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引きこもりになった暑さ

一昔前は30度になった、と大騒ぎしたような気がする。去年は猛暑だった。40度になったところが暑さの名所になったし。
そして今年の暑さは去年以上だと思う。異常な暑さだ。
でもでも、不思議だと思いませんか? ためらわずにエアコンを使用して熱中症を防ぎましょう、室内で熱中症になることが多い。などと注意を促しているが、電力不足だ、という声は聞かない。あれほど原発がなかったら日本の電力は持たないのだ、原発か必要だと言っていたのにおかしな話だ。
話が逸れてしまった、話したいことは図書館のことです。
この暑さ。図書館へ行く元気がでない。私が行く図書館の一つは、10時から17時で、かんかん照りの真っ最中にだけ開いている。借りている本の延期貸し出しをネットから行い、家にじっとしていた。何しろ片道4000歩歩くのである。これが運動になるから続けているが、この暑さでは無理というものだ。台風のおかげで一息したので出かけた。
カードを出して予約本をと頼んだら、期日過ぎたので、ないです、という。たしかに取り置き期間は7日だけれど、8日目だからと期待したがダメだった。がっかりしたが、来られなかった私がいけないのだから仕方がない。
ダラけた足取りで帰る道々、百合の花があっちの庭にもこっちの植え込みにも咲いていた。純白の百合が発光しているかのように濃い緑の間から浮き立って見える。夕方が近づくと光を増す白百合の花。
百合のお花見ができて往復8000歩。よかったじゃないの。よかったわ。でも予約が何人もいる人気の本じゃなくて、書庫から出してきてくれた古本だから、もうちょっと待っていてくれてもよかったんじゃないかなあ。甘ったれるな。規則は規則です。そういうもんかなあ。そりゃそうです。じゃないと世の中続きませんよ。個人の意見を尋ねられると、はっきりしたことを言いたがらない、曖昧な答えをする人が、決められた規則があるとなると、すごく強くなって硬くなって、おっかないのよね。それって、ありますよね。そういう時って、こっちの目をまともに見ないでしょ。なんか書類に目を落としたりしてるよ。歩きながらのひとり問答で、帰りの4000歩が400くらいに短くなった。
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土用の丑の日

今年の土用の丑の日は、7月20日と8月1日。世の中に、こんなにたくさんうなぎがいるのか、と思うほどにスーパーにウナギの蒲焼が並ぶ。日本全国の店に溢れているに違いない。生活協同組合に加盟しているので週一回の注文と配達がある。土用の丑の日の前、クリスマスの前、お正月の前などには、あらかじめ予約をするシステムになっていて、この夏もうなぎの予約注文用紙が入っていた。注文して生協に協力したいけれど、最近は気持ちにブレーキがかかっている。思わず「生協でうなぎを扱うの、やめない? 猛烈減ってるのよ」と配達の青年に言ってしまった。そんなこと言われたって、困っちゃう配達係だ。おすすめの商品を、1品でも多く注文してもらうことが配達係としては大事なことなのだから。それはわかっているけれど、生活協同組合としての思想というと大げさだけれど、やっぱり思想だ、これを持ってもらいたいものだと願うのである。
せめて雑談の時などに、会員からこんなこと言われた、などと話題に出たりして、皆が考えるようになっていったらいいなあと願う。喜んで食べる人がいるから売る、控える人が増えて売れなくなったら、ウナギの稚魚を獲り漁る欲も薄らぐだろう。需要を減らすことが、ウナギを絶滅から守る第一歩だと思う。ウナギの産卵地帯がどこか、生育過程はどのようなものであるかなどは目下解明中で、はっきりわかっていない。養殖ウナギは、幼魚を捕まえてきて餌をやって太らせて売っているのだから、成魚を獲るか、稚魚を獲るかの違いだけなんだと思う。一人一人が、日常の暮らしの中で、ほんのちょっと立ち止まって、うなぎの未来を考えてもらいたいと思うのですけれどね〜。
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この暑さ

