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映画 グラントリノ

今回は、映画を取り上げます。
グラン・トリノ GRAN TORINO
監督=Clint Eastwood
制作=Clint Eastwood  BILL gerber   Robert Lorenz
脚本=Nick Schenk
原案=Dave Johanson  Nick Schenk
主役=Clint Eastwood
Trey
役として Scott Eastwood Clint Eastwoodの一番下の息子
音楽=Kyle Eastwood  Clint Eastwoodの一番上の息子
Michael Stevens
 Jamie Culum
2008
12月 Warner Bros.Pictures 制作国=USA 116分 英語 

ストーリーに感想を交えて=
 長年勤めたフォードの工場を引退し、妻に先立たれたウォルト・コワルスキーは、二人の息子夫婦と孫に感情を逆なでされて苦々しい。犬のデイジーとだけ仲良くして独り住い。
朝鮮戦争の帰還兵である彼は、戦場で人を殺した重い記憶が胸底に沈んでいる。意固地な老人は、このままでは死ぬに死にきれない罪の重圧を、どう解決して良いのか自分でもわからない。愛し、頼りにしてきた妻でさえも、夫の苦しみを取り払ってやることができずに、懺悔して、の言葉を神父に託して死んでいったのだ。その神父ときたら神学校出の若造で、教科書通りのセリフでしつこく彼につきまとう。これも苛立ちの種だ。

高齢にはなったが、一人暮らしで困る種などあるものか。芝生の手入れ、愛車の手入れも完璧だ。
この素晴らしい車が、タイトルにあるグラントリノ。
主人公がお宝にしているのは
72年型で、画期的なモデルチェンジ、魅力のフロントフェイスが度々登場する。
腹立たしいことは、隣家に居ついたアジアの原住民、モン族の一家だ。
彼らは、この辺りの白人はみんな、アタシらを嫌って引っ越したのにアンタだけ引っ越さないんだね、みたいな目で、この老人を眺めている。
この大嫌いな一家との偶発的接触から、やがて彼はここに死にゆく安らぎの小道を発見する。見かけは、彼がモン族一家の中のパッとしない若者を助ける、教える形だが、実はその行為が彼を救いの道へ導いてゆく。
この老人のよりどころ、つまり日常生活での頼りとするものは銃である。
怪しいぞ、と気配を感じた瞬間、腕を伸ばして掴むのが銃である。ここに登場する銃が
M1 Garandだ。
セミオートマチックのミリタリーライフル。 30口径。朝鮮・ヴェトナムの戦闘で使用。単にM1と呼ばれる。
おお。すごい銃だ、これがガンロッカーに格納されていなくて、手の届くところにあるのだ。これがアメリカだ。
グラントリノとともに、
M1はラストシーンでも活躍する。この活躍こそ、この作の目玉といってよい、幻の登場シーンだ。監督の、銃に対する現在の精神だと思う。
つい惹句を弄し仔細を語らないのは、観ていただきたいが故に、露わにすることを惜しんでいるのである。
一昔前のクリント・イーストウッドだったら!
彼は堂々自力解決、胸のすくような形でラストシーンをやりおおせていたのだ、しかし。
今、この老人は、最後の最後を、あまり好きではない警察の力を借りる判断をする。耐え忍んで警察の力に委ねるのだ。
人は、どんなに力んでも自分一人で死ぬわけにいかないんだ、という、強き男として認めたくないが受け入れるしかない苦渋をも滲ませる。
本作には、キリスト教、神と罪についての理解が必要不可欠。
主人公の精神的クライマックスである(若造の神父に、老人が懺悔をする)シーンは、キリスト教を知る人々に、どれほど強い感動をもたらすことだろう。異郷の輩、私でさえも胸が締め付けられる。

描きにくい強き男の終末期を、これほどまでに描きおおせたとは、敬服するしかない。
選びぬかれた小さなエピソードシーンの数々は、脚本を書くにあたり、人物設定の際の主人公や神父の人種設定をはじめ、周到な計算が尽くされていることが、ひしひしと伝わってくる。
それぞれ独立して活躍中の息子さん二人が協力、参加していることも良いかな、であった。
これは、彼が
78歳の時の作品で、この後「ハドソン川の奇跡」2010年・「1517分パリ行き」2018年を作っている。1930年生まれですから、すごいことです。

核戦争の瀬戸際で

『核戦争の瀬戸際で』My Journey at the Nuclear Brink 著者=William.J.perry ウィリアム・ペリー 訳=松谷基和(まつたに・もとかず)発行=東京堂出版2018-01サイズ=128X187mm 320頁 ¥2500 ISBN9784490209785
著者=1927年アメリカ・ペンシルベニア出身 第二次世界大戦後に米国陸軍の一員として東京・沖縄に滞在。沖縄本島北部の地図作成に携わった。復員後にスタンフォード大学・大学院修士課程(数学)を卒業。ペンシルベニア州立大学博士課程(数学)終了。1964年、防衛関連企業ESLを創業。1977年、カーター政権の国防次官(研究・エンジニアリング担当)に就任。1993年、クリントン政権の国防副長官、’94年、国防長官。妻と5人の子供がいる。退任後も、「核なき世界」を実現するために活動を続けている。
内容=自伝。この自伝は、初めの一行目から全ページを通じて「核兵器による破滅」について、全世界の一般の人たちの認識を高めようという強い願いを込めつつ書いている。
感想=
ペリーさんは、2017年、90歳の時に、この本を書いています。評判の高い本で、多くの国々で翻訳され、日本では今年1月に発行されました。
浦賀に「黒船」がやってきた、あのとき黒船を率いて来航したペリー提督、この人は5代前の伯父さんだそうです。
そしてこのペリーさんは、経歴にあるように、大学に入る前の青年時代に終戦直後の1945年に沖縄に派遣され、広島、東京、沖縄と、戦争の傷跡生々しい姿を目にしたと言います。この時の衝撃が非常なものであり、ページのあちこちに、日本の悲惨な姿を思い返しては記し、核は、絶対に使ってはならない、と強調しています。朝鮮戦争の時にマッカーサーが核兵器を使うという提案をしたことを阻止した出来事も記されています。このくだりを読み、そうなのか、マッカーサーはもちろん、原爆の被害地を訪れたことと想像しますが、原子爆弾を次の戦争でも使おうと考えた人だったのだなあ、そういう感性の人も人間なのだなあ、と思いました。
戦争が終わってからスタンフォード大学に入り勉強し、やがて国防次官、国防長官と歩みを進める自分史の足取りを記すと同時に、当時の軍事世界の足取りを辿って行きます。
そこには歴史が動く瞬間の現場に居合わせた人物だからこそ描くことのできる迫真の場面が登場して、思わず身を乗り出してしまう空気に満ちています。例えばゴルバチョフ失脚の件は興味深い、描きようによっては一大ドラマでしょう。しかし彼のスタンスは人間関係の駆け引きなどには向けられず、常に本質を見極めようとする骨太の精神に貫かれているように感じます。
歯に絹を着せず、これは評価する、これは間違っていた、とはっきり書いているところには、自身の言葉に責任を持つ潔さと靭さがあります。
ペリーさんの2度目の沖縄訪問は1996年、海兵隊員が沖縄の少女をレイプした事件への対応のためでした。詳しい記述の後に「私はこの問題で最も影響を受けている人々に直接会ってみたかった。米軍のリーダーや、日本の政治家の助言に従って判断することは避けたかった」と書いていて、誠実さが伺われます。
25章を書き終えて、26章が終章、このタイトルが「日本ーー私の人生を変えた国」。
最後に沖縄を訪れたのは2017年。この本を書き終える直前です。ペリーさんは90歳になっても、極東の日本の、沖縄を気にかけてくれていて飛行機に乗って飛んできたのです。私たち日本人は、どれほど沖縄の心を思いつついるでしょうか。
最新の状況は、と見るに「その後まったく何の行動もとられておらず、基地周辺の住民との摩擦についても、1996年以降、ますます深刻になっていることを知り、非常に心苦しく思った」と記しているのを読んで、私は単に尊敬の念を深くするだけではなく、魂の部分に据えられている宗教的精神を思わないわけにはいきません。ペリーさんがどのような宗教を信じているのか、何もないのか、全く知りませんが、信仰のあるなしに関わらず、神と呼ぶかなんと呼ぶかはともかく、神の手に触れれつつ生きる人のように感じます。
ここには、日本についての記述を取り上げましたが、他の国々についても同様の目配りと、核なき世界への努力を続けてきたことがわかります。
核兵器による破滅の危険度は、今現在が最も高まっているという事実を受け取りたくない、知りたくない、目先の「見た目の平和」という心地よい風呂に温まっていればいいんだ、という人々の意識をどうにかして高めたい思いが溢れています。

