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Jul 2015

カラスウリ

雑木林の中に、朱色の実を見つけたときの感激。それを手元に置きたくてカラスウリの実を取り、いやもう、場所が場所だから苦労して手に入れたのだ。朱色の実を破ると糸巻きの形の種がたくさん並んでいる。この種を蒔いて育てて何年も経った。花が咲いた。幻想的な深夜の大輪は息を呑む妖艶さである。夜明けが近づくと白い糸くずに姿を変えてしまうので、夢かと感ずるほどだ。朱い実が実るのを何年も待った。実らぬ不思議を調べたら雌雄異種だった。ああ。雄だったのだ。でもまあ、縁あってウチの庭にいるんだもんね、と年々太く大きく育つ芋根を大事にしてきた。この芋の澱粉を精製したものが「天花粉」と呼ばれるベビーパウダーである。
ところが。伸びるのである。ぐんぐん育つのである。根の芋が大きくなったので力がついてしまい、猛烈な勢いで四方八方に進んで行く。しかも土の上を這うと、茎のどこからでも根が出て、新たな繁殖を始めるのだ。この夏は、庭の思いも寄らない遠くからカラスウリの葉と蔓が現れたので、本体をあんどん作りにして逃げないように囲い、あちこちに現れた芽には熱湯を掛けてまわり撲滅した。
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真夏の午睡

富士猫のおかげで今夏はエアコンをほとんど使っていない。富士は網戸越しに外の匂いをとり、飛ぶ鳥を目で追いかけ、外猫マルオの動向を見守る。網戸を通して南北、東西、東南と、風が部屋を抜けて行く。東の窓から桔梗の青色とパセリの緑色の風が入る。北の窓から入るフウセンカズラと千成ホオズキの緑の風が南の庭へ出て行く。
忘れていた高校生の頃の夏休みを思い出した。今日のように寝転んで本を読んでいたのだ。そして庭にはメダカがいた。住むところは変わり年も経たのに、身の回りに引き寄せているものは変わらない。
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気がつけば3時

昨晩は食後に緑茶を飲んだ。飲み慣れない緑茶を飲んだのが運の尽きで、寝る時間が来ても一向に眠くない。眠くないのに眠ろうとするのは時間がもったいない、そこで机に向かい読書を始めた。夢類の制作が終わったら読もうと狙っていたHIROHITOという本。著者はHerbert P Bix。2001年ピュリッツァー賞受賞作。買っておいたのを読み始めたけれど、内容が面白いのに読むのがのろくてじれったい。図書館から日本語訳『昭和天皇』を借りて、横に置いて読むという姑息な読書法。よくまあ調べた。構成も良い。冷静・公正な目を感じる。過去に受けた国民教育が、あれもこれもと思い出される。一息入れてアイス最中をフリーザーから出してきた。あらら、3時。起床時間です。
昼前に台風の影響雨があがった。明日から晴天が続くという予報なので、今日がチャンスの大掃除をした。玄関前のマットを洗い、ドアから門までの階段をタワシでこすり、宅配BOXと郵便受けを洗い、ゴミバケツも洗った。十分に湿っているときに洗うと効率が良く、省エネになるので、台風シーズンの恒例行事にしている。
これで清々して気がついたら午後3時だった。不眠不休もここで力が尽きて、ついに転がって寝てしまった。
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今朝も3時

昼間に30分ばかり横になり、午後の遅い時間は大工仕事をし、11時前に寝たので目出度く3時に起きた。すぐにパソコンに向かえば良いものを、まず布団を上げ、着替えをし、身仕舞いをし、部屋に風を入れ、今朝はゴミの日だからと家中のゴミをまとめる。なにをやってるんだ、せっかく早起きしたのに。
しかし、朝の手順通りに進まないと、なんか調子が出ない。結局、洗濯もしてしまった。モーニングコーヒー。夜明け。これで心地よい一日は完了した気分であります。
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東の窓辺