年をとるにつれ、感覚も鈍り感じなくなるという。それでは私は若いのでありましょうか。敏感なのでしょうか。
暑くてたまらん。この夏は、というか7月も下旬に入ったが初旬から一本調子の高温で、これを暑い、暑いと感じるのであります。
夜中に喉が渇き麦茶を飲む。電灯をつけずに手探りで掴めるところにボトルを置いて寝る。魔法瓶を使っていたが、開け口を探すのに手間取るので、単純なネジ式キャップのボトルに替えた。
一晩で700gもの水分が体から蒸発するのだそうだ。寝る前に350くらい、真夜中に300程度、起き抜けに500cc。これでもトイレに行かないでいるのだから、生き物が生きてゆくために、どれほどの水が必要かということだ。
4時起きして、まずは飲んでからゆっくりと右往左往し、やがて富士と道へ出るのが日課となっている。そこへマルオが加わる。マルオも幾つかのサインを覚えてくれて飼い猫同然となってしまった。
メダカの水に指先を入れる。朝は、ぬるいが日中は湯気が出そうに熱くなってしまう。日覆いをかけてやり、薄緑色の水を草花、植木に与えて減らし、前日にカルキ抜きをした水道水を加える。
昨冬は水底まで凍結してメダカ全滅の大惨事であったので、今夏は湯の池で茹だってしまった大惨事、となりたくないので必死の努力を重ねている。
今朝、トンボが羽化し、一仕事を終えた時には透明な翅を煌めかせて飛び立った。ウチのヤゴの、旅立ちの日。
彼らが念入りに水面に産み落とす卵のほとんどはメダカたちの好餌であるから、ヤゴに育つのはごくわずかだ。メダカはヤゴの卵を食べ、ヤゴはメダカを食べ、自然界は巡る。
水生昆虫のほとんどは翅を持っていて飛来できるので、アメンボ、来ないかなあ。ミズスマシ、こいこい。マツモムシ来てちょうだいと願っている。もしかするとトンボも水生昆虫の仲間に入るのかもしれない。
近くに水場があれば、たちまちきてくれるだろうが、すっかり造成されきってしまった地帯だ、小さなビオトープを見つけてくれるアメンボはいるだろうか。
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羽化

夏至を過ぎると日差しが変わる。秋の虫が鳴き始める前にセミの季節が来る。早朝の富士の散歩に出たら茂みの奥から一声、キリギリスが鳴いた。
今夏は暑い。去年より暑さが厳しように感じられ、しかも一本調子に暑い日が続いている。これには良いこともあり、今年のメダカはよく育っている。
春一番、5月生まれの赤ちゃんたちがもう、一人前の大人になって、いつ産卵してもおかしくないほどの体型に育った。
ようやく念願のビオトープが安定、底の砂と水草も落ち着いて、藻の間には今朝生まれたかのような赤ちゃんメダカが固まっている。この稚魚たちは、この春生まれの若メダカの子かもしれない。
大人メダカは、卵であれ稚魚であれ、自分たちの子孫と知ってか知らずか食べてしまう。だから繁殖させるには幾つもの水槽に分けて飼育しなければならないのだけれど、ビオトープは自然体が目的なので成り行きに任せている。
成り行きとはいえ、水の管理と餌やりはするので、放置しているわけではない。膝をついて水面に顔を寄せてみていると、稚魚は藻の間に集まって、広い場所へ出ていかないことがわかった。また、元気者たちは障害物のない広場を群れを作って泳ぎまわり楽しそうだ。
ここにはすでにトンボが飛来して盛んに産卵している。やがて水面に産んだ卵が孵化してヤゴになり冬越しをするはずだ。メダカを飼育する人たちは、ヤゴをメダカの天敵と言って目の敵にする。獰猛な肉食系のヤゴは水底を這って暮らすのだが、素早い。メダカがどれほど被害にあうか、大変な数になると思う。それでも、これがビオトープという小さな自然の姿なのだから、ヤゴも、そのまま生活している。
毎年、何匹かのヤゴが、夜明け前に水を出て草の茎や、ブロックなど、選んだ場所で羽化する。日が出る頃には輝くトンボとなり、小さな壺の水から大きな空へ飛び立ってゆく。

だらだらと話が長くなったが、羽化でききれずに死んだヤゴを見つけた。なぜ。20年、30年やってきているが初めて見た異変だ。ゴールを見つめながら走ってきて転倒したような。トンボの羽化は今ではない、6月初旬の出来事だったが、だれかに伝えることも、する気になれないで陰鬱に抱えていた。
アブラゼミの声は、まだ耳にしないが、これからがセミの季節。お向かいさんの家のガレージに転がっていたセミの抜け殻に富士がじゃれついて遊んだ。ところが庭に、羽化できずに死んでいるセミを見つけた。突然、去年の夏を思い出した、去年も羽化できなかったセミを見ていたことを。去年が最初だった、それ以前は、こんな不発羽化は見たこともなかった。それが、今夏また起きている。何か原因があるに違いないと思うのです。
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劣化一筋の政治家