これが人間か

『これが人間か』副題=アウシュヴィッツは終わらない SE QUESTO E UN UOMO 著者=プリーモ・レーヴィprimo Levi 訳=竹山博英(たけやま ひろひで) 発行=朝日新聞出版2017年 125X185mm 314頁 ¥1500 ISBN9784022630650
著者=1919年イタリア・トリーノ生まれ イタリア系ユダヤ人 化学を学ぶ。1944年2月アウシュヴィッツ強制収容所に送られてゴム研究所で働く。1945年1月末 ソ連軍により解放された。イタリアから650人がアウシュヴィッツに送られ、生還できたのは23人だったと言われる。帰国後塗料会社で働く。1987年自宅のあった集合住宅の4階から飛び降り死亡。
訳者=1948年東京生まれ 東京外国語大学大学院ロマンス系言語専攻 現在立命館大学名誉教授 若い頃にイタリアでレーヴィ氏の元へ繁く通い、その謦咳に接したという。
内容=1980年に朝日新聞社から刊行された『アウシュヴィッツは終わらない』の改訂完全版。原書は1947年にデ・シルヴァ社から刊行されたが、読者を得ることなく忘れられていた。強制収容所から自宅に帰着直後から、本書の執筆にとりかかったという。
巻頭にドイツ周辺の地図があり、ナチ統治下の主要強制収容所及び抹殺収容所、付属収容所、労働収容所の位置が示されている。一編の詩から始まる本文は、捕まえられて運ばれてゆくところから、飢えと渇き、寒さ、不潔さ、病気、そして死にゆく人々の日々が刻まれる。巻末に年表と竹山博英の解説。
本書は現在34ヶ国語に翻訳され、ル・モンドの「20世紀の100冊」、デイリー・テレグラフの「110冊の必読書」などに本書の名がある。レーヴィが世に知られるようになり、本書が読まれ始めたのは、彼の死後のことだった。
感想=刻み込むように記される収容所の様相。同時に彼が見つめるのは、追い込まれて変化してゆく囚われた人々の心の姿だ、自分自身の気持ちと行動の変化も含めて描かれる。その強靭な精神力には圧倒される。
ここには大げさな形容詞も感情の吐露もない。それゆえに読む側に食い込んでくる、これが人間のすることか、の思いである。人間が人間に、実際にしたことが文字として刻み込まれている。
ドイツ周辺の地図がある。黒丸が主要強制収容所・抹殺収容所、灰色丸が付属収容所と労働収容所だ。地図は、ほとんど黒と灰色の丸印で覆われている、その数を思い息を飲んだ。
生きながらえて収容所を出た人たちの中で、何人もの人が自殺している、と訳者が書いている。巻末の訳者、竹山博英氏の解説は、必見の部分である。

ストーカー

『ストーカー』副題=「普通の人」がなぜ豹変するのか 著者=小早川明子(こばやかわ あきこ)発行=中央公論新社 2017年 中公新書ラクレ 214頁¥800 ISBN9784121506061
著者=1959年愛知県生まれ NPO法人「ヒューマニティ」理事長。ストーカー、DVなど、あらゆるハラスメント相談に対処している。1999年に活動開始以来、ストーキングの加害者500人以上のカウンセリングを行う。
内容=実例4件を挙げて解説。ストーカーの定義と危険度について、新しいタイプのストーカーたちについて、ストーカーをカウンセリングして見えてきた彼らの心の中、警察と法律の限界について、ストーキングは治療できるのか、という問題などが章ごとにまとめられている。最終章のタイトルは、「なぜ私は介入し続けるのか、元ストーカーに励まされて」という題で、著者が近々と読者に語りかけている。
巻末に、資料として「都道府県ストーカー問題解決支援センター 試案」と、補足として「医療保護入院」について、参考文献・資料が付いている。
感想=ストーカーなんて、自分には関係のない特殊なことなんだ、と思いこんでいた。事件が報じられると、ストーカーって怖いなあと感じる。それだけだった。
興味本位で開いた本だったが、これは正しい知識を皆が共有する必要がある、他人事ではないと、強く感じた。
著者の小早川さんは、かつてストーカーの被害に遭った経験があるそうだ。そうであったか、と読んでゆくうちに小早川さんは、自分自身の過去を振り返ってみているうちに、なんと自分がストーカーだったことがあったことに気づいた、と書いている。さらにその時、どうやって抜け出したかも思い出して記している。これは情報の搔き集めではない、著者の全てを投入して、裸の心で読者に話しかけている本だ。私は〜思います。と言い切る形で記す態度から、ストーカーから救いたい、加害者も被害者も救いたい、という著者の熱情が伝わってくる。責任を持った潔い発言態度に感動した。昨今、「〜ではなかろうか」「〜と思われる」みたいな歯切れの悪い書き方が目について気色悪い中、実に気持ち良い。
ストーカーを5つの類型に分けて解説、分析し、レベルを図解してあり、全体像が明確に把握できる。ストーカーとは安珍清姫のような、恋の想いが届かない相手を追いかける姿だと思っていたが、とんでもないことだった。恋愛だけではないのだという。親が子へ、子が親へのストーキングもあるという。先生と生徒、医者や弁護士、どこにでもありなのだった。さらに現在はSNSなど姿の見えない相手に対してもあるのだ。
しかも、ストーキングの核というか発芽可能な種子は、どんな人間でも心の奥底、意識下に眠っているものであり、ふとしたはずみで意識下において発芽し、意識下において発動する。ストーカーという表だった行為のエンジンとスターターは、なんと意識下にいるのだった。だからいくら止めようと意識上の気持ちが考えてもエンジンは止まらない。という風に私は理解した。
これは是非、ストーカーなんて他人事だ、と思っている「その他大勢」の方こそ知識と情報を持ち、助ける行為に踏み出すことができるようにすることが必要ではないか。
警察、NPO法人「ヒューマニティ」のような機関、精神科医などについても詳しく記されているので、助けを求めようとするとき、この本は役に立つ。
また、相手を傷つけないで、しかもはっきりと断る言葉の使い方が、実例で示されており、これはとても良かった。はっきりと伝えなければならない言葉、含めてはいけない表現などが、具体的に学べた。
拒絶型のストーカーには、弁護士もいるし、精神科医もいる。一方で、農業や漁業に従事している人に私は会ったことがありません、という小早川さんの言葉には考えさせられた。