エアコンが老朽化して、ついに終わりを迎えた。取り外した跡に新しいエアコンをつけるのを止めて扇風機で暮らしてみようとしている。室外機を取り払ったら思いがけず場所が空いたので、ありあわせのブロックと残材をかき集めて棚を作り、植木鉢を置いたら4つも並んだ。東側の窓の下なので、窓を開けると目の前に植木鉢がある。東だから青色の花を選んだ。矮性の桔梗と青のペチュニア。もっと青い花が欲しかったのだけれどなかったので、あとはパセリとローズマリーにした。青と緑の葉が清々しい。
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起点

起点とは鉄道や道路の始まりの地点をいう。国道一号線なら日本橋。私が発とうとしている起点は、道路ではなく一日の始まりの時刻です。つまり起床時刻を起点としてみようというわけで、今朝は3時に起きました。夜に楽しいことがあると寝ることを忘れてしまい、そのくせ朦朧としている。この時間帯に熟睡するのって、いいんじゃない? 夜中の12時をまたぐときに眠っていると若返ります。って私が作った箴言です。ハハハ。というわけですが、さあ、いつまで続くでしょうか。7月に入ると夜明け、日の入りの変化が、上り坂から下りに入ります。一年という山の峠です。
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出版社の社格

7月2日の「クローズアップ現代」というNHKの番組で、柳田邦男さんがメインキャスターの国谷裕子さんと話し合っているのを見た。話題は、最近出版された元少年Aの手記の、出版という行為が妥当かどうかという問題だ。精神科医など関わってきた人たちも意見を述べていた。図書館に置くかどうかも話題になった。
私の感想は、出版関係の視点に限るものだけれど二つある。ひとつは、出版元が自社のホームページに書いたコメントに対する感想。そのコメントには「ご遺族の心を乱すものであるとしてご批判を受けています。そのことは重く受け止めています。」とある。
流して読んでしまう人もいるだろう。しかし私は、「そのことは」と書く神経に逆なでされた。そっちの棚の上にある書類さあ、捨てないでよ。程度の軽さと、ぞんざいな態度が伝わってくる。「このこと」とは思っていないのだ。「そ」で済ませている。ああ、それね、そのことなら承知の助さ、そんな態度だ。「そのことは」の「は」にも引っ掛かった。知ってるさ、はじめっから分かってることじゃん、それは。こんな心根が透けて見える。「そ」・「は」は、ひらがな一文字のことだ。ひらがな一文字といえども、言葉は、文字は、軽いものではない。恐ろしい力を秘めているものだ。「このことを」と書けなかった出版社だ。思いやる心を持っていない。思いつかないのだ。続いて「重く受け止めています」とあるのが、いかに軽いものに感じられることか。慄然とした。重く云々は、時下益々的な常套句に過ぎない。
ふたつめは、国谷裕子さんの、表現の自由と被害者の遺族の感情の対立についての問いに答えた柳田邦男さんの言葉に感銘を受けたことだ。それは、深い経験と思考の末に生まれた明晰なものだった。表現の自由を守るという前提があるが、政治・イデオロギーではない、殺人事件などの場合は、と前置きして「出版の編集という仕事は重要な意味を持つ。これは遺族を傷つける、など指摘、配慮をつくして編集してゆくべきもの。この行いは自己規制ではない、むしろ自由を守るための編集者の基本的な努力だと思う」という意味のことを語った。
私は同感し、編集という仕事の重要性を、改めて噛みしめると共に、これは人格の具現だろう、出版社も、人のもつ人格にあたる社格というものがあるだろう、と思った。
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出来上がりを待つ間の洗濯

夢類23号の版下が手元をはなれて印刷製本工程に入った。出来上がりを待つ間の洗濯婆である。やりたいなあ、と横目で見ていた雑事、言い換えると趣味の楽しみに浸っている。世になんとか女というものが増えている。歴史好きの歴女、仏像好きの仏女、登山愛好の山ガールなどたくさんいる。私は土木工事が趣味だから土木婆。大工工事も好きなので大工婆。ガスエアコン撤去工事に来てくれた人に、そう言ったら、一言「わかります」。昨日はエアコンの室外機を取り去ったあとの土木工事で終わってしまった。今日が雨になるので頑張ったが、夜がいけない。疲れて寝てしまった。これから内装工事に入るのが楽しみ。大工ガールの友人が遊びに来てくれることになった。貴重な情報交換の場になるのが分かっているので楽しみ。
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