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立春の南風

関東の太平洋側では1月末から2月初旬が極寒の季節、猛暑は7月末から8月の初め頃と決まっている筈。それが今日は、なんと18℃から20℃という4月中旬の気温となった。
こんな番狂わせは滅多にないが、もしかしてこの先、天候の異変に見舞われることが増えるのではないかという予感がある。海水温の変化が気になるのだ、上昇している。
今日は久しぶりに地球儀を抱えてながめまわしたが、まあ、なんと海の広いこと。太平洋の広いことに改めて目を見張った。この太平洋の水温に変化が起きているということは、
並大抵ではない深刻な異変なのだと、素人目にもわかる。
私の地球儀は、正確な傾きなどは無視されている代物で、リビングの床に転がっている。
ビニールのボールの表面に世界地図が印刷されているといった方が早い地球儀だが、膝に乗せて見たいところをみるには具合がよい。
いま持っているのはバレーボールサイズなので、表示されている都市名が限られている。もっと大きなボールが欲しい。
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辺野古基地建設強行反対声明

沖縄・辺野古新基地建設の強硬に反対する憲法研究者たちが声明を発表しました。
この声明前文と、賛同者131名の名が多数のメディアで紹介されています。分かりやすい簡潔な文章。6章のタイトルを紹介します。
1「民主主義」「地方政治」を侵害する安倍政権
2 沖縄県民が辺野古新基地建設に反対する歴史的背景
3 沖縄における「基本的人権」の侵害  ①平和的生存権(憲法前文等)の侵害  ②「環境権」(憲法13条、25条)の侵害
4「平和主義」の侵害
5「辺野古が唯一の選択肢」という安倍政権の主張の欺瞞
6 おわりに
あっという間に読める、短い声明文なので、ぜひ読んでいただきたい。
「おわりに」の章の最初と最後の文章を、ここに転記します。
  日本本土の約0.6%しかない沖縄県に全国の米軍専用施設の約70.6%が集中するなど、沖縄には米軍基地の負担が押し付けられてきた。
  私たち憲法研究者有志一同は、平和で安全な日本、自然豊かな日本を子どもや孫などの将来の世代に残すためにも、辺野古新基地建設に対して強く反対する。

今現在、自分たちの国の1箇所で起きていることがらについての声明文です。
日本という国を自分自身の肉体にたとえてみれば、体の1箇所で起こっている異変、つまり体の1箇所が痛い、痛い、と痛みを訴えている、それを感じても放置するのか。
どこが痛いのか、なぜ痛いのか。随分長い間、痛みが続いている。薬を使ったか。医療機関へ行ったか。
放置し続けることの危険を顧みず、さらに痛みを増すような行動をとり続ける人間がいるだろうか。放置すれば寝込んでしまうのでは。
この問題は、自分自身の一部だと、強く自覚するところから始まると思います。



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試験の季節

いろんな種類の試験が、あちこちで行われる季節。
タコの置物が入試のお守りとして人気を集めているという。真っ赤なタコ。ダルマではないのか、なぜタコなのか。
それはオクトパス、つまり置くとパスするという語呂遊びだそうだ。よくまあ、思いつくものです。
ダルマでもタコでも結構。希望を持って新たな扉を押し開けようと挑むことのできる環境に恵まれていることを自覚して頑張って欲しいと思う。
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防災とボランティアの日

