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ノーベル賞発表

昨日、10日の宵にノーベル文学賞の発表があるというのでテレビをつけていた。前日の19時前後に化学賞の発表があった時に速報のテロップが流れたので、10日もテロップが出るでしょうと期待したのだった。
が、なかったのでネットニュースを見たら既に発表されていた。
なぜ化学賞と文学賞では
報道の扱いが違ったのか。それは日本人の受賞の有無にあるのではないか? 文学賞は他国の人物であったのでニュース性がなかったということではないのか。

では、化学賞のニュースを新聞社がどのように伝えたか。以下は受賞第一報を伝えた各紙のサイトを観察したものである。
読売新聞=
リチウムイオン電池を開発した旭化成の吉野彰・名誉フェロー(71)ら3人に授与すると発表した。
日本経済新聞=旭化成の吉野彰名誉フェローに。
東京新聞=旭化成名誉フェローで名城大学教授の吉野彰氏(71)ら3氏に授与すると発表した。
毎日新聞=旭化成の吉野彰名誉フェロー(71)▽米テキサス大のジョン・グッドイナフ教授(97)▽米ニューヨーク州立大ビンガムトン校のスタンレー・ウィッチンガム教授ーの3氏に授与すると発表した。
朝日新聞=リチウムイオン電池の開発で、旭化成名誉フェローの吉野彰(あきら)氏(71)や英オックスフォード大教授だったジョン・グッドイナフ氏(97)らに贈ると発表した。
産経新聞=リチウムイオン電池を発明した旭化成名誉フェローの吉野彰氏(71)ら3氏に授与すると発表した。他の受賞者は米テキサス大のジョン・グッドイナフ教授(97)、
米ニューヨーク州立大ビンガムトン校特別栄誉教授のスタンリー・ウィッティンガム氏(77)。
CNN=
リチウムイオン電池を開発した業績により、米テキサス大学オースティン校のジョン・グッドイナフ教授、米ニューヨーク州立大学ビンガムトン校のマイケル・スタンリー・ウィッティンガム教授、旭化成の吉野彰・名誉フェローの3氏が受賞した。
ロイター=スマートフォンなどに使用されているリチウムイオン電池を開発したとして、旭化成の吉野彰氏ら3人に授与すると発表した。3氏の並ぶ写真(撮影者著名入り)にキャプションとして3氏を紹介している。
ニューヨークタイムズ=社会面ではなくScience面で報道。
John B. Goodenough, M. Stanley Whittingham and Akira Yoshino were recognized for research that has “laid the foundation of a wireless, fossil fuel-free society.”

科学欄で紹介したNYタイムズは見識のある落ち着いた態度だ。
驚いたことは産経新聞が、きちんと3氏の名を挙げていること。政治的な報道となると、それなりの色がある新聞だが、しっかりとした人物が存在することがわかる。
もう一つは朝日新聞で、中途半端な内容、肩書きも妙な具合になっていることに暗澹とした。重ねて言うが第一報である。下準備と即応性が問われる。ひずみが露呈する場面。

日本だけを見ている日本の各新聞。ということは日本だけを見つめ、日本が勝ったり、受賞したりすると手を叩いて大喜びする読者が満足するように書いているのだろう。
きっと、オリンピックでも同様の醜態が、醜態とも感じることなく演じられるのではないか。逃げ出したい心境。
日本は成人ではない。万年ガキで、成長しない。
政治を司る人々も、報道に携わる人々も、それぞれ自分たちの立場や身の上のことばかり考えて、国民の成長、進歩を促すような行動をとらない。
欲しいものを欲しいと言って騒ぎ立てるガキ国民は、自分自身を自分が育てることを思わない、だから万年ガキです。
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消費税

