文房 夢類
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文房 夢類

ザ・ドロップ

ザ・ドロップThe Drop 著者=デニス・ルへインDennis Lehane 訳=加賀山卓朗 発行=早川書房 2015 新書版 P190 早川ポケットミステリ ISBN9784150018931¥1300
内容=先に紹介した『ミスティック・リバー』の作者の新作。この作品のアイディアが浮かんだのは十数年前。その後「アニマル・レスキュー」のタイトルで発表しているが、完成した本作では、第一章のタイトルに使われており、題名はドロップに替えている。
「ボブがその犬を見つけたのはクリスマスの二日後だった」ではじまる「ザ・ドロップ」。ドロップとは、ギャングが裏社会で手に入れた金を、警察に没収されないよう一夜だけ預かる中継場所のことである。本作では、主人公ボブが細々と働くバーが、それだ。
舞台は「ミスティック・リバー」とおなじボストン、労働者たちの集まる地域、麻薬も殺人も、日常生活の一部だ。
ボブがゴミバケツから救い出した大怪我をしている子犬。抱き上げたボブは、手足が不釣り合いに大きい、と感じる。犬好きの読者だったら、これは大型犬の子犬だ、とピンと来るシーンだ。さらにピットブルという犬種であるとわかる。私はドキドキしてしまう、危険な犬、獰猛な犬、一般の飼い主の手にはあまる闘犬である。この犬を返せ、と執拗に迫る男が現れる。
ボブは、並ではない手間をかけて傷を治し育て、躾けているが、この犬にはマイクロチップが埋め込まれており、その記録には返せ、と迫る男の名が入っている。ボブはこの犬をロッコと名づけた。この名の由来には、一口では言い表せない深い意味が込められている。ボブとロッコは分かちがたい、切り離せない存在になったのだ、ということを、キリスト教世界の人は瞬時に悟るだろう。ボストンで生まれ育ち、生活する人々の宗教感覚を理解できて始めて、犬とボブの結びつきが見えるのだ。犬の成長としぐさの描写は、なにげなさのなかに、しびれるような優しさ、細やかさが描かれて、ボブの、息もできないほどの愛が溢れる。この犬を通して人間社会のありようを読み取ってくれ、という作者の思いが伝わってくる。新作なので、ストーリーには入り込まないが、結末の意外さ、面白さが十分提供されている一方、人間根源の部分に目を据えて書くルへインの魅力が、この中編ミステリに詰め込まれている。
クライムミステリのジャンルに組み込まれているルへインだが、私はもう、そろそろジャンル分けも終わりにしてよいころではないかと感じている。販売のためには続けざるを得ないだろうが、読み手の側は、ジャンルを超えて読み応えのある作品を探す必要があると思う。アニメ、マンガ、コミック。この世界も全部まぜて一つの世界として見渡すことで、宝物が見つかるのではないか。
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