これからの日本、これからの教育

『これからの日本、これからの教育』 著者=前川喜平(まえかわ・きへい)・寺脇 研(てらわき・けん) 発行=筑摩書房2017年・ちくま新書 270頁 ¥860 ISBN9784480071064  
著者=前川喜平1955年奈良県生まれ東京大学法学部卒79年、文部省(当時)へ入省。2016年文部科学事務次官、17年に退官。現在、自主夜間中学のスタッフ。
   寺脇研 1952年福岡県生まれ東京大学法学部卒75年、文部省(当時)へ入省。2002年文化庁文化部長。現在、京都造形芸術大学教授。著書『文部科学省』など
内容=文部官僚として新卒以来働いてきた両人が教育をめぐり、日本の未来を見据えながら語り合う。
感想=
人と生まれて、どこでどのように道が分かれるのだろう、行く手は二手に分かれて行く。
   一つは、自分自身の幸せ、家族、仲間のために精を出す道へ、
   一つは、他者の幸せを思わずにはいられない人の道へと進む。
この二人は、日本のこれからを考えずにはいられないのだ、教育は20年単位で見とおすものだと、繰り返す。現場に立つ重要さが繰り返し語り合われる。お二方とも進学校育ちで文部官僚へと進んだ、丁寧に育成された子たちであったから、その他大勢の同時代の少年とは付き合いがなかったのだ。文部官僚となってから始めて、さまざまな環境に生きる中高生たちに出会った、書類の上ではなく、現場に足を運んで向き合ったことに大きな意味があったのだった。この時の驚きと発見、現場から学んでゆく素直さと積極性が印象的だ。
さまざま語られる中で驚いたことは、各種のマイノリティの人々の%を合計すると50%、全人口の半分にもなるということだ。このような把握と分析は、文科省あってこその収穫だろう。とはいえ、前川氏個人の働きであったが。
前川氏と寺脇氏の視線は、水の流れのように小さき者、弱き者に集まり、話題が盛り上がってゆく。この心のベクトルは、ノーベル文学賞受賞のベラルーシのジャーナリスト、アレクシェーヴィッチさんと、そっくり同じだ。
今、在日2世は3世、4世の時代だそうだ。彼らのよくない行動には苛立ちを覚えるが、本書で話し合われている考え方を熟読してみて、あ、あっと思った。この見方は大発見だった。20年単位での教育だ。日本で生きる運命を背負った若者を、心込めて育ててゆくことが、平和への、幸せへの、通路なんだと身にしみた。ブラジル日系人が日本を訪れたとき、自分自身を異邦人と感じる、このことを思ってみよう、と語るのである。
こうした想像力は、今日から、今から、誰でもできる心の持ちようではないか。反発や反感から平和という種は発芽しないということだ。
これは前川さんと寺脇さんが向かい合って話し合っている、というよりも、二人揃って日本の国民に向かって話しかけている本だ。
ゆとり教育についても語られている。
前川氏は言う、「近代以降の、日本の教育の流れを見ていくと、大正自由教育が花開いた時期もあるし、戦後は戦後で、教科書の知識を覚えこむよりも、学習者の経験こそが大事だとする経験主義的な教育が広がりを見せた時期もあって、意外と多様なんですね。こうして振り返ってみると、一人ひとりの個性、自主性を伸ばしていこう、大事に行こうという考え方は連綿と続いていて、なくなりはしない。揺り戻しの時期があってそれが抑え込まれることはあります。ですが、そうしたことを繰り返しながら、少しずつ進歩していると、私は思いたい。「ゆとり教育」も、じつは昨今のアクティブ・ラーニングにつながっていると、私は思っています。」(紹介、ここまで)
この、学力低下の元凶と罵られる「ゆとり」については、意図する本質と「ゆとり」というネーミングが、あまりにもかけ離れており、これでは理解されずに終わったのも当然かと残念に思った。
肝心なことは、はじめに「個」があり、ついで「公」があるという思想だ。ヒトが集団を作って生きる生き物、アリやミツバチと一緒だ、みんなで生きてゆく生き物である以上、「個」だけでは生きていかれない、組織が大切なんだけれども、どっちが先かというと個なんだ、個あって始めて公があるという考え方が基本にあるのだった。
寺脇氏が小渕内閣当時のことを語っている中で、こう話している。「小渕総理は、何より個人の尊厳を大事にする人でしたね。(中略)そうそう。大切なのは「個と公」であって、「公と個」じゃないということが言いたいわけです。自民党の考え方の根っこは、基本的には「滅私奉公」。この言葉が大嫌いで、でも逆に「滅公奉私」というのもいかんと。」(紹介、ここまで)
これは当時の官邸と文部省の間が接近しており、互いの考え方を付き合わせ醸成していったものと想像する。ところが小渕総理が急逝、森喜朗に代わってしまったのだった。ああ。
自由と規律。これが教育の本質に迫るものであり、これこそ真の教育、これさえできればいうことはないというハイレベルなものだったと理解した。ゆとりという言い方だけが広まり、この3文字に寄りかかり誤解して捨て去ったことが、返す返すも残念だが、アクティブ・ラーニングに希望をつなごう。
本書は、教育の場に立った大型の日本論、日本の未来展望の書。

河合隼雄氏と村上春樹氏との特別対談(1998年文藝春秋誌11月号「麻原・ヒットラー・チャップリン」)の中に、関連部分がある。以下、紹介しよう。
村上=日本人というのは本当に自由を求めているのだろうかって僕はときどき疑問に思ってしまうんですよね。とくにオウムの人たちをインタビューしていると、それを実感しました。
河合=いや、日本人にはまだ自由というのは理解しにくいでしょう。「勝手」ちゅうのはみんな好きやけど。自由というのは恐ろしいですよ。
村上=だからオウムの人たちに「飛び出して一人で自由にやりなさい」と言っても、ほとんどの人はそれに耐えきれないんじゃないかという印象を持ちました。みんな多かれ少なかれ「指示待ち」状態なんです。どっかから指示があるのを待っている。(中略)
河合=それこそフロムやないけど、『自由からの逃走』やね。だから小さいときから、自由というのはどれほど素晴らしいことで、どれほど怖いことかというのを教育することが、教育の根本なんですよ。それを本当にやって欲しいんですが、なかなかそれができなくてね。(紹介ここまで)
およそ20年前に、教育と自由について語られていたことを併わせ載せることで、改めて日本人と自由について考えを深めるよすがにしたいと思います。

