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雪国

去年の夏を過ごした越後湯沢は、大雪の土地。雪の季節に訪ねたくて10日の金曜日に日帰りで行ってきた。雪中を歩く自信がないので、在来線の車窓からの撮影が狙いであった。ところが高崎で上越線に乗り換えようとしたとき、大雪のために水上から先が不通、開通の見込みが立たないということがわかった。新幹線が動いているので越後湯沢まで行き、駅前からスキー場と往復しているシャトルバスに乗った。高崎で不通と聞いた時は、これで終わりかと絶望的になったが、現地に来てみるとタクシーはある、バスは出ている、自動車は普通に走っている、まったく不自由はないのだった。幹線道路は融雪装置が働いていて雪はない。ところが岩原(イワッパラ)は雪だった。想像を超えて堆積した大雪。車道の両側に歩道がついている県道は、片側の歩道は雪を盛り上げる場所として使われている。歩道は片側だけ、しかも必要な、わずかの通路だけが踏み固めてある。
粉雪が降りしきっていた。雪は粉。メリケン粉のように細かい粉だった。見上げる高さに堆積している堅い雪の壁に触れてみる。ふわりと柔らかい新雪が乗っていた。あたたかい、と言いたくなるような、包み込むような感触の雪。音を包み、色を包み、人を包み。白色の粉が生きている綿のように、さらに包もうと息づいていた。
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結氷する湖面

どの土地でも、一日の最低気温は朝6時頃に出る。2、3日前の6時に、山中湖の庵では零下16℃だった。
むかし、西行が庵を結んだころは、絵に描いたような庵であった。西行は春から庵に籠り夏を独居し、秋が深まり冬の到来までを過ごしたらしい。しかし山あいの谷水が凍り、竹樋に水が流れなくなると山を下り里で春を待ったという。いまの庵はリゾートマンション内にある。言い換えると、マンションの一室を庵呼ばわりして遊んでいる次第。電気、ガス、水道。炊事入浴に事欠かず、すきま風が入る気遣いはなく、ガラスを通して富士山と湖水が見渡せる。だから表に出ないと零下16℃は味わえない。
まだ暗い湖面から、もうもうと湧き出す白煙。湖水の温度よりも気温の方が低い故である。岸辺から結氷が始まり、次第に広がって行く。湖の中央近くにオオバンが細い足で佇んでいるのをみると、氷の在処がわかる。せめぎ合い、きしみ合い、密かな音をたてる氷の板。氷上立入禁止の立看板が湖畔の各所に立てられた。
山中湖の雪は乾雪である。疾風に巻き上げられた雪塊は生き物のように湖上を舞い狂う。ある時は巨大な龍体のように、のたうち滑る。私は雪氷を抱き踊る心地で熱い興奮に浸る。
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冬の水鳥たち

留鳥という言葉を、私は知らなかった。りゅうちょう、という。渡りをしないで、住み着いている鳥を言う。湖畔を歩きながら白鳥を見ていたら、オオハクチョウがいた。コブハクチョウは留鳥だが、オオハクチョウは渡り鳥。頭が細く、嘴に黄色が見えるので、すぐわかる。去年、新潟県の瓢湖で撮影した時は、瓢湖の水が見えないほど白鳥で埋まっていた。野性的で逞しい鳥。山中湖のコブハクチョウは、言うなれば中型犬のようなもので、それくらいの食欲があり、力もあり、驚くべきことに、犬と比肩する賢さである。
もうないのよ、と餌がないことを知らせる。両手のひらを見せて振る。これで分かって去って行く。おいで、と呼びかけると相当遠くから滑るように近づいてくる。黒い瞳を向けてきて、邪気のないまなざしもまた犬のよう。
定住者の鳥と、旅の鳥が寄って来た。オオバンも数羽集まった。餌を撒いたらこれがみな、仲良くてほっとした。留鳥のコブハクチョウが人とカメラに馴れている様子を見習い、あっというまに行動を共にしている。
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父と子

湖畔を歩いていたら、元旦には通り抜けられたサイクリングロード工事の場所が、通行禁止になっていた。工事が始まったらしい。まだ湖との境のフェンスがないから不用意に歩くことは危険なのだ。丁寧に「危険 通行止」と記された黄色いテープが幾重にも張られていた。そこへ父親が3人の子を連れて歩いてきた。お兄ちゃんは小学4、5年生か。妹らしき女の子は2、3年生。Uターンしてくるしかないのだが、見れば分かるから、私はだまってすれ違った。ところが、この父親は、テープを広げて隙間を作り、子どもたちをくぐらせて通り抜けて行った。しばらく進めば、順調なサイクリングロードが続いているのである。
親がついているのだから危険なことはないだろう。冷たい湖に落ちる事はなかろう。でも、これをしちゃあ、だめなんだよね、と私は残念に思った。幼い時期は基礎を作る時期。よいこと、悪い事、躾をする時期。ごく基本を叩き込んでおく必要があると私は思っている。しっかり躾をされていれば、長じて道を踏み外したとしても、復元力があるものだ。柔らかい時期に、決められた約束、ルールでも、欲望に応じて破ってよいのだ、と体にしみ込んでいると、復元は存在せず、これが守るべき事だ、これはしてはいけない、などと矯正するしかなくなる。
この父親は、せっかくの親子の時間をつかって、なんとも情けない下地つくりをしたものだ。屑親である。
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昨年を振り返り

自分自身の事は、さておき。実はさておくしかない状況で、書きたいものが詰まっているのに、体を動かしている故にエネルギー不足で書いていないありさま、これは振り返るも致し方のない自業自得。
嬉しかった事は、大腸がんが発見され、あれよと驚くうちに手術された方が無罪放免となったこと。人口肛門になったら気の毒だ、と気をもんでいたが、これほど晴れ晴れと釈放された人を知らない。ほんとうに目出たい事だった。一方、同年配の男性が、ガンで亡くなられた。突然の事だった。私はリハビリのために医者に勧められて水泳教室に参加している。が、7月8月は小学生がプールを利用するので休み、9月から始める事になっていた。9月に出てみたら、この方がいない。皆の面倒を見るのが上手で、皆が頼りにしていた。姿が見えないと目立つのである。口々に、いないいないと言い合っていたら先生が、7月にガンが見つかり、亡くなられたと話してくれた。あまりにも突然で、なにか事故に遭ったような気がして、いなくなったことが信じられない。
振り返り、友だちが入院した事、なんとかがんばっている友だち、体調の事のみ案じていた昨年だった。
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新年