真夏の時期から、消費税が上がると大騒ぎをして、9月はコレでもちきりみたいだ。店内で食べたら何%で、持ち帰ったらどうとやらと大騒ぎをして見せている。
誰が、何のために騒いで見せているのか。誰が、誰と結託して騒いで見せているのか。
見せられる側は何回見ても、ややこしくて何が何やらさっぱりわからない。
一番わからない点は、消費税により増税した分のお金を、例えば福祉に充当します、などという、充当の内訳がわからない。
今までA円が福祉関係に当てられたとしよう。増税分をB円とすると、A+B円になるのだろうか。それなら潤うことでしょう。
しかし、国の予算全体の中にB円を入れて、福祉関係の予算には他を勘案した数字を入れるとなると、単なる一般増税と変わりがないことになるのでは?
この辺りの詳しいことがさっぱりわからない。透明感がない。ごまかされているような気がしてならない。
金銭授受疑惑後、睡眠障害と称して雲隠れし、話題に上らなくなった頃に役職に就いて活躍している政治家もいるし、例の森加計問題は、ごまかされたままだ。
何でもごまかすから、消費税の使い道は最初から信用していない。
ところで消費税そのものに反対なので、対策を考えている。消費しないという道はいかが。「買わない」という選択。
最近増えているのが「新しく服を買わない」主義。あら、私もよ、と言い交わしている。
若い人には無理なことだが、高齢になれば在庫は豊富。断捨離なんてもったいないことを考えずに使いこなせば良い。買わなければ0%です。
高齢者は、この先どんどん増えるから、買わない方針の人も増えるでしょう。
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増えたコウモリ

朝立ち、夕立ち。雨が降るわけではない、朝夕、猫の富士を散歩に連れ出して立ちん坊をしている。
これが犬だったら、跳び跳ねるような気持ちが溢れて笑顔いっぱい、先に立って歩く。千早はどこまでも歩いた。
ところがお富士さんは違う。ガレージで正座し、やがて横になり伸びをし、道の真ん中に進み出た、と思うとまた正座。
そこへマルオが現れる、マルオも同様の佇まいである。動かない。
こうして15分、30分を過ごす。猫散歩というよりも猫立ち。朝立って夕方また立ちん坊。
風が吹く雲が行く。虫が飛ぶ鳥も飛ぶ。時に車が通り人が行き来する。それを網戸越しではない、身近に感じながら座る。
歩いたら私の運動になるのにと思いながら立っているが、姿勢を整えて立つことも座禅か、と気づいてからは立つ時間を大切にするようになった。
薄暮の道際に立っていたら、コウモリが頭の上に来た。鳥の飛び方と違って、こまめに方向転換を繰り返すのですぐわかる。
たった1匹いたのが死んでしまい、もう二度と現れないだろうと悲しがっていたコウモリだ。わ、わっ! 3匹も飛んでいる。
よかったなあ! 市民農園の上を飛び回って餌をとり、我が家の近くに来て寝る。
あまりにも嬉しかったので、この人なら追いかけまわさないだろうという人を選んで知らせた。びっくり。そして笑顔になってくれた。
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内なる治癒力

内なる治癒力』とは、本の題名。1990年創元社発行のTHE HEALER WITHIN の訳本で、著者はハーバード大学の精神科の先生たち。
体というものは自発的に治ろうとするのだなあ、ということを書こうとして突然、思い出した本の名だった。この本の内容は忘れきっている。読んだには違いない。
不経済にもほどがあるというもので、せっかく読んだ内容を忘れてしまう。ま、食べ物だって大半は放出してしまうのだから理にかなっているのだろう、気にしない、気にしない。
30年も昔の本を思い出したきっかけは、医者にかからず治癒した事例が二つ重なったことだった。
ひとつは、当ブログにも書いたことだが、9月の初めに庭で転び、膝を痛めた予後のことだ。しゃがめない、足を引きずって歩く。そんな日々が続いていた。
なるべく使わないようにして、でも少しは使って暮らすうちに、次第に2、3キロ歩いても平気になってきた。やがて、この2、3日は膝をついて雑巾がけができるようになった。
あらら、治っちゃった、と思った。
もう一つはマルオの皮膚病が治ったことだ。
外猫のマルオは下腹全体が丸裸、赤裸。つまり何かの故障で毛が生えない。暇さえあればお腹を舐めている。気づいてから4年くらいになるが、この夏に突然、一気に快癒。
純白のおなか。こんなに綺麗だったのか、と驚くほど綺麗な毛並みに目を見張った。
薬をつけてやったわけでもない、何もしなかった。もちろん病院とは無縁であった。
ただ、毎朝、毎日、毎夕、声をかけて触ってやり、十分に食べさせ、寝場所を確保してやり、ブラシングを続けてきた。ブラッシングは、衣食住の衣の部分だろうか。
マルオの場合は、自分の内側から治癒力を立ち上げたんだと思う。
私の場合は、無理に使わないようにした、というだけのことだったが、膝の気持ちになったことで膝が治る気になったのだろう。
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糸トンボ

