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妙に暖かい12月

木枯らしが、吹かない。いつもなら11月のうちに吹き始めるのが、まだない。
先月の半ばにはメダカたちの越冬準備を終えていたのに、彼らはまだ活発に泳ぎまわり餌を欲しがっている。
だいぶ年をとったから、せいぜい暖かく過ごそうと思い、この冬は灯油ストーブに大働きをしてもらおうと思っていたが、まだ本格的な働きになっていない。
最近の天気予報は天気情報と名を変えたが、以前と変わらず当たったり外れたりで、空模様を見た方が早いくらいなのだが、天気図はものすごい発達ぶりだ。
雲の動き、風の流れなどを見物すると、まるで天空から見下ろしている感じがして、風神雷神の家来にでもなったような気分だ。
だが、この生温い空気が、行く手にあるかもしれない地球温暖化の前触れであるのか、あるいは昔から循環する気候の変動なのかはわからない。
私はメダカとともに空気に触れているだけだが、海の仕事、土の仕事、山の仕事の人たちは、どれほどのものを、計り知れない多種多様の情報を体に受けていることかと想像する。
一方、市街地の中心部、高層ビル群の中で仕事をする人たちは、計り知れない多種多様のデータを駆使し、発信するが、どれほどの生の肌触りに接していることだろう。

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猫と地震

今しがた小さな地震があった。せいぜい震度1か2程度の、かすかな揺れだ。
地震だな、と感じた途端に富士に目をやった。
定席のソファの背に寝そべっていたが前足を立てて首を上げた。そしてすぐに私を見て目を合わせた。私の気持ちをつかもうと、見ているのがわかった。
大丈夫よ、と声をかける。体が柔らかくなって、元どおりに伏せた。
この子は大丈夫、私と気持ちがつながっているな、と少しほっとした。
猫は自分本位だから、危険を察知した時は自分だけの判断で、自分だけ逃げようとするところがあるが、ちょっと不安だな、というときに気持ちを合わせることができるな、という発見だった。
富士は私の行動パターンを学習して飲み込み、時に応じて対処してくるのだが、私の方も富士のパターンを学習して富士モードに変換して付き合うようになっている。
犬とは全く違うパターンだと改めて感じる。口先で大丈夫よ、と声をかけても富士には通じていないはずだ、身体中を緩めてくつろいだ空気で声をかけないと通じない。
こんな発見が面白くてしょうがない。
並外れて小さな子猫だった富士は、ふと気づいた時は思いもよらぬ大猫になっていて、外猫のマルオの頭の大きさがメロンパンとすると、富士の頭はアンパンくらいだったのが、同じくらいにふてぶてしくなってしまった。
同じところに留まるものはない。富士は以心伝心で付き合えるようになったし、マルオは抱かれるのが大好きになってしまった。
同じところに留まる流れはない。自身の体を感じながらしかし、動ずることがない日を今日もありがたいものとして迎える。
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金魚藻

立冬も過ぎて水が冷たくなってきた。
メダカが無事に冬越しできるように、水底の砂地の上に平たい石と高さのある石を組み合わせて隠れ場所を作った。
暖かい日差しの日には出てきて、寒い日には隠れるためのシェルター。
夏の間に株が増えた金魚藻は、戸外では枯れてしまうので、一株だけ部屋に入れて、残りは処分した。
一番小さな金魚藻をペットボトルの上半分を切り落とした中に入れて、きれいな水を満たし窓際に置いた。
これから冬の間じゅう、葉の何倍も長く伸びた繊細な根が目を楽しませてくれるだろう。
と、もっともらしいことを言いながら眺めていたら。
何かが動いているのである。
ん? 何だ?
しかし最近は、めっきり自信が失せており、つまり自分自身に対する信用がなくなっているのだ、
何かおかしい、というときは自分を疑うようになっている。ヒトのせいにはできない。大した方向転換である。
というわけで、乱視が進んだな、と断じて一件落着。
ところが一夜明けて見たら、つまり今朝のことだが、赤いのや黒いのが動いている。乱視では色はいろいろにはならないだろう。
虫眼鏡を振りかざして発見したのは、ボウフラだった。
それもヒトを刺しにくる蚊の黒いボウフラと、真っ赤な細いボウフラ、これは刺さないけれど猛烈繁殖するのだ、
これらが混じって元気いっぱいであった。
この寒い時期に、なんということだろう。10匹や50匹ではない、もっといた。
ここで過去形にしたのは、たった今、処分したからである。排水溝に流すと蚊になってしまうからバラの根元に撒いた。
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菊の季節

