Site logo
Site logo
myExtraContent1
myExtraContent5

壺猫

Site logo

要らぬお節介かもしれないが

お節介か、姑根性かわからないが、黙っていられないということは、多少の関心を寄せていることの証左かもしれない。
天皇について。
大嘗祭が終わり、天皇が挨拶をされた。その時に思いついたことを話すのではない、用意した文章を読み上げるのである。
丁寧に、落ち着いて述べられ、終わった。
終わった、そのとき天皇陛下は背筋を伸ばし頭を立て、聞き入る人びとの上に、穏やかな視線を向けた。堂々、見事な一瞬であるが、なんとも「だらしがなかった」。
言葉の最後の一文字を発し終えたとき、彼は口を閉じることをしなかったのであった。
半開きの上下の唇の間から白い歯と、濡れた口の中が映し出されて1秒、2秒、そしてもっと。やがて報道の映像は切り替わってしまった。口を閉じなかったことに、この、還暦近い男は気づいていない。
だらしない。締まりがない。ボンクラに見える。なんてことだ。情けないったらない。これでなんの象徴か。みっともない。もしかしてバカ丸出しか。

日本から天皇が消えるか、存続するか。日本人にとって、この問題は深い関心の元に賛否両論が続いている。
どちらが良い、よくないの問題よりも前に、第一にあるべきは天皇が天皇であることだ。妻子、兄弟も甥姪も、一族がおしなべて天皇一族でなければ話が始まらない。
今回の一連の儀式の報道を見た限りの、巨象の一部分であることは言うまでもないが、天皇周辺を固める近縁の人物群の中で、皇室人としての安定感を持って映っていたのは常陸宮夫妻と麻生太郎夫妻だった。
常陸宮妃の姿が久々に映された。なんとデカイ顔をして生きてこられたことか、あのお嫁入りの時から今までを。堂々、揺るぎない土台の上に立っている人相であった。

改めて虚心に、古代の歴史を勉強しなければならない。
単純なフェミニズム思想に覆われてしまっては、本質が隠れてしまう部分があると考えている。
歴史と考古学の接点の融合はもとより、あらゆる分野が連結しなければ見えてこないものが、あまりにも多い。
動物行動学の面から、人間女性の力を研究してもらいたいと願う。
その先に仮説として見ているものは、母の力の大きさ、重さ、強暴とも言える底力だ。
もしかすると、美智子皇太后、雅子皇后、そして秋篠宮妃の3人が皇室の本質を溶かしてしまうのではないか。これは愚考か妄想か。
myExtraContent7
myExtraContent8