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Feb 2018

オリンピックが終わった

平昌オリンピック2018が終わった。今回は複合集会だった。
米韓北の政治的動向を注視する日本からの視線が、会場を覆っていた。もう一つは、38度線で分断された一つの民族の苦悩を生々しく感じた。個人資格でしか参加できなかった選手たちの背負う国の姿も思われた。
これらは目に見えないけれど、金銀銅の輝く栄光の背景に、何層もの垂れ幕となって広がっていた。
一方、勝者と敗者の称え合う姿、勝者が真っ先に口にする感謝の表現など、必死の競技の周辺に溢れる輝く人間性を見せてもらった。この、良き姿に大きな喜びと感動を受けたオリンピックだった。
暗雲のごとき暗さと汚れを醸し出す垂れ幕は、こうした各国の選手たち、参加者たち、観戦者たちの熱く純粋な息遣いによって、彩雲のような幕に変わるのではないかしら。
もしも、そういう息吹を持つ集まりであるならば、オリンピックよ、永遠に続いて欲しい。

もう一つ。まだ30代の頃に、トロントのテレビでカーリングを見た。その頃の選手たちは、本物の箒(ホウキ)で掃いていたのだ。このゲームを知らなかった私は、氷の上にゴミが落ちているんだろうと思っていたのだ。
今回、カーリングを見てびっくりした。ホウキはスポンジ付きモップのようなものに変わっていた。さらにこの、寒い地方のゲームが、いつの間にか世界的競技となっており、日本の女子チーム、LS北見が銅メダルに輝いたのだ。すごかったなあ!
みんな仲良しで、明るくて、頑張り屋。北海道、北見だ。
もう一つ。命令されて行う応援と、心底湧き上がる思いで応援が噴き上がるのと、その違いが動く見本として並べられた。

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ビオトープのメダカ

昨夏、庭の隅に作った畳1畳ほどのビオトープに、仔メダカを入れたまま冬を越そうとした。メダカの親たちは2つの常滑焼の壺にいて、この壺は片口まで土に埋まり、さらに壺中の半分は土と砂を入れてある。メダカは土が好きで、潜って冬を越す。仔たちを壺に入れることも考えたが、これは考えるまでもなくやめた。その訳は、親メダカの餌になってしまうのがわかっているから。
ビオトープの深さは3センチで、本来なら泥が底にある自然の水たまりのはずだけれど、手製のビオだから底面は防水性セメントにしてある。
土木工事大好きなのだけれど、車を降りた時点で大工婆と土木婆は断念せざるをえないと気落ちしていた。資材を買い、運ぶ手段がないからだ。しかし世の中は良くしたもので、ネット発注で即配達してくれる店が現れたのである。防水、速乾、なんでもござれである。というわけで前にも増して気が大きくなった。
この冬は、なぜか特別寒かった。こんな冬は滅多にあるものではない。雨樋の下に水桶を置いて雨水を貯めているのだが、これが凍った。いつもの冬なら、指で突けば割れるものが動かない。それで柄杓で叩いた。なんと柄杓が割れてしまい、氷はビクともしなかったのだ。割れた柄杓を手に、ハッとしてビオトープに駆けつけた、のではない、どっこいしょ、よいとこしょと、滑って転ばぬように移動したのであったが、案の定、凍結していた。ああ。
しかし私は安心していた。というのは三分の一くらいは上に覆いをかけていたからだ。ところが、である。覆いの下も凍っていた。「カエルの足跡」と呼んでいる水草の丸い葉が氷の中にはまって動かない。
手をつき膝をつき、氷の中を仔細に見て回った。わかったことは、3センチの深さ全部が凍りついたことだ。15ミリから30ミリサイズのメダカたちは。
この大事件があったのは、今から何日も前のことである。以来今日まで私は、毎日新しい水を注ぎ、なんと餌まで振り入れて膝をついた。昼の気温が10度を超えた昨日は、親メダカが水面に出てきていた。ダメだった仔メダカたち。
宙を睨んで決心した、この春、もう一度工事をするぞ。しかし自然とはなんだろう? アマゾン原産だという「カエルの足跡」は生きていた。緑色の丸い葉っぱが光っている。
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我が身さへこそ