24年前の今朝、まだ真っ暗だった6時前に大地震があった。あの阪神・淡路大震災から四半世紀が経とうとしている。この時から日本の人々は人助けにボランティアという名をつけて積極的に行動するようになった。
石碑を建て、記念の日には竹筒の灯火を掲げて失われた多くの命へ思いを捧げる。暖かで優しく、真面目で一所懸命なみんなの心が集まる。死者を悼み、この日を忘れないようにとの思いが溢れる。
いま私たちは、24年前からの連続線上に生きている。被災した人たちが、24年前のこの朝から今までの年月を生活してきている。見守ってきた人々もだ。100年、200年後には、これはない。記録によって知るのみとなる。
この連続線に触れることは、今現在生きている私たちだけに与えられた機会だ。あの時亡くなった人たちの家族や仲間たち、住む家を失い、暮らしの手立ても失った人たち。この大勢の人たちが、この四半世紀を、どのように生きてきているかに触れなければならない。
私は二人の友人を失った。その日にではなかった、その後の苦しみ、重圧に命を奪われたと思っている。二人の友達の、それぞれの夫は彼女たちよりも先に亡くなられた。あの日には頑張っていたのに。やむなく仕事が変わる、住み家も変わる、何もかもが苦しい努力の日々だった。命を使い果たしてしまったのだ。夫を「お父さん」と呼びならわして一緒に頑張ってきた妻には、夫を見送る力だけが残されて、後を追って行ってしまった。何もなかったら長生きできたかもしれないと友を悼むのだ。
あの日を思い出すと同時に、死者を悼み、防災を考える、加えて今現在を連続線上に生きている姿に心を寄せようと思う。大災害は、その日だけでなく長い年月をかけて人を痛めつけ、生命力を奪い続ける。
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大きくなったら、何になりたい

新年には、常日頃思わぬ事柄を思い巡らせるものか。
小さい時に、大きくなったら何になりたいか、と尋ねられたことが何回もあった。
家庭では親戚の大人たちから、もてなしの一つのような感じで問われ、学校では先生が全員に答えさせた。国語算数、答えに困ったことはなかったが、この質問にだけは、いつも困り果て、沈黙してしまったことを思いだす。
思いつかなかった、なりたいものがなかった。誰もが嬉々として答えるのに。
それが、正月二日の今日、ハッとわかったのだ、見えたのだ。
私がなりたいもの、それはおばあさんになることだった。
80歳台に乗ったから、もうおばあさんになったと言えるな、と思って神様か仏様か森羅万象かわかりませんが感謝の心を捧げている。
近くは3.11の大津波に攫われて命を落とした幼い子らを思い、遠くは敗戦前後に死んでいった子どもたちを思い、そう、この中には私の妹も含まれているのだ、おばあさんになりたかったよねえ、と胸ふさがり、正月早々涙するのだ。
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新年

明けましておめでとうございます。
晴天の関東地方の朝です。太陽の恵みあっての地球かな
願わくは世界中の人々が、良き水と食物にありつけますように。
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IWC脱退の日本

今日、26日、日本政府は国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を正式に発表した。脱退理由は、捕鯨反対を主張する国との意見対立が解消できず、このままでは商業捕鯨ができない。脱退して捕鯨を続けたいというものだ。
「鯨肉を食べるという日本の伝統食文化」という表現を各所でみた。日本の食文化だ、守りたいとは、いったい誰が喋っているのか。少なくとも私には鯨もイルカもシャチも、捕食する対象という認識はない。鯨肉を好む人がいるのは知っているし、戦時中と戦後の食糧難の時には食卓に上った。しかし、今現在の日本で鯨肉を食べるのは一部の人にすぎない。
和歌山県の太地町で昔から鯨漁をしていることや、町立のくじらの博物館があることは知っている。鯨資料館は山口県にもあり、下関市は南氷洋捕鯨基地であり、当地の水産業の発展を担う存在だ。
鯨食を「日本の食文化」などと言わずに太地文化・下関文化、あるいは和歌山県文化・山口県文化と呼んだ方が良い。
IWCに加わり、捕鯨を綺麗さっぱりやめてほしいものだ。日本中の、ほとんどの人たちは鯨肉を欲していないのではないか。その証拠に需要は落ち込んで商業ベースに乗ることもできない状態だ。
鯨を捕って殺すことは、日本だけがしてきた仕業ではない。その昔には、アメリカ大陸西海岸では、先住民が捕鯨をしていた。というより弱って海岸近くに流れ寄った鯨を食用にしていたという感じだったが、鯨をトーテムとする部族もあった。
また、外国諸国が日本近海にまで航海してきた原因は捕鯨であり、彼らは肉は廃棄し、油目的で鯨を殺してきたのだ。これは言うに言われぬ残酷な仕業だが、大過去時代に彼らは中止した。
今、日本が食のための捕鯨を中止することは、遅かったにせよまともな判断ではないだろうか。今まで鯨漁を生業としてきた高齢者が引退する時点で、後継者を作らずに終了してほしいと願っている。
この現実を見ず、あえて和歌山県の太地町や山口県下関などの鯨食・鯨職の肩を持ち、国際社会の常識を共有しない判断をした理由、原因はなんだろう?
自由民主党総裁 安倍晋三の選挙基盤、地元は山口県。自由民主党幹事長 二階俊博の選挙基盤、出身地は和歌山県。これって、どうよ?
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妙に暖かい12月