去年の秋、庭の隅に1匹の糸トンボをみつけた。イトトンボとは、体長が約30ミリ〜35ミリの小さなトンボだ。
このトンボが大好きで、庭に見つけた時は来年、産卵の時期に来て欲しいと祈る気持ちだった。
今月に入って台風の直前、ビオトープの水位を下げておこうと柄杓で水を掻い出していたとき、柄杓の中に初めて見る小虫をみつけた。
灰色の細い虫で、尻尾が3本ついている、全長7、8ミリ。これはイトトンボのヤゴ。初めて目にした虫だったが、目に入った瞬間にコレだ、と判った。
先月、図書館から借りて読んだトンボの本のおかげだった。なんと傍のブロック塀に、美しいアオイトトンボが止まっている。
たくさん育ちますように。薄緑の水を柄杓にすくっては、何も生き物がいない、と確かめてからマスに流す。時間も手間も半端でなくかかるが、これも楽しみの枠内だ。
ビオトープで自然を、と始めたが、実態は手間暇をかけ続けている有様だ。
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台風15号

小型で強い台風が来る、という天気情報のもと、待ち受けた台風が去ってから今日で何日経ったことか。
当初、台風の目は東京・神奈川方面を見ていたが千葉を視野に捉えて房総半島を襲った。ことなく去るはずと思いこんでいたのは私だけではなく、報道方面も同様だったのではないか。
15号がとんでもない被害をもたらし続けていることにびっくりしたのは一昨日の夜だった。慌てて友達の住む地域の状況を把握し、深夜にアマゾン経由で救援品を送った。
宅配便はクール便は受け付けず、一般品のみ受けるが遅延するという。一昔前だったら車で飛んで行っていたのに、と地団駄を踏む。
なんと、今しがた携帯から当方の固定電話へ入ってきたともだちの声。一声聞いただけで、健康で意気盛んであると掴めた。
彼女は戸建て住宅に住んでおり、以前に住んでいた14階建てのマンションにいるともだちの救援をしているという。
充電に行かなければならない携帯だから、ここまででおしまいにしたが、同じ断水でも、高層ビルでは階段を上らなければならず、その苦労は並大抵ではないだろう。
手紙書くよ、と受話器を置いてから、しみじみと嬉しかった。
自分がうんと困ってるのに、もっと困っている仲間を助けようとしている、私のともだち、だ。
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朝の座禅

東の空に向かい、戸外で座禅。
実際は座禅の真似事である。お寺の座禅で用いる長いお線香ではない、14.5cmの短いお線香が燃え尽きるまでの、ほんの40分足らず。
はじめは座っていたが、先月初めに転んで膝を痛めたために腰かけ座禅である。
椅子座禅という腰かけスタイルがお寺で取り入れられて久しい。この椅子座禅を真似して、庭先のコンテナに腰掛けている。
転んだのは夏の初め頃のことで、ビオトープで冬越しをしたヤゴたちが羽化してトンボになる、この変身劇が深夜から未明にかけて行われるために、抜足さし足で庭に出たときのことだった。
何かの弾みとか、押されたとかではない、寝ぼけていて倒れたのだからロクでもない話だ。
これを節目に腰掛け座禅にしたら楽で、膝の痛みが消えても止められなくなった。
発心してからまだ、100日足らずであるから続くかどうか、我がことながら信用できないが、今のところは1日として欠かしたことがないという驚きの夏だった。
太陽が顔をだす地点は100日の間に少しずつ南へ移動し続けて、今月の秋分の日に定点に来るはず。それを楽しみにしている。
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市民農園

