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壺猫

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テレビの進歩とマンネリ

これでも私は,多少のテレビを見物している。そのひとつに「お宝鑑定」がある。書画骨董、おもちゃ、なんでもござれである。自分の所有する宝物を披露、専門家が鑑定して値段をつけるという番組で人気がある。当初は、持ち主が単純に希望価格を言い、鑑定結果を出して貰っていた。結果が予想以上だと大喜び、案に相違して二束三文だと笑いが起きる。これが進歩して所有者に物語がつけられるようになった。たとえば親の形見だとか、借金のカタに貰い受けた焼き物だ、といった具合である。最近は、これがさらに進歩してきた。所有者が妻に内緒で,高額で購入した。もし千万円の宝であれば顔が立つ、という。客席にいる妻が、せいぜい三千円だと笑う。こうしたバトルを作り、ドラマにして見せるようになった。常に工夫を懲らして努力している長寿番組である。一方、超マンネリと言われる長寿番組がある。日曜の夕方、たった15分間の「笑点」という、落語家が座布団に座って並び、出されるお題に落語家らしい機知に富んだ答えをするもの。答え如何により座布団を貰ったり,持ち去られたりする遊びが一般に知られている。こちらは何一つ新しい仕掛けをしようとしない、いつも同じである。これがマンネリと言われる所以だが、人気抜群、これから先も続くだろう。どこがよいのだろう。それは視聴者に笑いをくれる、つまり視聴者を笑わせることをしてくれているのだ。当たり前に思うかもしれないが、昨今のどの番組を見ても、ニュースでさえも、この基本がない。出演している本人たちが、面白がって笑っているのだ。芸人だけでなくアナウンサーたちも、ひどいものだ。自分たちの茶のみ話の笑い方を、そのままやっていて気がつかない。そりゃ、あんたがたは面白いでしょう、でもこっちは白けてるんだよ、と視聴者がテレビをオフにしても、たぶん、スタジオで笑い転げているのだろう。「笑点」の落語家たちは、楽しそうな笑顔で芸を披露してくれているが、笑っているのではない。客に笑いを届けるという基本座布団から動くことはない。マンネリではない、立派な人たちだ。
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