
ある日、雨天の黄河を眺めていたとき、この横倒しの壺の口に大きなギョロ目の顔が、はまっていた。絵に描いた顔ではない、これは生きている大猫だった。乾いている壺に収まって、庭を眺めていた。その日以来、空模様に関係なく、毎日いるようになった。こどもたちも喜んで、この大猫を「壷猫」と呼ぶようになった。壷猫は、ある日、突然現れたように、ある日、忽然と姿を消したが、いまは壺のなかに座りこんで、左利きの手にペンを握っている。いままで、1ページ、約700字という制限があったが、これからは無制限なので、壷猫殿の活躍を期待している。

 皿
 アキバの新商売、皿割り。八つ当たり商売。陶器の皿を買ってブースに入り、買った皿を叩き割る。500円の皿は、200円の皿より大きく1000円皿より小さい。
思い切りよく叩き割って、気持ちをスッキリさせるという商売が繁盛している。客は、せいせいしたと言う。
以前、私の友人が、学校のバザーで安物の陶器を買い集めていた。ハンパでない数を買う。そんなに買ってどうするの、いいのをたくさん持ってるじゃないの、と訝しがったら、割るためよ、と答えた。
これも以前の話だけれど、夫の転勤で海外にいたときのことだ、領事館だったとおもうが、そこにつとめている人の奥さんが、日本からノリタケのフルセットを持ってきており、これを、事あるごとに割っていた。
彼女の場合、ガラクタの瀬戸物を割ったのでは、とてもイライラを解消できなかったのだろう。
私には、これができない。よほど、貧乏性なのだろうか。いや、貧乏か金持ちかは関係ないのではないか。ガラクタ瀬戸物でも、割ったことがストレスが溜まる原因になってしまうと思う。
可哀想なドンブリだなあ、いちども御飯を入れて貰えずに、割られて捨てられる運命とは。なんて、涙が出てしまうと思う。うっかり割った皿だったら、いままでありがとう、と言ってねぎらうから、涙は出ない。
アキバでは、規格外の売れない商品を安く仕入れているのだ、と説明する。 売れなかったら、価値がないというのが、いまの世の中の常識かもしれない。
皿割りの場合、価値のない品物に、価値を与えたことで、すごいアイディアだと感心されている。お金に換算できないものに価値がない、という世の中に、私はハラハラする。価値とお金が結びつきすぎて、合体してしまっているのではないか。お金と関係ない価値を見直してみよう。 


 悪車は良車を駆逐する
 名古屋で、ラッシュ時の渋滞にはまったことがあった。青信号が黄色に変わったので停止線で停車した。後続車のクラクションが聞こえた。短い音が、なにか苛ついている気配を感じさせた。
なんか違反したのかな、と不安になってバックミラーを見たら、激怒しているではないか。なにが、どうしたの? と、わけがわからなかった。
同じようなことが大阪でも起きて、次第に理解できるようになった。つまり、停まらないで交差点を抜けてしまえ、と、怒っているのであった。黄色でも停まらないのが常識らしいと分かってきた。青から黄色に変わる。それは
青と同じという認識で、ブレーキも踏まない。長い黄色も、同様に走り抜けている。黄色から赤に変わる。いくらなんでも、停まるであろう。これが停まらないのである。急いで走り抜ける一台、二台。これ以上は完全に真っ赤だ、いかん、となってはじめて停車する。
この現象に、腰が抜けるほどびっくりしたのは、いまから10年以上も前のことだった。私には、あんな真似はできないと思った。最後の1、2台は、赤虫じゃないですか。赤虫とは、赤信号無視のことである。 私の住んでいる界隈では、こんな態度はなくて、信号に従うのが当たり前だった。真面目で、行儀が良いのである。ところが、ところがである。最近、黄色になったばかりのとき、ためらう車がいなくなったことに気がついた。まだ黄色信号だ、といった空気で走り抜けてゆく。もっと驚いたことは「グズグズするなっ、とっとと行けぇ!」と独語大声、前車の尻に噛みつかんばかりに交差点に進入する我が車を発見したことだった。「悪貨は良貨を駆逐する」という、グレシャムが言ったとされる言葉があるが、いまどきの交差点では、行儀の良い車は、もたもたするな、と追いやられて消えるしかない。驚き呆れていた本人が、当然のように交差点に進入し、良い車を罵っていることに憮然とした次第。 