10月と11月が好きだ。台風は去ったし、木枯らしは吹かない。
大好きな菊の花が、家々の庭先で咲き誇るのも、この季節。
秋になると海を見たくなる。江の島の海は、いい。あのサーファーたちがいなければもっと良いけど、行ってみよう。
今年は一の酉に行かれず、二の酉の日が、ちょうど印刷所渡しの日に当たってしまい、これも見逃した。
前回と今回の夢類の編集は疲れがなかった。細かい作業が楽で早かった原因は、PHILIPS の大型画面に違いない。
測ってみたらモニタ画面の幅が97cmあり、これだけ広いと参考資料を複数開いておけるゆとりがある。
一段落した、お酉さまに行こうと浮かれているが、働き頭のパソコン様には、何の慰労もしなくて申し訳ない気持ちです。
今回はパソコンに対する態度を改めて、今までより以上に生身の人間と付き合うつもりで付き合った、と思う。
「パソコンの壊し屋」の私が今回壊さなかったのは、この態度が良かったのだと思う。今までも人に対するのと変わらない態度だったが、
利口で、仕事が早くて、頼んだことは何でもやってのける、疲れ知らずの天才と思って、なんでも頼んで急かしてきた。
今回は、もっと人間らしい相手として付き合うことにしたのだ。
つまり、疲れもするし、うっかりミスもする、それに手先の器用さとか速さは、そんなじゃない普通の人、みたいに思って付き合った。
つまり、いたわったのだ。相手のことを思いやったのだ。こんな当たり前のことをしたので、壊れませんでした。
今年は三の酉があるから、お参りして熊手を頂いてきて飾ってあげましょう。
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ハナミズキ

バス通りに街路樹として植えられているハナミズキは、純白と薄いピンクと花色がふた通りあり、混植されている。
人の好みは色々で、白花こそがハナミズキ、と言い張る向き、なんといっても可愛いピンクよ、と目を細める人、とさまざまいて多分、ハナミズキたちも自分の持ち色が最高だわ、と主張しているに違いない。
春が来たよと笑っていたハナミズキたちが、十月末になって実をつけた。
この秋の紅葉は、いささかくすんでいるかに見受けられるが、その肩代わりなのか、たわわに実った実が、秋晴れの日差しに煌めいている。
小さな玉のような真紅の実。
実を結んだハナミズキたちは花色を忘れたのか、どの樹も同じ、輝く真紅の玉飾りに包まれている。
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秋のメダカ

春、5月の半ばから活動を始めたメダカたちが夏の間に増えて、一方、天寿を全うしたものもたくさん出て、新しい形を見せている。
冬ごもりの時期を目前に、今のうちだよ、と一所懸命に食べる子メダカも、たくさんいる。10月も末になった、昨日はカナダのトロントからの便りで、初雪が降った、とのこと。
富士山初冠雪のニュースもあったことだから、あっちもこっちも冬の足音がしている。
大丈夫だろうか、まだ15ミリに届かない子メダカまでいるのだ。一方、同じ住処にヤゴもいる。
今年はシオカラトンボ、ムギワラトンボの他に、見たことのない中型トンボと、赤トンボ、イトトンボもやってきた。イトトンボは子供時代に馴染んだトンボで、私はトオスミトンボと呼んでいたが、本名は知らない。
この、3センチほどの小さなトンボのヤゴもいてほしい、無事に育ちますようにと願う。
ビオトープに水生動物がやってこない、ミズスマシもアメンボも来ない、と嘆いていたけれど、考えてみればトンボは水生動物なんだと見直した。
昨日は水面に陽光がたっぷりと注がれて、皆、水面に浮かび泳ぎ、撒き餌を食べた。今が最後の、体力のつけどきだからと、午前中に2回、午後にも餌やりをした。
やがて水底の土と砂の下に潜り込んで、来年の五月を待つメダカたちです。
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おめでとう、沖縄!

