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上野千鶴子さんの祝辞

桜の季節、東京大学学部入学式で上野千鶴子さんが祝辞を述べた、これが話題になっているので全文を読みました。続いて反響の片々も少々拝見。
若者たちへの祝辞を読む当方は、上野千鶴子さんよりもずっと年長さんです。
一番に「ここが良い」と目をつけたところは以下のところです。紹介します。
「女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。」
フェミニズム運動が、ここまで成長、成熟してきたことに対して、大きな感動に包まれました。
地球は小さくなり、世界中の女たちが、直接手をつなぐことができる時代になりました。上野さんは、マララさんが日本を訪れたことも話していられます。
しばしば耳にする反論は「そんなに男女差別なしが好きなら、オリンピックだって、男女区別なしにしたらいいじゃないか。」というものです。
そうじゃないのに、と説明したい女性たちに代わって、上野さんはフェミニズムについて、この機会に明快、明確に発言してくださいました。これは「言挙げした」と言いたいくらいです。
この祝辞が話題となっているので、どうか、この部分にも注目していただきたい。
一方、反論もあることは健全なことですから期待したのですが、見所のある反論には行き当たりませんでした。
上野さんのことを「ばあさん」と書いている人を何人か見受けました。石原慎太郎が選挙運動の最中に、対立候補者に多用した罵詈雑言の一つです。
また、名のある人の中では木村太郎氏の評が目につきましたが、評と呼べる内容はなく、ひたすら男性+上から目線で小馬鹿にする雑言でした。
これでは老害と罵られても黙るしかないでしょうが、それ以前に自分自身を貶めています。年齢を重ねたからといって、自ら死に体になる必要はありません。
というわけで、この祝辞は様々な角度からの受け取りようができて、春から夏へ向かう活発な空気をもたらしました。
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WTOの判断

世界貿易機関(WTO)は今回、韓国による福島など8県産の水産物の輸入禁止措置を妥当とする最終判決を下した。
日本産食品の輸入を規制している国、地域は他にも香港、中国、台湾、シンガポール、マカオ、米国、フィリピンが一部の県産について輸入禁止の措置を継続している。このほかの国にも、検査証明書を要求するなどしている国は、EU、ロシアなど十数か国ある。
これまで日本は台湾に対して輸入を強要するかのような態度をとり続けてきたし、今回の敗訴はショックだ、がっかりだという反応が多々見受けられる。基準値を満たしているし、安全なのに、という不満だ。
しかし私は、この判断は良かったと思う。禁止しなければいけない。
今、小売りの場面で必ず見られるのは産地の表示である。これをも信じられないとなった場合は、お手上げというか日本壊滅だと思っている。産地を確かめて買う必要があるのだ、野菜も海産物も。
なぜだろう? と尋ねるまでもない3.11故である。地震と津波のためではない。地震と津波だけだったら寄ってたかって修復し、強固な地域を構築し、むしろ人口も増えて発展してゆく。
大昔からの勤勉で、我慢強い態度が、今回に限り機能しないのは原発が原因で、これは政府の仕業である。しかも今もって反省はなく、原発を作り続けている。
政府が絶え間なく努力し、行動していることは何か? 事実に目をふさぎ、嫌なものは見ない、聞こえない、なかったことにする、というごまかしと嘘の構築である。
3.11以来、かろうじて産地の表示を信じて暮らしているが、それ以外の諸々は全く信用していない。基準値も計測値も、計測機器も、信用するに足る足場は見えない。
あの日以来、私は水を買い続けて飲料と料理用に使っている。費用がかかるが耐えるしかない。
あの日以来、私は近海物の海産物を全く買っていない。北海道のホタテ以外の貝類は佃煮だって買わない。そんなの常識よ、という人が多いから言うほどのことではないが。
あの日以来、食べないものが多々あることは、極めて不自由だし、楽しみもそがれることではあるが、死ぬまで続けるつもりだ。
3.11は、だから風化どころじゃない、日々毎日、接している現実なのだ。
韓国の若い女性がテレビの取材に答えて言っていた、「この先50年は日本のものは食べない」。是非、そうしてほしい。50年でも短いくらいだ。
国は、文句があるなら太平洋に1滴も汚染水を流出させなくなってからにしてくれ。残念なことだが、国は嘘をつきすぎたし、嘘つきをやめない。
食べない、買わない、の行為の底には、健康を守ることのほかに、3.11が現実の問題であるということの主張と、国への怒りと反発が渦巻いている。


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福島、富岡町の桜

花見時が北上してゆく季節。福島県富岡町の桜並木は2キロ余りも続く見事な眺めだ。それを今朝のテレビで眺めた。
高線量のために立ち入り禁止地域に指定されている地域内の、桜のトンネルと呼ばれる美しい並木。
避難先の人々のために花見見物のバスが用意されて、バスの窓越しの花見をしてきた人たちが映った。8年ぶりだ、綺麗だったと笑顔を見せる。
解説する報道者の言葉。「本格的な除染が今、始まったばかりです」
待ってくれ、除染するって、この土地に人を住まわせるつもりか? 2023年に除染終了? 