  取 説 
 最初、取説、と聞いたときは、? だった。前説、後説はわかるが、取とはなんなんだ?
ちなみに前説とは、シナリオ用語であって、物語の始まる前に、前置きをする、話を始める前に、説明をしておくことをいう。これから始まる冒険談は、実は作り事ではない、何を隠そう、この私が実際に体験したことであって、今際の際に、虫の息でしたためたのである、みたいなことをいう。これが前説で、後説というのは、推理小説では、しばしば現れる、あとから解き明かす説明のことである。ホームズさん、どうして彼女が犯人と分かったのですか? などと尋ねられると、それはだね、と説明をする、アレである。では、取とは? と、考え込んだ次第であった。 誰でも知っているのだった、私だけが知らなかった。取扱説明書。


  痛    
 いつものように2階の机にいて、パソコンの画面と睨めっこをしていたある晩のことだった。力を入れていないのに、突然右の二の腕に激痛が走った。肘と肩のあいだで、普通の人なら力瘤ができる場所である、しかし。
私の場合は、力瘤はなく、かわりに豊かな脂肪がついていて力なく揺れている。目を背けたい部分だけれど、痛くてたまらず、観察した。腫れているわけでなし、外傷があるわけでもない。長男に電話すると、それは血栓かもしれないという。すぐにかかりつけの内科の先生に訴えた。

先生はお天気の話をしているかのように、ゆったりとおっしゃった。みんな、そうよ、同じよ。年を取るとそういうものよ。夜、手を出して寝ちゃだめ。冷えると痛むから、と先生。
冷えなんだわ。肩と腕を保護して、セーターを着て寝ることにした。しかし痛みは続くどころか強くなった。まるで針を通されたように痛みが肉の中を走るので、パソコンはおろか、何も手につかなくなった。ひたすら痛い、痛いをくりかえすばかり。ついに電話の受話器が持てなくなった。骨折予後の定期検診のときに整形外科の先生に訴えた。先生、ここの脂肪が痛いです。先生は、顔色も変えずにX線検査を指示。指示された撮影部位は腕ではなく首であった。だいたい本人が脂肪だ、と訴えているのにX線検査はないだろう、あれは骨しか映らないのだ。ところが、映像を見た結果、頸椎の石臼のような骨と骨の間が狭くなっていた。これが原因だという。びっくり。腕の脂肪と首の骨は、どこでつながるのかしら。
痛み止めの錠剤、血流を促進する錠剤、さらに薬によって胃を痛めないようにする錠剤、貼り薬を処方していただき、運動のメニューのパンフを戴いた。長時間、おなじ姿勢をとることが、肩凝りにつながるという。パソコンと読書が犯人らしい。え、これって肩凝りなの? なんだ、ただの肩凝りだったか、と私は笑った。顔は笑わなかったが、お腹の中で笑った。
処方された薬を朝昼晩、まじめに服み続けた。が、痛みは消えない。寝つけないし、ようやく眠っても痛みで目が覚めてしまう。深夜、胃袋が空っぽのときに、痛み止めの薬を飲むことは憚られた。我慢する。我慢を重ねるうちに気持ちが荒んでくる。肩凝りとは、これほど手強いものなのか。この時点で、ついに笑い事ではなくなった。自然と、尊敬する友人たちに訴えることになる。みんな勇んで教えてくれる。
なんといってもブロックが効くという。ブロックという、痛みを遮断する注射があるのだという。針治療もよい。マッサージのよい先生を紹介してあげましょう。治療院に一緒に行きましょう。ブロックなんかダメです。あれで死んだ人がいます。注射ならトリガー・ポイントへ一発。これで完治します、という人もいる。想像以上に多くの人が、肩や腰などの痛みで苦しみ悩んでいる、そして、それぞれ治療法を模索している、という状況がわかってきた。
おりしも、若い、多忙な友人からメールがきた。「テニス肘」になったという。これも腰痛、肩凝りと親類筋なので、以来、情報交換をして脱出を計ることにした。私は、彼女と性向が似ているので、共闘態勢を取りやすいし、効果も上がる。命に関わる故障ではないが、日常生活の質が低下する。確実に、非常に、低下する。私たちの場合は、どうも骨の故障よりも、筋肉の問題だとわかってきた。さらに、筋肉というものは、年令に関係なく衰えもするし、発達もするということがはっきりしてきた。
ここまできたら、あとは実行である。焦らない、時間を充分にかける。根気よく続ける。薬は必要に応じて用いるが、頼らない。とくに、痛み止めの薬は治療ではないのだから。根本は、自分自身のなかに隠れている力を呼び覚まして補強することである。やがて2週間置きの診察と投薬が1ヶ月おきとなり、薬は不要、これで卒業、となった。専念していたので、夢類の発行が遅れた。2月には出す、と意気込んでいた本号は、半年先になった。
いったい何をしたのか、と思うでしょう。それは、ありきたりの、だれでもしたことのある平凡な体操です。医師から渡されたメニューにしたがい、時間をかけて、丁寧に動かして行く。首の体操、肩の体操、肩胛骨の体操、筋肉の体操などが、順にイラストつきで出ている。これを抜かさず、はしょらず、ゆっくり実行する。朝、晩。ときには昼もやる。風呂で温める。
これだけ? そう、これだけです。二度と脂肪痛を繰り返さないように、この体操メニューは、これから先も続けるつもりです。


