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Oct 2020

子育て 親育て

育ててもらった、と親に感謝する子がいる。親を殺す子もいる。色とりどりの親子関係を並べ出したら紙幅は関係ないだろうが、スクロールしても続くだろう。それはのちの機会に譲るとして、誕生日にあたり、ぜひとも言いたいこととして、子が親を育てる場合を書きたい。
実は今日、私が在るのは、二人の子が育ててくれた故である。私が子どもに対してしたことと言ったら、お話にもならない日常の暮らしのことだけだ。それも穴ばかりで、手取り足とり伝えたわけではなかった。歯を磨く、といった毎日の習慣も、ろくに教えなかったと思う。しかし二人の息子は揃って見事に健康な歯の持ち主だ、なぜかというと、よい歯医者さんに出会ったので、私は先生に子供たちの歯を丸投げしたのだった。今も同じ歯科医院の、子供たちと同世代の若先生に診ていただいている。全てがこの調子で、学業はそれぞれの先生へ丸投げだ。母親がすることと言ったら、ご飯を作ることと掃除洗濯くらいのものだ。料理は子供の時から並んで流しに立っていた。火を扱うし、焼いたりこねたり、かき回したりは子らにとっては大きなお楽しみだ。泥んこ遊びも良いが、後で食べられるのだからやめられない。
教えるというよりも、一緒にやってきたのだし、伝える楽しさも大きかった。伝えてきたことの中で、最も大きいこと、それは第二次世界戦争の時の体験話だろうか。
一方、ふとした子どもの言葉をつかまえ、受け入れ、成長してきたのは私の方だった。なんで〜 どうして〜 で始まることが多い少年の思いは柔軟であり新鮮だった。私は目を見張るような驚きを持って聞き入り、時間をかけて咀嚼する。
子供たちがいることで消耗するのではない、手がかかるのではない、細い私の心が太く、強靭に育って行けたのは、まさしく子の力によるものだった。
今もかわらず対等に話してくれる息子たちの来訪を待ち構えていて、ためておいた幾つかの なんで〜 どうして〜 を訊ねる。私の問いに新鮮さはなく、重く硬い。どうして核兵器だけ反対なの? なんで核そのものを廃絶しないの? 
楽しみは どうして なんでと問い交わし 親子揃って考えるとき  次回へ続く
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85年を振り向けば

いつもは気にもしないことですが、お誕生日という節目にふと立ち止まった、あらためて身の周りを見まわした。
なんと綺麗な人たちに囲まれていることでしょう、私は。今は新型コロナウイルスのおかげで簡単には会えないけれど、同年齢の人たち、年上の方々、若い人々、皆とりどりの暮らしようだけど、仲良くしてくださる人たち、みんな美しい。
世の中にはいくらでもいる、おぞましい人々。私はいま85歳になったところだけれど、嘘つきやいじめっ子は80年以上前からすでに身の回りにいたのです。
そんな中で生きてきたいま、まああ! 私の周りはなんと美しい花の野でしょうか。咲いている花々は、どれも平凡という名の、見慣れた花です。特別に産出された珍奇な花ではありません。
仲が良いという花。本当のことを話すという花。あったかい花。愛の花。思いやりの花。花弁の、どこかが欠けていても生き生きしている花。
いつの間にか集まった平凡で、穏やかな花たち。はじめのうちは周囲に根を張ってきて、棘のある枝葉をのさばらせていた醜い花々、嘘つきの花、嫉妬の花、貪欲の花などは、虫に食われて消え去りました。無視という虫は益虫です。
そう、昨夜も仲良しの一人とメールでおしゃべりをしました。そのやり取りを少し、おすそ分けしましょう。
私が送ったメールは、今現在の自分の状況を知らせる内容です。「子供たちが非常に仲が良いこと。全員が同じ情報を共有していること。嘘をつく人がいないこと。ものや金銭面などで我欲を持つ者が皆無であること、などなど平凡なことです」
友人のコメント「これは平凡なことではない、と私は思ってしまいます。決して簡単なことではないと思うのです。情報を共有するためには、誤解を恐れずに言えば、同じくらいのレベルの教養が必要になると思います。同じ日本語を話していても、それを理解しあえているとは限らない」。
続いて愛情論になり、私のコメント「大事なことは愛情の偏りがない、これを家族全員がわかっていることが必要じゃないかと思っています」
これに対する友人のコメント「私には稀有のことにすら思えます。このことも、平凡だということも、泰子さんが長い時間をかけて育て上げてきたもので、どこにでも転がっているようなものでは決してありません」
思い出した、卒業式の後の、謝恩会での思い出、卒業する全員が一人づつ立って挨拶したときのこと、私は一言「平凡に生きたいと思います」と言った。皆、若々しくて夢いっぱいで華やかな夢を歌うように語っていた。
「それは、とても難しいことですよ」先生が耳打ちするように、隣でおっしゃったのを、思い出した。
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私の誕生日!

10月に生まれました。爽やかな秋、大好きな青空。今年のお誕生日は格別の、幸せ極まるお祝いをしてもらった、その日のうちに書くはずの日記は、その日だけではない、翌日も翌々日にも記せず、つまり感動と感謝と幸せ気分が続いていた故に、貧弱な文字には変換できませんでした。
息子がトランペットを演奏してくれました。得手ではないことを百も承知の上で、中年になってから学び始めたトランペット。ハッピーバースデーのヴァリエーション! じっと座って聴くことができなかった、ウロウロしてしまい、定まらぬ視線。
贈ってもらっている「お誕生日、おめでとう」のメロディー。バラ色の音色、クリーム色の音色。ラベンダーに、スカイブルーに変わる。
嬉しくて涙がこぼれそうになって、それがまた幸せなのでした。もう一人の息子が送ってくれた花かごに溢れる暖かな色の花々と溶け合う、極彩色の音の流れが部屋の中を踊る、それが目にも見えたのでした。
私は地に膝をつき、太陽に、そしてこの大地に、両腕を天に向けて指を開き、この幸せを頂いたことを感謝しています。こんな年齢になったのですから、身も蓋もなく喜んで感謝してもバチは当たりますまい。
気がつくとハッピーバースデー・バリエーションは終わっていて、LOVE を奏でてくれていました。
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