手を洗いすぎてはいけない

手を洗いすぎてはいけない』副題=超清潔志向が人類を滅ぼす 著者=藤田 紘一郎(ふじた こういちろう)発行=光文社2017年 光文社新書 222頁 ¥700 ISBN9784334043285
著者=1939年旧満州生まれ東京医科歯科大学卒 同大学名誉教授 専門は寄生虫学、熱帯医学、感染免疫学。日本寄生虫学会賞ほか受賞多数。著書に『
こころの免疫学』など。
内容=なぜ手洗い、うがいをしているのに風邪をひくのか。清潔志向がアレルギーを増やしている。綺麗好きをやめれば免疫力が強くなる、などを説く。
感想=手を洗いすぎてはいけない、というタイトルを見て、読み違えたかと思った。家に帰ったら、まず手を洗う。電車のつり革はぶらさがらない、よろめいてもこらえよう。あっちにもこっちにも、すごいバイキンがいるのだ。
これが今時代の常識なのだから、真逆のことを言われたって、な〜〜
しかし、まあ、よくいる友達付き合いみたいに、そうよね、そうよねぇ、と同じ意見の「お友達」とだけ付き合って「お友達」だけを大切にしているのって、バカが手をつないでいるようなものであるから、真逆意見には反射的に飛びつくのであります。
自分が清潔人間かどうかのチェックリストが出ています。全部で5項目なのでここに紹介しましょう。○トイレのたびに、石鹸でゴシゴシ洗う。○冬場のうがい薬は欠かせない。○ウオッシュレットがないと不安。○子どもを砂場で遊ばせたくない。○マスクをして風邪を予防している。
そうか、マスクは一箱買ってあるし、ウオッシュレットだし、と吟味する。読むうちにショックなことが書いてあった。それは、今時代の人たちの大便の量が昔の人より減っているという、大便の話題のところに差し掛かった時だ。なぜ、少量になったかというと、それは消化の良いものを食べて、野菜の食べ方が少ないと思うだろうが、それは違うのだそうだ。減っている原因は、腸内細菌が減っているせいだというのである。腸には100兆個の腸内細菌がいて、重さにして2キロある。この細菌たちが害どころか、ためになる働きをしているというのだ。大便の60%が水分、20%が腸内細菌と、その死骸で、15%が腸から剥がれた粘膜など、食べ物のカスは、たったの5%ですって。これは思ってもみなかったことで、次々とひきつけられて読んでしまった。
この細菌たちの、あるものは害もするのだから、それはやっつけなければならないが、体のためになる働きをしているものもたくさんいるという。この働き者の細菌たちの役割を認めないで、徹底的にすべての細菌を消滅させようとするのが、今の進んだやり方なのだそうだ。これを徹底してゆくと、アレルギーもアトピーも、増える一方だという。なるほど、そうであったか。綺麗なら、綺麗なほど良い、と思っていたけれど、それでは一つ、まずは手洗いを簡単にしてみましょう〜。しかし、いったん身につけてしまった清潔モードは、一朝一夕には変えられないところが辛い。やっぱり、玄関ドアを入ったら、すぐに石鹸で手を洗ってしまう。私は固形石鹸で最初に洗い流し、改めて殺菌用のフォームで念入りに洗う。この後でないと、そこいら辺に触れない。汚いのを綺麗にすることはできるが、綺麗なのを汚くするのは、ひどく難しいものだ。

歌丸ばなし

歌丸ばなし』著者=桂 歌丸(かつら うたまる)発行=ポプラ社 2017年 ¥1200 245頁 ISBN9784591156339 サイズ=19cm
内容=江戸を舞台にした人情話、滑稽話を8席収録。各噺の後に、裏話などを含めた随筆が載っている。
感想=日曜日の夕方に15分間放映する「笑点」で、長い間親しまれてきた歌丸師匠の語りが、読んでいるうちに声となって聞こえてくる。落語は寄席に行って聞くのが一番だけれど、読むうちに声が聞こえてくるような錯覚に陥る本。
嬉しいのは初っ端から生粋の東京弁であることだ。ありがたい、嬉しい、と涙が出る。全く、見事に一本、筋の通った江戸前である。ありがたい、宝である。リズミカルで調子良く、スッキリ流れるうっとり感、下世話な話でも品があります。私は汚いのが大嫌い。
最近のこと、円朝全集を買って暇暇に読んでいる。これはまた見事で日本の宝ですが、情けないことに私には手の届かないところがたくさんある。学ぶところがふんだんにあります。
良かったのは、「噺のはなし」という題で、それぞれの話の後に書いている随筆。ここに裏話や、解説などが書かれている。元の話はこれこれだが、サゲを変えた、ということなどが書かれている。これは一種の創作談義ともいうべきもので、読みようによっては重要な鍵が各所にある。
師匠はこう書いている「落語は、サゲを言いたいためにやっているようなところがあるんです。サゲをどうするかしょっちゅう考えますが、机に向かっていざやろうとしたって、まずできません。風呂に入ってぼーっとしている時とか、トイレに入っている時とか、ふいと出てくることがある。」
これを読んで、アガサ・クリスティを思い出した。クリスティが同じことを書いていて、料理をしながら考える、というのは私はできません。(アイディアを)思いつくのはお風呂に入っている時……。
これは確かにその通りで、ぬるめのお風呂に首まで浸かっている時が最高だと、私も思います。お料理は、テレビを横目で見ることはあっても、頭を他に使うことは無理ですね。
また、歌丸師匠は、こうも書いている、「芸は人なり」と言いますが、芸の中に演じ手その人が出るものです。人情味があれば人情味のある芸ができるし、薄情な人間には薄情な芸しかできません。同じ噺でも、そこで大きな差が出るんじゃないかと私は思っています。(引用ここまで)
作者の人柄と作品という話だが、これには強く同感します。
ここから話題が小説に移ってしまうのですが、小説でも同様と感じます。技術は必要、技術が無ければどうにもなりませんが、かといって技術が優れているだけでは、どうにもならない。
これは音楽でも絵画でも同じじゃないかと思います。以前、佐藤しのぶさんが、歌を歌うということは自分をさらけ出すことで、裸になるより恥ずかしい、と書いていられました。ただの裸なら、服を脱いだだけのことですが、裸になるより、もっと裸ということは、内臓まで、まさに五臓六腑まで露わになるということですから。だからこそ、受けて聴き、受けて観、受けて読みして、我が五臓六腑に染み渡るのですものね。受ける側の心が動くって、生半可のことじゃない。
受け手とは随分なわがまま者だと思います。私自身を受け手として、そう感じます。例えば往年の名歌手、美空ひばり。聞き惚れて胸に染み渡るひばりの歌は、ちょっとやそっとのものじゃない、非の打ち所もない。と、わかっていても私にとってはお付き合いのない家の庭石としか言いようがない。
それは内臓まで聴こえるからで、その五臓六腑が私とは接点のない、縁のない世界の肌あいだからです。で、わがままな私は、なかなか肌の合う歌手に巡り会えないので、いますけれど次々には現れないので、初音ミクがいまのお気に入りとなっている次第。
小説となると、読み手の読む力が問題で、力量のある読み手が少ないために難しいのですが、本質は歌丸師匠の言葉そのもの、それ以上でも以下でもない、そっくりその通りと思います。噺家でも、歌い手でも、演奏家でも、描き手、書き手でも、その人がどう生きているか、にかかっている。
性根の曲がったやつは、どう書いたって曲がってる、それでも買う奴がいるのは、同じ根性のやつらが大勢いるから。貧相な人は、富豪を書いても貧相さが出る。すぐれた作品だから評価しているのではなく、作家の内臓の部分に共鳴するのです。
若い人たちはむしろ、経験が浅いだけに感覚が新鮮で、持って生まれた嗅覚によって見分ける力を発揮します。だから、若者が読みかけで放り出したとしても、放っておいたほうが良い。根気がないのではないかもしれません。ある程度の年齢になっても噂を頼りに本選びをするような者は、読んでも読まないでも同じの人たちでしょう。
噺家で、お名前が、ちょっと出てこなくて申し訳ございませんが、こういうことをおっしゃっていられます、「広い世間にたった一人、おれの芸をいいといってくれる人がいる。それを目当てにする。所詮それがこの商売の真実だ」




