文房 夢類
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文房 夢類

チベットの現在

チベットの現在』副題=遙かなるラサ 著者=諸星清佳(もろほし さやか)発行=日中出版 2014年 194頁 19cm ¥1800 ISBN9784817512796
著者=1965年札幌生れ 北海道新聞記者を経て北京大学などに留学。著書多数
内容=著者が単独でチベットに向かうが入国できない。そのレポートと、中国の西寧でのレポートに続いて、チベットに入国できなかったひとたち、追い出された人々についての記録がある。終章にチベット蜂起50周年ダライラマ法王演説と記者会見が著者の訳で掲載されている。
感想=もっとも心に残ったのは、在日亡命チベット人の半生の記録。10歳の少年の時、妹とふたりは両親に連れられて夜のヒマラヤを越えてインドに逃げ込む。このとき子どもたちは温泉に行こう、と連れ出される。親は子どもから密告されることを恐れていたので、インドの難民キャンプに救われるまでは、亡命目的の旅であることを伏せていたという。それは中国の教育によって子どもたちが「ダライラマは国家分裂主義者だ」ダライラマを信奉する親もまた「悪い奴」と信じており、密告は正義と断じていたからだった。洗脳教育の恐ろしさを語る部分は、かつての軍国主義教育を受けた世代を思い出させる。チベットへの旅行は、旅行会社に申し込めば自由に行かれて、問題があるとは思わなかったが、それはツアーでガイド付きだったら許される観光ルートだけのことだとわかった。単独、しかも観光ではないとなると、著者のような苦労苦難の末に不可能なのだ。この事実を知るためだけにでも一読の価値がある。
子どもに対する洗脳教育について、本書とは関わりがないが言いたいことがある。それは、国民学校という戦時中の小学校で受けた教育のなかで、子どもたちが教えられ、叩き込まれていた幾つかの事についてである。天皇は神様だ。男がえらいのだ。男は強いのだ。男は泣かないのだ。兵隊さんはえらい、強い。お百姓さん、ご苦労さん。お母さんは軍国の母だ。子どもを産み、兵隊さんを育てるからえらいのだ。こうしてすらすらと思い出せる数々。
当時の男性たちが「我々は、天皇陛下は神様だと信じていた」と書いている。直に聞いたことは何度もある。ところが私は信じていなかった。
ひとつは、私の家が神道だった故だろうか。8〜10歳だった私は、ひとはみな、死んだら神様になるのだと信じていた。だから白馬にまたがり胸に勲章をびっしりつけた大元帥閣下の生きた天皇が神様であるとは納得できない。神様とは、死んでからなるものだ。父が「学校の教師なんぞはバカだから、言うことを聞かんでよろしい」と言っていたから、私は迷うことなく信じなかった。家庭の洗脳を受けていたともいえる。
もう一つは体験からきている。国民学校に通うとき、男子は学童帽をかぶる決まりになっていた。黒くて堅いツバの光る立派な帽子だ。女子にはなかった。当時「水雷」という遊びがあった。校庭で陣地を作り、二手に分かれて走り回る。そのとき、学童帽を正面にしてかぶる、ツバを後ろ向け、横向けと変えると、駆逐艦になったり戦艦になったりする。相手の帽子のツバを見れば敵艦の種類が一目で分かるというわけだ。入れて貰えない、くやしい。私はおままごとが下手で、お手玉も下手で、男の子に混じって遊ぶのが大好きだったから、歯ぎしりをする思いで見つめていた。なんで? という「?」が学校にはたくさんあった。 どうして男の子が泣くとバカにされるのに、女の子が泣くと、よしよしされるの? なんだって女子だと級長になれないんだ? 男子が素直に信じてゆく流れに、私が乗れなかったのは、現実生活が女子にとっては、信じられないものだったからだ。よって、全員に及ぼす洗脳は難しいものだと思う。

草は歌っている

草は歌っている』THE GRASS IS SINGING DORIS LESSING ドリス・レッシング 山崎努・酒井格 訳 発行=晶文社 1970年 ¥210019cm228ISBN9784794967206 
内容=アフリカに住む白人夫婦。その妻が使用人であるアフリカの男に撲殺された。この女性メアリの生い立ちから殺される瞬間までを描く。
感想=メアリを殺した男は絞首刑になることを承知で殺した。救いのない物語だ。作者、レッシングは登場人物の誰にも情をかけない。肩入れをしない。この厳しく乾いた視線は、彼女の作品全部に共通している。ネコのエッセイを書いたときも、同じ態度でネコたちを見つめた。それは、無情、非情かというと正反対だ。救いのない暗い描写が、読みにくい文体で長々と続く。これに耐えて読み進み読了したとき、アフリカの人たち、アフリカの大地、白人と呼ばれる文明の開けた土地から入ってきた人たち、すべてへの愛が、この作品全体を覆っていることを知る。文明が進んでいるから上位に立つのが当然だ、と考える白人たちの鈍感さと無知に対する哀れみが読者の胸に芽生えるのだ。
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