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盛り土のこと

築地の移転先の環境について、すったもんだしている。盛り土があるの、ないのと騒いでいる。
勝手にしろ、と言いたい。だいたい、銀座の目抜き通り、歌舞伎座からちょっと歩いたところにある築地の市場だ、ずっと前から欲しくて、分捕りたくて、うずうずしていた妖怪たちがいたのだ。取り替えっこしましょ、と持ち出した場所は、ワケあり物件とも呼べない、最悪の土地ではないか。築地は小粒の庶民の寄り集まりだから、大企業妖怪には手もなくやられてしまうのだ。私は、業者さんたちが気の毒で、かわいそうで、悔しくて、地団駄を踏んでいる。
それはそれとして、盛り土を、私は「もりつち」と読みます。「もりど」なんて、重箱読みを思いつかない。
どうして、なぜ、ドイツもコイツも、「もりど」と発声するのか。もりつち、と言っている人がいない。こんなに気色の悪いことはない。日本は腐ってきていると思う。言葉から腐ってきている。
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愛ちゃんの結婚

卓球選手の福原愛選手が結婚してメディアにお披露目した。お相手は台湾の卓球選手で、ともにオリンピックでも大活躍をした専門家同士の結婚。ピンポンと呼んでいたテーブルテニスを、ここまで広め、引き上げてくれたおかげで、物凄い試合を見ることができる。このお二人のお披露目の様子の好ましさに、幸せを祈る拍手を送った。周辺に見える様々な人たちのすべてが、心から祝い、喜んでいる空気が伝わってきて、さらによかった。台湾のファンたち、中国のファンたちの様子もわかり、ここにも明るく素直な笑顔があふれていた。なんと素晴らしいことだろう。角突き合わせている政治世界をよそに仲良くしている人々の代表選手だ。
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夜明けの空

4時に起きて入浴し、2F庭へ出た。灰色の重い雲が東に湧き起こり、その下を北へ向かう薄雲が走る。西は一面の濃い灰色。カラスが一羽で南に行く。やがて鋭い裂け目が現れて今朝の太陽の在り処が知れた。
奄美に台風がいて、列島を北上している。照りつけたかと見れば俄かに大雨がくる、騒々しい日になりそうだ。
足元に黙んまり猫が正座し、私も黙って空を見る。一瞬前の空はなく、在り得ない姿かたちの新たな暗雲が沸き起こる。下界を見ず、空に目を放つと、そこには自然が生のまま動き回っている、太古から変わらぬ大地球大自然がある。
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物価

物価に注目している。日常の食べ物の値段が上がっている。いつの間に、こんなに高くなったのかと思う。
税込99円だったものが134円プラス税、といった具合だ。私は安い物探しの底辺の消費者だ。
ほとんど値上がりしないものもある。例えば箱入りのお菓子類だが、箱が小さくなって内容量を減らしてある。あるいは一個ずつの包装にしてかさばらせて、数を減らしてある。値段は同じでも、体積・重量を減らしている。
目立たぬように、忍び足で近づくインフレだ。
民放のニュースは事件災害、ゴシップ専用チャンネル、NHKは政府の方針と足並みをそろえて放送しているから「デフレ対策は遅々として進んでいない」などと国民を意図的に騙す作戦をとっている。
目標の数値に届かない云々、などと拡めるから、信じて受け取る者がいたとしたら、そうか、今はまだデフレなんだな、と勘違いする。
私の視線は、日常の食品に焦点を当てている。食品の中で、際立って安いものがある。それは野菜だ。たいていの野菜が値上がりしている中で、山積みされて破格に安いものは種類ではない、産地だ。付け加える言葉はありません。
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雨台風と猫