猫になった山猫

猫になった山猫』著者=平岩由技子(ひらいわ ゆきこ) 発行=築地書店 2002年 サイズ=19cm 224頁 ISBN4-8067-1241-8
著者=イヌ科ネコ科の研究で知られた故平岩米吉の長女。犬、猫、狐、狸、ハイエナ、山猫などに囲まれて育ち、生物の生態や遺伝に興味を持つ。父の研究の助手をつとめ、父の意志を継いで平岩犬科生態研究所、動物文学会を主宰。季刊誌「動物文学」の編集、発行人。また、洋猫との混血のため絶滅に瀕した日本猫の保存運動に力を尽くしている。著書に『狼と生きてー父平岩米吉の思い出』1998年刊
内容=巻頭に4頁のカラー写真。それはナイル川下流のピラミッド、遺跡の風景で、ここで30万体の猫のミイラが発掘された故に掲載している。加えて家猫の祖先と言われるリビア山猫と、混血の進んだ現在の猫たちの写真、そして表紙カバーにも使っているブラジル、グアジャ族の母が自分の乳を孤児に飲ませている写真だ。この写真はアマゾンの本書にリンクしますので、ご覧になってください。
この写真群からわかるように、本書は猫の源流から現在までを探索、見通しつつ、実際に飼育、研究をしている立場から見た猫についての本。
感想=
犬との付き合いを猫に替えたため、猫に関する本を探していて出会った本。
アマゾンで本書を発見した時、著者の名が平岩とあったので、もしかして日本オオカミと日本犬の権威、平岩米吉先生に関係があるか? と見たら、なんと先生の長女だった。赤ん坊のころから犬に囲まれ、父に育まれた娘が「私は猫をやる」と宣言したとき父は「大変だよ」と言ったそうだ。
その半年後に父は他界し、日本猫を軸に、原初の猫からの軌跡を追い、研究し、保護保存に尽力す。
この本は、父娘二代にわたるヒトとイヌ・ネコに関する研究と愛の結晶である。「本書を亡き父、平岩米吉と その父の生涯を支え いまは私の心のよりどころである 母、平岩佐与子にささげます。」と巻頭に献辞がある。数多の献辞の中、私はこれほどの輝く献辞に出会ったことがない、このような献辞を捧げることができる、溢れる愛に目がくらむ思いがする。
内容紹介で記した通り、本書のカバー写真は、親を失った子豚に乳を飲ませる、ブラジル、グァジャ族の母。これは野生の獣が人との絆を作り、家畜となる第一歩だ、と解説している。
人と野生動物との絆の始まりが「乳」にあることは『
神・人・家畜』谷泰著にも詳しく書かれており、飢えたヒトが、野生動物から最初にもらったものは乳であった、と考察している。平岩由伎子氏が、源まで遡り研究を進めた原点としての、これはモニュメントだろう。
日本猫の保存運動では、日本列島くまなく探しまわる様子が描かれ、ついで日本ネコの繁殖の努力が語られる。
砂漠が猫の原点だったことから始まる猫の歴史では、19世紀以降の世界中の乱雑な人の繁殖行為が、現在のCMに出演するタレント猫につながって見えてきて考えさせられる。
後編の猫の生活では、生殖のパターン、縄張りや雌雄の特徴、犬との対比などがふんだんに盛り込まれる。
猫の源流をたどり砂漠の生まれだったことが判明、今の猫たちに共通する腎臓の故障の原点である、ということを私は初めて知った。そうだったのか、という発見が盛り込まれている流石の平岩、という貴重な本。
内容とは関係がないけれど、親の後を継いで仕事を進める子の姿に心を揺さぶられ、親も子もこれ以上の幸せはないだろうとため息が出た。動物関係だけを集めたライブラリーの書架に、父娘の本を並べ置くことができた私も大満足だ。

大惨事と情報隠蔽

『大惨事と情報隠蔽』Man-made Catastrophes and Risk Information Concealment Case Stugies of Major Disasters and Human Fallibility 副題=原発事故、大規模リコーツから金融崩壊まで 著者=ドミトリ チェルノフ&ディディエ ソネット Dmitry Chernov & Didier Sornette 発行=草思社2017年 サイズ=19cm 560頁 ISBN9784794222954
著者=ドミトリ・チェルノフ チューリッヒ工科大学の「起業家リスク」講座所属の研究者。クライシス・コミュニケーションに力を注いできた。
   ディディエ・ソネット チューリッヒ工科大学の、同じ講座を担当する金融学教授。金融危機研究所所長。同大学リスクセンター共同設立者。スイス金融研究所のメンバー。
内容=今までに起きた大惨事を分析して、それらの共通項を明らかにしている。その中で、リスクの無視、非共有、隠蔽を起こす組織の特徴を探る。
   原発事故や原油流出などの工業分野の大事故だけでなく、軍事的失敗、感染症大流行などの社会的事件、自動車の大規模リコールや医療製品不正製造などの消費者問題、銀行破綻や金融崩壊などの経済危機分野まで幅広く事例を検証している。
感想=
世界中の大事件の中から選んだ大事件について検証している。
取り上げた事件の発生時期は、最も古いものが1918年のスペイン風邪で、以後現在までを扱っている。しかし知らない事件がいくつもあった。
知らない事件だな、と読んでみると、あっ この事件はニュースで見た、というものがたくさんあった。
一方、渦中にあった福島大地原発事故、水俣。そしてトヨタのリコール事件については、当事国の住人としての体感温度と個人的感情を抱えているゆえに、本書の冷静、客観的な見方に助けられた。
第2部で行われる詳細かつ客観的な24例の事実確認と検証・分析を読むと、目を見張るような共通項が洗い出されたことがわかる。
なぜかを検証する3部が興味深く、かつ有益だ。
最も緊張感を持って考えたいのが第4部で、現在リスク情報が隠蔽されている可能性がある事例としてあげられている4つ、
すなわち1、アメリカのシェールガス開発 2、遺伝子組換え生物、3、アメリカの政府債務と中国のGDP 、4、ソフトウェア産業の脆弱性。
この四つに対して、間断なく注視し、さらに深く知るように努力し、身構えなければならないと感じた。
最後の5部で、たった3件の情報管理の成功例が挙げられる。
この3件とは、トヨタ生産方式、ソニーのバッテリ・リコール問題、セベソ事故である。
ここに2件の日本関連が挙げられたことに、希望の光を見たい。
本書は、企業リスクの専門家による緻密で地道な研究。
巻末にメールアドレスが添付されており、読者からの意見などを受け入れている。
1900
年代から現在までの大事故の着実な展望と冷静な検証、さらに将来に向けての考察は、前向きに進む姿勢で意欲的だ。
読後、各々の思考を進める役にたつ良書。
その他、よかった部分
各章の冒頭に一言が載っているので、紹介します。
⭐️ドン・コルレオーネは、悪い知らせほど早く知りたがる。映画ゴッド・ファーザー ⭐️罪もごまかしも、たくらみも詐欺も悪も、すべて見えないところでひっそりと生きているものだ。ピュリッツアー ⭐️賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ。ビスマルク
⭐️歴史は繰り返すのではない、韻を踏むのだ。マーク・トウェイン 
もう一つ、本文デザインが良い。本書は流し読みをして閉じる種類の本ではなく、振り返り、前に戻り、あるいは先を見るなど検証する価値のある内容なので、こうしたユーザーの側から計らい作られている。柱の位置、サイズ、デザインなど細かいところまで行き届いている。