木枯らしが、吹かない。いつもなら11月のうちに吹き始めるのが、まだない。
先月の半ばにはメダカたちの越冬準備を終えていたのに、彼らはまだ活発に泳ぎまわり餌を欲しがっている。
だいぶ年をとったから、せいぜい暖かく過ごそうと思い、この冬は灯油ストーブに大働きをしてもらおうと思っていたが、まだ本格的な働きになっていない。
最近の天気予報は天気情報と名を変えたが、以前と変わらず当たったり外れたりで、空模様を見た方が早いくらいなのだが、天気図はものすごい発達ぶりだ。
雲の動き、風の流れなどを見物すると、まるで天空から見下ろしている感じがして、風神雷神の家来にでもなったような気分だ。
だが、この生温い空気が、行く手にあるかもしれない地球温暖化の前触れであるのか、あるいは昔から循環する気候の変動なのかはわからない。
私はメダカとともに空気に触れているだけだが、海の仕事、土の仕事、山の仕事の人たちは、どれほどのものを、計り知れない多種多様の情報を体に受けていることかと想像する。
一方、市街地の中心部、高層ビル群の中で仕事をする人たちは、計り知れない多種多様のデータを駆使し、発信するが、どれほどの生の肌触りに接していることだろう。

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猫と地震

今しがた小さな地震があった。せいぜい震度1か2程度の、かすかな揺れだ。
地震だな、と感じた途端に富士に目をやった。
定席のソファの背に寝そべっていたが前足を立てて首を上げた。そしてすぐに私を見て目を合わせた。私の気持ちをつかもうと、見ているのがわかった。
大丈夫よ、と声をかける。体が柔らかくなって、元どおりに伏せた。
この子は大丈夫、私と気持ちがつながっているな、と少しほっとした。
猫は自分本位だから、危険を察知した時は自分だけの判断で、自分だけ逃げようとするところがあるが、ちょっと不安だな、というときに気持ちを合わせることができるな、という発見だった。
富士は私の行動パターンを学習して飲み込み、時に応じて対処してくるのだが、私の方も富士のパターンを学習して富士モードに変換して付き合うようになっている。
犬とは全く違うパターンだと改めて感じる。口先で大丈夫よ、と声をかけても富士には通じていないはずだ、身体中を緩めてくつろいだ空気で声をかけないと通じない。
こんな発見が面白くてしょうがない。
並外れて小さな子猫だった富士は、ふと気づいた時は思いもよらぬ大猫になっていて、外猫のマルオの頭の大きさがメロンパンとすると、富士の頭はアンパンくらいだったのが、同じくらいにふてぶてしくなってしまった。
同じところに留まるものはない。富士は以心伝心で付き合えるようになったし、マルオは抱かれるのが大好きになってしまった。
同じところに留まる流れはない。自身の体を感じながらしかし、動ずることがない日を今日もありがたいものとして迎える。
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金魚藻