見ず清し、という。目の前に汚物があっても横を向いていれば見えない。見なければ汚いと感じずに済むのだという。
三尺流れれば水、清し、ともいう。川の流れに汚物を捨てても流れ去るからきれいな水だという。
汚物が目に見えて、手で触れることができてさえも、この始末だ。放射能は見えない、臭わない、その存在を確かめる術が人には備わっていない代物である。
忘れるために便利な言い回しもたくさんある。人の噂も75日。
10年後の福一は、十年一昔か。大過去の昔語りとして忘れ去るつもりか?
痛くも痒くもないのだから、忘れてしまえば気持ちも楽になれるかもしれない。
高線量のために窓も開けられないバスを仕立てて故郷の人を乗せるという企画を立て、取材放映の段取りをつけたのは誰だろう?

桜樹の寿命は長くはない。50年もすると老樹となる。桜の名所は、名所の名を守るために、注意深く交代を図り存続させるのだ。
米どころの福島、果実豊かな福島、そして何より、何という心温かな人達だろう、福島は。
良き福島を汚したのは、福島を故郷とする人たちとは関係のない人々だ。
関係のない人々が汚しておいて、自分たちは近寄らず、この先なかった事にしようとしている。
福島富岡町の美しい桜のために愛と祈りを。
「福島へ帰るな運動」に賛同してほしい。守りたい、救いたい、故郷の命を。
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麻生川の花見

もう先週のことになるが、麻生川沿いの桜道を歩いた。小田急線の新百合ケ丘駅から次の柿生駅までの、ちょうど一駅分の細道。
麻生川は鶴見川の水系で、区内を流れてのちに鶴見川に流入している小さな川。両岸に金網のフェンスがあるから花見客は川に落ちる気遣いはないが、とことん無粋ではある。
去年の花見は、誘われて真盛りに出かけた。屋台が並びグループの宴が続く。桜の枝に結び付けられた提灯、短冊が賑やかだ。短冊には俳句が一句ずつ、作者の名もあり、幾つもの句会が参加している模様。
これが花見だ。しかし、この春は念入りに気配を伺い、注意深く花見どきを狙った。花は開きはじめたが宴には早いという微妙な時期が欲しい。
実は、あの短冊が苦手なのだ。飲んだり食ったり歌ったりは神経に触らない。しかし、見たくもない文字がヒラついているのが目に入ることくらい苦痛なものはない。
あの、提灯だか雪洞だか知らぬが、祭りでもないのにxoまつりなどと書いてぶら下げる、花だけなら美しいが、ああいう醜いものをぶら下げられては、目を背けるしかないではないか。
一年一度の、ほのかな桜色、わずかな日々に開き散りゆく花の色を、無残にも汚しにかかる蛍光ピンク色の提灯と短冊。
昨日今日の不平ではない、前々から大嫌いだったのだ。これ以上黙っていると、こっちの命が終わりになっちゃう。

川沿いの桜は、当方が当地に移り住んだ頃に植えられたもので、若木の幹は物干し竿より細かった。車窓から細々とした木を眺めていたのが昨日のことのようだ。
今はひと抱えどころか大樹となり、桜の名所と呼ばれることもあるそうだ、しかし。車窓からは見えない。
それは線路と川の間にビルなどが建ちならび、ほとんど見通せなくなってしまった故である。桜樹は育った、そして人の営みもまた。
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無私の言葉

昨日のこと、野球選手のイチローさんが引退し、会見を行った。TVのニュースで知ったが、その後はどこのチャンネルでも何度も報道し、今日もさらに続く報道は、国民栄誉賞に話題が及んでいる。
芸名というのか商標というものか知らないけれど、姓名ではなく、名前だけをカタカナで表して世に出てきた、この時の新しさを覚えている。当時はなかったことだ。
天与の才能の上に比類のない鍛錬、努力、工夫を積み重ね、人知れぬ苦難も克服しての今日に違いない。周辺の大勢の人々が、口々に賞賛の声を上げている。
1時間20分に及んだ引退会見では、周囲のすべての人々に感謝と思いやりを示し、妻をねぎらい、愛犬にも話が及んだ。
周到に計画された機知に富んだ会見は深夜に輝き、すばらしかった。帰宅して家族に囲まれ、大成功だったと喜びあうことだろう。