モンゴル帝国誕生

『モンゴル帝国誕生』副題=チンギス・カンの都を掘る 著者=白石典之(しらいし のりゆき)発行=講談社2017年 講談社選書メチエ 248頁 ISBN9784062586559 ¥1782
著者=1963年群馬県出身筑波大学大学院歴史人類学博士課程単位取得退学。博士(文学)新潟大学人文学部教授、専門はモンゴルの考古学。
内容=著者が近年、発掘しているチンギスの都、アウラガ遺跡を元に、モンゴルの民衆の生活を支え続けたチンギスの実像を探求する。
感想=ある湖のほとりで、ひとりぼっちで佇んでいた青年に声をかけたところ、モンゴルからの留学生だった。
モンゴルについて知ってますか? という彼の問いに、お相撲さん! と答えた私に彼は「すもうだけでは、ないです」と。
ジンギスカン鍋。それとアレクサンダー大王と並ぶ世界制覇の英雄だということ。知ってますか? と問われて出てくる答えはこれだけだった。このことがきっかけで、モンゴルについて知ろう、と思ったことが、本書を開いたきっかけだった。

ジンギスは、ペルシャ語系、チンギスはモンゴル本国をはじめ漢文系資料に依拠した呼び方だという。
著者の専門はモンゴルの考古学。読むうちにわかったことは、資料文献に埋まってじっとしている学者ではないということだった。
モンゴルと日本と、どっちに重心がかかっているのだろう、モンゴルの人たちとの交流を始め、気候風土、森林河川、植物の植生などあらゆる方面にわたり、まるで土地もんである。さらに専門の考古学に隣接する分野の研究者たちとの交流が密で、全員が一塊となって研究を進めている様子が手に取るように伝わってきた。これは素敵なスタンスだ。周辺との連携を持つ姿勢が、各界に見られるようになってきた。

遊牧というから、あっちへウロウロ、こっちへホイホイ、気の向くままに羊や牛を追って移動しているんだと思っていたが、これはとんでもないことだった。誠にシステマティックな行動であった。遊牧民について浅薄な先入観を持っていたものが見事に覆された。
モンゴルの英雄チンギス・カンは、騎馬軍団と武器を持って次々に領地を増やし、一大帝国を夢見るという野心の人ではなかった。このイメージも変わった。
その暮らしは質素質実であり、気候に従い規則的な移動を繰り返しながらも、定着的集落を設けて農耕もし、鉄鍛冶工房を運営していた。重要視していたのが馬、鉄、道。
モンゴルの馬は、サラブレッドの体高が160cmであるのに比べて130cmと小柄で、幼児も馬を乗りこなすという。
現地を熟知し、愛情を持って見つめる著者の目を通して、まるでモンゴルに連れて行ってもらったかのように馬の姿、川の流れ、馬の喜ぶ草地、広い森林が見えて、日本とは比較にならない厳しい寒さも感じることができる。
チンギスは貪欲に領地を増やす野望の人ではなかった、モンゴルの民を第一に思う、私利私欲のない人だった。
驚くべきことは、彼のセンスが時代を超越して現在の世界に通用する価値観と判断を持っていたことだ。
道を作り駅舎を作る。これは現在のハイウェイと重なるものだが、要するに交通インフラの整備である。
彼が、今に伝えられる英雄として名を残したのは、モンゴルの地を知悉した上に構築した先端感覚の経営力にあったのではないか。
魅力ある国、学ぶところの多いチンギスカンだ。
巻末に参考文献と索引。

山怪

『山怪』『山怪 弐』副題=山人が語る不思議な話 著者=田中康弘(たなか やすひろ)発行=山と渓谷社 2015年 続編の弐は、2017年 256頁 128X187mm @¥1296 ISBN9784635320047・ISBN9784635320085
著者=1959年長崎県佐世保市出身 日本全国を放浪取材するフリーランスカメラマン。農林水産業の現場や山間の狩猟に関する取材が豊富。
内容=山で働き、生活する人たちが、今現在、実際に遭遇した不思議、奇妙な、説明のつかない体験を聞き取り記録したもの。現代の遠野物語か。
感想=放浪取材のフリーランスカメラマンの聞き取り話。こういう仕事の人って、仕事というより生きることと抱き合わせで選んだ仕事だから。他の職業にはつけない人なんだと思う。
写真を撮りながら、出会った人たちと喋る、そのうちに聞いたことを集める気になったのではないか。
内容から柳田國男さん、松谷みよ子さんを思いだした。
柳田國男さんは、学究の目的であった、松谷みよ子さんも、具体的に民話採集という目的を持っていらした。
田中さんは、ちょっと違う。なんか怖い経験て、ありませんか、みたいな聞き方をしている。
だから「さあ、何もないよ」という返事をもらうことがよくあり、それもそのまま記されている。帰り際に、そういえばこんなことがあったよ、と話してくれたことが収穫だったりしている。経験を語ってくれる人たちが、普段の言葉で、同じ目の高さで、本当のことを話してくれている、そんな感じを受けた。地域の人たちに教えてもらっているみたいな、話す側も、耳を傾ける田中さんも、なんかあったかい。
強調したいことは、どれも本当のこと、本当だと、本人が信じていること、が記されていると感じたことだ。
創作怪談の、ひたすら怖がらせようという話が好きな人には物足りないだろう。ここには技巧もないし、増幅装置もない。事実だけだ。
その代わり、自分も似た経験をしたよ、あの山で、と思い出すような人には、たまらない魅力がある、実際の経験を共有できるのだ。
この本を読んでのちのこと、独りで山歩きをした。山小屋に真新しい本書が、まだ帯付きで棚に立てかけてあった。
買ったの? と主に尋ねたら、そうじゃない。自分が話したことを、ここに書いてもらったんだという。
ほ、ん、と、のことを話したんだよ。それを、そのまま書いてもらった、という。
「あたしさ、この人に喋ったんだ、ほれ、ここに出てるのがあたしさ」と表紙の著者の名を指で押した。
懐かしがっていた。そして本当のことを喋ったのを、そっくり信じてくれたと目を輝かせていた。
信じてもらったとは嬉しかったろう、私は誰彼に話しても、信じてもらったことがない。はあ、そうですか。わかりましたよ、と微笑みを返してはくれるが、河合さん、また〜、という目つきである。
もっとも、私の経験は貧弱なものである、アイヌ犬の千早と二人っきりで山に入り、とことん迷う。定石通りの堂々巡り、ここ通ったところだ、と悟って愕然とする。何度かやらかしたが、不思議と反時計回りに廻るのであった。
実は、これは死を暗示する動きなのだ、生き物が死ぬ間近には、犬も人も他のものたちでも、反時計回りに動こうとするものだ。これは獣医師から直接教えていただいたことで、でたらめではない。
もう一つ、これも千早と二人、以心伝心で黙々と歩いて全く口を利かない山中の数時間。ごく間近に笑い声を聞いた。3、4人、あるいは数人の、私と同年輩の女性ばかりが笑い喋りしている。林業の人が歩く道もないところだ。
こんな「気のせい」的な経験を持っていると、この二冊の本を読むと、ああ、自分だけではなかったんだ、本当にあったんだ、とホッとするのである。
全く怪異に遭遇しない人もたくさんいる。そのような人がトンネルの中で怪異らしきものに出会った話が面白い。
アタマ良さそうな男性が、どう見てもおかしい現象に対して、もっともらしい科学的解説をして信じない。いるいる、こういう人、という感じだ。

