文房 夢類
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壺猫

文房 夢類

日本列島丸ごと汚染

戦災を記憶する立場から、改めてフクイチに言いたい、「日本列島丸ごと汚染」をしてはいけない。

先日、東京の生活道路を歩いていたとき、二台のトラックのために道を避けた。この他県ナンバーの大型トラックは正規の営業車で、フロントグラスに「汚染土」と記したカードを出していた。
残土ではない、汚染土。これは放射能に汚染された土で、一定の基準値以下の汚染土を日本各地の道路工事などに使用しているものである。
基準値は、どのような根拠をもとに決めたにせよ、その時々の都合で数値を動かす以上、存在しないと考えたほうが良い。

このことは今般注目されている「共謀罪」についても言えることだ。
一般人には関係ないと強く主張しているが、コイツを捕まえようと狙った時は、一般人という枠からソイツを外せば良いのだ。あなたは一般人とは認められません。この一言で、自由自在にターゲットにできるのだ。理屈と米粒はどこにでもつく。

さて、被爆地から水漏れ水栓のようにダラダラと運び出し、日本全国の土に染み込ませてゆく方針は、最終処理場を作らずに済む、便利で目立たないやり方だと言われている。
この判断と決定、実行までの段階に、個人が関与しているのだろうか。組織という怪物が動かしているのではないか。
結果、福島の汚染地域は希釈され、範囲は限りなく縮小され、復興という元気の良い、明るい声の後押しで過去に押しやられてゆくのではないか。

一方、日本人の癌罹病率が上がっている、という報道、他方、癌治療研究の優秀さと進歩状況の報道がなされて、誰がいつ、癌にかかってもおかしくはないのだという常識化と、たとえ癌にかかったとしても、もう怖くない、治るんだという明るい希望を、抱き合わせに大衆に浸透させてゆく。
これも特定個人の言動行動によってではない、組織の力の企みだろう。

組織という怪物。鵺のような組織。
これは、ヒトが自然から授かった道具で、ハチ、アリも授かっている。この道具なしに蜂の巣は作れないし、巨大なアリ塚も築けない。
多数生まれて役割を分担したそれぞれが実によく働く。その一つに、お前、何をしでかした? と詰問してみたところで埒はあかない。
ヒトは今、組織からにじみ出る毒素によって、自滅する道を歩き始めている。

我慢が大切だ。言い換えれば、待つ力を蓄えることだ。
欲しい、どうしても欲しい。原子力を使いたい。
だったら、最終的に処理ができる力を持つまでは使用しない、このガマンが必要だ。
これは世界中の全ての生き物のためだけではない、地球丸ごとを大切にするために、どうあっても堪えなければならない一線だと思う。日本だけの問題ではない、世界中のことだ。

今現在、しのびやかに進行している汚染土の拡散は、日本全体にフクイチの大事故以上のダメージを与える。これが現在進行形の事実だということを、自分自身のこととして考えてみてほしい。
汚染地域は、遮断、隔絶すべきだ。除染は無意味で、除染が必要とされる地域からは逃げ出してほしい。
故郷は毒された。たとえ戻ったとしてもそこは、以前と同じ笑顔で微笑むだろうが毒を持つ怪物なのだ。気の毒だが諦めて欲しい。
この汚染地域で代々、幸せに暮らしてきた人々に、新しい故郷の種を手渡すのは、日本のすべての人たちの責務だ。
助け救おうという心というものを、組織は持っていない。知らないのだ、そのようなものの存在を。組織は効率、経済に敏感だが、血が流れたとしても、地に染み入り消え、忘れることができるものと認識している。
組織には、人を救う能力も機能もない。
これは戦災に遭ったから、事実として伝えることができることだ。
一粒ずつの私たち。個々の心から生まれる小さな愛の粒を、私は信じている、私はまだ、信じている。ここにだけ、暖かなものがあると信じている。

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