 主語 …… 政権交代に寄せて
 我が輩は猫である。
この文の主語は、「我が輩」である。猫の「我が輩」が、自分は猫だ、と伝えている。日常私たちは、堅苦しく主語をつけて話し合っているわけでもなく、しばしば省略する。源氏物語のように、そう、源氏物語の話術は、現代そのものなのだ、主語を省いて話し合い、正確に通じている。文章に書くときも省略することに慣れている。短文の場合は、なおさらである。
主語と選挙と関係あるか
今回の衆議院総選挙のとき、選挙前のTVの報道番組で「町の人の声を聞いてみました」というシーンが、各局で作られた。町の人の返事に「一度、民主党にやらせてみるのもいいんじゃないか」「民主にやらせてみたら」という発言があった。各局で、同じ意味の発言が、いくつも、たびたびあった。何回も耳にしているうちに、私は、いったい、この主語は誰か、と考えた。言うまでもなく、「私」であるということに気がついたとき、ああ、これは大変な事態が起こりつつある、しかも、意識しない底流の変化がすでに起こってしまっていると感じて、感動した。日本の国が始まって以来の、大きな変化が、ここに生まれていて、それを報道のマイクが、無意識につかまえているのだ。喋っている側も、もちろん、意識していない。はじめ私は、太平洋戦争に負けて以来の変化だ、と見たが、そうじゃない、これは明治維新以来の大変化だ、と考え直した。いまはちがう、日本の国が始まって以来の、はじめての「私」の意思表示だったと思う。

 なにを言っているのかわからない、という方がいられるでしょう。
それは、従来の日本人の主語は「上」「お上」だったのだ、国政に関して。しもじもの「私」が、「やらせる」なんてことはなかった。政治を動かすのは、お触れを出すのは、民を左右するのは、上、オカミ、だった。夢にも「私」「我々」は出てこなかった。それが、ごく自然に喋っているのだ、「(われわれ国民が)させてみるのも、いいんじゃないか」これが、文字通りの民が主体、すなわち民主主義だ。省略しているがゆえに、発言している本人も、なかば無意識のうちに使っている「主語」が、本質を現した、劇的現象だった。

 20歳ちょっとの頃だったが、私は泥棒に入られたことがある。留守中に、和服をほとんど盗まれてしまった。嫁入りのときに、母が持たせてくれた着物であった。しばらくして警察に呼ばれた。行くと、手書きの書類を見せてくれた。その書きつけは、ちかくの質屋さんが書いたもので、盗品と思われる和服を当店に持ち込んだ者がいたので、極めて安く受けておいた。お返ししますから、泥棒にかわって支払って欲しい、という文面であった。この宛名の所に、××警察、とは書かずにお上へ申し上げます、と書いてあった。
私は、自分の着物かどうかを確かめるために警察署にいたのだけれど、この書きつけに見入ってしまった。そのころは、役所は「お上」であったのだ。
泥棒のことですか? 掴まりました。
刑事さんは、手口を調べてすぐに、ヤツだ、と言った。母親の家へ寄るぞ、と言って夜通し張り込んで逮捕したのですが、独身の初老の男でした。前科13犯というプロの人で、刑務所に長くいたために独り者だったそうです。
明治維新の時は、人が殺され、暗殺され、混乱と犠牲のなかから、あたらしい明治政府が動き出した。近代国家の新政府に必要とされた大量の官僚を育てる目的で、国立の大学が作られ、優れた人材を送り出してきた。120年の間に、清新の気に溢れた組織に澱が淀み、腐敗臭が漂ようようになったのを、いま誰もが感じて、顔を背けるようになったのだ。
しかし、この状態を一新するためには、明治維新のときのエネルギー以上の、地殻変動のような底力が必要ではないか、それは、この、軟弱で、気力のない現代日本人には無理なんじゃないか。
私は、絶望感に満ちていた、敗戦後からながいあいだ、絶望しながら我慢していた。が、人ひとり殺すことなく、自殺することもなく、革命は起きた。やれた、と思った。では、なぜ無血革命が成功したのだろう?
いくつも原因、要因があるだろう。この夢類が発行されるのは、専門家が、多々指摘したあとだろう。