2012年になりました。今年は、東日本大震災で命を落とした大勢の方々を思い、喪中の心です。日本国として喪に服する気持ちです。冥福を祈るだけでは済まされぬ、今年は原発反対を支持し、声を挙げて行くつもりです。この大震災と福島の原発事故を大きな節目ととらえて、新しい価値観への転換を図ることが肝要と思います。
私は山中湖で新年を迎えました。長男と湖畔を一周。途中で日の出、一点の曇りもない快晴の晴れ晴れと輝く元日でした。午後から自宅へ移動、一家集合して夜まで歓談。私は13.5キロの湖畔一周と100キロドライブでぼんやり。飲食よりも、久しぶりに会えて話が弾む長男、次男の姿を眺める楽しみに浸りました。
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思考する大工さん

「思考する大工さん」とは、友だちがメールのタイトルとして送ってくれたもの。気に入ったので、その大工さんぶりを書こうと思う。私が大工さんをやっても、おおかた無視される、この友だちだけが真剣に興味を持って聞いてくれるので写真まで送っている次第。
さて、3.11 当日に倒壊した我が家2Fの書棚を解体し、使える木材を残して燃えるゴミとした。がらんとした壁面、幅 3.6m の壁板を天井から床まで剥ぎ取り、これもゴミとして放出。
ここから書棚構築工事が始まり、資材を買っては切り、ネジ止め。じっと眺めて次に必要な資材を買いに走り、また切り、くっつける。この繰り返しで次第に形が現れる。その途中、山中湖ではものすごい台風が来て満水状態、岸辺には打ち上げられた水草、舟の破片、大きな材木などがサイクリングロードをふさいだ。このなかから強固な木材を拾ってきて書棚の支柱として参加してもらった。
あなた、こんな運命が待っていたなんて想像できた? と私は波に翻弄されて角がとれている木材に話しかける。切れ端の、積み木ほどの木片は、捨ててしまえばゴミ。しかし隙間にはめ込んであげる。こうして、あなたもここに存在する。役に立っているとはいえない、わずかな断熱効果か、しかし確実に存在する。最後には壁板で覆われて見えなくなる、だれも存在に気づかないが、それでも存在するのだ、と工事しながら私は木片に言う。工事は9分通り終わり、あとは棚板をつけるだけになった。壁の奥に筋交いを入れたとき、マーカーで、東日本大震災がきっかけで工事した、と記しました。
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政府幻滅

政府は、当初の公約を次々と反古にして行く。ダム工事の中止を取り消し、増税はするという。私がもっともけしからん、と感じているのは、セシウムの数値を派手に喧伝することだ。ほかに、もっと多くの放射性物質があるのに、なぜセシウムが主役なのか。それは半減期が短いからではないか。目に見えて減って行く、そして「いまのところ健康に影響はありません」と堂々宣言をするにも、便利なセシウムなのではないか。ほかの、多数の放射性物質については、食品検査はもとより、計測すらしていないとも言われている。
ビキニの漁船の被害の後、しばらくの間は、放射能マグロと騒いで、だれもがマグロを食べなかったものだが、たちまち黒マグロ、とかいって高価なマグロに人気が集まった。今回も、政府の巧妙なセシウム的報道によって現実の事実が隠蔽されて、危険意識が自然解凍され、深刻な内部被爆を、この先長期にわたり受けて行く日本の人々、私は、そんな姿が見えて仕方がないのだ。腐敗した自民党は、何年経っても「野党ごっこ」気分で、与党ではなし、野党としても真剣さがないし、与党は、この有様である。周囲を慮り、延命を主眼に判断、行動する骨なしである。私は、政権交代のときのまま鳩山内閣が続いていたら、こうはしなかったと思っている。あの人のように、思い描いている理想の姿に近づけて行こうとする心意気を、バカにして潰すようでは、日本が潰れると思う。
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買い物と撮影

頭の中に思い描く「欲しいもの」。こんな形で、こんな色合いで。この思いを抱えて店に入る。長い人生、いままで、これで、モノを手に入れたためしがない。それなのに、性懲りもなく思い描き、探しまわる。永遠の女、永遠の男を探し求める心境は、かくのごときものであるか。撮影もこれに似ている、と最近感じるようになっている。湖面に霧が立っていて、真っ黒に立つ枯れた葦。さざ波が、あってはならない。日が出てはならない。それを撮りたい。4時に目覚めて思い、6時半の夜明けを待たずに飛び出す。霧。皆無。湖面は大揺れに揺れて、それは夜半から吹き荒れている風の故である。撮影の欲望が無惨にも四散し、敗残の苦味を噛み締めて引き返す。己を無にする。その道を選ぶ人がいる。わかっているけれど私は、ここに立ち続けるだろう。
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羊蹄山と富士山

北海道の友だちと、それぞれの土地から見える山について、雪比べをしていた。北海道は羊蹄山、私は富士山。まず、私が富士山に初冠雪! と報道した。富士山、一番乗り! 羊蹄山より早い頂上付近の雪だった。その後の富士山は、やや雪が溶けたりまた白くなったりを繰り返してきた。麓が雨でも頂上付近は雪だから、雪はどんどん山頂付近を覆い尽くした。その写真を北海道へ送った。
すると、見た見た、と返事メールが来て「富士山は、まだ秋ですね」。言われてみると、まだまだ麓は緑も混じる樹木と草原。う〜〜ん。羊蹄山は麓まで雪に覆われて、昼間も氷点下の低温、競争にならなかった。
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月蝕

10日は皆既月食だった。日本列島どこからでも見えるという貴重な機会、しかも晴れたのだ。22時半ごろから湖畔に出て23時過ぎまで眺め、撮影もした。月は温かい杏色。皆既月食のまわりが、ほのかに明るい。この日の午後に、山梨県立環境科学研究所で火山と火星探査のセミナーに出席していたこともあって、月の大きさが地球の27%なんだ、と思い出しながら眺めた。地球の四分の一もある、とは感じていなかった、もっと月は小さいと思っていた。川崎の自宅のベランダで眺めると、どうしても街灯、信号灯をはじめ、いろいろな光があることと、空の面積が限られているので申しわけの眺めになってしまう。が、山中湖畔では月のほかに星も楽しめた。湖上に拡散する無慮無数の星々。これほどの星に出会うのは、何十年ぶりだろうか。
ひとつ、情けない発見をしてしまった。それは月が真上にいるために、どうしても見上げることになるのだが、これが辛い。体が固まっていて、よろけてくる。残念、加齢現象! 明日の夜は、双子座流星群が流れ星を披露してくれるはず。明日の午後、骨粗鬆症の薬を貰ってから、ひとっ走りして湖畔の流星を見よう。
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寄生木

クリスマスが近づいた。クリスマスツリー、ヒイラギは有名だが、ヤドリギはあまり表に出て来ないような気がする。アメリカではOak Mistletoeがあった。すっかり葉が落ちて裸木になった湖畔の木々の間から陽が射して明るくなった、その梢に球形の緑が目立つのに気がついた。なんと、これがヤドリギだった。緑の葉がなくなる季節に茂るヤドリギ。どれも高い枝の上にあるので、500ミリの望遠レンズで撮った。小さな丸い赤い実がついていた。アメリカのヤドリギの実は白かったから、すこし種類が違うのだろう。写真集の「珍しい何か」のところへ出そう。
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快晴の富士