今月26日のこと、自民党の二階俊博幹事長は、東京都内で行われた政治評論家との対談で、少子化問題について次のような発言をした。
「戦中、戦後の食うや食わずの時代も、子どもを産んだら大変だから産まないようにしようと言った人はいない。この頃、子どもを産まない方が幸せじゃないか、誇れるんじゃないかと勝手なことを自分で考える(人がいる)」。
また、生活水準についても「食べるに困るようなうちは今はない。こんな素晴らしい幸せな国はない」と指摘した。
私は手製のうちわを使っている。これに、発憤忘食 楽以忘憂 不知老之将至 と下手くそな筆で書いた。これは論語の中の一節で、疑問に思うことがあったら寝食を忘れて研究するがよい、というような意味なのだろうが、私の解釈は、まことに自分本位なものであり、立腹すると食事どきになったことにも気づかない、という意味にとっている。何気ない一言に立腹するのである。カンカンに腹が立ってしまうのである。今、二階幹事長に腹を立てていて収まらない。
二階幹事長の女性観について云々の問題ではない。彼の、この発言はジェンダーのフィールドで批判が出るかもしれないが、私の立腹はそこにはない。男女格差の問題では、二階幹事長が何をほざこうが、それ以前に日本は、144ヶ国のなかで114位というランクに位置しているのだ。何がって、男女格差のレベルが、である。G7(主要7国)の中では今年もまた最下位だ。この数字は「世界経済フォーラム」の今年度の報告書による。
二階幹事長の発言から滲み出るもの、それは彼の無知、不勉強だ。政治家の風上にも置けない。それどころではない、人として認めるわけにもいかんのである。
戦中、大日本帝国の政府は、国民に命令したのだ、母たちよ、産めよ、増やせよ。多産の母は褒められた。いったい何のために、こんなキャンペーンを張ったか? 国のため、とかいうもの。二階幹事長が抱く欲望と、そっくり同じものだ。
当時、東京都で生活していた私は、どれほどの食糧難だったか、ひもじい思いをしていたかが骨身にしみている。女たちは、ひもじくて瘦せおとろえていても、その自分の体を損なっても、子を産んだ。産まざるをえなかったのだ、なぜなら人為的に妊娠を左右できなかったのだから。今時代は「子を作る」という言い方をするが、当時は恵まれるものであり、成り行きに任せるしかなかった。どれほど子を望んでも恵まれない場合も多い。欲しいのに生まれない人を石女(うまずめ)と呼び捨てて、これを離婚の原因とすることが社会に通用した。身体に不安を抱える人にとって、妊娠は命に関わる恐怖であった。もう、欲しくないと悲鳴をあげても、次々に生まれてしまうのを、どうすることもできなかったのだ。
二階幹事長は、ついこの間の、このことさえも知らないのか? 学ばなかったのか? 忘れたのか? つまりは他人事なんだろう。そうでなければ、これほど無知蒙昧な勝手なことをほざけるわけがない。
今時代に、子を作れないと言っている人は多い。それは自分自身の老後さえも、先細りの年金を思い、今の政治状態を眺めれば危うくて心細くてたまらないのだ。一昔前は、貧乏人の子沢山と言って、経済的に苦しい家庭ほど子を頼りにした。子を働かせるからであった。しかし今は、AIに取って替わられてしまう職種がどんどん増えるのである。子を沢山産んでも、親の口を潤してはくれないのである。いったい政治家は何を考えているのだろう。
もう一つ、「食べるに困るようなうちはない」と二階幹事長は言った。子供の貧困率を、日本の現状を、どう捉えているのだろう。上野公園の一角で、なんと大勢の人々がその日、一回のゴハンを待っていることか。たがいに言葉をかわすこともなく、ひっそりと集まり来たり、草地に尻を下ろして膝を抱える、慈善団体の車が来るのを根気よく待つのである。イエス様の教えを我慢強く聞く、その後に配られる食物のために。私は腹が立って仕方がない。何か楽以忘憂の種を見つけなければ身がもたない。
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7月23日

7月23日、沖縄の慰霊の日。太平洋戦争末期の地上戦で犠牲となった人々を悼む日。平和記念公園で開かれた沖縄全戦歿者追悼式のスピーチを、今年は格別の思いで聞いた。
先月のことだったが、長年お付き合いをいただいている桑原重美氏から、沖縄の学童疎開当時を取材、制作、NHKで放映された氏の作品をDVDに変換してお贈りいただいたことから、当時の沖縄の学童たちについての資料を読み続けていたからだった。桑原氏は、私と同時代の方であるから現在はNHKを退職されて独自の活動に専念されているカメラマンで、執筆された著書も多い。対象との対峙の姿勢など学ぶところが尽きない。戦争末期の学童疎開は、私自身の経験と重なることから他人事とは感じられない出来事だ、沖縄の当時の様相に分け入るにつれて万感の思いが湧き溢れて言葉を失う。
この日の翁長沖縄県知事は、ステージ2の膵臓癌で闘病中のところを「平和宣言」で力を込めて言葉を渡してくれた。70年間が折りたたまれて今現在の平和公園に在るかのような思いが流れる。術後の知事の衰えた姿に衝撃を受けたが、またそれゆえに強靭な精神、沖縄への熱い愛を受け取り心底感動した。さらに続いて港川中学校3年生の相良倫子さんが「私は、生きている」という自作の詩を謳った。長い詩を、はっきりと顔を上げて朗唱したので、朗読したのではない。
やがて安倍晋三の出番となって壇上で言葉を発したが、紙に目を落として読み続け、たまに顔を上げるが一節を記憶でききれないので、ほとんど読み上げる格好になってしまう。自分自身の中から生まれた文章ではないから、機械的に口を動かしているのである。このような式典で彼が読み上げるものは、仄聞するに例年のパターンが出来ており、幾つかの語を入れ替える程度だという。しかもルビ付だという。言葉は、言外の性根までも伝えてしまう。
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猫の液状化

