文房 夢類
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壺猫

文房 夢類

猫の聴力

二階のベランダに洗濯物を干すとき、富士もベランダに出る。洗濯機に洗濯物を入れて洗剤を入れているときは、どこにいるのやら姿を見せないが、洗濯機から取りだしているときは、階段の下で待ち構えている。私が二階へ上がることを知っているのだ。狭い急な階段を一段ずつあがる私。濡れている洗濯物は重いから、時間をかけて上がる。よっこらしょ、なんて言う。
ベランダへ出るのは富士のほうが早い。あとから駆け上がってきて跳びだしてゆく。ヒヨドリ。ムクドリ。季節によって現れる鳥たち。スズメ、カラス、メジロ、オナガ、ヤマバト。コゲラを見たこともある。富士は動く鳥を目で追う。追う目つきは真剣で、頬のヒゲを手前に向けて張り詰め、下顎を小刻みに噛む。我知らず狩猟の姿を見せているが、これはしたくてしているのではない、本能で身体が反応しているのだ。
干し終えて階段を下りるとき、富士は来ない。鳥を追い、風に毛並みをそよがせていたいのだ。わかるよ、それは。私は仕事場に降りてMacとにらめっこを始める。呼んだって来ないことが分かっている。
しかし、万一のことが起きて、富士が空に舞い上がり、隣家の屋根、庭などに飛んだら。富士が我を忘れてなにかをしでかす可能性はあるのだ。出来るだけの体力、能力を備えている。
私は机を離れて台所の床に膝を突く。食器棚の足許に置いてあるトレイのボウルにキャットフードを入れる。ここが大切なところで、数センチ上から陶器の容器に注ぐのである。サラサラ。サラ。10秒もしないうちに富士が目の前に来ている。耳の後ろを私の腕にすり寄せて身もだえしている。おいしいでしょ、ゆっくりおあがり。声をかけて立ち上がり、ベランダのガラス戸を閉めにゆく。
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