日曜日が快晴という予報だったので、木、金、土と氷雨とみぞれ、雪の灰色の日だったから予定を延ばして日曜の朝の富士山を眺めた。麓のススキの原がすっかり枯れ葉色に変わり、頂上から日増しに白さが際立ってくる。
予報通りの一点の曇りもない青一色の空。しかし湖畔に三脚を立てるカメラマンたちの姿はない。だいぶ富士山について知識が増えた私は、そうだろうなあ、快晴の青空じゃあ人気ないね、と納得。
ほら、とか凄いでしょう! という写真は、もう少し面白みが欲しいのだ。傘雲とか、麓が霧一面とか、ダイヤモンド富士といって太陽が山頂に輝く瞬間とか、赤富士、紅富士とか。
朝7時半ごろだが、駐車場に観光バスが止まり、中国からの観光客が降り立って、一斉に写真を撮り始めた。みな、富士山を背景にした記念写真、くっきりと美しい姿を見せる富士山に大喜びである。こんな良い日に来合わせてよかったなあ、と私も嬉しくなる。遠来の客人たちのために富士山が顔を出してくれるとほっとする。
いきなり路上駐車した車があり、中年の男の人がカメラを持ってサイクリングロードに飛び降りてきた。走りながらカメラを構える、息を弾ませながら撮る、そこへ私が通りかかり、おはよう、と声をかけたからたいへん。凄いですっ いい富士ですっ。満面の喜びである。昨日は、富士山どこ? という感じだったんですよ。こんなにきれいなの珍しいです、と私は喜びを煽る。ひとりで車を走らせてきた人だ、ひとりでたくさん撮りたいでしょうと足を止めないですれ違う。腕に縒りをかけて応募作品を撮るのも素敵だけれど、こういう人に見つめられた富士山は嬉しいことでしょう。
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前向きに歩く

湖畔を散歩する。歩く、という運動をする。歩数計に自分の歩幅を入力、体重と性別を入力、これで歩くと、キロ数と時間、それに消費カロリーが出る。だから、これで何カロリー消費したか分かる仕組みである。
私の特徴は、つまり悪い癖とかは言いたくない、だって楽しくて止められないのだから特徴と言った方がよいのだが、それは、大飯早食い、である。たくさん食べる快感。のらりくらりとしないで、おいしいっ、と言ってどんどん食べる。これが醍醐味である。私が食欲減退気分になるのは、おおむね同年輩の女性の友人との食事なのだが、吟味しながら食べる食べかたで、たとえば、あら、椎茸も入ってるわ、とか、先に蒸したみたいね、とかいう、あの食べ方が苦手。食べているんだか調べているんだか。彼女たちの「それ」がはじまると私は、自分が注文した皿に向かい、黙々と食べるのである。
それはさておき、散歩で、同じ年配の女性と話を交わした。この方も運動のために歩いている、とおっしゃって、さらにこう言われた。わたしね、食べるの大好きなんですよ。たくさん食べられるように歩くんです。
ああ、いいなあ、と私は思わずニコニコして、それって良いですね、私もそうしましょう、と答えた。並の発想は、痩せるために歩くとか、太っちゃったから食べ物を控えようとかいうものだが、この方は反対だった。食べたいから運動する、というのである。なんか歩いていても楽しくなってくる。わーい、こんなに歩いたからシュークリームだっ。すごく前向きな気持ちになれる。
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修道院

山中湖村にある小さな修道院。修道院の文字がひっそりと古レンガに溶け込んで、近づいてみないとわかりません。実際、何度か通り過ぎていた湖畔です。ミサの日程が出ていて、どなたでもどうぞ、とあるのを頼りに出席しました。実は、ミサ、というものに参列するのは初めてです。朝7時。背の高い木の扉のわきに寒暖計がさげてあり、3度でした。灰色一色に包まれた尼さんたちが十数人、ほかには誰もいません。儀式が始まり、尼僧のひとりが聖書の一節を読み、麦とブドウの刺繍をほどこした法衣の神父さんがお話をし、中世の旋律で祈り、シスターのひとりがオルガンを弾き、皆立ち上がって賛美歌を歌う。この賛美歌の声が、実に清涼で美しい響き、私は感激しました。お話の方は聞き取れず、しかしキーワードの神、愛、感謝、これだけは、しっかりと受け取れるので、病中のクリスチャンの友だちのためにお祈りをしました。終わったあと、瞑想の時間がありました。瞑想というものは不思議なもので、たったひとりで瞑想する時間と、何人かでともに瞑想するのとでは、時間が違う、そして宗派が違う禅寺の坐禅とくらべてみると、瞑想という時間については、まさしく同じ、なのでした。帰り際にシスターが、11月という月が死者の月であることを説明してくださいました。
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新しいボランティア

山中湖畔を散歩しはじめた頃は、ひたすら珍しく、発見も多かったから、歩くよりも目のほうが先に走っていた。次第に見慣れた風景となったとき、湖畔のサイクリングロードの汚れが目につくようになった。村役場に行って、掃除したい、と話したら、ボランティア用、とプリントしてあるポリ袋をくれた。袋を提げて軍手をして歩き、ゴミを見つけたら拾う。観光地にお決まりの定番ゴミだ。目につく所に分別のゴミ入れがある。それなのに、空き缶、ペットボトルなどを路上に放り出して去ってしまう。そんな行いの自分自身を、醜いとは感じないのだろうか? いちばんの悪者がタバコだ、と私は思った。1本1本は小さい。小さいけれど、白い紙の色、紙質、これは自然の中で浮いてしまう。落ち葉が舞う、風に吹き寄せられている乾いた葉は美しい。しかし、ここにタバコの吸い殻が混じると、もういけない。ごみための雰囲気になってしまう。彼らが捨てるのは、道路と駐車場だけではない。富士山にも捨てる。
富士山の御殿場口から本格的に山頂に向かう登山道があり、ほんの少し登ってみたが、なんと2、3歩歩くとタバコの吸い殻、数歩行かないうちにまた吸い殻。信じられない、と驚き、次に腹が立つ。タバコを吸おうとどうしようと関心はないが、彼らの行いの汚さには、辟易するだけではない、汚い行い故に、煙草撲滅欲望が高まる。すべての煙草のみが悪いわけではなくて、携帯用の灰皿を持っている人もいる。以前、人の気配もない林道で出会った人が、立ち話のときに煙草と同時に灰皿を取り出したのを見たことがあり、とても好ましかった。
私のボランティアなどは、ほんの小さな、とるに足らない手伝いであって、アルピニスト野口健さんの行っている清掃登山は、ものすごい。立派だ。仲間も増えて成果を上げていられるが、富士山も清掃された。世界の有名な山々に登り、使い捨てられた酸素ボンベ、凍り付いた糞尿も背負って下山される。野口さんの活動のお陰で富士山も、一頃に比べて格段にきれいになったということだ。そして、私程度のゴミ拾い人も、案外うろついていることを知って、世の中、やっぱり楽しいなあ、と思うのであった。
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ふたたび杖

