文房 夢類
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壺猫

文房 夢類

映画の話 その1

長野県には優秀な同人誌が多い。しかも素晴らしいことは「信州文芸誌協会」という組織を持ち、これに加盟している文芸同人誌が8誌もある。
連携し、交流し、切磋琢磨しているだろうと、贈呈を受ける当方個人誌は、輝く高峰を仰ぎ見る思いで読ませていただいている。
一方、私の住む地域でも催しあり、今度、第三回全国同人雑誌会議 in Tokyo が開催されるので、当方も持論を述べたく、楽しみにしている。みんな頑張っているなあ、真夏、酷暑の季節は秋の発表に備えて芸術家たちの力の込め時であります。

同人誌の話題かと思うでしょう、ところが違って映画の話題です。
こうした同人誌の中の一つに映画『哀愁』についてのエッセイがあり、これを読んだことで、一挙に「哀愁」時代へ関心が集中。
というわけで、これから何回か、映画昔話を楽しもうと思います。
このエッセイで、まず目に飛び込んできたものは、タイトルページに掲載されたカラーの映画ポスター。
原題『Waterloo Bridge』日本公開名『哀愁』。原題はイギリスのテームズ川にかかる橋の名前。この橋を手前に描き、主役の二人、ロバート・テイラーとヴィヴィアン・リーが浮かぶ。
なんと筆者は、このポスターを所有していられるという。1950年前後の時期に街で眺めたこのポスター。当時の映画館は、切符売り場の横に奥行きの浅い大型のショウウインドウがあり、上映中の映画シーンのモノクロ写真が何枚も飾られていた。
この中のどれでもいい、一枚でいい、欲しいなあ、と長いこと佇んで眺めたものだ。
戦争中には一切入ってこなかった外国映画が、終戦後にどっと入ってきた。映画『哀愁』もその一つで、製作は1940年アメリカ。日本公開年は1949年だった。
まだ白黒映画時代だったから、カラーのポスターは加工されたもので、デザインも多分、日本の絵描きさんの手によるものに違いない。当時の外国映画の大画面広告やポスターは手描きで職人芸だったから時に稚拙なものもあったが血が通っていた。
当時はまだ混沌とした世相で、筆者は私同様、通学途上でこのポスターを眺めていたのだ。私と違うところは、手に入れたことだ。
カラー写真もない、コピー機もない時代のことだから、これがどれほどの宝物か、筆舌に尽くしがたいのである。
それにしても哀愁というタイトルの、なんと味わい深いことか。当時は、日本語の題名を付けることに、本当に気持ちを注ぎ、良い題名をつけたと思う。良いタイトルの筆頭ではないでしょうか。
今時は、原題をカタカナ変換して終わり、という映画ばかりになってしまった。

『哀愁』は、1939年9月の英独開戦の日をドラマの背景として破局の恋を描いた映画。
あらすじは、イギリス軍将校のロイとバレエの踊り子マイラがウォータールー橋で出会う。ロイ戦死の報せにマイラは希望を失い娼婦となるが、ロイ生還を知り、この橋の上で車に身を投げて死ぬ、というものだ。
高校生だった私は、見たこともないような美男美女、本当に二人は美しかった〜、の恋物語に心を奪われた。
英語は聞こえない、歴史は知らない、外国の風習もわからない。それなのに胸いっぱいになって、素敵だなあ、かわいそうだなあ、とため息をついたのだ。
DVDなどが一切ない時代だから、もう一度観たいときは、改めて切符を買い、映画館へ入るしかなかったのである。
筆者は、こうして出ては入りを3回繰り返したと書いていられる。5回観たという友人もいるとも、書いておられる。
私は一回見ただけだったが、今時の映画鑑賞態度とは天地の差があり、一言一句、あらゆるシーンを脳裏に刻みつけようという気迫と熱意を込めて見入ったものだ。
だから、娼婦となったマイラが帰還した将校のロイを目にした瞬間の、衝撃の表情は今も目に浮かべることができる。
実際、この作品のリーは良かった。前の年に『風と共に去りぬ』の主役を得てアカデミー主演女優賞を受賞し、本作は、その翌年に作られているから華々しい時期だったろう。
ヴィヴィアン・リー自身も、彼女の出演作の中で最も好きな役だと語っているという。

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