文房 夢類
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文房 夢類

6度目の大絶滅

6度目の大絶滅』The Sixth Extinction 著者=エリザベス・コルバートElizabeth Kolbert 訳=鍛原多惠子 発行=NHK出版2015年サイズ=20cm P359 ¥2400 ISBN 9784140816707
著者=「ニューヨークタイムズ」紙記者を経て「ニューヨーカー」誌の記者。
内容=ジャーナリストの立場から絶滅関係のフィールドで研究を続けている学者の現場を歴訪する。パナマにカエルを見に行くところから始まり、珊瑚礁の海に潜り、海洋の酸性化を伝える。アンデス山脈の樹林帯に分け入り、乾燥地帯へ行く。一方、過去に5回、地球が経験してきた大量絶滅の歴史を見てゆく。結論としていま現在が、ヒトによる地球にとって6度目の大量絶滅の時代に入っていることを紹介する。約350ページ。モノクロ写真がわずかに入る。
感想=勇敢、積極的な精神と行動力で、絶滅中の現場を紹介し、ともに考えてゆこうとする姿勢が気持ちよい。地球上の瀕死の現場を巡る一方で、マストドンの臼歯に出会ったヨーロッパ人が辿ってきた研究の歴史も検証してゆく。キュヴィエを紹介し、彼の過ちを指摘すると同時に、当時、非常に大胆な主張として世を驚かせた彼の主張が、いまでは見事に正確なものであったことなどが披露される。こうした構成が、本書の土台を堅固なものにしている。
このお陰で、過去から現在進行中の先端までを見渡すことができて、結果、「目下絶滅中」のなかに立ち尽くしている人類であることを実感した。しかも、この大量絶滅に手を貸しているのは、ほかならぬ我々ヒトなのだ。隕石ではないのだ!
訳文が、物足りない。冗長である。それ以前に、著者の暇つぶし的おしゃべり部分が、邪魔だと感じた。
たとえば「夕食は、裏庭にセットしたにわか作りのテーブルでいただいた」の部分。訳も本文も、すべてがこの調子であるから、これをカットして主要部分だけにしてくれたら、150頁もあれば十分だった。

道路の日本史

道路の日本史』副題 古代駅路から高速道路へ 著者=武部健一(たけべ けんいち) 発行=中央公論社 中公新書2321 2015年 ¥860 P254 ISBN9784121023216
著者=1925年東京都生まれ 京都大学土木工学 建設省・日本道路公団。現在、道路文化研究所を主宰。工学博士。
内容=獣道しかなかった原始の日本だが、奈良時代には幅が12メートルある直道が建設された。高速道路時代の現在までの道路歴史を、数多のエピソードを盛り込んで語る。
感想=道路の流れに沿い、日本の歴史が語られるが、外国とも共通する要素もあり、視野は広い。どの国でも道は軍事から始まっているが、家康だけは軍事優先から利便性を重視したなど、関連情報も豊富だ。また外国の賓客来訪に合わせて道路を作ろうとする人の心も世界共通で、東京オリンピックに合わせて首都高建設をしたのも、偶然ではないなど、興味深いエピソードが沢山ある。著者は道一筋の道専門家で、しかも現場と密着して生きてこられたので信頼して読むことができる。実地を知る人の言葉は輪郭がはっきりしていて、しかも重みがある。
古代の道路と現在の高速道路が、そっくり同じルートを通っているのだと知ってビックリした。SAと駅まで似通っている。日本は大陸と異なり、山岳地帯は多く、火山はあり、地形は千差万別、この複雑な土地で、これだけのことを成し遂げてきているのだ。凄いことだ、と改めて感心してしまう。

現代の民話

現代の民話』著者=松谷みよ子 発行=中央公論社2000年中公新書¥700ISBN4-12-1015509
内容=民話は過去の遺産のみではなく、現代も産まれ続け、語り継がれる生き物であるという主張が込められて集めた数々。
感想=松谷みよ子さんが一生を通して続けた仕事の核心の部分だと感じた。昔、タヌキやキツネが、と語られてきた民話に、やがて汽車が現れる。タヌキが汽車に化けて、誤って本物の汽車と衝突してしまった、など。神かくしも民話に良く出てくるが、いま現在の北朝鮮に拉致されて半世紀ものあいだ、苦忍の年月を刻む人々と繋がっていること。離れた地方でお互いの関連もなく発生する同じ物語について。
民話が、なぜ民話の形を取っているのか、そこに何が込められているのか。
民話の形で生き延びようとしてきた人の心を訪ねて全国を歩き収集した土台の上に、今を生きる場で何が求められているか、するべきかを深く考えてきた松谷みよ子さんの意志が、ハッキリと伝わってくる。それぞれの立場で引き継いでいかなければならない。

ザ・ドロップ

ザ・ドロップThe Drop 著者=デニス・ルへインDennis Lehane 訳=加賀山卓朗 発行=早川書房 2015 新書版 P190 早川ポケットミステリ ISBN9784150018931¥1300
内容=先に紹介した『ミスティック・リバー』の作者の新作。この作品のアイディアが浮かんだのは十数年前。その後「アニマル・レスキュー」のタイトルで発表しているが、完成した本作では、第一章のタイトルに使われており、題名はドロップに替えている。
「ボブがその犬を見つけたのはクリスマスの二日後だった」ではじまる「ザ・ドロップ」。ドロップとは、ギャングが裏社会で手に入れた金を、警察に没収されないよう一夜だけ預かる中継場所のことである。本作では、主人公ボブが細々と働くバーが、それだ。
舞台は「ミスティック・リバー」とおなじボストン、労働者たちの集まる地域、麻薬も殺人も、日常生活の一部だ。
ボブがゴミバケツから救い出した大怪我をしている子犬。抱き上げたボブは、手足が不釣り合いに大きい、と感じる。犬好きの読者だったら、これは大型犬の子犬だ、とピンと来るシーンだ。さらにピットブルという犬種であるとわかる。私はドキドキしてしまう、危険な犬、獰猛な犬、一般の飼い主の手にはあまる闘犬である。この犬を返せ、と執拗に迫る男が現れる。
ボブは、並ではない手間をかけて傷を治し育て、躾けているが、この犬にはマイクロチップが埋め込まれており、その記録には返せ、と迫る男の名が入っている。ボブはこの犬をロッコと名づけた。この名の由来には、一口では言い表せない深い意味が込められている。ボブとロッコは分かちがたい、切り離せない存在になったのだ、ということを、キリスト教世界の人は瞬時に悟るだろう。ボストンで生まれ育ち、生活する人々の宗教感覚を理解できて始めて、犬とボブの結びつきが見えるのだ。犬の成長としぐさの描写は、なにげなさのなかに、しびれるような優しさ、細やかさが描かれて、ボブの、息もできないほどの愛が溢れる。この犬を通して人間社会のありようを読み取ってくれ、という作者の思いが伝わってくる。新作なので、ストーリーには入り込まないが、結末の意外さ、面白さが十分提供されている一方、人間根源の部分に目を据えて書くルへインの魅力が、この中編ミステリに詰め込まれている。
クライムミステリのジャンルに組み込まれているルへインだが、私はもう、そろそろジャンル分けも終わりにしてよいころではないかと感じている。販売のためには続けざるを得ないだろうが、読み手の側は、ジャンルを超えて読み応えのある作品を探す必要があると思う。アニメ、マンガ、コミック。この世界も全部まぜて一つの世界として見渡すことで、宝物が見つかるのではないか。
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