雨台風が去った。昨日の多摩川は穏やかだったが、馴染みの中洲は見えず、いつもの多摩川に戻るには、少し時間がかかりそうだ。あの荒れ狂った台風の最中に、魚たちはどうしていたことかと見下ろした。
今回の台風は、真っ最中が正午ごろだった。家中を点検していた時に富士が付いてきて、ベランダに出たいんだけど? と見上げてきた。んじゃ出てみようね。富士は台風を知らないのだ。喜んで外に出て行った。
激しい雨しぶきが富士の顔に当たった。跳ね返る水に出会ったのは初めてだった。まんまる目玉を目一杯に見開いて壁際の台に飛び上がり、背を壁に押し付けて正座、前足を揃えて引き寄せて固まってしまった。
抱きとったが、正座したままの姿勢が崩れない。まるで置物を運んでいるみたいに抱いて部屋に入れた。富士は二ヶ月児の頃に初めてアリに出会い、足の先を動き回る黒アリに目を見張ってじりじりと後すざりをしたことがあったけれど、今はもう、アリなんか目もくれない。こうして次第に経験を積んで行く猫でありました。
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猫と蝉

法師蝉の声を聞くころになると、夏の終わりを待つ心となる。ミンミンゼミもよく鳴いている。都内ではミンミンゼミは聞いたことがなかった、私が子供の頃は。当地は戦時中に、学童疎開の児童を受け入れていた土地だから、まだ虫の種類も多く、ノネズミ、野ウサギもいる。今年は蝉が多い年で、柿の成り年でもあろうか。青い柿の実が色づく日を待ちかねている。風台風さえ来なければ豊作だ。
3歳になった富士は、ほとんど毎日、蝉を捕まえて部屋に持ち込む。昨晩、寝る前の戸締りをしていたら、玄関のスニーカーの縁にアブラゼミが止まっていた。台風の残雨の暗がりだが、三和土にいるよりもと表へ出した。
今朝は家中の雑巾がけをして、ソファーの下にミンミンゼミの死骸を発見、ホッとした。掃除機を使うより、そっと袋に入れる方が気が休まるのです。
三日ほど前に、ベランダがミンミン騒がしいから、やったな、と二階へ上がったら、案の定、富士が咥えて部屋に飛び込んできた。
アタシ、すごいでしょ? 大威張り、大喜びで、私に見せてくれる富士。えらいなあ。富士、すごいなあ!何度も褒める。大満足。猫は身体で表情を見せる。尾と耳の動かしよう、しなやかな胴体の微妙なうねりは、細やかな感情も、爆発的な激情も見せてくれる。
この夏、何十匹とはいかないが、十何匹は部屋に持ち込んだ。室内猫だから、蝉を捕まえるのは、もっぱらベランダだ。
私が出かけると、玄関の三和土にお気に入りのおもちゃを置いて帰りを待っていてくれるが、蝉の季節になってからは蝉が加わった。家具の隙間やソファーの下にしまっているのを出してくる。嬉しいけれど、あまり長くしまっていると衛生面で困ることが多々あるので回収する。掃除を終えて人心地がついた。
ベランダに出さなければ蝉ハントはない。でもせっかく猫に生まれたのだ、できるだけ多くの経験をさせてやりたい。
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敗戦71年という節目