近くに市民農園がある。細かく区画を作り、2年刻みで貸し出している。約10平方で、1年につき8000円。抽選で借りるという。
2年間楽しんで去った人の後に、改めて新しい人がやってきて野菜などを育てるのだが、まずは耕して石灰、肥料を投入。期待する稔りは、とうもろこし、ナス、トマトなどが多い。
この市民農園ができる以前のこと、農家から直接借りた土地で野菜を作っていた時期があった。
この時は朝から夕方まで、畑に入り浸っていた。借りた畑も広かった。そして何かお礼はしていたとは思うけれど、只で使わせてもらっていた畑だった。
農家の人が文字通りの師匠だったので、毎日が発見と感激に包まれていた。鍬を担いで畑に通うのが嬉しかった。
当時、高齢だった師匠から学んだことは、師匠亡きいまも生きている。野菜作りを離れても暮らしに生きている。
いま、8月が終わり9月に入り、市民農園のフェンス沿いの雑草が大繁茂している。潤沢な肥料の余波だろうか、信じられないほどの育ちようだ。
ああしたら、こうすれば、とか、つい思ってしまうが。
師匠ほどの高齢になった私は、自分の持ち物を人に手渡すことができない。伝えたいのに。社交的な性質でないからだろうか?
しかし私の師匠はぶっきらぼうで、口が重く、たいてい下を向いている人だった。
たまに長話をしてくれるときは、遥かに見える丹沢の山並みに目を放って独り言のようだった。
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線香花火大会

昨夜は夢類の工房で線香花火大会を開催した。これは大げさな表現であって、ほんの4人が夕食に集まってくれた、食後の花火だった。年齢が年齢なのでドタキャンが二人も出たが、一同、動じない。またやればいいわよ、である。
夜更けとはいかないが、夕食後の8時すぎになって始めた線香花火は室内で、だった。庭で催したいが、頼みのトンボは寝ているらしく蚊がいるのだ。おまけに多少風も吹くので室内となった。
電灯を消し、大きめの水盤に水を張り、その上での花火である。
話はここからで、用意した線香花火は2種類あり、ひとつは従来のもので束になって売られている馴染みの線香花火。もう一つが大会の目玉ともいうべき線香花火で、これは立派な箱入りであります。
この線香花火は、この日のために花火専門店で求めてきた「牡丹桜」という名の線香花火で、皆の前で封を切った。私も初めて手に入れたものであるから、さあ、どんな花火なのか全員が見守るという次第だった。
まずは普通のをやってから、と相談がまとまり、見慣れた線香花火が花開いた。水盤の上なので水に映り、倍の輝き。何年ぶりかしらねえ、と一同ため息。
さて、箱から取り出した逸品は、普通のものが1束¥000であるのに比べて、1箱¥0000と桁が違う。が、みかけは細い。箱には「日本煙火協会」の「規格証」が付いている。それによると薬量 約0.1g(1本あたり)ということだ。
息を詰めて見守る花火は、かすかな炸裂音を立てて花開いた。直径数センチの花、2、3センチの花、これが次々に開いてゆくのだが、中心から15センチは離れたところで開く。普通の花火は火の玉の周りで花火になるから、ここが大きく違うところか。
最後の火の玉が枝垂れ桜のように、柳の葉のように、流れ落ちるところまで、息を詰めて見守った。箱の中には全部で20本。一人が4回。束の間の花の宴だった。
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今夏のメダカ