もう、ダメかと思っていた沖縄知事選だった。自民・公明などの推薦を受けた候補は象で、翁長前知事の意志を継いで立った候補は蟻だと言われた選挙だった。象と蟻の戦い。
蟻さんは金は無し、人も少ない。宣伝の仕方も運営も稚拙だった。一方の象さんは大金を投入し、人寄せパンダも度々駆けつけ、候補者の不都合な経歴は隠し、相手のデマを流すなどやりたい放題だった。勝つためには金に糸目をつけなかったし、ずるい、悪いと承知の上で、ためらうことなく押し通す強引さだった。とにかく勝ちを取りたいのだった。
それでも沖縄の人たちは蟻さんを選んだ。翁長さんの魂が応援してくれたんだと思う。当選して、玉城デニーさんと仲間たちが笑い、踊った。
本土に住む私たちは、沖縄のために何ができるだろう? 
口を出してはいけないような、関係もないのにと遠慮する一方、そうじゃない、これは日本の核心の部分の出来事なんだ、それが沖縄という場所にあるんだ、沖縄のためにじゃない、沖縄の問題こそ、日本全体にとっての一番大事な問題なんだと強く意識してしまう。
この投票を見守った全国の人たちは、事実を知ることを心がけ、気持ちで応援するしかないが、この気持ちというものは無力に見えるかもしれないけれど、多分、巨大な海鳴りとなり山鳴りとなり、沖縄を包み、日本を守るだろう。
私はテレビの前で、当選を喜ぶ人たちに合わせて踊った。この手ぶり、高々と腕を挙げて掌で舞う踊りを、私は以前に踊った記憶がある。身体が、記憶していた。
そうだった、ユンタだ、踊ったのはオキナワの踊りだ。何十年か前のことになるけれど、近所の仲良しグループが集まって踊ったのだった。
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自民党総裁選

自民党総裁選が昨日、20日に投開票されて、安倍晋三首相(63)総裁が連続三選と決まった。このままで行くと安倍晋三という蔑むに値する人物は2021年9月まで嫌でも目につくのだ。
元来、総裁は再選までの規約であったものを、安倍晋三のゴリ押しで三選オーケーとしたものだ。この時、相当の反対意見があったが押し切ったと記憶している。
が、メディアはこのことを忘れたのか、気にしないのか、蒸し返すのはバカだと思っているのか言及しない。当然のように、三選、三選と言っている。
安倍晋三は、云々をデンデンと読むバカである。しかし我欲のためには、このような用意周到な下準備をし、台頭する者を叩き潰し、三権分立を根こそぎひっくり返すことをしてきた人だ。
9.11。3.11。地球全体が折り目節目に差し掛かっている。民主主義が言葉だけになって、実質が変質してきただけでなく、独裁へ向ける熱い視線が生まれていないだろうか。
アメリカ合衆国大統領 トランプ、ロシア連邦大統領 プーチン、中華人民共和国 国家主席 習近平、朝鮮民主主義人民共和国 最高指導者 金正恩。
彼は、このような人たちを眺め、羨ましく思っているのだろうな、と思う。
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踏まれたり蹴られたり

台風21号が日本列島を通って行った。関西国際空港で風速58.1mを記録したという。これは観測史上最大風速だそうだ。
岬で記録的数字が出たのではなかった、空港だったことにびっくりした。室戸岬の最大瞬間風速は55.3m。亡くなった人が11人にもなった。
台風に踏みつけにされた日本列島。
ちぎれ雲の残る青空の下、気持ちよく洗濯の朝。
の、つもりが早暁3時、北海道で大地震だ。全域停電、斜面崩落、市街地、交通、すべて大被害。
踏まれるわ、蹴られるわの災害列島、日本。

高齢女性の貧困問題が、捨て置けない状態になっている。
前々から樋口恵子さんが口を酸っぱくして警告してきた通り、手に職を持たない、専業主婦の、そして共通することは、とても我慢強い女性たちが、いま貰っている長寿という贈物。
経済力がなくて社会保障が乏しくて、長寿という贈り物だけをもらう女性たちが、その贈り物は、欲しくありませんと呟いている。
北海道の大地震を気にしながら、こんな記事を読んでいる。
他人事として読んでいるのではない、わが事として読みながら、この日本列島で、踏みつけにされてきたいろんなものに思いを巡らせている。