2017年のイグノーベル賞で、日本のチャタテムシ研究の専門家、北大の吉澤和徳准教授が生物学賞を受賞したニュースに、天地逆転の感を深くした。ムシのメスがオス、オスがメスの形をしているのを発見したというのである。わが家の庭に自生している浦島草、これが雌雄異株なのだが、時に雌株が雄に、雄株が雌に性転換することを知り、世の中わからないものだなあと慨嘆していた矢先であったので興味津々だ。他の受賞研究も見よう、まさに不確実性の時代ではないか。
2017年度物理学賞を受賞したのはフランス、パリ第7大学のマーク・アントワン・ファルダン先生で、受賞研究は流体動力学を使い、猫は固体であると同時に液体であるという説で受賞。多数の証拠写真は段ボール箱をはじめ、ガラス瓶、丼など様々な小さな器に収まっている猫たちだ。
これはまさに猫の液状化現象を捉えたもので、猫は、人の手によって押し込まれたのではない、自分から進んで入り込み、器の形に従い水のごとく収まっているのである。
さて話はここからで、猫の液状化現象は、器入りの姿は微笑ましいが、時に困ることもあるという、私と富士の場合だ。富士は犬のリードとハルターをつけて毎朝散歩をする。ところが気が小さい怖がり屋で、見慣れない大きな車や見知らぬ人が近づいたときなど、ほとんどパニック状態になってしまう。とにかく逃げ出して安全な我が家へ逃げ込みたい。この時につないでいるリードもハルターも、全く役に立たなくなってしまうのだ。あっという間に「縄抜け」して裸状態になり駈け去ってしまう。自己判断第一で私を無視して行動する。多分猫の持つ習性だろう、富士だけではなく、どの猫も似た行動をとるのではないか。犬のように人と気持ちを合わせてくれない。
忍者の「縄抜けの術」では関節を外すと聞くが、富士は一瞬のうちに(液状化して)抜け出してしまうのだ。じゃあ、普段の散歩の時のリードは一体なんなのよ、と思ってしまう。富士にしてみれば手をつないだ程度のことらしい。私は物理的に富士の体を確保できていると思い込んでいたが、このことから猫液状化は事実であると断言できます。