2016年8月15日の新聞社説のタイトルを並べてみる。
朝日新聞「日本の戦後71年 記憶を新時代へ渡す責任」
読売新聞「終戦の日 確かな「平和と繁栄」を築こう」
毎日新聞「終戦記念日 歴史に学ぶ力を蓄える」
日本経済新聞「71年目の夏 戦後はいつまで続くのか」
      「サービス業は異業種に学べ」
産経新聞「終戦の日 先人への礼欠かぬ和解を 「譲れぬ価値」再確認する時だ」
東京新聞「終戦の日 戦争は今も続いている」
それぞれの個性を出した、内容も推測できる見出しだ。多様な見方をのびのびと表現できることが何より良い社会だと思う。
今年はアメリカのオバマ大統領が広島を訪問、天皇がご自身の気持ちを国民に向かい述べられ、そして終戦記念日を迎えたという、ちょっといつもとは違う感じがある。
私は、地球人類の有り様が膨張から水平移動を経て下降線を描き始めた、まさに峠にいる時代だと感じている。根拠に乏しく、感じるとしか言えないが。
もう、繁栄を希求する環境ではない。金集めすることが普通の人々の幸福と重なることはない。金は納税と政府と戦争、そして金融・運搬機関のためにあるのだ。
こんなことは、私のような泡沫人間にも分かっていることだから、権力者が知らないはずがない。
船というものは、大型船であればあるだけ、方向転換が難しいのだという。戦時中に駆逐艦の船長をしていた叔父から聞いたことだが、とっさに避けよう、と必死になったところで車のハンドルを回すようにはいかず、急ブレーキも効かないのだそうだ。多分、国の運営も大型船のようなものなのだろう。あらら。これじゃ氷山にぶつかる、と眺めつつぶつかり沈没するのだろう。
じゃあ、どうしたらいい? 考えるのは楽しい。こうか、ああかと思案するクソ暑い日。
私は、ウンカのごとき大衆によって決まるんだと思う。権力者が握るハンドル、権力者が踏ん張るブレーキではないような気がする。
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馬齢を重ね、犬死にする

私は、その日その日をただ、生きていたいとのみ念じつつ来たような気がする。いたずらに馬齢を重ね犬死にすると、この生き方を馬と犬に喩えては、あの聡明なまなざしの馬たち、熱い心の犬たちに申し訳がない。私、別名無額齋は、無額の人として八十年を越える年月を、今日の今も刻み続ける。
無額齋よりもあとに生まれて先に死んでしまう人たちを思う。なんという大いなる稔りを遺して逝ったことか、時の長さと人の重さは関係がない。
膵臓癌で九重親方が亡くなられた。無額齋が生まれてから20年後に、北海道松前に生を受けた少年は、相撲界に不朽の名を刻む大横綱となった。あの朝青龍が、自分にとって神様、と言い悲しみ、白鵬は千代の富士の相撲を目指し勉強したと語る。近くにいた人のみならず、場所、時を隔てた多くの人に及ぼすエネルギーは、この先も増すことはあっても決して衰えはしないだろう。世界中の各界にいる、このような永遠の人のお陰で人類は先へ進む。
同じ日に東京都知事選の結果が出たがニュース性もなく、発端も経過も結果も、あらゆる点において目を閉じ、耳を塞ぎたくなる姿だった。
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扇風機を掃除した

毎日、扇風機を使う。この夏も大活躍だ。が、ふと見たら羽もカバーも埃だらけ。去年の夏の終わりにしまうとき、解体して洗うのを忘れたのだ。見つけてしまった以上、気持ちが許さなかった。予定が立て込んでいる日なのに、すべてを投げ打ち、ドライバーであちこちのビスを外して洗った。
透き通る4枚の羽。新品みたいに輝くグリル。夏を迎える気持ちが整った。
秋がきて、つるべ落としの夕暮れに、埃のついた扇風機が回っているのを見ると、ご苦労さま、一夏、よく頑張ってくれたわね。と声をかけてしまう。そんな日には扇風機の埃はお手柄に見えるのだ。でもこれから夏、というときに「ほこりまみれ」では、顔、洗ってこい! でありました。
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日馬富士の優勝

