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Dec 2015

年の瀬

年の瀬とは言え、省エネに没頭している私は、取り立てて何をするわけでもない。昼過ぎに漫然と歩いて、材木屋の前を通りかかった。材木屋も仕事納めで主人は、もうひとり年配の人と掃除をしていた。通りに面して隙間なく立てかけられた材木は丈高く、木の香りを惜しげもなく放っている。見上げて私は驚いた、その材木全体にわたり、私よりも大きい、私の何倍も太っている猿が描かれていたのだ。猿の両脇には、これも見事な門松風の松竹梅。猿の衣装の賑やかで派手なこと! 墨黒々と、2016年 新春 木の香りと木のやさしさを、と書いてある。
思いつきでやったのではない、玄人の手だ。我慢できず、主人を追いかけて言った、売り物に、あんなに描いちゃったら、困りません? 主人と年配の人が、いつのまにか並んでいて、ニコニコして言った、縁起物ですからね、あれから先に売れちゃいます。
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野次馬

オリンピックの競技場建設の設計が隈研吾氏と決まったと聞いて、さっそく隈研吾設計の淺草文化観光センターを見物してきた。「?」マークのついた観光案内所を見物するなんて、どうかと思うけれど、いままで足許を歩いていて違和感のない、目立たない建物だったのだ。
まわりには観光客を乗せる人力車がたむろしていて、これ以上ないほどの便利で判りやすい場所にある。
天井や壁、ベンチも木、節のある木材がふんだんに使われていて、チャコールグレイのカーペットと、同色の鋼鉄の手すりが、これも剥き出しの自然を感じさせる。安易にステンレスを使っていない。門松も立ち揃い、淺草は年末の華やぎで溢れていた。
DSCN1100  DSCN1110 7F展望室と、展望室からの眺め
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12月8日

1941年のこの日、日本は真珠湾攻撃をして開戦した。私は満6歳2ヶ月だったが、大人たちが沸き立っている空気を覚えている。この日から何ヶ月もの間、家庭の生活は穏やかだった。開戦したと聞いたが戦争は見えなかった、12月8日の国内は「平和」だった。物資がなく、どの家庭もストックをしており、隣組という末端組織にきつく縛られて暮らしていたが、なぜか、それは当たり前のことと思うのだった。隣組の班長の言うことは絶対だった。背くことは許されなかった。それも当たり前だと思っていた。
今の日本は、贅沢な食物が氾濫して、使い捨てが常態化して、いったいこんな贅沢ぶりを続けていてよいのかしら、と不安になってしまう。キリストのいない飾りだけのクリスマスが町を彩り、年々、灯りの飾りが派手になって行く。夜の表参道、六本木。新宿と渋谷。やだ、やだ、ちっともキレイじゃない。
日本は身分不相応な「戦争玩具」をアメリカから買わされて、世界有数の軍備の所有国と成り上がっているのだ。そんなのは断り、消費税で搾り取ろうとするのを止めたら良いのに、安倍政権は聞く耳なしの独断専行だ。これって真珠湾攻撃前夜のような感じがする。いま、身の回りを見回して、なぜか反対できないこと、なぜか言うなりになっていることを洗い出してみませんか。
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クエン酸

ヤカンを空だきして、底に白い固形物が固着して洗っても落ちない、と書いたところ、このブログを見てくださっている方が返事を下さった。しかも2人も、である。さらに、このお二人が同じ提案をしてくださったのだ。それはクエン酸を使ったら落ちるというものだった。
クエン酸! びっくりである。私はクエン酸のビンを大事に持っており、これは夜中に足が吊るときの薬であり、洗剤ではない。寝る前にオレンジジュースに入れたりして飲んでおくと足が吊らない。これは私が思いついたことではなくて、サッカー選手が試合前に揃ってクエン酸を飲むという記事を読んだので真似をしている次第。サッカーで激しい動きをする選手は、ときに足が吊るのである。
この大切な白い結晶のような薬でヤカンを洗うって? 物は試しだ、さっそく試してみた。小さじすり切り1杯のクエン酸をヤカンの底に入れてわずかの水を加え、指先でこすってみた。ザラザラしているヤカンの底に、ザラザラの粉である。なんとなんと。指先はみるみる滑らかな動きとなり、いかがわしい固形物がみるまに消えて行くではないか。スポンジやタワシより指の腹のほうが汚れの有無に敏感で鋭い。興奮した私は、ついに片腕を突っ込み、親指の腹で徹底的にこすった。力は要らなかった、あっというまに元通り、新品同様のヤカンの内側となったのである。うれしいなあ。ありがたいなあ。クエン酸さまさまでありました。
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