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富士の誕生日

まさか、この私が飼うとは夢にも思わなかった猫がやってきて丸5年になった。昨日が富士の5歳の誕生日だった。
ということは、私も5つ歳を重ねたのだなあ。5年前はまだ70代だったのだなあ、などと富士のことより自分の年齢の刻みに思いが行ってしまう。
5歳の富士は、いまが盛りの健康体だ。跳び上がりたいところへ軽々と浮かび上がるかのように跳躍するだけでなく、幼いときと違って目計りも確実になっている。猫族の肢体の美しさは、犬とはまた違う楽しみで、遊ぶ姿、眠る姿ともに魅力がある。
こんなことより、最も興味深い進歩は、学習能力と記憶力ではないだろうか。
いまどきの人間は、恐ろしい速さで記憶する能力を器械に委ねつつある。
ついこの間まで、私の年代の人たちのあいだでは、デジカメって外来種なの? と囁き合ったものだ。デジタルカメラそのものを見たことがない上に、デジカメと省略した言い方が広がっているので、デジという名の亀の一種だと思っていたのだ。今では古いものも新しいものも、知らない物事はない、ググったら出てるわよ、なんて喜んでいる。
この進歩の足取りには加速度がついている。記憶する必要がなくなったことを実感できる故である。これに加えて元来内蔵している「忘れる力」も働くのだ。
古くから持っている「忘れる力」とは、嫌だったことや、世間の出来事を忘れる力のことだ。3.11後の放射能の拡散状況、その影響についての関心。森友・加計問題。熊本の大地震も、霧島の新燃岳の噴火も、地元の人以外はたちまち念頭を離れてゆく。
これではいったい、私たちの脳みそには何が残るのかしら?
富士は、違う。あらゆることを記憶すること、これが自分の命に直結していることを知っている。覚えたら一生忘れない。
富士だけではない、自由猫のマルオも、他の猫たちのみならず、犬も馬もあらゆる動物たちは自分自身の記憶力が、食べ物を得ることと同列に大切なのではないだろうか。自分の記憶以外の場所から、何も引き出せないのだから。
動物の物語には、どこそこ山の大熊、大鹿は頭が良い、ずる賢くて出し抜かれた、などと書かれているが、記憶力が良い個体だからこそ生き延びているのだと思う。
5年間の間に富士は、たくさんのことを見聞きし、経験し、その全てを覚えてきた。私も協力して彼女の経験を増やそうと、大雪の中に出してやり、大風のベランダに身をさらし、大雨の時にドアから連れ出したりもした。毎朝の散歩をねだる時に、雨よ、と言ってドアを開けると納得する。散歩から帰りたくなった私が、お家に帰ろう、と囁くと向きを変えて戻る。お留守番してね、という必要はほとんどない。着替えたり帽子をかぶったり、鍵を持ったりする仕草を見ていてわかってしまう。
猫は、せいぜい5キロ程度で小型犬ほどの体格だし、四つ足だから、ほとんど見下ろして付き合っているのだけれど、気持ちは同じ目線で付き合っている。違う部分は多いけれど、気持ちの部分は重なっているので、人と付き合うのと富士と付き合うのとは、区別をしていない。
二、三日前につまづいて転んだ私が、痛かったなあとしょんぼりしていたら、富士が二階へ上がっていった。猫は自分本位だし、犬のように甘えたりしないから、居心地の良い場所に落ち着いたのだろうと思ったのだが違った。すぐに降りてきて、くわえてきたフクロウのおもちゃを私のお尻にくっつけて置いた。このおもちゃは生まれてはじめてもらったお宝で、一番のお気に入りなのだ。大層なものではない、手製のタオル地のフクロウ。
富士が、お見舞いしてくれたんだ、とわかった時、なんと嬉しかったことか。ありがとう、の印にキーボードの横に、しばらく置いておいた。これが犬の千早相手だったら、千早の首に抱きついてありがとう、を連発するところだが、富士との付き合いでは、私が大切にしている場所にフクロウを持って行った、これを富士に見届けてもらうことが最大のありがとうなのだ。お互い、相手のやり方を取り入れながら、ありがとう、ありがとうの付き合いができるようになった5年目であります。

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今どきの赤ちゃん

ベビーカーに乗っている赤ちゃんの話。赤ちゃんと言っても2歳前後に見える女の子だったが、夕方のバスに乗ってきた。お母さんはバスが動き出す前からスマホに目が吸着しており、私は向かい側の「思いやりシート」に腰掛けて、ベビーカーに収まっている可愛らしい赤ちゃんを眺めるともなく目を向けていた。
やがて赤ちゃんが両足を突っ張った、次に頭を反らせた。みるみる難しい表情になり身体中をくねらせてもがきはじめたが、お母さんはスマホに見入っている。行くな〜、と見ていると予想通り、赤ちゃんがギュワア〜と大声をあげた、顔じゅうが涙ビシャビシャになる、2声目はさらに大きい。
するとお母さんは、いや、このママはとても綺麗な女性で、キラキラしたネイルがすごく美しいのだ。このママは、泣きだした我が子に目を落とした瞬間、すぐにスマホの操作に戻り、忙しくネイルの先を動かしたと思ったら、泣きわめく赤ちゃんの手に自分のスマホを握らせたのだ。赤ちゃんは握ったスマホの画面に目を向け、すぐに泣き止み、そして。目を丸くしてみている私は、唖然として口を開けてしまったのだが、もう一方の手指を使ってスマホを操作し始めたのだ。もちろん、泣くことなど忘れ去っている。お母さんは窓の外に目を放ち、のんびりした表情だった。私は考え込んでしまった、年をとってボケてきて赤ん坊の月齢を読み損なったのではないか。赤ちゃんと見えたのは間違いで、4、5歳児だったのでは? まさかそれはない。1歳半といっても通るような本物の赤ん坊だったのだ。
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浦島草