ひと月ほど前に拾って気に入っていた木の枝を杖ときめて、自分の車の下に隠しておいた。大バカな私は、杖を隠したことを忘れて走り回ったために、ゴミと認識されたに違いない、消え失せてしまった。昨日の散歩で、新しく1本の杖を手に入れた。これも湖畔に波とともに打ち上げられた、洗い晒し、波に揉まれ尽くした1本の棒である。これが、只の棒ではない、なんとアカザの茎であったので、迷うことなく頂いた次第。アカザの茎の杖のよさは、よく耳にしていた。強い、軽い、というのである。杖のなかで最高だ、というのである。拾い上げた瞬間、あ、これはアカザだ、とピンときたのは、その軽さだった。100グラム足らずではないかしら。こんどは大切に車のトランクに入れた。アカザは畑のそばや、空き地に生える雑草。わき枝が多いから、ごつごつしている。だいぶ長いので、まるで仙人スタイルになりそう。仙女?
山中湖村の旭丘地区にある徳富蘇峰記念館には、蘇峰が愛用した杖が展示されていて、その数は10本20本ではない。すごい数の杖がある。そのほとんどが拾った枝らしい。そのなかにアカザの杖があったかどうか、こんど訪れたら、ぜひ見たいと思う。実際に散歩して、足元の枝を拾ってみて、それを杖にして歩いてみたことが、蘇峰の山中湖生活、たいそうはかどったという執筆の周辺背景が、身近に引き寄せられた。
蘇峰の記念館は、よい。多くの人を引きつけたという、その人柄が、大きく温かい。それが数々の展示から伝わってくる。いちばん素敵だなあと感じたのは、奥さんに対する思いやりと感謝。興味津々で見たのが書架の写真。よく、有名な作家が自分の書斎で写っている写真が雑誌などにでることがあるが、私は、どんな書籍を持っているかな? と本人の顔はそっちのけで判読を試みるのだが、蘇峰の書架は、よくいる作家たちの書架とは違った。あまり書物が並んでいない。空っぽの棚もある。しかし驚いた。その書架の造りが漢籍のための造りだったのだ。漢籍は積む、洋書のように立てて並べるのとはちがうから、棚と棚の間隔が狭い、そのかわり横に長い。素養の土台を見た。神田神保町の漢籍の専門古書店が、この造りの書棚を備えているので、実際に見ることができる。夏目漱石も漢文の素養は深く、漢詩にも秀作が多い。いまどきの少年少女は、漱石の文章に難渋すると聞くが、それを笑うことはできない。私など、白文が読めないのだから、蘇峰が呆れかえることだろう。この上は、蘇峰や漱石が腰を抜かすほどの新しいものを付け加えていきたいものである。
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秋に

いったん体調が崩れると回復に時間がかかる。およそ半月を低空飛行で過ごした。同時期に、大切な仲間、というか尊敬する小説家が入院手術の難関を越えつつあるために、その順調な回復を祈りながらの低空飛行だった。久しぶりに多摩ニュータウン通りを通ったら、銀杏並木が見事に色づいていた。いつのまにか街に紅葉が下りてきていて、ドウダンツツジの赤も、今年はひときわ鮮やかに映る。この通りは1本1本のイチョウも大きく育って見事だし、車で走って眺めても長い間楽しめるほどの大規模なものである。
先日、聖路加国際病院へ行ったとき、エレベーター前で日野原先生にお目にかかった。以前、大病をしたときにたいそうお世話になったので、私は最敬礼をし、先生は丁寧に挨拶を返してくださった。一緒にエレベーターに乗ったら、乗り合わせた人たちが、口々にお目出度うございます、と声をかけた。皆、とても親しげで嬉しそうだった。今月の4日がお誕生日で、先生は100歳になられたのだ。
このとき朝9時少し前だったけれど、白衣の先生はすでに仕事中。お供もなしで颯爽と降りて行かれた。先生は、長寿のもとを、食事とか、歩くとか、歌うこと、などとおっしゃるけれど、日野原先生の長寿のもとは、惜しみなく、いつでも、心から人のためになにかをする、ということではないかしら、と私は心底感じている。このような姿勢で生き通して行くことは、言うに易しく行うに難いから、実行できる人は千人に一人、万人に一人と思う。
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医者の日

そんなつもりは全然なかったのだが、ノドが痛くて体全体が重い。かかりつけの先生のところへ朝いちばんに行き、葛根湯でがんばってたんですが、と訴えた。ノドが痛い、と。熱はない、と。と先生が書く。頭痛は? と先生。全然、頭痛くない、ヘンですよね。と答えながら私は、激しい頭痛を思い出していた。頭、痛くなるぞ、来るぞ、と分かるのである。恐ろしい頭痛が来ると、眩しくて目が開けられない、小さな音も衝撃音のように頭に響く。頭を外して棚に置いておきたくなる。不思議ですよねえ、あんなに痛かったのに、と先生に言ったら、血圧を測ってくださりながら、こうおっしゃった。
頭蓋骨固いでしょ、中に脳があって。血管がふくれると一杯になっちゃって頭痛になるけどさ、脳が縮んだからね、隙間ができて痛くなくなったのよ。驚いた私。え”、である。先生、私の脳みそ、縮んだってことですか? 先生は平然として、そうよ。これ、みてごらんよ、と私の腕を指して、こんなにシワがあるじゃないさ。脳だって縮んだわさ。やだやだ、ショック。と大声。ボクだって同じよ、と笑う先生。先生につき合って笑ったけれど、笑える話ではない。ノド風どころの話ではない。帰宅して、これもかかりつけの病院へ電話して、定期検査のための予約をした。こちらは大掛かりな検査で、大量の放射線を浴びることになる。これは今に始まったことでなし、検査の必要性と放射線からのダメージとは天秤にかけて行うわけだから、納得の検査。というわけで、今日は医者の日でした。
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白鳥お爺さん