これより約2週間前の夕方、流しに向かいながらTVをつけていたら清原和博と聞こえたので振り向いた。
覚醒剤取締法違反で有罪判決を受けて以来、報道に名の出ることのなかった元プロ野球選手。甲子園以来、すごいスターだった人だ。
すっかり姿を消していた清原さんが、ゆっくりとした低い声で話していた。一文字も揺るぎのない、しみ入る言葉だった。私はTVの正面に棒立ちになって聞き入った。
言葉の持つ力、重さ、輝きに、私は感動で動くことができないほどになった。文学で、これだけの発信を見たことがあるだろうか? 及ぶものではない。
彼は書いたものを読んでいるのではない、思うことを口に出している。その一語一語が、取り替えの効かない誠実、真の言葉だった。

ネットを検索して探したが、完全文は見つけることができなかった。TVは、2度とやらなかった。が、概要は次のようなものだ。
その日、都内で行われた厚生労働省の主催したイベント「誤解だらけの”依存症” in 東京」に出演したもので、一般客約180人を前にしてのトークセッションだった。
話す相手は、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦医師。清原氏は現在も2週間おきに通院して治療を続けているそうで、主催者側の配慮で、たったの5分間出演だった。
苦しんでいる人のためになれば話そうと、松本医師に語る形で自身の歩みと心の内を語ったもので、ぶっつけ本番だったという。
さらに検索すると、その前日に母の死があり、しかも死に目に間に合わなかったという。どれほど愛されていた息子かということもたくさん出ていた。
2週間以上経っても、忘れられないどころか、大きく広がり、輝きを増す5分間の言葉。
自分の姿を眺める人々がどう思うか、など雑多な諸々が打ち捨てられて、無私の心にいる姿、在るものは、弱き者たちへ差し伸ばそうとする手だけだ。
亡き母よ、嘆くな喜べ、立派な息子だ、と追悼の心を送ろう。忘れることのできない、時に思い出す価値のある人だ。




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星の瞳

北風一方通行の季節が移り、南風の日が混じるようになった。重いジャケットからマフラーを外して気分も軽くなる。
が、相変わらず風邪をひいている人は多いから、バスには乗らずに歩いている。
ちいさなスミレのような花びらの、青色の花が群れて咲いていた。これはオオイヌノフグリ。
身近な草花には、なんで? どうして? こんな名前をつけたの?
とたじろぐ名前が、よくある。オオイヌノフグリは、その一つだ。並んで生えているスズメノカタビラも、その一つだ。ヘクソカズラというつる草もある。
漢字で書くと「大犬の陰囊」「雀の帷子」「屁糞蔓」となる。
日本の植物学の父と呼ばれる牧野富太郎博士は600種余りも新種を発見され、名付け親となった植物は、オオイヌノフグリを含めて2500種以上もあるという。
なんか、その時の気分もあったのかもしれないが、名付けられて代々呼ばれる身になったら、あんまりだなあ、と歩きながら思いめぐらせ、帰宅して別名を探してみた。
発見した別名が、星の瞳。ちょっと良すぎるかな。いやいや、春を知らせる先駆けの花にふさわしい。思い出の言葉が浮かんできます。
「天に星 地に花 人に愛」「君の瞳に乾杯」 
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2月がおわる、明日から弥生

今月のうちに、やはり記しておきたい出来事があります。
それは外猫のマルオがコウモリを捕まえてきたことです。
何日か前の早朝のことで、目ざとい息子が指差してコウモリ、と囁いたので気づきました。真っ黒い小さなドローンのようだった。
10歳近いかと思われるオス猫のマルオは、時たま小鳥やネズミを捕ってくる、獲物を食べてしまうこともありますが、ほとんどの場合、獲物は私へのプレゼントであり、いつも同じ場所、私が朝一番に引き開けるガラス戸の足元に置いています。
あら、と見下ろす。まああ、と驚く私を素知らぬ風で眺めています。マルオは猛烈な甘ったれで、その一端として貢ぎ物も持ってくるから、嫌でもなんでも、その気持ちに応えてありがとうを伝えないわけにはいきません。
夏の夕方に市民農園の上を飛んでいるコウモリが、どの家のどの場所で昼寝をしているかを知っているので、かわいそうでなりません。あまり寒い日がなかったこの冬、うっかり飛び出したのでしょうか。
このコウモリは群れているのではない、たった1匹の珍しい存在、単独で生きてきていました。都会ではハロウィンの添え物くらいのもの、しかも全く好かれないもの、私も好きなんて言えない生き物です。
はじめて近々と見た子ネズミそっくりのコウモリ。目を閉じて永遠の眠りについた小さな子に、たまらない愛おしさが溢れてしまい、多分忘れることはないでしょう。
早まって飛び出すなんてバカ、バカ。私は夏の間じゅう見上げていて、あなたを知っていたのよ。キミは独りぼっちじゃなかったんだから。私がいたんだよ!
一方、それは違う、と別の声がする。
いくら雪のない冬とはいえ零下の早朝が続いたのだから、寿命が来て命を終えたに違いない。傷一つないところを見ると、見つけたマルオは見捨てるに忍びなく、運んできて私に知らせてくれたんだ。
小さな命の終わりに揺れる気持ちが、落ち着ける椅子を探している。春は残酷な季節、死と背中合わせに姿を見せる。
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雪の季節が去って行く