今年も浦島草の花が咲いた。手のひらの一回りも大きな葉を一枚だけ広げて、その下に咲く花は茶紫色の筒型で「大型の仏炎苞に包まれた肉穂花序」という表現をするが、これでは、何のことやらわからない。これはサトイモ科の植物で、同じくサトイモ科の水芭蕉とよく似た花の形、といったほうがわかるかもしれない。ラッパ状に上を向いた筒の先が細く長い糸のように伸びている、これが浦島太郎の持っていた釣竿の釣り糸に例えられて、浦島の名前をもらっている。
花屋さんで売られている花ではない、私は貰ったのでもなく、買ったのでもない、庭に自然に生えていたので見守っている。秋に朱色の実をつけるが、これはトウモロコシのような実のつき方をする。全く実のつかない年もある。
この植物の持つ特徴は、性転換をすることだ。小さいときにオスでいて、大きくなってくるとメスに変わったりする。無性のこともあるというが、眺めても私の目では判然としない。
もう一つの特徴は、ちょっとひどいなあ、と思うようなものだ。メスの花が受精しようという段になる、そこへオスの花の花粉をいっぱいつけた虫、虫はキノコバエというハエなのだが、これが飛んできて筒型のメス花の中に入り、受精が完了する。
さあ、めでたしめでたしで終わると思うでしょう。ところがキノコバエは花から出られずに死んでしまうのだ。入ったら最後、出られない仕組みになっている。私は、これはひどいなあと思う。出してあげたって良いではないか。閉じ込めてしまう理由を想像するに、トウモロコシの実のようにたくさんの粒が結実する植物だから、念入りに虫が飛び回り受精させようとして軟禁するのではないだろうか。いや、軟禁というより命の限り励めということだ。想像を逞しくして行けば行くほど、恐怖、残酷のメスと言わざるをえない。
この実は地に散ると芽を出すが、丸2年後に発芽する。サトイモのように、親芋の周りに小芋がたくさんつくので、小芋を分けて増やす方が簡単だ。増えすぎてあっちにもこっちにも芽が出ているが、花が咲くまでに成長するには数年かかるように思う。
浦島草とそっくりの姿で釣り糸がない種類はマムシグサと呼ばれて、山道でよく見かける。マムシというよりもコブラが鎌首を持ち上げて、こっちを見つめているといった感じの花だ。これは猛烈な毒草で、里芋みたいだな、と芋を食べると死ぬこともある。
浦島草もマムシグサと同じサポニンという成分を持っていて、口に入れてみた人の話では、マムシグサのレベルではない激痛が口内いっぱいになるそうで、飲み込んだら死ぬに決まっているだろうが、呑み込める代物ではないそうだ。
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デモ

昨日、4月14日に、全国20ヶ所を超える場所でデモが行われた、と今朝のニュースで知った。安倍内閣を批判否定する集会。
ネットの動画を拡大して見つめた。青葉若葉に囲まれる背景は国会議事堂前である。主催者の発表によると、この場所だけで述べ5万人だという。
マイクを握る若者の発言が聞こえ、メディアのマイクに応える人の言葉もはっきりと伝わってきた。
この、臨場感溢れる画面が、なんとしたことだろう、みるみるモノクロに落ちてゆき、私は息を呑む。

モノクロ画面は、こげ茶色と灰色の大集団に変わり、かけ声が湧き出した。広場の地面は見えない。デモの集団で隙間もない。デモには指導者がいると見えて、そのかけ声に合わせて一斉に声をあげながら西口広場をうねり巡る。
そうだ、ここは国会議事堂前ではない、東京・新宿の西口広場だ。大ガードが見え、手前の青梅街道に都電が見えた。新宿〜荻窪間を走る都電だ。
私は、この路面電車に乗って家へ帰る途中で、中学生になってまだ一月余りの5月のことだった。
日本は「大日本帝国」から「日本」になって、というか戦争に負けて丸裸にされて、軍国主義から民主主義という、アメリカからもらったモノに変えられて、デモという新体験を試みていた。
当時の私は、プラカードという名前を知らなかったが、棒をつけた白い紙には吉田茂(今の麻生太郎の祖父)首相の似顔絵が墨で描かれていた。打倒!の文字だけの板も担がれて進む。
吉田茂とはワンマンと呼ばれた総理大臣で、神奈川の大磯に住んでおり、自宅から国会議事堂までの道路を優先的に整備し、弾丸道路と呼ばれる立派な道路を国の車で往復しているということを新聞で読んで知っていた。
うねり進む人々は男たちだった。彼らは統制がとれて隊列を作っていた。いったい私は、どこからこの光景を見つめていたのだろう。
赤坂見附の方角から終点の新宿まで都電できて、乗り換えるために大ガードまで歩いてきたのだが、70年後の今となっては、まるで宙に浮いて俯瞰していたかのような記憶である。
このデモの後、しばらくして行われた大掛かりなデモで、参加者の樺美智子さんが死んだ。驚いた、女性が参加していたことに心を打たれた。
この時の記憶では男性だけのデモで、皆灰色か茶色だった。大きな声で叫んでいたが、それはリーダーのかけ声に合わせた統制のとれた叫びだった。誰も彼もが無表情で、まっすぐ前か、下を向いていた。
当時の新宿西口は、差掛け小屋の闇店が並び、樹木はなかったから一面のモノクロ世界だったのだが、にもかかわらず熱気というか、憤懣というのか、不穏な圧力がこもる場所だった。
ただでさえ危ない空氣の西口で、この夕方、さらなる猛烈な熱気、気持ちの高揚を浴びた私は動けなくなってしまった。
1945年に戦争に負けた日本が民主主義の国に変わり2年目、封建的という言葉が石飛礫のように「古い人たち」に投げつけられていた時代だ、日本は新しくなる、という感激と高揚が中学一年生にまで及んでいた。
どれだけ見つめていたのだろう、帰宅した時は日が暮れており、家には怒り狂った父親が待ち構えており、脇目も振らずに下校しなかった私はさんざん叱られて泣き続けたのだった。