山中湖村に、白鳥の世話をするお爺さんがいる、とボート場で聞いていた。毎日餌をやり、見守るので役場で餌を購入してお爺さんに撒いてもらっているという噂だった。どこで会えるかしらと訊ねたら、そんなの決まってない。あっちだったり、こっちだったり、というので諦めていた。それが一昨日のこと、軽トラを湖岸に停めて、ボウルにすくった餌を白鳥めがけてぶちまけている人を見かけた。ふつう、そんなやり方はしないから、すぐに声をかけた。大当たりだった。台風の大雨で増水して湖岸が少なくなったので、餌やり場が見つからないのだ、と話してくれ、そのうちに写真を見せてくれた。あれ? この写真、観光パンフで見たことある。私はびっくりして叫んだ。富士を背景に白鳥が羽ばたく、ちょっとない瞬間なのだ。道路の向かい側で交通量をカウントしていた人たちが集まって来て、みんなで見せてもらった。娘さんと並んでいる写真があり、お孫さんね、と言ったら某テレビ局のアナウンサーだった。なんと、この方は何度も取材を受けている有名人なのだった。舞の海さんとのツーショットもあり、もっといろいろテレビの顔があった。そのあとで小さな写真を見せてくれた。黄色い頭巾をかぶったご夫婦が正面を向いて笑っている。米寿のときの。と説明して大事そうにしまってしまった。うわ。米寿! なんとA3に伸ばした白鳥の写真をくださった。恐縮、感激。別の写真が県代表で全国展に出ている由、パソコンで自作した名刺も下さった。
知床で出会った、凄いクジラの写真を撮る民宿本間の正子さんと白鳥お爺さんは、重ね合わせたように同じだ。対象はクジラ、ハクチョウと違うが、一生の付き合い、そして限りない愛情を注いでいる。カメラを向ける以前の日々の付き合いが並ではない。よい写真をものにしたいために撮影する人たちが足下にも及ばないのは道理だ、と思った。
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一昨日のこと、夕方になって散歩に出た。台風15号の被害は、12号よりも桁違いに大きくて、山中湖畔は一向に片付かない。道路に枝も散乱し、打ち上げられている水草も一面に広がっている。私は、その枝の1本を拾い、杖にして歩いた。車には注文して作った杖を入れてある。この杖は身長に合わせた長さで、柄も持ち易くできている。
拾った枝杖は、おなじくらいの太さの棒、しばらく歩くうちに、あれ? と思った。楽なのである。大げさではない、2本足の私が、1本の杖を助けとして歩いているのではなく、私が3本足で歩いている、そういう感覚なのだ。いったん気がついたら面白くなって、何千歩か歩いてみた。
わかったことは、この枝が生木で、心持ち「しなう」ということだった。折れる心配がない太さ、充分力を入れて枝杖をつく、すると杖は、やわらかく、わずかにしなう。人工の杖は、道路から受ける衝撃を和らげるために先端にゴムのキャップをつけている。そうではなくて、全体が生き物のようにたわむ。心地よい疲れ知らずの散歩を堪能した。こういう杖を作って広めたら、すばらしいなあ、と思いました。
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スズメバチ

市街地を抜けて、やや開けてきた津久井湖のあたりまで走ってきた昨日のこと。空気もせいせいして、暑からず寒からず。1年のうちで気持ちのよいベストスリーに入るだろう季節、窓を全開にして走った。するとほどなく、なにかが運転席側の窓から飛び込んで、私の背中とシートのあいだに挟まってしまった。挟まった物の動く感触が伝わってきた。なにか生き物だ、とすぐにわかった。けっこう大きいのだ。ふと脇見をしたらデニーズがあった。迷わず入る、停める、エンジンを切る、ドアを開ける、そして出て車に背中を映してみた。スズメバチが、背中の真ん中あたりに止まり、お尻を丸くまるめて我が背中を刺そうとしていた。
瞬間、ひらめいたのはアナフラキシーショック。私は札幌で黄色スズメバチ2匹に刺されて入院したことがある。二度と刺されないように、と医師から注意を受けている身の上である。2度目に刺されたら、1時間以内にショック死するかもしれないのである。
このとき、実に不思議なことが起きた。私の左右の腕が背に回り、勢いよくハチを払ったのだ。ハチは飛んで行ってしまった。いったい、どうして腕がうしろに回ったのかしら? いてて、いてて、とつぶやきながら暮らしているのだ、棚の物も取れない痛い腕なのである。腕は、何事もなかったかのように、元通りの、いてて、いてて、腕に戻ってしまった。
私は、極度の緊張のあとに、脱力感に襲われ、呆然とし、目の前のデニーズで盛大に食べてしまった。
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アップル

スティーブ・ジョブズ氏が亡くなられた。謹んでご冥福を祈る。はじめからいままで、私はリンゴマークで生活をしてきている。パーソナル・コンピュータは、私の生活を革命的に変えた。
バラク・オバマ大統領の彼に送った言葉はすばらしかった。同じように私も感じた。そしてジョブ氏と同じように私も、「これが自分にとって最期の日だと思って毎日を生きる」という言葉が好きだ。実感として、このように思い定めて生きるようになったのは、やはり膵臓の手術後のことだ。
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梅ジャム

梅酒の梅の実でジャムを作った。蜂蜜を少し入れてミキサーにかけて出来上がり。庭に出たらモクセイの香り一杯だった。東の隣家はキンモクセイで黄色い花、西の隣家はギンモクセイで白い花。
一昨日、富士山に登った。登ったとは言えない、須走口の五合目まで自分の車で行っただけである。五合目までセンターラインのある舗装道路が通っていて駐車場も広い。有料トイレがあり山荘が2軒並んでいる。
江戸時代に、お江戸の冨士講の人々が出発点としたのは高井戸で、最初の泊まりは、八王子か大月だったという。後に麓の浅間神社が登山口となり、今夏、お山開きのときに白装束の修験者姿の人々が、ここから出発する姿を私も見た。このような登山では、五合目の山荘に泊まるにしても、一般の登山者は、車でやって来た五合目が出発点となるわけだから、山荘は土産物と昼食の店になっている。ここには、散策する人が多く集まり、なかでもキノコを探す人が多い。山荘、菊屋さんのお婆さんは、キノコの目利きである。誰彼が採って来たキノコを調べて、毒キノコを選別してあげていた。山荘で採ったキノコがザル一杯あり、手書きで、放射性物質は見当たりません。詳しく知りたい方は、と続けてHPアドレスが記されていた。この須走口は今月末で、冬期の通行止めに入る。津久井へ通じる道志道にある道志温泉は、今月10日で閉める。春の再開は4月。初冠雪の白い帽子をかぶった富士山の麓は、気候よりも気分が先に立って秋から冬へと歩き始めた気配がする。
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宅配ボックス