5月から欠かさず世話をしてきたメダカたちは、立秋以降、落ち着きを取り戻した。産卵は峠を越え、春一番に生まれた子たちが成魚となった。
大人メダカたちは肥満体を持て余し気味にしながら穏やかに群れている。
単独でいるのは老齢メダカで、誰もいない隅っこの水面近くに漂い、流れてきた餌を欲しくもなさそうに口に入れてみたりしている。群れて泳ぐのは飽きた、という顔つきだ。
昨日は、子育て水槽で中学レベルに育った子メダカも合流させた、寒くなるまでに大人になってくれるだろう。
大人たちと一緒では、萎縮して育たないかな? と心配なメダカもいるが、むしろ背伸びするくらいの環境に入れてやった方が、勢いの良い丈夫なメダカに育ってゆく場合の方が、圧倒的に多い。
赤ちゃんメダカは5ミリ前後の微小な時から、この子は育つ、とはっきり見て取れる。姿ではない、動きである。
生まれた途端から、先祖返りしたメダカは黒く、ヒメダカは薄い色をしているし、活発な子は針の先ほどの時代から目立って活発だ。
たまに、背骨が湾曲しているような子も生まれるが、どうすることもできないから、皆と同じに育ててゆく。大きくなっても泳ぎは遅いが、仲間たちも本人(魚)も、障害に気づかず、違いも知らず無関心だ。
この子は泳ぎにくそうだな、と見つめているのは私だけだ。
雄メダカだが、ものすごい速さで突っ走る子が育った。目にも止まらない速さで1メートル以上、突進する。浮き餌を食べている群れの中に飛び込んで行く。
ぶつかったら危ないじゃないか。と案ずるがぶつかったことはないし、反応するメダカもいない。どこへ行こうという気もないらしく、ひたすら玉突きの玉のような暴走をくりかえす。
周りのメダカたちは迷惑だろうな、とハラハラするのは私だけだ。
法師蝉の声だ、飛び交っていたシオカラトンボたちはどこへ行ってしまったのか。夏が仕舞いに近づいた。
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続・不甲斐ない奴

展覧会に限らない、合法的態度を基本とした上でのことだが、自分自身が思案の末に行う方針は、堂々、晴れ晴れとした精神と態度で貫徹するのが良い。
私の場合は文芸個人誌を定期刊行しており、基本的に自分の作品だけを掲載するけれども、時には依頼して原稿をいただくことがあり、また掲載希望の方もいられる。
大歓迎だが内容を拝見した上で、諾否を決めている。基準は、完全に私の好みであり、偏見そのものの線引きだ。たとえ、作者が汗水垂らして10年かけた作品だ、と言っても、私が嫌な時はダメである。
例を挙げると、卑猥な描写のあるものはダメ。顔見知りの個人を誹謗中傷するものもダメだ。もっとあるが、これは私自身の偏見そのものであります、という理由をもって断ることを方針としている。
名古屋だかどこだかの展覧会で、ギャアギャア賑やかなことだが、主催者の腹がすわっていれば問題はないでしょうに。
最近は、差別だなんだと、正義の大看板を背負ったような物言いがはびこり、それに屈従する組織なども出て、不甲斐ないことだと思う。
たとえば私立大学で、男性の学生だけを入学させたいと考えが決まったならば、男の学校、と看板を出せばよろしい。女性だけを受け入れたければ、ウチは女子大です、とすればよろしかろう。
これは、差別とは全く関係のない、単なる好みであります。
伸び伸びと持論を持つことのできる社会と、差別のない社会は、車の両輪のようなものではないか。
だいたい、多くの日本人は自分の意見を口にせず、まずは周囲を見回し、他人の表情を伺い、流れを伺ってのちに無難な方へ決めようという、まことに情けない、主体性皆無の者共だ。

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立秋

立秋とか彼岸、中秋の名月。
こんな節目の呼び方が好きだ。自然に添い、自然を愛で畏れ、常に自然に気持ちを寄せて暮らす生き方が良い。
35℃だって言うけど、もっとあったと思う、などと言い交わす昨日今日だが、それでも立秋という節目が嬉しい。
はっきりと日差しが斜めに傾いて、部屋へ差し込んできた、太陽の動きが目に見える。
5月から始めた座禅が、1日も欠かさず続いている。
実はお線香を一箱買ってしまい、これに500本のお線香が入っているのだ、一日も欠かさず日に一回座禅修行をしたとして5月から500日。
生きていたとして、の話だが、来年の立秋に、箱のお線香の残りは何本だろう?
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メダカ熱死

昨日は暑かった。連日暑いが、特に暑かった。午前中から昼過ぎにかけて外出、帰りのバスの中で頭上から注がれる冷気にホッとしながら庭のメダカを案じた。
今年は子メダカのいる壺の周りに緑がなく、炎天にさらされているので日覆いをかけているのだが、覆いを忘れて出かけてしまったのだ。
玄関に入る前に壺に向かう、あ、ああーっ! 横倒しになった子メダカが浮いている。
指を入れたら水は、湯だった。38度前後と感じる。傍らの水槽の水を足して水温を下げようとしたが水槽の水も同じか、それ以上の高温だ。
水槽の水は水道水を紫外線にさらしてカルキ抜きをしているメダカ用の水だが使えないので生の水道水で水温を下げた。
幸い全滅には至らず、10%程度が犠牲になり、あとは助かった。小・中学生メダカたち、ごめんなさい。
壺茹でになってしまった。
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8月6日