何日も経ってしまったけれど、名古屋場所で日馬富士が優勝した。お目出度う、日馬富士関。変化をする、注文相撲をする、それで星をとる人、という印象を持っていた。横綱になるときは、本当に高いハードルを越えて綱を手にした。以後、全部を見ているわけではないけれど、まことに気持ちの良い正々堂々とした姿を見せている。普段は大学に籍を置いて勉強しているとも聞く。
モンゴル出身の力士たちの表情や佇まいを、もちろんTV画面だけしか見ていないけれど、日本画や、時代小説の挿絵にある武士そっくりだ、と感じる。日本人俳優が演ずる時代劇の人物は、現代っ子には見えるが、日本画家の描く侍とは似ても似つかぬ。和服の生地が、立ち居振る舞いに重すぎるからと軽く薄い繊維をつかい、動きは派手にできるらしいが、いくら力んだ表情を見せても張り子のトラ、見る根気がでない。
土俵に上がった白鵬の目つき、姿勢を見ると、これこそ日本古来の武士ではないかとさえ思われる。最近の場所の日馬富士は、その表情が、貴乃花に似ていてハッとする。ここ一番、時間いっぱいのときの姿は「悲」を含み、阿修羅像を見る思いだ。これが貴乃花と重なる。すくみあがる勝負の気迫が漲る。
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都知事選と見識

アメリカでは共和党のトランプ氏が大統領選候補に指名された。まるで自国の出来事であるかのように騒ぎ立てる日本のメディアであり、そこには無責任さも見える。アメリカの報道も大揺れに揺れて騒ぎ立てているそうだが、その中でニューヨークタイムズだけは、毅然とした立ち位置で揺るぎないという。さすがのニューヨークタイムズ紙だと賞賛している評論を読んだ。
いま、東京都知事選挙、これも思わぬ出来事、飛び入りのように現れた選挙だが、あと数日で結果が出る。終盤に至り、各紙の報道のありようを見たところ、アメリカのニューヨークタイムズに匹敵する毅然とした態度で、片寄らない報道をしている新聞をみつけた。日本にも、こういう報道者が、記者が、ちゃんといるんだと胸を張る心地がした。よかったね、さすがの東京新聞!
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朝顔が咲いた

朝顔の種を買い、植木鉢で育てた。早起きして4時、5時。梅雨時の朝は湿っぽく冷えている。朝顔の蕾は内に息を溜めた姿で動かない。いっせいに花開いたのは7時前だった。
むかし、夏休みに絵日記を書くという宿題があった。下駄ばきで庭に出て、花数を数えて描いた。大好きな遊びが、萎んだ花殻を集めて色水を作り、ガラスの空瓶にいれて売る色水屋さんごっこだった。戦争中でも、こんな楽しい時があったのだ。最悪の年月の中にも、美しい、あるいは楽しい時が織り込まれている。
何年か前にヘブンリーブル−という品種の朝顔を育てたのだが、これは11月まで咲き続ける逞しさ、夕方にも元気一杯な顔色で、葉が隠れるほどに花数が多かった。まさに空の青という印象だったが、朝顔のもつ儚さ、風情のない、一本調子の元気者だった。それ以来、ご無沙汰していた朝顔だったが、久しぶりに育てた朝顔は、伝統的な日本朝顔。濃紺に白い縁、深い紅色、縞入りの空色。デジカメのワンショットに収まってしまうくらいの花数、絵日記ならぬデジカメ日記になりそう。
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都知事選挙

参院選に続き、都知事の選挙。私は元都民なので見物人。浮動票が大半を占め、これが決定打となるという。
江戸の昔から、各地から寄り合った人々が造り上げてきた街である。犇めく屋号は近江屋、越後屋、三河屋、伊勢屋、駿河屋などなどあった、今に残る名もある。代を重ねるにつれて親しみが根づくありさまは大都会ならではの様相で、列島各地の、その土地に産まれ、その土地で死ぬ住民とは異質のものだろう。
転勤で東京に来た人、3月に大学に合格した若者たちのような新都民も多いが、住民票を移して3日も経てば一見、見分けがつかない立派な都民だ。しかし選挙となると、その心はどんなものだろう。傍観者であり、部外者であり、他所者でありはしないか。
私は都内からはみ出して、余儀なく隣県に住んでいるが、傍観者ではない、無関係な気持ちになれない、自分の故郷そのものであるから、我がこととして東京を案じながら都知事選を見守っている。選挙権がなくとも、自分の故郷の一大事である。
流動的に東京に住む「都民」の全員とは思いもしないが、故郷を大切に感じている各地出身の人たちにとって、都知事選はどういう意味を持っているのか、知りたいと思う。
テレビ画面で「よく知ってる」顔に投票してしまうのも、もしかして故郷のテレビで見ていた顔だったから、ではないか? 東京の有名どころをたくさん見聞きし、味わい、見かけも言葉も最先端の、いわゆる「東京もん」となって故郷へ帰ったとき、一瞬にして都会の衣を脱ぎ捨てた土地顔に立ち返り、抱き合い馴染む姿を目にすると、故郷の底力にのけぞる思いがするのである。
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おめでとう!鹿児島