今日は2・26。あの日の朝の東京は深い雪だった。1メートルなんてものじゃなかった。
見ていたようなことを言うけれど、実は生まれて半年の赤ん坊だったので、いい加減なことを言っている。あの朝はね、と思い出話に耽る大人たちの話の聞きかじり。の記憶。
今年の東京の雪は、今のところ無に等しい状態だが、札幌の雪まつりは賑やかだった。
まだか、まだか、だいぶできたな、と待つうちに、あっという間に解け去って行く雪まつりの熱気。だからいい、と言えるのかも。
いままでは純白の世界だった雪まつりは、夜だけだが極彩色。今年の作で、大喜びしたのが初音ミク。
初音ミクが大好きで、録画したのを目を細めて眺めて喜んでいるのだが、まさか雪まつりに出演するとは夢にも思いませんでした。
ボーカロイドに生身の人間が心を寄せ、生人間が太鼓を叩いて共演するという現実は、雪まつりが果てても盛り上がる。
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東風

二階庭と言い習わしている見晴らしのきくベランダで洗濯物を干した。連日の晴天で湿度が30%台、この乾季には屋内に風を通して乾燥させる。湿気の多い日本では、収納場所に戸を立てて閉め切る行為は愚かしい。
それはさておき気持ちの良い風が吹き渡り、落葉樹の小枝たちが潤いを帯びてきた。秋の終わりには水気を失い、黒く萎びていた枝が今は、潤いに満ち満ちて芽先の動きを誘うかのようだ。まわりの家の紅梅がまず紅色になり、いまは白梅が真っ盛り。とはいえ我が家のお向かいの梅は、ようやく目覚めを迎えたらしく、今朝ようやく、幾つかの白い蕾を見せた。
風は東風である。まさしく東から、しっかりとした勢いで吹き渡りくる風に、菅公のうた、東風吹かばを思い起こした。
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立春の南風

関東の太平洋側では1月末から2月初旬が極寒の季節、猛暑は7月末から8月の初め頃と決まっている筈。それが今日は、なんと18℃から20℃という4月中旬の気温となった。
こんな番狂わせは滅多にないが、もしかしてこの先、天候の異変に見舞われることが増えるのではないかという予感がある。海水温の変化が気になるのだ、上昇している。
今日は久しぶりに地球儀を抱えてながめまわしたが、まあ、なんと海の広いこと。太平洋の広いことに改めて目を見張った。この太平洋の水温に変化が起きているということは、
並大抵ではない深刻な異変なのだと、素人目にもわかる。
私の地球儀は、正確な傾きなどは無視されている代物で、リビングの床に転がっている。
ビニールのボールの表面に世界地図が印刷されているといった方が早い地球儀だが、膝に乗せて見たいところをみるには具合がよい。
いま持っているのはバレーボールサイズなので、表示されている都市名が限られている。もっと大きなボールが欲しい。
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辺野古基地建設強行反対声明

沖縄・辺野古新基地建設の強硬に反対する憲法研究者たちが声明を発表しました。
この声明前文と、賛同者131名の名が多数のメディアで紹介されています。分かりやすい簡潔な文章。6章のタイトルを紹介します。
1「民主主義」「地方政治」を侵害する安倍政権
2 沖縄県民が辺野古新基地建設に反対する歴史的背景
3 沖縄における「基本的人権」の侵害  ①平和的生存権(憲法前文等)の侵害  ②「環境権」(憲法13条、25条)の侵害
4「平和主義」の侵害
5「辺野古が唯一の選択肢」という安倍政権の主張の欺瞞
6 おわりに
あっという間に読める、短い声明文なので、ぜひ読んでいただきたい。
「おわりに」の章の最初と最後の文章を、ここに転記します。
  日本本土の約0.6%しかない沖縄県に全国の米軍専用施設の約70.6%が集中するなど、沖縄には米軍基地の負担が押し付けられてきた。
  私たち憲法研究者有志一同は、平和で安全な日本、自然豊かな日本を子どもや孫などの将来の世代に残すためにも、辺野古新基地建設に対して強く反対する。