今日は8月6日。2、3日前からニュースで、広島平和記念資料館の展示方法を変えるという話題が出ていた。一新する理由は、若い世代に理解できるような展示方法にするためだという。
このニュースを見て思ったことは、それはそうだろう、あのとき10歳前後の子供だった世代が今、80歳半ばを超えているのだから、あれは遠い昔のこと、無理もないということだった。
今朝、googleに「8月6日」と入れて検索してみた。ヒットした順を挙げる。
一番目から花火大会・8月6日生まれの有名人・8月6日生まれ・星座・イベント・誕生花、と順に出てきて、一番最後に広島とあった。広島が最後で、その下はない。
こういうことなんだ。今日はどこで花火が打ち上げられるのかな、とgoogleの検索結果を見ている人たちの中に、最後に「広島」と出てるけど、これってなんなんだ? と思う人がいて不思議はない。
自分自身の記憶を辿ってみても、今の若者たちの感覚は不思議でもなんでもない。まして非難など出来るものではない。
太平洋戦争のことを大東亜戦争と言い習わしていた七十数年前、まだ本土が空襲に襲われる前、十分に戦時中ではあったが、子供たちにとっての戦争とは、海の向こうで兵隊さんがやっていること、という認識だった。
大人たちは、そうはいかない、息子は出征するわ、食料は配給制度でひもじくなるわ、何か喋ったら差し障るから黙るようになるわ。灰色の日々である。
こんな時期に祖母が日露戦争の時の話をしてくれた。戦争って恐ろしいんだよ。そう言って日露戦争の時に歌われた「戦友」という歌を歌ってくれた。悲しい旋律の、心に染み入る歌だった。
祖母の思いは私には届かず、お気に入りの歌の一つとなっただけだった。
これが戦争なんだ、と肌身に染みたのが東京山之手大空襲の夜のことで、それから約3ヶ月後の8月6日、広島に「新型爆弾投下」(当時は原子爆弾というものを知らなかった)が伝えられたとき初めて、目の前にないものを目に浮かべることができて、生々しい恐怖に包まれた。
じゃあ、どうしたもんだろう?
地球まるごとの歴史を学ぶ事だろう。一国の歴史を読んでも役に立たない、自国をかばうから。地球まるごと、古代から今現在までを知りましょう。
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不甲斐ない奴

尊敬する芸術家、吉留 要さんの持論で、実行していたことがある。それは自分の作品の横に立ち、鑑賞する人と会話をすることだ。
吉留 要さんは、日本国内での知名度はないが、世界規模で評価されてきた抽象画家、つい先ごろ亡くなられたが、折につけて立ち上がる彼の言葉は、今も吉留さんが生き続けていることを証明している。
自分が創った作品の横に立ち、鑑賞してくれる人の感想を生で受け取り、その場で応えることができる、こんな素晴らしい交流は望めないことだ。
だって、ピカソの作品「ゲルニカ」の前に立ち、横に佇むピカソさんと話し合うなんて不可能なのだ、現役の作家の作品に限り可能な宝物の時間だと思う。
吉留さんがニューヨークで開いた個展の会場で、超大型画面の抽象画を鑑賞していた人から、この絵の、この部分が気に入った、ここだけ切り取って売ってくれ、と言われたそうだ。
先ごろ国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、企画展「表現の不自由展・その後」の中止が決まった。企画を立ててから企画展が開かれるまでの間に、素人じゃあるまいし見通しが付いていたろうに。
で、開催してから3日坊主、謝罪して逃げ出すとは、なんと不甲斐ない奴だろう! ああ、みっともない。意気地なし!
なぜ、会場で罵声を浴び続け、袋叩きを受け続けようとしなかったのだ? テロが恐ろしい? 迷惑がかかる? そんなの、言い訳にしか聞こえないわ。
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