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壺猫

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バス事故から我が身を思う

日記にも書いた関越道のバス大事故では、主に法律面からの検証がなされているように見受ける。私は、自分の経験から別の一面を見ている。事故をおこす場所について、始めての道、崖っぷちの狭い湾曲道路、混雑している交差点など多々あって、このような難所でぶつかったり転落したりは沢山ある。でも、難所ではなし、よくよく知っている道でも事故は起きる。どうして? この場合についての私の思うところは、こうだ。
運転は知らない道を走る時は緊張するし、周囲は新鮮で発見が続く。わ、ここって凄い、こんどゆっくり来たいな、などと驚きながら走るものだ。峠越えなどは、ハンドル操作、対向車、おまけに後続車に煽られたりしたら気が抜けるものじゃない。どんなに疲れていたって、走行距離がオーバーしていたって、がんばってしまう。頼まれたって眠くなれない。こうした緊張のあとは、しっかり休みを取らなければならないが、事故を招くのは、平坦な道、アップダウんもない道、前に通った道である。それはなぜか。
よく知っている道だから、である。発見はない、いつもの通りの道だから、ワクワク感は眠り、驚き高鳴る心臓も眠る。前の晩に10時間寝ていたって眠くなるしかない道なのである。退屈している。腕はあるからハンドル操作に迷いはない。となると別のことに思いが向く。これからの仕事、帰ったら、アレしてコレして。アイツとトラブったいきさつの反芻。アマゾンでアレ買おうかな。
北海道では、独自の基準を作っているという。1日乗務距離の上限350km、高速道では420km。とてもよいことと思うが、それでも事故は防げないだろう、職業運転手であれ、自家用運転手であれ、「慣れた道」から逃れることはできないのだから。
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