 私は、こう思う。
原因は、インターネットをはじめとする情報伝達技術の飛躍的進歩にあると私は思う。これなしにはなかった。私は、百姓一揆を勉強して感じた。百姓一揆の企てが、山ひとつ越えること、川一本渡ること、この難儀さ、膨大な時間を要することを知った。また、一揆の企てを囁く声が、耳から耳へ、一日に五本の指に数えられるほどの人数に伝達されてゆく様子を勉強した。伝達には、膨大な時間と手数が必要だった。しかしいま、オバマ大統領が演説すれば、その日のうちに、どころではない、瞬時に世界中の人の耳に届くのだ。しかも、文字で音声で映像で。さらに、くりかえして。まさに地球というプラネットは、一昔前の山あいの村よりも小さなサイズにまで縮小してしまった。

 オバマ大統領が誕生した。
誕生したオバマ大統領を見る世界中の人々。誕生させたアメリカ国民に注目する世界中の国民。チェンジ、と言う言葉の新鮮さ、力強さ、勢い、この言葉が運ぶ希望、これらの感覚を、地球全体が同時に我が事に引き寄せて感じ、考えた。高速回転で進む日々は、明日に目を向けてゆく。人の気持ちの動きも、最近とみに早くなっている。人の噂も七十五日、ではなくなった。十五日も持てばよい。「オバマさん」が既存の状態のひとつと化してゆくのに、時間はかからなかった。が、昨日のこととなったときは既に、人の心の中に、このチェンジ現象が、既存の状態として植えつけられてしまっていた。オバマさん熱が一段落した時期に日本の衆議院総選挙を迎えたのだが、このときは
もう、だれもオバマさん、を口にはしなかった。しかし、心の底に落ち着いてしまった新しい何かが、選挙のときの下敷きになった。
「させてみるのも、いいんじゃないの」。主語は、「私」だった。民主主義とは、こうこう、とか、一票は大切なんだ、とか、口を酸っぱくして説いても、聞かされても、効き目はなかった。それがいま、オカミ、なんて言ったら水戸黄門様ドラマだ。
 開票速報をテレビで見ていた。ここでも、びっくりの現象を見た。それは、開票速報の途中経過を、外国のテレビが放送していたことで、誰それが当確、などと報道していた。どうして知っているかというと、それをさらに、日本のテレビが伝えてくれているからわかったのだ。このような情報伝達の早さが、時代を動かす大きな要素になったと思う。これから先、民主党が長期政権になるか、政治の行方はわからないが、ただ一点、「主語」だけは変わらないと思う。


 森林オオカミ
 北米系のオオカミ、森林オオカミを旭山動物園に見に行った。シンリンオオカミが3頭、飼育されていると聞いていた。「オオカミの森」という名の、オオカミ居住区域が、エゾシカの居場所と隣り合わせに新設されていた。シカとオオカミが対面できる機会を作ったのは、なかなか興味深いことではないかしら、オオカミにとってもシカたちにとっても。

 金網のフェンスに貼り紙があった。貼り紙は手書きで、大きな喪中ハガキの体裁である。「クリス(メス)2008年3月3日、秋田の大森山動物園から来園。09年2月7日朝、闘争により死亡しました」
 うす茶色のクリスの写真も添えられていた。喪中のお知らせによって、、来園した一般の人も知った。動物園が知らん顔をするか、単に死亡した、とだけ公開していたら、事情を知ることなく終わったことだろう。病死と想像したかもしれない。その点、旭山動物園は、暖かい思いやりや、愛情が行き渡っている。好ましい動物園。