「戦争はいや」「安倍やめろ」「ウソをつくな」「なめんな」「恥を知れ」「昭恵出てこい」「安倍を倒せ」「集団自衛権法制化阻止」「改ざん内閣」「アベ政治を許さない」「さよなら晋三」「まともな政治を」「責任取れ」
まああ。「Don’t tell lies」「Your silence will not protect you」「REVEAL IT ALL」など英文もある。
これが、いま今日のデモの姿だ。
一番の衝撃は、一人ひとりが自分の意思で集まってきているということだ。年齢も様々。子供連れもいるし高齢者もいる。
最前列の横棒を握り、列を作ってうねる組織の人々ではなかった。みんなバラバラに、ワイワイと集まってきているのだった。
掲げるメッセージは大きさも色も、表現も多種多様、どれも自分たちの内側から湧き出してきた言葉に違いないと感じた。
胸がいっぱいになった。70年間は無駄に過ぎてこなかった。
「誠」という魂、「誠実」という土台が欠落している安倍晋三と以下同類の政治家たちは足踏みして進歩しないが、国民は一歩一歩と進んできたんだよ、この感激は感激だ。


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機転を利かせては如何

舞鶴市の市長さんが、大相撲の春巡業の土俵上で挨拶をしている最中に倒れた。病院へ搬送され、くも膜下出血とわかり手当をして一命を取り留めた。
大勢の人の注目を集めている最中の出来事で、素早い対応により助かり、めでたいことこのうえない。
高齢になって突然の発作に襲われるのが不安で仕方がない人は、一人歩きを避けた方が良いかもしれない。また、一人で歩くときは、散歩も含めて、人通りのある道を選ぶことも知恵の一つかもしれない。
発見すれば人は、反射的に助けようと気持ちが動くのが普通だと思う。人っ子一人いないところで倒れて発見されなかったらおしまいだ。
市長さんが倒れたときは、反射的に動いた人たちがいて、すごいことに、その中に看護師もいた。応急処置に抜かりはない。なんと心強いことだったろう。
笑ってしまうのが、看護師が女性であったために、土俵から降りて欲しいと行司さんが放送したとかで、女性差別と伝統をめぐり、さまざまな人たちが騒がしく意見を述べている今日この頃である。
若い行司さんだという話だから、言いつけ通りにするのは素直な反応で、責められる筋合いはないだろう。
もしも私が関係者だったら、専門職の人か否かで判別しました。え〜、あの方は女性だったのですか? そりゃ、気づきませんでしたと答えるだろう。
どうして土俵に上がった救援者を性別で区分けしてみたのだろう? 機転を利かせてはいかがでしょう。
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先輩はやっぱり先輩だ!

近所で建築中だった共同住宅が概ね完成した。隅から隅まで輝いている。富士と散歩に出たら、勘の良いマルオ、外猫のマルオがどこからともなく現れた。一緒に朝日が射す道路に立ったら、マルオが先に立って新築の建物に向かっていき、富士がマルオに続いた。
びっくりした。なぜかというと、怖がり屋の富士は知らない場所へ行くのは大嫌いで、無理に抱いて連れて行こうとすると、身をよじって腕からすり抜けて逃げてしまう。無理無理に抱きしめるとガタガタ震える。それが、どうしたことかマルオについて行くではないか。
マルオは真新しい建物の角、雨樋の根元などを巡り歩き、耳の後ろから首筋にかけて執拗にこすりつけては進む。ははあ、臭い付けをしているな? 新しい場所を自分のテリトリーにしようとしているんだ、と私は察して富士のリードを握ってついて行く。というのは、富士はマルオの仕草をそっくり真似て、同じことをしながらついて行くのだ。建物を回り、臭い付けが終わったマルオは駐車場に出ると、いきなり寝転がり、さらに四つ足を上に上げて身をよじり出した。続いてきた富士は並んで転がり、サル真似ではないネコ真似をしている。
マルオは、すでにテリトリーを確保していたのではないか。今朝は富士のために回ってくれたのではないか。マルオは何も知らない富士に、新しいテリトリーの確保をやって見せてくれたのだなあ、と思った。良い先輩に恵まれて富士は良かったね、と嬉しい。富士も、先輩の動きを見習う力を持っていたのだから立派だ。
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蟻地獄