最近、宅配ボックスがついているマンションが増えてきた。留守中に配達された荷物は、この箱に収納してくれる。再配達のお願いをしないで済むことは、配達する側から見ても手間と時間、ガソリン代が助かるだろう。古い一戸建ての私の住処は、もちろん郵便受けしかない。あれって、便利そうだなあ。私も欲しくなったので、ホームセンターで屋外用の収納ボックスを買ってきた。これに南京錠がかかるようにして、玄関の支柱にワイヤーで固定した。箱に宅配ボックスと書いて、中に使用法メッセージと配達お礼文、それとハンコと南京錠を入れた。幅が90センチあるから大抵の物は納まる。一日にいくつも配達品があるわけではないから充分だし、安心していられるので気が休まるようになった。
この宅配ボックスの力もあって、こんどカードを作った。銀行の通帳とつながっているカードは、怖くて持つのがイヤだった。落としたらどうしよう、と思うと持つ気がしない。しかし、ネット通販の味を覚えた時点で、このカードの必要性をヒシヒシと感じるようになり、年齢を重ねるに連れて利用頻度はあがるものと思われた。いままでは、着払い、振込、郵便局で振り替え用紙を使う方法などを取っていたのが終わりになり、居ながらにしての買い物ができるようになった。黙ってパソコンを操作する、すると玄関前の箱に望みの品物が入っている、すごい世の中です。
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日めくりカレンダー

今回更新した日本の総理大臣が、ご挨拶訪米した。ところが相手は、挨拶はさておいて、いきなり本題に入ったと言う。これは予定外だったらしい日本側。おまけに通訳の時間を取り除いてみると、正味の会話時間はきわめて少なかったという。昨今、日本の総理大臣は繁く交代する。イギリスでは、これを回転ドアと揶揄していると聞いた。私は、日めくりカレンダーだ、と言いたい。年めくりカレンダー。あちこちの国へ挨拶まわりをして、さてこれからやりましょうか、というときに引きずり下ろされてソーリは「長老」となる。これでは、一回限りの安物ゾーリではないか。
じゃあ、北のお隣さんはどうしているかというと、親分子分が首相と大統領をかわりばんこにヤルという有様。もう、地球をバリカンで刈って洗って、新しい種まきでもして一新したらどうなの、と思ってしまう。
昨日、24日に富士山の初冠雪が観測された。北海道、羊蹄山が白くなるのと、どちらが早いか、ニセコの友人とメールし合っていたのですが、今年は富士山が早かった。こうして見ると、真夏の完全に雪のない富士山は、ほんの束の間しか見られないのでした。農鳥と呼ぶ鳥の形に見える残雪が消えて、まだ間もない富士山です。
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台風一過

台風一過青空、とはならずに、いささかもたつきながら気圧は正常に戻って行った。はじめて手に入れた高度計は、標高何メートルの地点にいるかを目盛りで見ることができるのだが、この計器は同時に気圧計を兼ねているので、台風接近の時は、針が「じわーり」と動いてゆくのである。今回の台風では、この針の動きを見るのが楽しみだった。975ヘクトパスカルまで下がった。晴れたら1000近くに戻っていた。
気圧が低い間中、私は古傷が痛んでいた。たくさんある古傷。そのどれもが痛むわけではない。外傷の跡が響く。映画で、各々の古傷を見せ合って自慢している西部男がいたが、傷は痛むものであり、自慢にはならない。私がいちばん往生するのは、犬に噛まれて断裂した薬指の修復傷である。まあ、取れちゃったのをつなげて頂いたのだから、多少残っている痛みくらいで文句は言えない。なくなっていたら、ガラから言ってもその筋と思われかねないのである。
話がそれて、逸れた先からまた逸れて恐縮だが、指の傷の痛みが5本の指それぞれにちがって感じられることをご存知だろうか。知っている外科医も少ないのであるが、事実であります。同じ程度の傷を5本の指がそれぞれに受けたとして、もっとも敏感に激烈に感じる指が薬指。鈍いのが親指。疑う向きは、お試しあれ。
本題に戻ると、台風一過の掃除は、すっかり晴れて地面が乾き、落ち葉も乾いたころ、つまり昨日、今日がよいと話したかったのです。濡れ落ち葉を掃くくらい、労多くして結果が出ない作業はありません。というわけで、今朝はさわやかに落ち葉掃除をしました。
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餃子

目の前にキャベツがある。フリーザーにひき肉がある。庭に伸びたニラの葉を眺めていたら、にわかに餃子を作りたくなった。記憶は頭の中だけにあるのではない、記憶は手にもある。頭が覚えていなくても、手が覚えている事があるものだ。無心に作っていたら100個になった。なつかしー。子どもたちが食べ盛りの頃は、100個餃子が定番だった。しかしのしかし。今現在の私が、これをどうするつもりなのか、それは記憶にはない。未経験の事柄は記憶にはないものだ。
突然、陶芸作家、河井寛次郎の言葉がよぎった。「新しい自分を見つけたい」。そうなのだ、新しい自分を拒否するのではなくて、否定するのでもなく、発見ととらえて、新しい世界を広げて行くことだ。
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綿摘み

台風の直前に、運良く綿の穫り入れをした。まだ毎日花が咲いているから、これからも穫り入れが続く。というと綿畑でもあるのか、と思うでしょう。プランター2つ、綿の木が合計5本。種を蒔いて育てたのが越冬できて今年2歳になったところ。根元は、しっかりと木の風情を見せて草ではないよ、と主張している。20個ばかりの真っ白い綿をあつめて、食卓の上で種を取り除いた。綿にくるまっている種は取りにくく、種取り器械を発明した人はえらいなあ、と思った。メレンゲのような綿で、ちいさなぬいぐるみができそう。本物の綿畑の綿は、何倍も大きいことだろう。
カラスウリの花は、残念ながら雄花だった。この野草は逞しい。乾いた細い蔓は強靭で、しかも繁殖する。いささかでも地面に触れようものなら、それが蔓の途中であろうが、おかまいなしに根を張り始める。うっかりしているとあっちもこっちもカラスウリ。
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我が姿

連休の週末に、中年になってしまった子どもたちが会いに来てくれた。やんや、やんや。そしてスナップ写真を撮ったりした。帰ってからメールで写真を送ってくれた。最近はプリントしないで画面で見る写真であるから、拡大も自由である。あら、いつ撮ったのかしら。知らない間に自然な姿を何枚も記録してくれた。うれしい、ありがとう。が、しかしのしかし、である。何枚見ても、どの子どもたちも、ありのままに撮れているのに、私だけが違うのである。どこがどう違うのか。一口で言うと醜いのである。シワだらけなのである。並んで立っている後ろ姿は、私だけが腰が曲がっているのである。どこの婆さまか、と目を疑う。
こんなの、私じゃないっ。やだやだ。見たくないっ。いくらヤダと言っても、それが我が姿であることは、誰よりも自分が認めているのだから逃げ場はない。
たまりかねて、仲良しに電話をして、縷々と訴えた。仲良しさんは言った、同じよ、みんなそうなのよ。だから写真を撮らないことにしたわ。
でも、それでは、ダチョウが砂に頭を突っ込んで隠れた気になるのと同じじゃないか。なにか解決策がありそうなものだが。
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湖一周