Black Box

『Black Box』ブラックボックス 著者=伊藤詩織 いとうしおり 発行=文芸春秋社 2017年 Kindle版 ¥1400 ISBN9784163907826
著者=1989年生まれ フリーランス ジャーナリスト。
内容=ノンフィクション 就職の相談をしていた信頼する人物から思いもよらぬ被害を受ける。飲物に薬物を混入され、体は動かせるが意識を失う状態に陥った上での強姦だった。この事実を司法の手に渡そうと努力する前に立ちはだかる壁は厚く、あらゆるところにブラックボックスがあった。
感想=
心を鎮めて冷静に記そう、と精一杯の努力をしている跡が見える。よく、ここまで客観的に、とくに自分をかばおうとせずに、ありのままを書き通せたと思う。
彼女がジャーナリストであり、観察眼と表現力を持っていたことが力となって本書ができたが、根本に強い正義感と強靭な精神があるからにちがいない。
泣き寝入りをし、あるいは自殺にまで追い詰められる被害者たち、同情どころか卑猥な目で見られる被害者たちが、今まで世界中に数知れずいたのだ。
詩織さんの心と視線は、こうした被害者たちの気持ちを背負い、未来へ向けられている、と強く感じた。
レイプ被害にあった時、町の婦人科へ行ってはいけない。なぜか。その訳を丁寧に説明してくれる詩織さんは愛に満ちている。弱き者たちを守ろうとしている。初耳の新知識がたくさん記されている。誰もが覚えておくと良いことがらだ。

レディ・ガガは19歳の時にレイプ被害に遭い、7年間、誰にも話せなかったというエピソードが書かれている。知らなかった。ガガさんが、そののち歌った歌のことも記されている。
折しもハリウッドで有名プロデユーサーのセクハラが表沙汰になっている。Me Too という運動も盛んになっている。これらは今まで黙って耐えてきた女たちの勇気ある発言によるものだ。
詩織さんは、個人の問題だけではない、世界を視野に入れてBlack Box の蓋を開けようとしている。
歪んだ見方を排除し、卑劣な犯人の名前を記憶することをもってBlack Box をEmpty Box にしましょう。
この本を買い、レビューを書く理由は、内容を知り、理解することと同時に著者、編集者、出版社、そしてここまで来る間に詩織さんをかばい、理解し、サポートしてきた方々への応援の気持ちからです。勇気を持って立ち上がった著者を応援したい。この勇気はなかなか出るものではないからだ。現に家族からも思いとどまるように説得されたという。
昨日のこと、フランスの女優、ブリジット・バルドーが、この件に関してコメントを発表していた。BBは1950年代の大人気映画女優。セクシー美人だったが引退後は動物愛護に尽力してきた人。BBの意見は、業界では私欲のために業界の男性と性交渉を持つ女性を数多見てきた、という内容だった。
実際、「女性」を武器に世を渡ろうとしている人がいるし、恋愛との境界線は限りなく曖昧なのだろうと思う。
昔、有吉佐和子という作家が書いていたのを鮮やかに思い出せるのだが、彼女の持論は、女は絶対強姦されない、というものだった。嫌だと言ったら最後まで拒否するし、拒否してみせると彼女は主張した。彼女が未婚時代に描いたものだったと思う、そして読んだ私は完全に同意したのだった。なんでおめおめと、と思った。反撃したら良いじゃないかとも思った。有吉さんは私より年上の才女と呼ばれる人気作家だったから、同感しつつ心強く感じたものだ。
しかし、80年以上生きてきた今、私は全面撤回する。反撃すりゃあ、良いじゃないか。嫌なら嫌と断れば良いじゃないか。そんな問題ではないことは、今は中学生だって熟知しているはずだ。沖縄の少女が強姦されて殺された事件は、ついこのあいだのことだ。横田めぐみさんの問題も、関係ないと言えるか。拉致されて北朝鮮の男と結婚させられたとは! この苦悩は政治屋以外のすべての国民が共有している。こういう事柄をブラックボックスに入れられてたまるか。
本書のタイトルにあるブラックボックスとは、いったい誰がこしらえたボックスだろう? 私が危惧し、警戒することは、このブラックボックスがいつの間にかタイムボックスに入れこまれることだ。ほら、あるでしょう、箱の中にすっぽり収まる大きさの箱があり、またその中に箱がある。
開かずの箱に入れて、さらに時の箱に閉じ込めてしまったら。これを阻止するのは、一人ひとりのハートにかかっています、力を合わせましょう。

浮世の画家

『浮世の画家』An Artist of Floating World 著者=カズオ イシグロ Kazuo Ishiguro  訳=飛田茂雄 発行=中央公論社 1988年 286頁 古書
著者=前出
訳者=東京出身(1927~2002) 早稲田大学大学院 英米文学翻訳家 中央大学名誉教授
内容=1986年、32歳の時の作品。1987年ウイットブレッド賞受賞作。1948年から1950年間の、日本国内の架空の場所における長編小説。
有名な老画家が、戦後の変動の中、家族、弟子たちのはざまで揺れる心情を描く。自己の自信を支えてくれてきたはずの、もてはやし、敬服してくれた弟子たちが向ける背、疑念なく長として居座っていたはずの家庭、それを支えてくれる礎ともいうべき女たちの、意識せぬ彼への無頓着さや無視する言動が彼を苦しめ、足元を揺るがせる。彼は、7、8歳の孫の一郎を味方に引き寄せようとする、しかもその方法は、男だから共に酒を飲もうというものであったが、これにも娘から手痛い反撃を受けて敗退する。
荒れ果てた往時の純日本風の屋敷、あるいは空襲で荒廃した街、これらが舞台として描かれて、戦争による崩壊が形の上でも、精神の内側でも起こりつつある様相に重ねられている。
感想=この構想をまとめたのが32歳とは恐れ入りました。これは英文で読まないと本当のところはわからない。訳者の親切心が衣を着せていはしないかと憶測したくらいだ。
日本について取材もしただろうし、何よりも家族からの生の情報がふんだんに入る環境であるから、日本人が書いた作品と感じるのが自然だろうが、違う。外国の人は感じないかもしれない、ちょっとした違いが、決定的に日本人ではないと感じさせる。
作品の出来ばえとは関係のない部分であるから、日本人とは違う、と感じた点を幾つか挙げてみよう。
並木、若木、と書く。樹木の名がない、花の季節か若葉の季節かの記述がない。屋敷に日本庭園があり深い池がある。しかし造園された庭池は浅いものであり深い池は存在しない。客間に仏壇があるという。部屋数が相当多い屋敷であるから客間に仏壇は置かない。仏間があるはずだ。少年の一郎が大声で言う「ポパイ・ザ・セーラーマン!」。ご機嫌な男の子の姿である。これはテレビで放映していたポパイの漫画の冒頭のメロディだが、あちらの
TV番組だ。
際立つことは会話で、相手の気持ちを尊重し、傷つけぬ配慮のもと、理路整然と自論を進めて行く手順、礼儀正しく穏やかで、品の良い語り口、誤解しようもない正確な表現で、自分の思うところを相手に渡す話し方は、日本、特に家庭では滅多にない。ところが本作では、これがないと成り立たないのである。
例えば小津安二郎の映画を見ると典型的なシーンがいくつもあるが、「だって」と言ったきり俯向く娘。あるいは「そうか……」と言ったなり、遠くにまなざしを投げてじっと黙っている父親、こんなものの連続である。この間隙を埋める憶測が日常生活であり、作品なら読み手であり観客である。最近「忖度」がもてはやされているが、思いやりや憶測や、気をきかせるやら、目顔でものを言ったりが、好きじゃないが、いや大っ嫌いだが、日本のやり口である。
私はイシグロ作品を読んでいて、この点、とてもわかりやすいし気分が良い。続けて読んでみよう。