 この動物園に来てから、およそ一年、四歳の若さで命を落とした。この先、少なくとも十年は生きられたであろうに。哀れなことをした。2月に死んでいるということは、早春の発情期に、争いに敗れたのだろうか。自然の中で生きているのなら、彼等任せだけれど、人間に管理されている環境のもとでの闘争死は、人間に責任がある。囲いのなかに閉じこめられて、自由を奪われている命を守れないのだったら、閉じこめてはいけない。逃げられない状況に置いたのだから、責任を持つべきだ。

 当初、クリスは、秋田県の大森山動物園から来園して、独り暮らしをしていた。そこへ、新入りとして2頭をいれた。この2頭の、どちらかがクリスの頸部を噛んで殺した。朝、飼育員が死んでいるクリスを見つけたという。3頭をまとめて飼うことに問題点はなかったのか。素人の私でさえ思いつくことは、兄妹を引き離したろう、ということである。大人になっている兄妹を別居させなかったのは、なぜだろう?

「オオカミの森」という良い環境をしつらえたがために、この基本が忘れられて、群を見て貰おうという欲が先に立ったのではなかったか。死闘を展開したのは、この狼たちの固有の性質ではない。種として、天然に備わっている本能である。住処の主であったクリスのところに、いきなり仲良し2人組が入ってきた。たぶん、デカい顔をしただろう。たぶん、クリスは、穏やかでなかったろう。ムカッとしたかもしれない。擬人化して想像しているのではない、心はヒトもオオカミも同じなんだと思っている。ケンのきょうだいのメリーは、ケンがクリスに優しくするのを黙ってみていただろうか。概してオスは、メスに優しい態度をとるものである。不穏な空気がみなぎったことだろう。

 以前から、来園者が「クリス、頑張って」と声をかけていたと聞いた。毎日通っている来園者はない、ときたま見るだけでも、頑張って、と声をかけたくなる、そういう空気があったのだ。大人しいメスのクリスが、新入りの二人組に圧倒されていた様子が想像される。飼育係は、当然観察して、彼等の力関係を把握していたろう。いつか、必ず起きるであろう事態を予測することは、私だって出来たと思う。専門家が、いったい、何を、どう誤ったのか。判断力はどこへ消えてしまったのか。死なせないで済んだものを、みすみす死なせた。残念でたまらない。囲いの中から逃げる術のない弱者を見殺しにしたと非難されてもしかたがない。
命あるものとの付き合いは、純粋でありたい。



人工的季節感

第17号  2008年2月

都会生活で味わう、豊かな季節感。
エアコンで最適化された環境の室内で、冷蔵庫と電子レンジが用意する朝食。   
一年中買えるトマト・レタスで健康維持。
舗装道路の傍らは、街路樹と花の植え込みが美しい。
見頃に咲いたところでお目見えするポット花。
植えるというより並べられ、枯れる前に新しい花と入れ替わる。
春にも秋が、冬にも夏がある豊かさ。
季節はテレビCMにも溢れてる。
春の花粉対策の新型マスク。雛人形とランドセル。
お部屋探しも春らしい。ああ、春になったなあ。
夏が来れば、思い出させてくれる水虫薬と殺虫剤。
風邪薬と乾燥肌のクリームで、秋の深まりが身に浸みる。
年末気分は胃薬と忘年会。それから……

おれおれ詐欺

第16号  2008年1月

オレオレ詐欺という犯罪がある。
ATMを使いお金を振り込ませる手口であるところから、予防・防止の意味もあって「振り込め詐欺」と改名した。
が、やはりこれは、オレオレ詐欺という元来の名称の方が、実体を明らかに示している故に、適当と思う。
政治に関わる人々は言う、オレがオレが。
国民を安心させます。自立して共生しましょう。
格差をなくしましょう。生活を安定させます。環境問題、国際協調。
大きな宝箱の蓋を開けてみせて、みんなオレがやると言う。
オレに投票してくれたら、これをヤリ、あれもヤル。
彼等がなりふり構わず必死になり、目の色が変わるのを眺めたかったら、選挙に狙いをつけているときが見頃である。
伝統的正統派詐欺師の特徴である、口数の多さと、口元の笑いが見物できよう。
笑えば我利我利亡者の本心が隠れると思っている。