山中湖畔に立ったとき、一回りできたらよいなあ、と思った。一周13,4キロだと知って、夢見ることも夢だと身にしみた。というのは、大腿骨骨折以後、自分で自分をいたわっていて、使わないようにしている。折角買った歩数計も、1日に千歩以下のカウントで退屈そう。湖畔に立つたびに、不可能とわかってはいるけれど、ふと浮かんだ湖畔一周が思われて、ついに目標にすることに決めた。500歩歩いて500歩戻ればいい、これで1000歩。ここからはじめよう、少しずつ伸ばしてみよう。片道が1000になった。何日か忘れていて、また進む。片道が3000歩になった時は、これが限界と思った。が、何回か3000を繰り返していたら、物足りなくなってきた。歩数計を見るのが面白くなって来た。
やがて3ヶ月が経ち、私は1万歩歩けるようになっていた。村の郵便局、図書館に歩いて行けるようになった。そして9月に入ったある朝、ついに湖畔一周の挙に出た。5時半に出て、水を飲んだり休んだり、を繰り返して10時半に戻れた。ヨレヨレになって部屋にたどり着き、翌日もなにもできずに転がっていた。一週間後になって、なんともいえない喜びが湧いてきた。明るい清々しい喜びを味わった。友だちに報せたら、マラソン大会に誘ってくれた、歩いてもよい、2キロ、4キロ、6キロ。当日参加もできます。来年、参加してみませんか?
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PENクラブの会

昨夕は、ペンクラブの会合だった。馴染みのひと、初対面の方、話ができるのは、なんといっても嬉しい。大震災のこと、原発のことが、どうしても中心になってしまう。半年が過ぎたのだ、半年前の出来事だ、という感覚は、どこにもなく、むしろ、半年間を苦悩し続けている、そしてさらに、この苦悩の期間は果てる兆しもなく続くだろうという、重い感触が互いの間を埋めている。どう考えるか。考え方の基本が問われている。
書く人たちだから、自分自身を含めて、文字によって力を発揮することが、ほかの手段よりも得手だという、それだけの理由だから、行動によって力を発揮する人たちへの賞賛と応援の気持ちが、常に土台にある。
原爆記念日の、あの時間に、鐘を鳴らしましょう、という声をかけてくださった方に出会った。その鐘を鳴らすのはあなた。これはよいなあ、和田アキ子さんを思い出した。
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白鳥の話

白鳥、という言葉から、まっさきに思うのは、チャイコフスキーの「白鳥の湖」です。あの、美しいバレエの白鳥。本物の白鳥には、実はほとんど出会っていないのでした。
ところが去年、新潟県、瓢湖の白鳥を見ました。瓢湖に羽を休める渡り鳥の白鳥は、オオハクチョウとコハクチョウ。嘴の脇が鮮やかな黄色なので、すぐ分かりますが、「オオ」と「コ」の区別はむずかしい。単に身体の大小だけではなく、嘴の黄色の形に微妙な違いがあります。それはともかく、もと農業用の溜まり池の瓢湖で餌付けをし、白鳥など渡り鳥を歓待し、観光の目玉にしている。彼らは渡りの足場として瓢湖で寝泊まりし、また旅立って行きます。湖面が白くなるほどの大群が、ある者は群れて飛び、あるものは羽繕いをし、叫び、喚き、水面を駈け走り、勢いをつけて飛び立つ。元気よく、むしろ荒々しい雰囲気で満ちている。カメラを構える人間など、見向きもしない。ただ、時間を決めて大袋から投げ与えてくれる餌には目がありません。
今年、山中湖で私は白鳥を見つけました。これはコブハクチョウ。ボート場で聞いたところ、はじめ番(つがい)の羽を切って飼い始め、いまは50羽を超えたそうで、今年も雛が生まれて育っています。もちろん、観光の目玉の一つに育てようという目的です。親が、風切羽を切られていて渡りが出来ないから、生まれた子どもたちは渡りを知らないのだという話。なんという哀れな話だろう、親が手本を見せないと子は出来ないのだな。ところが調べてみると、コブハクチョウは、留鳥で渡りをしない種類だと出ていました。さて、どちらがほんとうかしら。
コブハクチョウは、嘴の根元がコブのように隆起しているので、この名がついているのですが、大きな特徴は、水面に浮かんでいるときに、羽を身体から浮かすことだと思います。いつもではないが、ときどき浮かせて泳いでいる。この姿が実に美しい。バレリーナのよう。富士山が映る鏡のような湖を滑る姿は、何度眺めても飽きない。ハクチョウは、自分の美しさを知っている、あの仕草は自分の美に酔っている!
「醜いアヒルの子」の物語で、自分の美しさに気づいた若い白鳥が、水面の自分の姿を眺めるところがあります。アンデルセンは、まさに同じことを感じたのだ、実際に白鳥を見て感じたのだと、私は確信しました。
ところが、餌の取り合いとなると、見えも外聞もない、どころか暴力的で、横合いから食べようと首を伸ばしたヤツの白く長い首を、嘴で挟むヤツがいる。大きな嘴だから、首をくわえてしまう形になる。こうなると獰猛で、バレリーナなんて言っていられない、乱暴なヤツ、です。
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野菜を買う

最近は、各地の道の駅や、産地直売の季節の野菜を買っているが、台風で足止めを食ったために、近所の馴染みの店へ行った。スーパーというより野菜と果物中心の店で、種類の多さと新鮮さで人気がある。客が多いから回転がよく、さらに新鮮野菜が手に入る。カートを押して一回りしたが、カートは、いつまでたっても空なのだ。途方に暮れたまなざしを山積みの野菜に向けて、空に近いカートを押す客たちとすれ違う。
これを風評被害と呼ぶのは、まちがいだ。政府が汚染度の基準値を、健康第一に毅然として設定し、揺るがない姿勢を示したら、人は信用する。しかし、一日も早く市場に出したい生産者と、甘い基準値にすれば、補償金が助かると考えている政府が協力して出荷する現状、これを見ていたら信用する方がおかしいでしょう。この汚染は、見えない、臭わない、味もない、何もないから忘れてしまう、しかし、畑の作物だけが汚染される農薬被害とはちがって、キノコなど山からの恵みがすべて汚染されたのだ。
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新内閣

5人も手を挙げて、柳の下のドジョウがソーリになった。大酒飲みのドジョウ。麻雀やってるつもりか。毎年ガラガラかき回して、新しいのが出てくるけれど、約物はなし、お前が大臣かい、とあきれるようなのが大臣だ、という。私は稲森さんの考えに近くて、政権交代に本気で期待をしたのだった。しかし、ソーリだかゾーリだか。もうどーでもよくなって来た。国民不在で自分たちだけが、なあなあでテーブルに両手を出してかき回している。どーでもよい、といったんは言うけれど、野田さんは増税と原発推進論者なのだ。経済界はもちろん、官僚も大歓迎にちがいない。だって、労せずして莫大なお金が入るのですからね。ただひとつクリアーしたいハードルが一般市民の考え方なのだから、どーでもよいと気持ちを投げ出すことは、罪悪に近い。今回の大災害に対して、ほんとうに向き合うのは、これからが勝負なのだ。
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大型台風