遊(あそ)びをせんとや生(う)まれけむ、戯(たはぶ)れせんとや生(む)まれけん、遊ぶ子供(こども)の聲(こゑ)聞(き)けば、我が身さへこそ動(ゆる)がるれ
これは『梁塵秘抄』の巻第二にある句で、人間て、遊び戯れようとして、この世に生まれたのかしら。遊びに夢中になっている子たちの、よく通る声を耳にすると、私のような者でさえも手足が自然と動き出すようで、気持ちが浮き立ってワクワクするわ。というような意味。
この句を思い出した昨日。
折しも平昌五輪の男子フィギュアスケートで羽生結弦選手が金メダルを獲得、2連覇を果たして世界中から賞賛の拍手を浴びた。出身地の仙台からは、あの大震災を共有、乗り越えてきたことへの同感と感謝が広がった。暖かな部屋で見物するだけの私も、怪我を克服してきた強靭さに驚嘆、プルシェンコ選手以来の美しい動きに、それこそ我が身さへこそ動がるれだった。
同じ日に、将棋では藤井聡太五段が公式戦で羽生善治竜王と対局し勝利。同日の午後には決勝戦で優勝、六段に昇段した。たったの15歳半の、慎ましやかな少年である。この二人の稀代の天才から伝わってくるものは、良き人柄、好ましい性質である。
一生をかけて命がけでやっていることの本質は「遊び」の世界のものであるかと天を仰ぐ。改めて『梁塵秘抄』を開いた。
国民には嘘を言い、はぐらかし、党内政治にうつつを抜かす我が国の政治屋たち、あるいは学校をマシンガンで襲う者、核兵器を生産し続ける国。核兵器を持つな、捨てろと強要する自国には核兵器完備の国。
いつも怒りで「動がるれ」の私だが、昨日は楽しかった、今日も余韻を楽しむ明るい日です。
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カランコエ

カランコエという妙な名の花を5鉢育てている。小さな4片の花は赤、橙、黄、白があって葉も花も多肉植物ではないかと思うのだが分厚い。マダガスカル、南アフリカ、東南アジアに分布していると聞く。寒さに弱いですよ、水のやりすぎに注意、と言われて守ってきた。真冬に咲くので窓辺が賑やかで気分が明るくなる。
花言葉が良い。「幸福を告げる」「たくさんの小さな思い出」「あなたを守る」「おおらかな心」。
先週のこと、夕方にならないうちに帰宅できると踏んで、5つの鉢を軒下に出して日に当たってもらうことにした。晴れて風のない日だった。
ここまでは良かった、帰宅したのも4時前だった。それも問題なかった。この後が問題だった。カランコエを部屋の外に出していたことを忘れきって寝てしまったのだ。あんまりではないか。なんで忘れたのか全くわからない。
翌朝のこと、いつも通りに5時前に起きた時、思いもよらぬ異変に遭遇した。流しの水が出ない、凍っていた。風呂場の水道を調べたところ、こちらはパネルに白い炎の絵が出ていた。点火して作動している時は赤い炎の絵が出るが、白い炎の絵は初めてだ。取説を見たら白炎は自動凍結防止装置稼働のマークだった。これに感動し、台所の自然解凍を待って1日が始まった、零下何度だかの、とんでもない低温の朝だった。
カランコエを思い出したのはもう、昼過ぎだった。みんな萎れていた。満開の花はうなだれ、葉も鉢の外に垂れていた。翌日、その翌日、いくら待っても立ち直らない。
諦めるしかない葉と小枝を取り払い、水をあげていると思われる幹を残して今、ガラス戸の内側に並んでいる。出てくれ、芽。何が何でも助けるぞ、とじっと目を注ぐ。
諦めて捨ててしまい、買ってくればその日から賑わうけれどそれは道ではない、この、カランコエたちに生き返って欲しいの一心である。守るよ、とカランコエに言ったら、それは私の花言葉ですよ、というだろうな。

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石牟礼道子さん

石牟礼道子さんが亡くなられた。90歳。熊本県天草で生まれて一生の間、不知火の海を愛し、水俣病を常に現在の位置にとどめてきてくれた。
画家・吉留 要の画業を追いかけて過ごした昨年、その道筋で石牟礼道子さんが積み重ねていらした仕事に接したのだった。膨大な水俣関係の著作は、ひたすら読みすすむうちに読経かと取り違え、ついには読経と重なったのであった。
子供向けの絵本に描かれる不知火の海は美しく、例えようもない慈しみに満ちている。石牟礼道子さんの絵本は丸木位里・俊子夫妻の絵と合体し、夫妻の家を故郷とする画家、吉留要の画業へと解き放たれて外国へと拡散した。
私はただ、ひたすら追い追いして、感嘆するばかりであった。
石牟礼道子全集に収められた初期の小品を読んだ。まだ若い頃の、処女作と呼ぶよりは習作であったが、その頃彼女はまだ水俣と出会わず、詩を好み文字を書くことを喜ぶのみの少女だったと推測するが、その文章は将来の大きさを含む、才能豊かな驚くべきものだった。これに驚嘆しつつ私は、彼女がこの才能を一途に水俣に注ぎきったことを、亡くなられた今に及び、改めて噛み締めている。できることではない。
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猫の春