今現在、自分たちの国の1箇所で起きていることがらについての声明文です。
日本という国を自分自身の肉体にたとえてみれば、体の1箇所で起こっている異変、つまり体の1箇所が痛い、痛い、と痛みを訴えている、それを感じても放置するのか。
どこが痛いのか、なぜ痛いのか。随分長い間、痛みが続いている。薬を使ったか。医療機関へ行ったか。
放置し続けることの危険を顧みず、さらに痛みを増すような行動をとり続ける人間がいるだろうか。放置すれば寝込んでしまうのでは。
この問題は、自分自身の一部だと、強く自覚するところから始まると思います。



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試験の季節

いろんな種類の試験が、あちこちで行われる季節。
タコの置物が入試のお守りとして人気を集めているという。真っ赤なタコ。ダルマではないのか、なぜタコなのか。
それはオクトパス、つまり置くとパスするという語呂遊びだそうだ。よくまあ、思いつくものです。
ダルマでもタコでも結構。希望を持って新たな扉を押し開けようと挑むことのできる環境に恵まれていることを自覚して頑張って欲しいと思う。
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防災とボランティアの日

24年前の今朝、まだ真っ暗だった6時前に大地震があった。あの阪神・淡路大震災から四半世紀が経とうとしている。この時から日本の人々は人助けにボランティアという名をつけて積極的に行動するようになった。
石碑を建て、記念の日には竹筒の灯火を掲げて失われた多くの命へ思いを捧げる。暖かで優しく、真面目で一所懸命なみんなの心が集まる。死者を悼み、この日を忘れないようにとの思いが溢れる。
いま私たちは、24年前からの連続線上に生きている。被災した人たちが、24年前のこの朝から今までの年月を生活してきている。見守ってきた人々もだ。100年、200年後には、これはない。記録によって知るのみとなる。
この連続線に触れることは、今現在生きている私たちだけに与えられた機会だ。あの時亡くなった人たちの家族や仲間たち、住む家を失い、暮らしの手立ても失った人たち。この大勢の人たちが、この四半世紀を、どのように生きてきているかに触れなければならない。
私は二人の友人を失った。その日にではなかった、その後の苦しみ、重圧に命を奪われたと思っている。二人の友達の、それぞれの夫は彼女たちよりも先に亡くなられた。あの日には頑張っていたのに。やむなく仕事が変わる、住み家も変わる、何もかもが苦しい努力の日々だった。命を使い果たしてしまったのだ。夫を「お父さん」と呼びならわして一緒に頑張ってきた妻には、夫を見送る力だけが残されて、後を追って行ってしまった。何もなかったら長生きできたかもしれないと友を悼むのだ。
あの日を思い出すと同時に、死者を悼み、防災を考える、加えて今現在を連続線上に生きている姿に心を寄せようと思う。大災害は、その日だけでなく長い年月をかけて人を痛めつけ、生命力を奪い続ける。
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大きくなったら、何になりたい

新年には、常日頃思わぬ事柄を思い巡らせるものか。
小さい時に、大きくなったら何になりたいか、と尋ねられたことが何回もあった。
家庭では親戚の大人たちから、もてなしの一つのような感じで問われ、学校では先生が全員に答えさせた。国語算数、答えに困ったことはなかったが、この質問にだけは、いつも困り果て、沈黙してしまったことを思いだす。
思いつかなかった、なりたいものがなかった。誰もが嬉々として答えるのに。
それが、正月二日の今日、ハッとわかったのだ、見えたのだ。
私がなりたいもの、それはおばあさんになることだった。
80歳台に乗ったから、もうおばあさんになったと言えるな、と思って神様か仏様か森羅万象かわかりませんが感謝の心を捧げている。
近くは3.11の大津波に攫われて命を落とした幼い子らを思い、遠くは敗戦前後に死んでいった子どもたちを思い、そう、この中には私の妹も含まれているのだ、おばあさんになりたかったよねえ、と胸ふさがり、正月早々涙するのだ。
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新年

明けましておめでとうございます。
晴天の関東地方の朝です。太陽の恵みあっての地球かな
願わくは世界中の人々が、良き水と食物にありつけますように。
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