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壺猫

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アウン=サン=スーチーさん

アウン=サン=スーチーさん。いつも同じヘアスタイル、うなじにまとめた髪に花かざりの、細面の美しい人だ。
あの、とんでもなく長い間の幽閉生活の中でも、花の香りを失わず、明るい表情を保ち続けてきた、この政治家に、遠くから声援を送ってきた。
だが、最近のスーチーさんの表情は険しく暗い。今こそ自由に活躍できる立場であろう、ノーベル平和賞ほか数々の受賞などに励まされても来ただろう。
それが国際社会から批判されて、ノーベル賞も返してもらおう、という声まで上がってきている昨今だ。
遅ればせながら、ロヒンギャについて勉強、ほどではないが知識を増やそうと努力している。
まだ勉強途上だけれどスーチーさんは、ノーベル賞を返せ、という声に対して、賞などはどうなってもいいと反応している。
難民として世界中が把握しているロヒンギャと呼ばれる人々に対して、ミャンマーの人たちとスーチーさんは、計り知れない多くの情報と経験を持っているはすだ。
暗く、険しい表情のスーチーさんは、国際社会から非難を浴び続けているが、一方、国内では絶大な信頼と共感を得ている現在というものがある。
スーチーさんは、自分の名誉などを放り出してでも守りたい、守ろうとしている何かがあるのだ。国際社会の人びとには、これが見えてこない。

粘る力のあるスーチーさんだ、国際社会がもっと深く事実を知るまで我慢を続けるしかないだろう。
単純に助けたのでは、国民が収まらないものがあるに違いない。
このことと関係するかなあ、と首をひねって思案するのが宗教問題だ。
ミャンマーは、ほとんどの国民が仏教を信ずるが、ロヒンギャの人たちはイスラムだ。
イスラム教徒で多産のロヒンギャの人々が、婚姻により国を侵食することを懸念しているミャンマーの人々の恐怖心を、風評と片付けて無視することは危険ではないか。
恐怖心ほど、人の心を行動に走らせるものはない。また、風評ほど、人の心に食い入りやすい「知らせ」はない、と私は思う。
なぜなら人は、信じたいものを信じようとするからだ。確実な情報源を持つ情報の声は、いつも静かで低い。
おまけにタチの悪いことに、時には風評が事実だったりするのだ。戦時中の「口コミ」当時は噂話と言ったが、正しかったことが数知れないのである。
それは政府が事実を隠蔽したり曲げて伝えるからで、元はと言えば国が最大の元凶なのだ。だからこれからもフェイクをテイクする人は増える一方だ。

彼らが、どうして仏教なり、イスラムなり、宗教に浸っているのか。心の救済を求めているのではないか。
一方、日本も欧米諸国も、宗教に対して低温状態である。衣食過多の物質文明の中で心が失われているのではないか。満たされているわけじゃなくて。
宗教に何を求めているのか、なぜ、宗教がどうでも良いのか、ロヒンギャ問題の底辺には、この問題が横たわっているのではないか。
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