文房 夢類
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壺猫

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武相荘

婆たち その2の一人、白洲正子さんの武相荘についての感想。
白洲次郎・正子夫妻の経歴や業績については触れない。戦争中の1943年に、当時は僻地だった鶴川の農家を買い取り、改造して住み着いた。この旧宅と庭園が2001年から、お子さんの牧山桂子氏により有料公開されている。場所は東京都町田市能ヶ谷、小田急線の鶴川駅という近さもあり、オープン直後に近所の誰彼とともに出かけた。農家は、茅葺き屋根と構造体は農家であるが、土間はタイル敷きにするなど、内装は好みに従って手が加えられている。裏手の小山は鈴鹿峠と名付けられて、散策山道が作られている。植木、野草の見事さと建物内外の夫妻の趣味が横溢する飾りつけは、四季それぞれに展示を替えて、何度でも訪れ楽しめる趣向が凝らされている。小林秀雄や青山次郎などとともに選んだ骨董の数々とは、このようなものであったか、と実物を目にする楽しみも大きい。
私は知人友人を案内して足を運ぶこと度々だが、訪れるたびに色あせてゆく気配に失望している。何に失望したか。オープン当初の生のままの佇まいが失せて、あとからの「思いつき」で手を入れた部分、これが失望の元である。具体的に言うと、ここで食事をしていた、とある場所に、大皿一杯の生牡蠣やレモンなど、数々のご馳走を並べたこと。使っていたテーブルが置いてあれば充分であるのに、ラーメン屋のガラスケースの中じゃあるまいし、作り物の生牡蠣やらなにやら並べ立てる神経には辟易した。見る人の想像力を信じない故だろうか。ラーメン屋をやって楽しんでいるのだろうか。それとも、これでもか、と豪華に見せたら入館者が増えるとでも期待しているのだろうか。私は、人を案内するたびに喜んで貰っていたのが、最近は期待はずれだった、という感想を聞くようになり、案内を止めた。夫妻は、我が子に何を残したのだろう。
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