立冬も過ぎて水が冷たくなってきた。
メダカが無事に冬越しできるように、水底の砂地の上に平たい石と高さのある石を組み合わせて隠れ場所を作った。
暖かい日差しの日には出てきて、寒い日には隠れるためのシェルター。
夏の間に株が増えた金魚藻は、戸外では枯れてしまうので、一株だけ部屋に入れて、残りは処分した。
一番小さな金魚藻をペットボトルの上半分を切り落とした中に入れて、きれいな水を満たし窓際に置いた。
これから冬の間じゅう、葉の何倍も長く伸びた繊細な根が目を楽しませてくれるだろう。
と、もっともらしいことを言いながら眺めていたら。
何かが動いているのである。
ん? 何だ?
しかし最近は、めっきり自信が失せており、つまり自分自身に対する信用がなくなっているのだ、
何かおかしい、というときは自分を疑うようになっている。ヒトのせいにはできない。大した方向転換である。
というわけで、乱視が進んだな、と断じて一件落着。
ところが一夜明けて見たら、つまり今朝のことだが、赤いのや黒いのが動いている。乱視では色はいろいろにはならないだろう。
虫眼鏡を振りかざして発見したのは、ボウフラだった。
それもヒトを刺しにくる蚊の黒いボウフラと、真っ赤な細いボウフラ、これは刺さないけれど猛烈繁殖するのだ、
これらが混じって元気いっぱいであった。
この寒い時期に、なんということだろう。10匹や50匹ではない、もっといた。
ここで過去形にしたのは、たった今、処分したからである。排水溝に流すと蚊になってしまうからバラの根元に撒いた。
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菊の季節

10月と11月が好きだ。台風は去ったし、木枯らしは吹かない。
大好きな菊の花が、家々の庭先で咲き誇るのも、この季節。
秋になると海を見たくなる。江の島の海は、いい。あのサーファーたちがいなければもっと良いけど、行ってみよう。
今年は一の酉に行かれず、二の酉の日が、ちょうど印刷所渡しの日に当たってしまい、これも見逃した。
前回と今回の夢類の編集は疲れがなかった。細かい作業が楽で早かった原因は、PHILIPS の大型画面に違いない。
測ってみたらモニタ画面の幅が97cmあり、これだけ広いと参考資料を複数開いておけるゆとりがある。
一段落した、お酉さまに行こうと浮かれているが、働き頭のパソコン様には、何の慰労もしなくて申し訳ない気持ちです。
今回はパソコンに対する態度を改めて、今までより以上に生身の人間と付き合うつもりで付き合った、と思う。
「パソコンの壊し屋」の私が今回壊さなかったのは、この態度が良かったのだと思う。今までも人に対するのと変わらない態度だったが、
利口で、仕事が早くて、頼んだことは何でもやってのける、疲れ知らずの天才と思って、なんでも頼んで急かしてきた。
今回は、もっと人間らしい相手として付き合うことにしたのだ。
つまり、疲れもするし、うっかりミスもする、それに手先の器用さとか速さは、そんなじゃない普通の人、みたいに思って付き合った。
つまり、いたわったのだ。相手のことを思いやったのだ。こんな当たり前のことをしたので、壊れませんでした。
今年は三の酉があるから、お参りして熊手を頂いてきて飾ってあげましょう。
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ハナミズキ

バス通りに街路樹として植えられているハナミズキは、純白と薄いピンクと花色がふた通りあり、混植されている。
人の好みは色々で、白花こそがハナミズキ、と言い張る向き、なんといっても可愛いピンクよ、と目を細める人、とさまざまいて多分、ハナミズキたちも自分の持ち色が最高だわ、と主張しているに違いない。
春が来たよと笑っていたハナミズキたちが、十月末になって実をつけた。
この秋の紅葉は、いささかくすんでいるかに見受けられるが、その肩代わりなのか、たわわに実った実が、秋晴れの日差しに煌めいている。
小さな玉のような真紅の実。
実を結んだハナミズキたちは花色を忘れたのか、どの樹も同じ、輝く真紅の玉飾りに包まれている。
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秋のメダカ