お宝箱は、選挙に「勝利」し、バンザイ三唱のあと蓋を閉めます。
国民は、巨大なオレオレ詐欺の網にかかっているとも知らず、彼等をもてはやしたり貶したりしている。

インドゾウ

第15号  2007年4月

インドゾウの牙が変化してきているという観察結果が報告された。

牙が短くなってきているという。
映像も出た。みたら、なんと、イノシシくらいの短い牙であった。
一頭、二頭ではない、インドゾウ全体の傾向であるという。
短くなってきた原因は、人間が牙を取るからだとわかった。
ゾウに分かるのか?
かりに分かったとして、ゾウの意志で短くできるのか?
ハチは、黒い色に反応して攻撃する。
黒色を攻撃する理由は、黒い頭髪の人種がハチノコを取って食べるから。
ハチに分かるのか?
自然は、生き残りをかけて変化する。
子供が少なくなってきているという。
働く母のために、託児施設を充実させるとか、金を配るとか、工夫、努力をしているけれど、
託児所完備、大金持ちだったら子沢山になるのか。
もしかして地球が、自然が、生き残りをかけて、変化を試みているのではないか?

高齢者

14号  20061  


私が初めてアメリカに行ったとき
マーケットに、公園のベンチに、バスストップにいつも見かけた高齢の人たち。
私は、その数の多さに驚嘆した。
なんとお年寄りが大勢いるのでしょう!

それは1965年だったか。
当時の日本には、老人が少なかった、とくに男が。

日本人は、戦争で殺されてしまったからなのだ。大勢殺された。
戦後、戦友の魂と共に復員してきた人たちは、老顔に変貌しており、その心は余生の域にあったが、肉体年齢は三十代、四十代だった。
21世紀のいま、まわりを見回すとジジババジジババ。
溌剌としてジジは叫ぶ、がんばりましょう、百まで、百二十まで!
21世紀のババはいう、気持ちはまるで娘時代と同じなのよねえ。
若さの残滓にしがみつき、老化を拒むだけではなく、熟成した老人になれない未熟高齢者が湧きだしてくる、日々、続々と。
戦争を体験していない老人たち、死を知らず、死を拒否する老人たち。
生を尊び、生かされている感謝の心に向かおう。  





痴呆の様態

13号    20052

痴呆の症状を三つに分類した先生がいる。(日本医科大学 竹内孝仁教授)

葛藤型  失禁や物忘れをする自分を受け入れることが出来ず、自分を取り戻そうとするタイプ
     症状は、情緒不安定、粗暴行為。異食、過食。弄便(大便を弄ぶ)。
     自己主張の強い闘争型の人に多い。

回帰型  活躍した良き時代の自分を取り戻そうとするタイプ。
     女性は育児、家事。男性は働き盛りの時代に戻る。
     症状は、徘徊。「家に帰らなければ」と外に出るが、現在の家ではない、過去の幸せだった頃の「家」に帰ろうとする。
     若いときから夢に燃えて、人生を切り開いてきたような人に多い。

遊離型  自分の心の中だけに閉じこもるタイプ。
     症状は、無為自閉(食事も自分で食べようとせず、介護者が口に入れても噛もうとしない)
     独語(他人に反応せず、ひとりで笑ったりブツブツ言う)
     若いときから難しい問題や複雑な問題を回避してきたような人に多い。

愚考するに、全ての人が三つのどれかに、必ず陥るものでもないだろう。
だが、着陸態勢に入った自分自身との付き合いかたに鍵が見つかりそうな気がする。




鶏インフルエンザ

第12 号  2004年5月

2004.5


インフルエンザにかかった鶏たちが死んだ。猛烈な感染力。
人間が、鶏を袋に詰めて埋める。同じ鶏舎で飼われている生きている鶏も埋める。
袋詰めにして埋めるありさまをテレビで見る私。
人の手では動かせないほどの大袋を、クレーンで深い穴に降ろしている。
鯉たちが、おなじように大量に殺されて埋められていった。
牛が、可哀想な目に遭ったことは、だれもが忘れはすまい。
病厄から守るために処理しているのだ。しなければならない、一刻も早く。
飼育業者は嘆く、被害額のこと、経営のこと。
失った鶏も金、埋める手間も金。牛も金、鯉も金。
命はどこへ行ってしまったのか。命を大切にしましょう?
人に授かった命も、鶏に授かった命も、おなじ命。
鶏を暗所で飼育し、動きのとれないケージに閉じこめ、羽をなくしたりするのは、餌の費用の効率化や、柔らかい肉を好む客のためだ。
命に畏敬の念をもつ、あたりまえのことを忘れて、工場で生産した卵だと考えている。
地球は、人間だけのためにあるのではない。 