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8月末の田んぼ

今日は36度を超えるという予報だ。全国の天気情報を眺めた。新潟は県内あまねく雷注意報が出ている。毎日雷が心配だったなあ、と湯沢で暮らした日々を思った。
いまごろは一面の田んぼが黄金色に輝き始めているだろう。収穫の時を見計らう農家の人たちが期待を込めて見守っているだろう。
新潟県内では、魚沼地方のお米が有名だし、とても美味しい。魚沼産として出荷しているので、全国どこでも買うことができる。しかし魚沼の中でも南魚沼地方のお米が、とくに美味しい。さらに南魚沼地域内では塩沢米が最高だ。
土地のスーパーのお米売り場では、ご飯の試食をさせてくれる。土地の人たちは試食してみてお米を選ぶのである。直径2センチほどのご飯玉を並べてあり、食べ比べて選ぶのだが、私には差がわからない。土地の人たちの舌は、お米の味に非常に敏感だ。
塩沢という地域は限られたところだから、生産されるお米の量には限りがある。なかなか手に入らない。
しかし新幹線の停車駅、越後湯沢駅の構内の店で食べることができるので、興味のある方はぜひ、湯沢で塩沢米を味わっていただきたい。周辺では、特に塩沢米を使っていると表示している店もある。
私が、ほとんど毎朝通い、稲の成長を見守ったのが塩沢の田だった。冬は一面の雪原になるが5月から半年間の変化はめまぐるしく、目を見張るばかりだが、ひとつ、私は大きな勘違いをしていた。
それは田んぼの小さな流れにはドジョウがいて、カエルがいて、タニシやいろいろな虫たちがいて、メダカだって泳いでいるんだという田園風景を思い描いていたこと。これが違った。
ひとくちでいうと、稲田は戸外の大工場だった。魚野川から大口径のパイプで導入する水は、ハンドル操作で自在に調節されていた。生き物の姿は、カメラを持って突っ立っている私だけだった。
水の管理、病害虫からの防御だけではなかった、政治的にがんじがらめに管理されて身動きもできない現場の人々の姿が、素人の、外来者の、都会者の私にも見えた。
いま、私はビオトープを作って喜んでいるが、ビオトープの本家、田んぼからはすでに失われている姿なのだ。
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台風とメダカ

来るぞ、来るぞと天気情報が報せる、そして台風がやってくる。今年は軽いものも合わせて3回あった。豪雨と強風に見舞われた地域には申し訳ないが、屋根が飛んだり床が浮くような被害はない。
初回と2回目まではビオトープに覆いをかけて、まだ小学生サイズも沢山いるメダカたちが雨に流されないように守った。
一昨日は3回目だった。台風の切れ端と見える低い灰色の雲が南から北へ走る。今夜が豪雨と確かめてから、お気に入りのパターン、アイスバーを持って湯船に首まで浸かって湯眠りを楽しんだ。
この歳になって、賢しら顏の医者の言うことなんか聞いてたまるか。湯船の湯眠りほど心地よいものはないのである。しかも片手にチョコアイスです。
が、ハッと気づいて愕然とした、ビオトープに覆いをかけることを忘れていた。水位を下げることも忘れていた。どうする? 諦めなさいよ、と自分に言い聞かせる。

朝、恐る恐るメダカを見に出た。澄み切って底まで透明になったビオトープの水面に、きらめく針のようなメダカ達が群れていた。5ミリほどの幼稚園児も、元気だった。
喜びがあふれたが、流されたのもいるに違いない、とマスを調べて回ったが1匹も見えないから、ほとんどのメダカが流されなかったのだ。よかったな!
春から観察してきたが、小さな入れ物でも育つが、広い場所で育てると運動量が桁違いだ。赤ん坊から大人メダカまで一緒にいると、小さな者は命がけで逃げなければ食われてしまう。
実際、食われてしまう数は多いが、生き残ったメダカは強靭な者が揃っている。
壺のメダカは、静かに向きを変えるくらいで泳がない。というか泳げない。居ながらにして餌を食べているから、幼稚園児を追いかけて取って食う必要もない。
だから小さい者も、弱い者も、みんな育って大人になれます。
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引きこもりになった暑さ