鹿児島県知事の選挙が昨日の参議院選挙と同日にあった。三反園訓さんが当選して新知事が生まれた。おめでとう。
三反園さんの公約は「熊本地震の影響を考慮し、川内原発を停止して施設の点検と避難計画の見直しを行う」。川内原発稼働を容認した現知事伊藤祐一郎さんは4選目をめざしたが敗北した。
鹿児島を応援しよう、九州を応援しよう。そして我が地元を振り返り検証しよう。普通の人々が本気になることが、何よりの力なんだから。
しかし、避難計画などと甘いことを言ってはいけないのだ、本当は。
フクイチのことを考えてみて欲しい。いったん事故ったら20キロ逃げたってダメなのだ。逃げ道はないのだ。逃げたと思ったって、何年もあとになって内部被曝でガンガンやられるのだ。万一だろうが兆一だろうが、取り返しのつかないハンパものを作ること自体が根本的過ちなのだから、作るな1本で行って欲しい。
日本は、只でさえ火山だ地震だ、自然災害のコンビニだ。狭い列島に所狭しと並んでいる。それに加えて人工災害まで大金費って作ることないじゃないか。
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子連れ仕事

乳幼児を連れて通勤、仕事をしている企業を紹介しているテレビニュースを見た。一見、中小企業の小企業にみえる小さな事務所だった。デスクのPCに向かって仕事をしている人たちの中に、赤ちゃんが眠っているカートを脇に引き寄せて、ときどき揺りかごのように動かしている若い女性がいた。こんど3人目が産まれるんです、と嬉しそうな女性もいた。この会社は、床にカーペットが敷いてあり、よちよち歩きの子がぶつからないようにと、デスクの角にクッションをつけている。続きの小部屋でおむつを替えるお母さん。
私は、すぐにジャマイカの図書館を思い出していた。デスクに向かうお母さんの膝に寄りかかって私を見上げていた坊や。母親のそばに子どもがいる、あたりまえでしょ、と私を見つめた受付の女性職員も思い出した。
世のすべて、でなくてよい。あちこちに、こんな仕事場があることを抱え込む社会が育つのは自然なことだと思った。
もうひとつ思い出したことがある。それは猟犬のことで、子を産んだ母犬は、猟に使えないという話。
猟犬には、勇猛果敢な雄犬よりも、慎重で、主人の命令によく従う雌犬が好まれるのだが、子持ちはダメだ、とこれは日本犬に詳しい柳沢琢郎さんからじかに伺ったことだ。赤ちゃんにたっぷりお乳を飲ませたのを見届けて猟に連れ出す。山道で次第にお乳が張ってくる。このとき一気に母の心に戻ってしまい、獲物の臭いなどはそっちのけ、主人の言葉も耳に入らず、一目散に山を駆け下りて子犬の所へ戻ってしまうのだそうだ。
狼の群では、繁殖を認められるのはαだけで、他の牡は一生独身である。この独身おじさんが狩りに出てゆく群の留守番をして、離乳した幼児の保育をする。上司の言うことに耳を貸さず、赤ちゃんに駆け寄る母犬、あっちにウロウロ、こっちにウロウロの幼児たちを怪我や外敵から守り、保育する狼のおじさんたち。いいなあ、と思う。一番大事なものを守ろうと動いている。
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