春、5月の半ばから活動を始めたメダカたちが夏の間に増えて、一方、天寿を全うしたものもたくさん出て、新しい形を見せている。
冬ごもりの時期を目前に、今のうちだよ、と一所懸命に食べる子メダカも、たくさんいる。10月も末になった、昨日はカナダのトロントからの便りで、初雪が降った、とのこと。
富士山初冠雪のニュースもあったことだから、あっちもこっちも冬の足音がしている。
大丈夫だろうか、まだ15ミリに届かない子メダカまでいるのだ。一方、同じ住処にヤゴもいる。
今年はシオカラトンボ、ムギワラトンボの他に、見たことのない中型トンボと、赤トンボ、イトトンボもやってきた。イトトンボは子供時代に馴染んだトンボで、私はトオスミトンボと呼んでいたが、本名は知らない。
この、3センチほどの小さなトンボのヤゴもいてほしい、無事に育ちますようにと願う。
ビオトープに水生動物がやってこない、ミズスマシもアメンボも来ない、と嘆いていたけれど、考えてみればトンボは水生動物なんだと見直した。
昨日は水面に陽光がたっぷりと注がれて、皆、水面に浮かび泳ぎ、撒き餌を食べた。今が最後の、体力のつけどきだからと、午前中に2回、午後にも餌やりをした。
やがて水底の土と砂の下に潜り込んで、来年の五月を待つメダカたちです。
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おめでとう、沖縄!

もう、ダメかと思っていた沖縄知事選だった。自民・公明などの推薦を受けた候補は象で、翁長前知事の意志を継いで立った候補は蟻だと言われた選挙だった。象と蟻の戦い。
蟻さんは金は無し、人も少ない。宣伝の仕方も運営も稚拙だった。一方の象さんは大金を投入し、人寄せパンダも度々駆けつけ、候補者の不都合な経歴は隠し、相手のデマを流すなどやりたい放題だった。勝つためには金に糸目をつけなかったし、ずるい、悪いと承知の上で、ためらうことなく押し通す強引さだった。とにかく勝ちを取りたいのだった。
それでも沖縄の人たちは蟻さんを選んだ。翁長さんの魂が応援してくれたんだと思う。当選して、玉城デニーさんと仲間たちが笑い、踊った。
本土に住む私たちは、沖縄のために何ができるだろう? 
口を出してはいけないような、関係もないのにと遠慮する一方、そうじゃない、これは日本の核心の部分の出来事なんだ、それが沖縄という場所にあるんだ、沖縄のためにじゃない、沖縄の問題こそ、日本全体にとっての一番大事な問題なんだと強く意識してしまう。
この投票を見守った全国の人たちは、事実を知ることを心がけ、気持ちで応援するしかないが、この気持ちというものは無力に見えるかもしれないけれど、多分、巨大な海鳴りとなり山鳴りとなり、沖縄を包み、日本を守るだろう。
私はテレビの前で、当選を喜ぶ人たちに合わせて踊った。この手ぶり、高々と腕を挙げて掌で舞う踊りを、私は以前に踊った記憶がある。身体が、記憶していた。
そうだった、ユンタだ、踊ったのはオキナワの踊りだ。何十年か前のことになるけれど、近所の仲良しグループが集まって踊ったのだった。
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自民党総裁選

自民党総裁選が昨日、20日に投開票されて、安倍晋三首相(63)総裁が連続三選と決まった。このままで行くと安倍晋三という蔑むに値する人物は2021年9月まで嫌でも目につくのだ。
元来、総裁は再選までの規約であったものを、安倍晋三のゴリ押しで三選オーケーとしたものだ。この時、相当の反対意見があったが押し切ったと記憶している。
が、メディアはこのことを忘れたのか、気にしないのか、蒸し返すのはバカだと思っているのか言及しない。当然のように、三選、三選と言っている。
安倍晋三は、云々をデンデンと読むバカである。しかし我欲のためには、このような用意周到な下準備をし、台頭する者を叩き潰し、三権分立を根こそぎひっくり返すことをしてきた人だ。
9.11。3.11。地球全体が折り目節目に差し掛かっている。民主主義が言葉だけになって、実質が変質してきただけでなく、独裁へ向ける熱い視線が生まれていないだろうか。
アメリカ合衆国大統領 トランプ、ロシア連邦大統領 プーチン、中華人民共和国 国家主席 習近平、朝鮮民主主義人民共和国 最高指導者 金正恩。
彼は、このような人たちを眺め、羨ましく思っているのだろうな、と思う。
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