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FBIフーバー長官の呪い

FBIフーバー長官の呪い』(LA MALEDICTION D’EDGAR)マルク・デュガン(MARC DUGAIN)中平信也訳 文春文庫 2007年発行 ISBN978-4-16-770543-5 ¥800 462頁
著者=1957年セネガル生まれのフランス人小説家。著作が4作あるが、邦訳は本書が初めて。フランスではベストセラーとなった。
内容=ジョン・エドガー・フーバーの側近、クライド・トールソンが病床で綴った、という形式の実録の形で描いた小説。
フーバー(1895~1972)は、FBI長官就任のときのカルビン・クーリッジからリチャード・ニクソンまでの8代の大統領時代を長官としてFBIに君臨し、現役のまま亡くなった。先頃、クリント・イーストウッドが映画化したこともあり、何冊かのフーバー物を読んだが、本書は、そのなかでもっとも印象に残る作品だった。読む前から(なぜフランス人が、アメリカのことを?)という問いが浮かんでいたが、それはとくに言挙げする問題ではないとも考えて読み始めた。
雑多な感想=本書には、いくつかの仕掛けがある。ひとつは、すでに価値のない資料としてお蔵入りになっていたファイルを買い取り、発表したという形式。買い取るときに、このファイルは信用性は薄いのだ、と念を押されるが、あえて買ったとしている点。もう一つは、表紙の写真。中央に大きくJ・E・フーバーが歩く姿。肩を接して歩くもう一人の男と、しっかり手をつないでいる。
フーバーは、科学捜査の先駆けとして大きな業績を残した。FBIの名を世界に広め、よい仕事を数多くしたと同時に、マイナスの面を多々持っていた人物と言われる。なかでも黒人差別、マフィアとの癒着、猛烈な盗聴、同性愛などが知られている。生涯独身で、同様に生涯独身でフーバーに仕えたトールソンと、いわば夫婦のような関係にあった、と本書で読んだ読者は、表紙の写真を見ると、肩を接して歩く二人が、しっかりと手をつないでいる、と自然に受け取るのだ。しかし、類書を見ると、何秒か前に撮影している写真が掲載されており、このシーンが、部下の大働きをねぎらい、握手している場面であり、トールソンとは別人で無関係だとわかるのである。内容については、信用のおけないファイルなんだ、と頭から読者にぶつけているにもかかわらず、実は、事実にちかい、と、訳者があとがきに記している。訳者の中平信也は本書を訳すに及び、できる限りの類書を読んだという。本書の輝きの一端は、訳の力にあると思う。内容は、ケネディ暗殺、マリリン・モンロー殺害と、その隠蔽工作、キング師暗殺を含め、どこをとっても息を呑むシーンである。どの大統領もスネに大きな傷を持ち、それはフーバーも同様だった。また、アメリカに民主主義はなかったんだ(いまも)と感じさせる政府首脳群像である。老齢になり、次第に周囲から疎まれて孤絶する長官、ニクソンは、どうやったら彼を首にできるかとジリジリしている。トールソンは、それでも彼を愛し、好きなのだ。トールソンの思いとして綴られる心情は、人間対人間、性別を超えた人のつながり、そこに生まれ、命を超えて続く愛を語って深く、尽きるところがない。小説体のなかのリンパ液のような作用をしているトールソンの心情、これが本作の白眉であり、そしてさすがのフランス人、と感嘆しないわけにはいかない妖艶さを含んでいる。フランスで『ダビンチ・コード』をしのぐベストセラーとなった、という事実は、この部分をフランスの人たちが間違いなくつかみ取ったことを示していると、私は思う。日本では、まーったく、だめ、分からないみたいだ。FBI長官の業績などなら、ほかにたくさん、よい本がある。

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