ソメイヨシノが満開、球根の草花が足元に咲き誇り、春に埋もれた。先立って咲いた彼岸桜、レンギョウ、ボケから、息つくまもない花の日々である。
ここ2、3年のことだが、通りかかるたびにチェックしている虫がいる。気候が良くなりアリも歩き回っているので、昨日立ち寄った。それは大きな建物の軒下の乾いた場所で、本来は草花でも植えておこうかと用意したのだろうが、乾いた土だけの細長い場所になっている。見届けたい虫はアリジゴク。この土の中に住んでいる。
いたいた、いました。蟻地獄が見事なすり鉢を作っていた。厳冬期は気配も感じられなかったが、見渡したところ15個はあった。直径数センチのロト状の穴の底に、アリジゴクという小さな虫が1匹ずつ隠れているはずだ。
見渡したところ砂のように細かい土でできたすり鉢だけで、虫の姿は気配もないが、黒アリがせわしなく歩き回っていた。
ところが思いもかけないことに作業中のアリジゴクがいて、彼はすり鉢の斜面をらせん状に巡りながら穴の形を整えようとしていた。捕食するところはよく見かけるのだが、すり鉢を作る場面に出会ったのは初めてだ。期待以上の場面に出会った嬉しさは、ちょっと言葉にならないくらいのときめきである。腰を据えて作業を見物。
アリジゴクは、ウスバカゲロウの幼虫だ。カゲロウは、儚いものの代名詞で、あっという間に命を終えると言うが、ウスバカゲロウは違う。肉食で1月は生きる。幼虫のアリジゴクは、英名をアリライオンといい、まさにアリにとっては恐ろしいライオンのような存在である。
10ミリ前後と見えるアリジゴク君は、勢いよく斜面を巡る。後ろ向きに進んで行くが、体は砂の中、見えるのは頭についている巨大なハサミだけだ。ハサミの長さは3ミリか4ミリだが、体のサイズが10ミリだから大きいと言って良いと思う。後すざりで見えていないだろうに穴の形は真円で歪みがない。斜面だから土塊が次々と転がり落ちてくる。彼は塊をハサミで掴み取り、外へ放り出す。これをやるためには土塊が見えなければならないわけで、後すざりは合理的だと思った。直径数ミリの土塊も放り出し、穴から7、8センチは飛ばす。小さなものやダンゴムシの殻などは10センチ以上も飛ばす。残るのはコナのように細かい土砂だけだ。完成し満足した彼は、ロト状の底に身を沈めてしまった。
そこでアリを捕まえて、穴の中に落とすのが、私という悪者である。
「それはもう、あなた。あれじゃあ蟻地獄ですよ。もがけばもがくほど、はまってしまうんです」
こんな例え方をして、声を潜めて噂をする。そんな小説を読んだことがあるかもしれない。万が一にも経験はしたくない場面だが、蟻地獄はコレをやって成長してゆくのだ。落ちたアリは、当然這い上がろうと努力の限りをつくす。それを察知した蟻地獄は、砂つぶてをアリの足元にぶつけてゆく。パッパッとぶつけるから斜面は崩れてゆく。アリの足は、さらに斜面の砂つぶを転がし、次第に穴の底へと落ちてゆく。アリジコグは、作業に用いた大きなハサミでアリを挟み、土中に引きずり込む。
終わりだ。アリはアリジゴクが注入する消化力のある毒液で溶かされ吸い取られてしまう。この毒液はフグ毒の130倍といわれる。ダンゴムシも、良くはまってしまうから相当大きなものも餌食になる。
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余寒

お彼岸が近づいた。武蔵野の冬は乾燥し、春先の強風に悩まされる。この時期に、春の到来を知らせてくれるのは雨である。花や木の芽がと思うでしょうが、それは昔の話。今時代は人工的な装飾品的耐寒草花が出まわり、季節の便りになり難い。12月、1月、2月だって、道路際に置いたプランターに赤や黄色や派手な花が置いてある。育てているのではない、買ってきて置いているだけの消耗品。私は、これはあまりにも花に気の毒すぎて出来ないので我が家周りはまだ殺風景だ。
変わらぬのは雨である。春雨、小雨。まだ水が上がらないうちにと、気になっていた一本のサツキを植え替えておいた。このサツキの根が嬉しがっているでしょうと雨を喜ぶ。先日の大雨では息を潜めていた壺のメダカたちが、密やかな雨脚に呼ばれるようにして水面に上がってきました。
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