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壺猫

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何年生まれ?

男性女性を区別して言わないことにしているが、これは女性だけに見られる現象。あなたは何年生まれですか。この問いに率直に答える人と、正直に明かさない人がいる。隠す人、でたらめを言う人もいる。著書の経歴にも生年を記さない人がいる。戯れに干支を言い合っていても、キリンだ、シマウマだのとごまかす。男性から訊ねられると、女性に年齢を言わせるなんて失礼よ、と怒る。
私には、そうまでして実年齢を隠そうとする意図がわからない。若く見せたい? まさか。いくら引っ張ったって縫い縮めたって、山田五十鈴さんがアラフォーに見えたわけがない。たとえば40歳の女性が25歳にしか見えない、としよう。喜べるだろうか。ガックリするのが自然だと思うが。40歳までの積み重ねの英知が瞳に現れず、25年しか生きてこなかった色合いにしか映らなかったとしたら悲しいことだ。しかしそれでも若く見えた方がよいという人は大勢いることだろう。まあ、やってくれ、と言いたい。
それでは済まないのが、私の世代である。第二次世界大戦。大東亜戦争。太平洋戦争。なんと呼ぼうが「あの戦争」をくぐり抜けてきた世代にとっては、何年に、どこで生まれたか。あの戦争の時、どこにいたか。このことは命と並ぶ大切な、重要なことである。そこから出発している。そこに立ち返る。原点を常にそこに据えて生きてきている。嘘を言ったり隠したのでは、いまの自分がいなくなってしまう。繰り返しになろうとかまわない、あるだけの記憶を記録として残して次世代の参考書にしたい。ところが、私の世代のなかにも、キリンだ、シマウマだと身をかわす日本女性がいる。人間とは、とことんわからないものだ。
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