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May 2012

太郎さんのカラス

『太郎さんのカラス』岡本敏子著 アートン社 2004年発行 ISBN4-90100606507 ¥1200 128mmX187mm 128頁
著者=1926年生まれ。岡本太郎の秘書、のちに太郎の養女となった。が実は妻であり、太郎が1996年に急逝後は、岡本太郎記念館館長となった。2005年79歳、浴室で急逝。
内容=太郎さんとカラス。モノクロの写真がふんだんに織り込まれている。ここにいる太郎さんは、普段着の表情で自宅の庭でカラスとつきあう笑顔、敏子さんが選んだ、とっておきの瞬間である。ちょっと書き留めたくなるような言葉が、1頁に2,3行だけあったりする。
たとえば、「今の自分なんか蹴飛ばしてやる。そのつもりで、ちょうどいい」などとある。カラスについては、「ときどき、じっと見つめ合っていると、ふと互いの眼に共感のようなものがひらめく。そして何とも言いようのない孤独感を確認しあうのである」。
太郎さんがつきあっていたカラスは、巣から落ちた雛を育てていた知り合いからもらい受けたカラスで、親羽を切って餌を与えていた。
かつて私は、近所の天理教の教会の大木にカラスが巣を作ったとき、もしも雛が落ちたらちょうだい、と頼んだことがあった。その家の娘さんとつきあいがあったので頼んだのだが、翌日の彼女の答えは、河合さんの話で一晩、みんなで大笑いした、というものだった。誰もがカラスを嫌い、相手にしなかった。そんなことがあったので、太郎さんがカラスとつきあっていた、という話に、興味を持って開いた本である。
いま、私がつきあっているカラスは完全な野生である。今朝のことだ、雷を伴う夕立が来るという予報に、庭を片付けていたら2階のベランダの手すりにとまって大声で私を呼び立てる。いくら待っても私が下を向いていて気づかないので、我慢できずにわめき立てたのだ。
わかったわよ、と言って家に入り、二階にあがり窓を開けてベランダに出る、キャットフードを出してやる。私の動作は遅いから、だいぶ待つことになるのだが、根気よく待っている。利口で、記憶力も相当なものだ。見つめ合っていると、漆黒の瞳が物を言う。ひとつかみのキャットフードを食べ残すことはない。お腹いっぱいになると、残りは喉にため込んで運んでゆく。子育ての時は子に与え、余分なときはお気に入りの場所に蓄える。野生の嫌われ者だ、いつなんどき、不測の事態に見舞われないとも限らない。今日、この瞬間を極限感覚で生きている。そこが通じるゆえに、つきあいが続いているのだろう。

FBIフーバー長官の呪い

『FBIフーバー長官の呪い』(LA MALEDICTION D’EDGAR)マルク・デュガン(MARC DUGAIN)中平信也訳 文春文庫 2007年発行 ISBN978-4-16-770543-5 ¥800 462頁
著者=1957年セネガル生まれのフランス人小説家。著作が4作あるが、邦訳は本書が初めて。フランスではベストセラーとなった。
内容=ジョン・エドガー・フーバーの側近、クライド・トールソンが病床で綴った、という形式の実録の形で描いた小説。
フーバー(1895~1972)は、FBI長官就任のときのカルビン・クーリッジからリチャード・ニクソンまでの8代の大統領時代を長官としてFBIに君臨し、現役のまま亡くなった。先頃、クリント・イーストウッドが映画化したこともあり、何冊かのフーバー物を読んだが、本書は、そのなかでもっとも印象に残る作品だった。読む前から(なぜフランス人が、アメリカのことを?)という問いが浮かんでいたが、それはとくに言挙げする問題ではないとも考えて読み始めた。
雑多な感想=本書には、いくつかの仕掛けがある。ひとつは、すでに価値のない資料としてお蔵入りになっていたファイルを買い取り、発表したという形式。買い取るときに、このファイルは信用性は薄いのだ、と念を押されるが、あえて買ったとしている点。もう一つは、表紙の写真。中央に大きくJ・E・フーバーが歩く姿。肩を接して歩くもう一人の男と、しっかり手をつないでいる。
フーバーは、科学捜査の先駆けとして大きな業績を残した。FBIの名を世界に広め、よい仕事を数多くしたと同時に、マイナスの面を多々持っていた人物と言われる。なかでも黒人差別、マフィアとの癒着、猛烈な盗聴、同性愛などが知られている。生涯独身で、同様に生涯独身でフーバーに仕えたトールソンと、いわば夫婦のような関係にあった、と本書で読んだ読者は、表紙の写真を見ると、肩を接して歩く二人が、しっかりと手をつないでいる、と自然に受け取るのだ。しかし、類書を見ると、何秒か前に撮影している写真が掲載されており、このシーンが、部下の大働きをねぎらい、握手している場面であり、トールソンとは別人で無関係だとわかるのである。内容については、信用のおけないファイルなんだ、と頭から読者にぶつけているにもかかわらず、実は、事実にちかい、と、訳者があとがきに記している。訳者の中平信也は本書を訳すに及び、できる限りの類書を読んだという。本書の輝きの一端は、訳の力にあると思う。内容は、ケネディ暗殺、マリリン・モンロー殺害と、その隠蔽工作、キング師暗殺を含め、どこをとっても息を呑むシーンである。どの大統領もスネに大きな傷を持ち、それはフーバーも同様だった。また、アメリカに民主主義はなかったんだ(いまも)と感じさせる政府首脳群像である。老齢になり、次第に周囲から疎まれて孤絶する長官、ニクソンは、どうやったら彼を首にできるかとジリジリしている。トールソンは、それでも彼を愛し、好きなのだ。トールソンの思いとして綴られる心情は、人間対人間、性別を超えた人のつながり、そこに生まれ、命を超えて続く愛を語って深く、尽きるところがない。小説体のなかのリンパ液のような作用をしているトールソンの心情、これが本作の白眉であり、そしてさすがのフランス人、と感嘆しないわけにはいかない妖艶さを含んでいる。フランスで『ダビンチ・コード』をしのぐベストセラーとなった、という事実は、この部分をフランスの人たちが間違いなくつかみ取ったことを示していると、私は思う。日本では、まーったく、だめ、分からないみたいだ。FBI長官の業績などなら、ほかにたくさん、よい本がある。

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