一昔前は30度になった、と大騒ぎしたような気がする。去年は猛暑だった。40度になったところが暑さの名所になったし。
そして今年の暑さは去年以上だと思う。異常な暑さだ。
でもでも、不思議だと思いませんか? ためらわずにエアコンを使用して熱中症を防ぎましょう、室内で熱中症になることが多い。などと注意を促しているが、電力不足だ、という声は聞かない。あれほど原発がなかったら日本の電力は持たないのだ、原発か必要だと言っていたのにおかしな話だ。
話が逸れてしまった、話したいことは図書館のことです。
この暑さ。図書館へ行く元気がでない。私が行く図書館の一つは、10時から17時で、かんかん照りの真っ最中にだけ開いている。借りている本の延期貸し出しをネットから行い、家にじっとしていた。何しろ片道4000歩歩くのである。これが運動になるから続けているが、この暑さでは無理というものだ。台風のおかげで一息したので出かけた。
カードを出して予約本をと頼んだら、期日過ぎたので、ないです、という。たしかに取り置き期間は7日だけれど、8日目だからと期待したがダメだった。がっかりしたが、来られなかった私がいけないのだから仕方がない。
ダラけた足取りで帰る道々、百合の花があっちの庭にもこっちの植え込みにも咲いていた。純白の百合が発光しているかのように濃い緑の間から浮き立って見える。夕方が近づくと光を増す白百合の花。
百合のお花見ができて往復8000歩。よかったじゃないの。よかったわ。でも予約が何人もいる人気の本じゃなくて、書庫から出してきてくれた古本だから、もうちょっと待っていてくれてもよかったんじゃないかなあ。甘ったれるな。規則は規則です。そういうもんかなあ。そりゃそうです。じゃないと世の中続きませんよ。個人の意見を尋ねられると、はっきりしたことを言いたがらない、曖昧な答えをする人が、決められた規則があるとなると、すごく強くなって硬くなって、おっかないのよね。それって、ありますよね。そういう時って、こっちの目をまともに見ないでしょ。なんか書類に目を落としたりしてるよ。歩きながらのひとり問答で、帰りの4000歩が400くらいに短くなった。
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土用の丑の日

今年の土用の丑の日は、7月20日と8月1日。世の中に、こんなにたくさんうなぎがいるのか、と思うほどにスーパーにウナギの蒲焼が並ぶ。日本全国の店に溢れているに違いない。生活協同組合に加盟しているので週一回の注文と配達がある。土用の丑の日の前、クリスマスの前、お正月の前などには、あらかじめ予約をするシステムになっていて、この夏もうなぎの予約注文用紙が入っていた。注文して生協に協力したいけれど、最近は気持ちにブレーキがかかっている。思わず「生協でうなぎを扱うの、やめない? 猛烈減ってるのよ」と配達の青年に言ってしまった。そんなこと言われたって、困っちゃう配達係だ。おすすめの商品を、1品でも多く注文してもらうことが配達係としては大事なことなのだから。それはわかっているけれど、生活協同組合としての思想というと大げさだけれど、やっぱり思想だ、これを持ってもらいたいものだと願うのである。
せめて雑談の時などに、会員からこんなこと言われた、などと話題に出たりして、皆が考えるようになっていったらいいなあと願う。喜んで食べる人がいるから売る、控える人が増えて売れなくなったら、ウナギの稚魚を獲り漁る欲も薄らぐだろう。需要を減らすことが、ウナギを絶滅から守る第一歩だと思う。ウナギの産卵地帯がどこか、生育過程はどのようなものであるかなどは目下解明中で、はっきりわかっていない。養殖ウナギは、幼魚を捕まえてきて餌をやって太らせて売っているのだから、成魚を獲るか、稚魚を獲るかの違いだけなんだと思う。一人一人が、日常の暮らしの中で、ほんのちょっと立ち止まって、うなぎの未来を考えてもらいたいと思うのですけれどね〜。
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この暑さ

