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壺猫

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家相

家相というものがある。占いやオカルトとは関係ない。関わりがあるとすれば人相だろうか。人相も家相も、人なり家なりの姿ということになる。
私の友人のひとりが家を新築した。元々住んでいた家を解体、更地として新築したのだ。耐震構造でバリアフリーの最新家屋となった。ところが、これを節目に夫婦から笑顔が消えた。子等の巣立ちをむかえ、老夫婦のために快適に設計された家だから、笑いが止まらないだろうに信じがたいことだ。すでに何年か経つが表情は沈みきりだ。実はこの時、ひそかに家の相が悪いと感じていたのだが、口に出せる事柄ではないし、第一、私の妄想である可能性が限りなく高いのだ。黙っていた。
私は人相を見るように、建物を眺める癖がある。これは人に言える癖ではない。昔、日本長期信用銀行という銀行があった。本社を新築したとき、なんという悪相だ、と感じた。茶室であれ、記念館であれ、良いときは絶賛するが、悪いと感じたときは、ひっそりと黙っている。長銀は、その後無惨な最期を遂げた。
最近になって某氏が、長銀本社の家相が最悪だった、と書いているのを読んだ。具体的な指摘もされていたので、漠然と感じるだけであった私は、とても勉強になった。相はあり、人相と同じだ、と思った。無理や力尽くの変形は最悪なのだった。
無理も見えない、なにもないようだが、都庁の家相は悪い。鈴木都政は、良い事もして頑張ったが、末期、夫人の力が及ぶに至り、無私の姿勢が失われた時点での建築だった。暗い。限りなく暗い。
すぐれた建築家は芸術家であるが故に、思いを込めるほど見えない力に惹かれて進むのではないか。不思議なことである。

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