文房 夢類
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壺猫

文房 夢類

暑い盛りは猫の毛も抜けきって身軽になっている。それでも毎日ブラシをかけてやるが、毛の長さは決まっている。顔の毛の長さ、背中の毛の長さ、尾の毛の長さなど、それぞれ決まっている。これは猫に限らず、毛の生えている生き物はみんなこんなものだ、と言いたいが、ヒトは違う。
伸びるのである、どんどん。先ごろロシアのフィギュアスケーターの少女が、生まれた時から一度もヘアカットしたことがないと語っていた。その少女の髪は身長より短かったが、この先、身長を超えてどんどん伸び続けるのだろうか。
ヒトにはカーリーヘアーとストレートヘアーの種類があり、色調も様々だが、長毛種・短毛種はあるのだろうか。
実は、夏のうちに怪談を一つ、と思って毛を持ち出したのです。長い髪、女の髪。これは縄に綯(な)うこともした執念の象徴でもあります。毛にまつわる話で、怖いなあと思った怪談の骨子を一つ。
男がいる。障子を閉め切った部屋のうちにいるが、暮れてきた。昔の大屋敷である。長い廊下の右端に衣擦れの音がして女が歩いてくる気配。すぐに察した、無残に捨てた女だ。女の歩みは男の部屋に近づいたが、立ち止まることなく通り過ぎていった。ほっとした男。立ち去ったと確かめずにはいられない。しばらく息を潜めていたが、やがて障子をわずかに引きあける、左手の回廊の曲がり角を見透かすが人の姿はなかった。気が緩み廊下に目を落とした、塵一つない廊下の板の上を、あの女の自慢の長い髪が、生き物のように動いてゆく、右から左へ。終わりもなく。
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