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壺猫

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天国

天国という。キリスト教文化圏の人たちが天国というときは、キリスト教を基本土台として天国を認識しているから、まったく問題がない。彼らには、ほんとうに天国は存在する。天国と、煉獄と、地獄が存在する。しかし、家に仏壇や神棚のある日本の人たちが天国というとき、なにを思っているのだろう、と私は不思議なのだ。人が亡くなったときに、天国で云々、と追悼の言葉を言う。二言目には天国だ。仏壇、神棚から、どんな天国を連想しているのだろう? それともクリスマスやハロウィーンの感覚で、人が亡くなったときだけ、キリスト教風になっているのだろうか? まさか。それはないだろう。
 私には、天国はない。「死」から見えるのは、冥府である。黄泉の国である。そして三途の川、賽の河原である。日本の神話に根ざした、幼いときからなじんでいる世界が、この冥府である。この世界はほとんどフィクションから遊離しているので、確かな姿をしている。
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