フェミニスト

11号   20028


洗濯機を買い与えよう、これで家事が楽になるだろう、
このようないたわり心がある俺はフェミニストだ、という男がいた。。      
 
家電製品の先頭を切ったのが洗濯機と電気釜。                 
 
数十年前の話だ。
いま、文部科学大臣、外務大臣ら女性の大臣が活躍する世になった。
あるとき総理が言った、「涙は女の武器だからな」。
これに異を唱える者が出たとき、総理は女性大臣の意見を求めた。
外務大臣は答えた、私も素敵な男性の前で涙を流してみたい。
ほらね、と総理は言った。
止むに止まれぬ悔しさで溢れた涙を、すり替えて茶化した。
嘘涙で男を翻弄することはありません、とどうして毅然と答えられなかったのか。
女性が女性を助けない。自分さえのし上がればよしとする。
テレビの前で多くの女性が、女性大臣が女性のためになんと発言をするだろうと固唾を呑んで注視した。
だいじな機会であったのに総理におもねった。
これまで、子供を育てながら社会で活躍してきた女性たちの多くが、夫ではない、母に支えられて社会に出た。
これからは仲間と助け合い共に進む世に変えていきたいと願うのだが、障壁は往年のフェミニストよりも、現在の外務大臣的女性にある。




 

9.11 狂牛病

 第10     20022

1) アメリカで起きた同時多発テロ 9.11
   当初は、興奮状態のうちに、恐怖・不安・怒り・悲しみが渦巻き、それは、怒りとともに、報復へと向かう。
   報復が始まると、罪なき者らへの被害に目が向き、報復批判となってゆく。
   やさしい正義。
   報復はやめよう、と、高らかに声をあげる人々は、理不尽にも殺されたひとたち、傷ついた人々への哀悼の心は、どのようにあらわすつもりなのだろう。
   あるいは、それはもう、過去のことなのか。
   惨憺たるテロの現場に、花束を立てかけ、ロウソクに火を灯したと?
   それで、よし、としたわけか?
   彼等を慰めるのは、これからなのだ、全然、済んでいはいないのだ。
   それをなおざりにして先へ進むが故に、屍衣で綴る永遠の鎖を手放せないのだ。
   報復は儀式としてでも遂行すべきだ、死者たちへ手向ける花輪として。
   敵対する者が手を取り合うのは、そのあとのことだ。

2) もうひとつの言いたいこと。

  狂牛病という、牛の病がイギリスでひろがり、その後、だいぶ年月を経た今年になって、日本で発生した。
  人間にもうつるという、脳味噌が海綿のようになる病。
  ヒツジの病であったが、病死したヒツジの肉を牛の飼料にしたが故に牛が罹病したといわれる。
  肉骨粉という言葉をはじめて聞き、何物かを知った。血液も粉にするという。
  もう大丈夫です。検査済みです。安全です。
  だから美味なる牛肉を買って食べましょう。
  豚・鶏には、たとえ肉骨粉を与えたとしても感染いたしません。
  だから、ソーセージもゼラチンも、なんでも大丈夫。
  大丈夫、を私は信じる。検査は万全。
  しかし、私は食べたくないし、買う気持ちになれないままだ。
  草を食むように生まれついた動物に、同輩の死体を粉にして食わせて太らせていたとは。
  産業廃棄物のリサイクルだという。
  邪道。
  この、おぞましい行いを知って、すっかり、気落ちしてしまったのだ。
  日本昔話に、餅の的という話がある。ご馳走の餅を的がわりにして矢を射て遊んだという話だ。
  すると餅は、白い鳥になって飛び去ったという。
  ちかごろ、食べる物を大切にする心が失われた。
  度を超した美食。大食い競争。
  狂牛病は、白い鳥かもしれない。
  昔話は最後をこう、しめくくる。
  そのことがあってからというもの、田畑は荒れはててしまいました。

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