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壺猫

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家相を信ずるか・・都庁舎について

東龍太郎という都知事のときは、日常の話題の中で「あずまさんが」と話し合ったものだ。それは東都知事のときに東京オリンピックが開催されたからだった。首都高を作ったことが戦後の空気が一変させた。都民の気持ちが明るくなった。帝大医学部卒業、都知事退任後は東邦大学学長であったから根が医者の人だった。
次が美濃部亮吉。6,7,8代の3期にわたり都政を担った経済学者。「美濃部さんの時は」と、都知事を辞めた後も、度々話題に上った人だ。当時は福祉という言葉がなかったので、高齢の人に「無料化」をという表現だったが、弱者に注目する眼を持っていた人だ。
次が鈴木俊二氏。東都知事の副知事を務めた人で実務に明るい法学部出身の人だった。東さんは3選不出馬、美濃部さんは3期までつとめたが勇退、鈴木さんは4期という長期にわたり都政を司った。革新派都知事が行った「老人医療費無料化」を廃止したが、箱物行政に走り赤字を出した。
都庁舎を丸の内から新宿へ移転させたのが鈴木都知事だ。これは4期目のことで、初期の実直な行政から外れて華美に走り、都民から不満の声が上がるようになっていたころのことだ。
なぜ歴代都知事を辿ろうとしているか。それは、鈴木俊二都知事が節目に位置するような気がするから。あくまで私の「気」でしかない無駄話であります。
新都庁舎建設の時は、やはりコンペがあったものの出来レースだと言われた。鈴木都知事と以前から深い縁のある丹下健三が選ばれた故だった。都知事の采配に、奥さんの意向が深く強く関与していると囁かれたのは、この頃のことだった。
新都庁舎は、出来たときから暗かった。丈高く、反っくり返って威張っているビル。色が暗い。開放感がない。慣れない私が行くと、そのたびに迷う。一言でいうと悪相なのだ。家相がわるい。こんな家に住んだら良いことがあるはずがない。
このあとに続いた都知事連中を見てみよう。青島幸雄。石原慎太郎。猪瀬直樹、そして桝添要一だ。
クズである。ゴミである。ガラクタである。
このなかで桝添要一が何をやらかしたかは、ショウアップされたから知られているが、この人は、お手本があったから真似しただけなのだという「気」がしている。お手本のほうが桁違いに都税を貪っていたから、こんな程度なら可愛いもんだ、おまけに法の網にかかるようなヘマはしてないし、と余裕でやっていたに違いないという「気」がしている。
初期の鈴木都知事までは、都のため、都民のためと心底頑張った都知事たちだったような「気」がするが、新庁舎になってからというもの、都のためには「気」がないではないか。せいぜい、直下型大地震を怖がる「気」くらいではないか。任期中に良い目を見ようとしているだけではないか、くだらぬ贅沢のために。おこぼれに預かって味をしめた職員らはタニシのように押し黙って椅子にしがみついているような「気」がする。クズばかりだ。ゴミだ、ガラクタだ。
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