猫っかわいがりをしている富士は、わがままで自分本位、食いしん坊の甘ったれお嬢ちゃん。何をしても、何もしなくても、おお、よしよし。わああ、可愛いーにゃー、と言われている。
外猫のマルオは男の子で、富士が生まれる前から庭に来ているのだからもう、人間にしたら還暦近いのではないか。衣食住とトイレを見てやっているが、もともと自由猫なので、彼なりの活動をして過ごしている。
食住はともかく、衣について何をしているか、というとブラシをかけている。これをすると野良ではない、世話をしてもらっている猫だと遠目にも知れるのである。むやみに叩かれないようにとの配慮。
先週のこと、マルオが横っ面を血だらけにして朝帰りをした。猫パンチを食らったのだ。女かショバ争いだ。抱いてやり話しかけてやると、獰猛な顔でうっとりしている。綺麗にしてやり食べさせた。
その翌朝、ヒヨドリを持ってきた。ま、昨今は人間にも、贈り物をするときに、相手の好みを想像し選ぶ人もいる一方、あたしってコレ好きなもんで。などという人もいるから、マルオを批判するわけにはいかない。
どう? 気に入ってくれた? と得意気である。ありがと、というしかない。
満足げなマルオは私の足周りを8の字に回る。と、斜め前の家から茶トラの猫が現れた。若い雄猫、新顔。と、マルオが私から離れた。ゆっくりと向かう姿は凄みがある。
低く構えて踏み出す足、両肩の筋肉が盛り上がり、もりもりと音が聞こえそうだ。ガレージの陰に消えた2匹。
なるほど、逃げる時は腰から逃げるんだな。若猫は腰が引けて、見合った瞬間から負けてたなあ。そこへマルオが戻ってきた。言うほどのことでは、という目つきだった。
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年の初めの挨拶を

今頃になって、ではあるけれど、年の初めの一言を書かないと今年が始まらない気分なので遅ればせながら書きます。
今年、掲げる文字は「壁」。
一年のあいだ、折に触れ思い出す字として、毎年選んでいます。
去年の字は「聲」でした。聲を振り返ると〜
声を発するという行為は同時に、聞くことでもあるのだという、旧字「聲」に含まれる耳という部分に注意を向けた一年でした。
発信することと同じ重さを持って、受けることに意を用いることで平衡を保つことができる。
むしろ耳を傾けることを優先してのちに発言するくらいの方が良いのではないか。
昨今の政治屋たち、特に安倍晋三と麻生太郎両人は、国民の声に耳を傾けるどころか払いのける仕草で無視し、自己欲望最優先の言いたい放題と下品なニヤニヤ笑いで国会を汚染した。
この両人は、聲という文字を読むことも書くこともできないのではないか。
私は恥ずかしい。世界の国々、人々に対して、きまりが悪くていたたまれない。
どこの国にだって低劣な人間はいるものだ、しかし。それが総理大臣などをやっているのを許している我々だと見られることがたまらないのだ。
この文字は、今年も引きずっていくつもりです。



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立春

今日は立春。冬から春へ向かう峠に立ったところでしょうか。
昨年10月26日にブログをアップしてから今まで、沈黙を続けていた壺猫でしたが再開の運びとなりました。
沈黙せざるをえなかった原因は、私がパソコンを壊したからでした。
壺猫のファン、太重斎氏が設えてくれた真新しい器械を壊滅に陥れた原因は結局不明でしたが、私の勘では、つまりパソコンを信じ、愛するあまりに人間と付き合う態度で接した私の態度によるものであったに違いないと考えています。
今回、遠路修復に駆けつけてくれた太重斎氏と、接続を推奨する新器機を携えて、これまた駆けつけてくれた久井氏の御両人によって、めでたく立ち直った次第です。
今年も何卒よろしくお願い申し上げます。
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