わたしたちが孤児だったころ

『わたしたちが孤児だったころ』When We Were Orphans 著者=Kazuo Ishiguro カズオ イシグロ 発行=早川書房 上製本 537頁 ¥1050
著者=1954年長崎生れ 5歳の時日本人の両親、姉とイギリスへ、以後英国国籍として現在に至る。ケント大学で英文学、イースト・アングリア大学院で創作を学ぶ。本書は2000年、著者が46歳の時に書いた作。
内容=1930年代の上海を舞台に、英国人の少年と日本人の少年の交流から始まる長期間の物語。両親が行方不明になり、孤児という自覚の元で成人する主人公、クリストファー・バンクスの幾重にも歪み、変転する様相が主流となる。
感想=イギリスに、日本人の名前を持つ作家がいることは以前から知っていたが、読んだことはなかった。今回、ノーベル文学賞受賞をきっかけに図書館で借りた。日本では村上春樹が候補書の一人として季節の話題になっていた故に、今は英国国籍を持っているそうだが、日本人で日本生まれの作家であるということに関心があった。書評も読んだことがなく、まっさらの状態で読んだことは幸いだった。
上海の恵まれた美しい場所、外国人が住む地域に駐留生活をしている家の少年たち、一人は英国人、一人は日本人、この二人の少年の遊び方や言動が実に繊細に、深く描かれている。これは思い出を語る形で描かれているのだが、私にとっては作品の全体像を把握しつつ読み進むよりも先に、冒頭の、この一点に気持ちを奪われた。日本人の少年が大喜びで故郷の長崎へ帰ったが、たちまち上海に戻ってくる、誇らしく、大好きだった日本の印象が崩された心情。
今、世に言われる帰国子女が、異質な生活習慣を身につけているが故に受ける軋轢が、一片も描かれずにいながら底流に流れる様は見事だ。海外で2人の男の子を育てていた頃の体験がよみがえる。しかし、これを痛みを持って読み取る読者がどれほどいるだろう。というわけで私は思いがけず、この一カ所に注意を傾けてしまったのだが、それはさておき全体像は、実に緻密な計画と計算がなされた上に構築されたものだ。読者の意表をつく仕掛のしつらえは見事だし、楽しめる。何気ない情景描写、登場人物の事情の説明などを読み飛ばすと、終章に至り受ける衝撃と感動はフイになる。
このあたりの技術は多分、創作を学ぶ大学院から受けた賜物ではないか。大きな特徴は、登場人物の全員が、主人公を含めて絶対的イイモンではなく、悪モンとも言い難い、つまりカタルシス不在の人間模様であることだ。これは、この一作品のために設定されたものではなく、作者の人生観、価値観そのものではないか、沈着、上品、知的で複雑な人間性を感じる。
創作のための教室や学校は技術の習得であり、独学者とは比較にならない腕前を身につけることができる、しかし作家が何を書くかは何人も授けてはくれないし、作家の人間性は、世界で唯一の、その者の持物である。しかもまるで玉ねぎのように幾重にも多様な衣をまといつつ表現するために、作家の本性は容易なことでは見抜けるものではない、と私は思っている。どこまで看破してみせるかが、対する読者の力量ということになるだろう。
読み手の力は何より大切だ、読み手の力量が作家の作品をさらに高めてゆく。日本で言えば落語がこれに相当するのではないか。切磋琢磨が演じられるのは客との接点にある。小説に関して言えば、日本語の小説を読み手は育てていない、むしろ低いところに貶めている。源氏物語が生まれた頃は、受け手が育てていたのだ。しかも受け手は読み手ではなく聴き手であったはずなのだ。落語の客と似ていたのではないかしら。話が逸れましたが、
彼はイギリスで読者を獲得し、英文で、その身を鍛えあげてきた。英国の読者とは何者だろう?
もう一つ、ノーベル賞受賞の女性作家を読み進めている最中だが、その中にパールバックがいる。代表作『大地』は、本作品と重なる時代の人物を描いている。まるで机の上に本書と『大地』の2冊を開いているかのような気分だった。

樹木たちの知られざる生活

樹木たちの知られざる生活』副題=森林監理者が聴いた森の声 著者=Wohlleben,Peter ヴォールレーベン ペーター 訳=長谷川 圭 発行=早川書房2017年 B6版 263頁 ISBN9784152096876 ¥1600
著者=1964年、ドイツのボン生まれ。大学で林業専攻。ラインラント=プファルツ州営林署で20年勤務後、フリ−ランスで森林管理。
訳者=ドイツ文学翻訳家。
内容=ドイツで長年、森林管理をしてきた著者が、豊かな経験から得た知識を基礎に、深い洞察を持って森、樹木を語る。本書は世界的ベストセラーとなり34国で訳され、邦訳が出た。
感想=新緑のハイキング、紅葉狩りを楽しむ日本人は、四季折々の自然を愛でることが大好きだ。これは春夏秋冬のメリハリがはっきりとしている国だということもあるのだろう。
だからこの本はワクワクして読み切るだろう。庭がなくとも植木鉢を置いて育てたがる私たち、少しならわかっている植木のこと。そういう私たちが読むと、やっぱりそうなんだ、と思い当たる樹木たちの生活が、森林監理者という、実際に年中、森の中にいる人によって語られている。
例えば、助け合う木。危険を知らせる木。こういう「行い」は木とも思えないが、木々はやっているのだ。
地上と地下の、両方にまたがって生きるという、動物とは違う生き方も、手にとるように理解できた。だいたい、地上と地下の両方にまたがって生活しているんだ、などと考えたこともなかったのだ。
著者が言う、「樹木同士の友情というような表現は、例えのようなものであって、現実の樹木たちは、ひたすらたくましく生き抜こうとしているんだな」。
ただ、著者はドイツ人で、ドイツの森林と共に生きる人なのだ。このことを踏まえて読む必要があると思う。というのは、気候風土がドイツと日本では全く違うからだ。
著者は、ドイツの森がどのような姿をしているかを、非常に丁寧に説明してくれている。著者は、この説明が必要不可欠なものだということを熟知している。この部分は読まねばならぬ、日本の森、あるいは里山とは別世界だということを知る必要があるからだ。
以前、グリム童話の勉強をした時に、ドイツ文学の教授がドイツの森について時間をかけて解説してくれたことを思い出した。日本人が森に対して持っている常識、認識とは全く違うんですよ、赤ずきんちゃんは、ドイツの森を歩いていたんです。
同時に音楽学の教授が、ベートーベンは失恋をするたびに交響曲を云々、という話のついでに、楽想を練るときに彼は森に一人で踏み入り、猛烈な速さで「散歩」をしたということを話してくれたことも思い出した。
今、この本を読んだことで、ドイツの森は赤ずきんちゃんでも歩ける森で、ベートーベンがつまづくことなく、足元も見ないで相当な速さで突進的に歩くことができたことも、はじめて納得がいったのだった。
ドイツ人も日本人も、共に人間であるという共通項がある、これを樹木たちも持っていて、共通部分に関しての樹木の気持ちと行動は実に面白く、新鮮で発見が多い。
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