年をとるにつれ、感覚も鈍り感じなくなるという。それでは私は若いのでありましょうか。敏感なのでしょうか。
暑くてたまらん。この夏は、というか7月も下旬に入ったが初旬から一本調子の高温で、これを暑い、暑いと感じるのであります。
夜中に喉が渇き麦茶を飲む。電灯をつけずに手探りで掴めるところにボトルを置いて寝る。魔法瓶を使っていたが、開け口を探すのに手間取るので、単純なネジ式キャップのボトルに替えた。
一晩で700gもの水分が体から蒸発するのだそうだ。寝る前に350くらい、真夜中に300程度、起き抜けに500cc。これでもトイレに行かないでいるのだから、生き物が生きてゆくために、どれほどの水が必要かということだ。
4時起きして、まずは飲んでからゆっくりと右往左往し、やがて富士と道へ出るのが日課となっている。そこへマルオが加わる。マルオも幾つかのサインを覚えてくれて飼い猫同然となってしまった。
メダカの水に指先を入れる。朝は、ぬるいが日中は湯気が出そうに熱くなってしまう。日覆いをかけてやり、薄緑色の水を草花、植木に与えて減らし、前日にカルキ抜きをした水道水を加える。
昨冬は水底まで凍結してメダカ全滅の大惨事であったので、今夏は湯の池で茹だってしまった大惨事、となりたくないので必死の努力を重ねている。
今朝、トンボが羽化し、一仕事を終えた時には透明な翅を煌めかせて飛び立った。ウチのヤゴの、旅立ちの日。
彼らが念入りに水面に産み落とす卵のほとんどはメダカたちの好餌であるから、ヤゴに育つのはごくわずかだ。メダカはヤゴの卵を食べ、ヤゴはメダカを食べ、自然界は巡る。
水生昆虫のほとんどは翅を持っていて飛来できるので、アメンボ、来ないかなあ。ミズスマシ、こいこい。マツモムシ来てちょうだいと願っている。もしかするとトンボも水生昆虫の仲間に入るのかもしれない。
近くに水場があれば、たちまちきてくれるだろうが、すっかり造成されきってしまった地帯だ、小さなビオトープを見つけてくれるアメンボはいるだろうか。
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羽化

夏至を過ぎると日差しが変わる。秋の虫が鳴き始める前にセミの季節が来る。早朝の富士の散歩に出たら茂みの奥から一声、キリギリスが鳴いた。
今夏は暑い。去年より暑さが厳しように感じられ、しかも一本調子に暑い日が続いている。これには良いこともあり、今年のメダカはよく育っている。
春一番、5月生まれの赤ちゃんたちがもう、一人前の大人になって、いつ産卵してもおかしくないほどの体型に育った。
ようやく念願のビオトープが安定、底の砂と水草も落ち着いて、藻の間には今朝生まれたかのような赤ちゃんメダカが固まっている。この稚魚たちは、この春生まれの若メダカの子かもしれない。
大人メダカは、卵であれ稚魚であれ、自分たちの子孫と知ってか知らずか食べてしまう。だから繁殖させるには幾つもの水槽に分けて飼育しなければならないのだけれど、ビオトープは自然体が目的なので成り行きに任せている。
成り行きとはいえ、水の管理と餌やりはするので、放置しているわけではない。膝をついて水面に顔を寄せてみていると、稚魚は藻の間に集まって、広い場所へ出ていかないことがわかった。また、元気者たちは障害物のない広場を群れを作って泳ぎまわり楽しそうだ。
ここにはすでにトンボが飛来して盛んに産卵している。やがて水面に産んだ卵が孵化してヤゴになり冬越しをするはずだ。メダカを飼育する人たちは、ヤゴをメダカの天敵と言って目の敵にする。獰猛な肉食系のヤゴは水底を這って暮らすのだが、素早い。メダカがどれほど被害にあうか、大変な数になると思う。それでも、これがビオトープという小さな自然の姿なのだから、ヤゴも、そのまま生活している。
毎年、何匹かのヤゴが、夜明け前に水を出て草の茎や、ブロックなど、選んだ場所で羽化する。日が出る頃には輝くトンボとなり、小さな壺の水から大きな空へ飛び立ってゆく。

だらだらと話が長くなったが、羽化でききれずに死んだヤゴを見つけた。なぜ。20年、30年やってきているが初めて見た異変だ。ゴールを見つめながら走ってきて転倒したような。トンボの羽化は今ではない、6月初旬の出来事だったが、だれかに伝えることも、する気になれないで陰鬱に抱えていた。
アブラゼミの声は、まだ耳にしないが、これからがセミの季節。お向かいさんの家のガレージに転がっていたセミの抜け殻に富士がじゃれついて遊んだ。ところが庭に、羽化できずに死んでいるセミを見つけた。突然、去年の夏を思い出した、去年も羽化できなかったセミを見ていたことを。去年が最初だった、それ以前は、こんな不発羽化は見たこともなかった。それが、今夏また起きている。何か原因があるに違いないと思うのです。
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