大型で強い台風が接近している。私は先日買った高度計を見つめている。高度計を買ったわけは、山中湖村が標高980メートルくらい、自宅が110メートルなので、往復のときに眺めようと思ったのだ。それと峠越えが好きなので、峠で標高を確認する楽しみもある。高度計は、気圧計をかねているので、昨日今日は台風による気圧の変化を眺めている。気圧計で見ていると、台風の接近に伴い、気圧の変化がはっきりと出るのが見える。
これほど違いが出て、始終変化もしている、そういう大気の中で生きていることは、それに身体がついて行かなければならないわけで、ずいぶん負担がかかっているのだなあ、と思った。この何日か、よく寝ているのに、一日中、だらだらと眠くてたまらない。足を引きずるような眠気のために、頭が働かない。雑事さえもはかどらぬ。やっぱりこれは低気圧の影響に違いない。気圧が上がって来たら、きっと目が覚めたように元気はつらつとするに違いない。
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カラスウリ

カラスウリの花が咲いた。あの朱色の玉子のような実、カラスウリの花は、純白の、夜の花です。はじめ、私は早朝に開くのかと思って朝の4時ごろに見たのですが、日が暮れて7時過ぎ、8時には開くのでした。
五弁の白い花びらの縁が繊細なレースのように広がり、数センチの花の周辺をヴェールのように囲むので、何倍もの大きさに見える。ワクワクしてカメラを持ち出す。三脚を立てるには暗いし、立てたところで上から覗き込むようにして撮らなければお皿のようにひろがったレースが撮影できないから手持ちです。残念。ボケました。翌日、思い切って花を切り、室内撮影に。
来年は、きっともっと見事な花になるはず、今年は、初めて咲いたのだから、咲いただけで拍手です。いや、実は、見たい撮りたい、のために、カラスウリの赤い実を山から取って来て、種を蒔き、育てて来た次第で、今年で丸3年、4年目に入ったところでした。雌雄別株なので、赤い実が成るか、どうかはまだわかりません。写真集に出しますのでご覧下さい。
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TVなし生活

本格的にTVのない暮らしがはじまって1ヶ月余り経った。総理大臣を選ぶなりゆきは、TVがあったら絶対見てしまったはずなのだが、ないものだから、ネットで結果を知るだけで終わった。
帰宅する。玄関からお勝手へ。お勝手へ入るとすぐにTVをオンにして、見ないのにつけっぱなしにしている。そういう暮らしが染み付いてしまっていたんだなあ、と気がついた。はじめのうちは、なにか忘れ物をしたみたいな、もの足りない空気を感じたし、部屋の中が静かすぎる、そんな違和感もあった。
日が経つに連れて、いままで頭の中をかき回されていたみたい、と振り返るようになった。TVの矩形の平面は、いったんオンにした瞬間から社会の窓となる。世界中の、今現在の動きが入ってくる。この世界に自分も生きているんだ、という現実感もくる。が、これは錯覚なのだった。旅にある時ではない、自宅で完全にTVのない暮らしというものをしてみて、私は貴重なものを取り戻すことができた、と感じた。音声と映像が始終、無差別に氾濫する空間に身を置くことは、汚れた空気を呼吸し、汚染された水を飲んでいるのと変わりないことなんだと、感じないわけにいかなかった。脳にとって、ずいぶんひどいことをして来たのだ。
私はたぶん、年末には1台のTVを買うだろう、あるいはチューナーにするかもしれない。でもたぶん、いままでとはちがった使い方をするだろう。ただでさえ働きの悪い脳が、これ以上汚染されないような使い方にするつもりだ。TVという器械が悪者なのではない、使い方をいいかげんにしてきた私が間違っていた、それだけのことなのだから。
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手縫いの心

小泉純一郎が現れて、抵抗勢力という言葉をおもちゃにした、あのころから報道の態度も変化した。国会の動向をワイドショウで扱うようになり、議員、あるいは元議員の一部はタレント化した。いままた、総理大臣の椅子に誰が座るのか、という日本にとって大切な問題を、大災害の危機的状況の中にあるにもかかわらず、ぶっつけ本番のリアルドラマ仕立て。出演者たちについての下馬評も、誰それはルックスがマイナスだとか、悪役面だから損しているとか、報道の姿勢の低劣さも底なし状態。TVショウを見ている人たちは、政治家の名前と顔を覚えただけで、中身をどれほど吟味しているのだろう。
しかし私は、去年は湯沢に住み、いま山梨の一村に暮らしてみて実感していることは、こんな御託を並べる私など、ゴマメの尻尾にも当たらないということだ。政治家も、そして村の人たちも、はるかに私の先を行っている。私の手の届かないはるか遠くにいるのだし、全然ちがう物差しを使って世の中を測り、実生活に使っている。累代の土地に密着した、こうした感覚は、いわゆる東京周辺のベッドタウン生活からは、想像し得ないものがある。
思いあぐねつつ、私はお裁縫をした。タンスの底からみつけた布地でワンピースを縫った。針1本で、型紙なし。さっそく野菜買いに着ていったら、同年輩の人から、いいねえ、と声をかけられた。いいかしら。とたちまち浮かれる私。いいよ。後ろ見せて。ゴム入れたの、と私。ちょっと、おいでよ。この人、これ縫ったって。あっというまに何人か集まった。やっぱ、手縫いがいい、そうだよ、手縫いのって、疲れないんだよ。肩こらない。次第に健康の話になって、土地の人たちと、やんやと盛り上がった。こういうときの心は、ぴったりひとつなのだ。
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久々の雨

早暁から本降りだった。8月末になると暑さ疲れがでて、身体を動かすのもおっくうになる。そんなときの雨はありがたい。この夏はセミが鳴かない、などと噂が飛び交っていたが、この時期に入るとアブラゼミ、ヒグラシが賑やかに登場して、地震のせいで出ないのだ、というまことしやかな噂を払拭させた。総理大臣が交代するらしい。だれが立候補するか、誰が誰と会って何を話したか、などと政界の噂話がニュースになっている。高速道路で自動車事故、子どもが放り出されて即死だという。こうしたニュースがトップに出て、ツナミで苦しんでいる人たちのニュースは、もはや「いつもの話題」として沈静化してしまった。
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報湖祭

8月1日に山中湖報湖祭が開かれた。報湖とは,山中湖畔に住み、湖と富士山を大切にし,好んでいた徳富蘇峰がつけた名で、湖に感謝を捧げる祭りである。日増しに暑くなった富士山北麓から眺める山頂近くの農鳥......鳥の形に見える残雪......も、ほとんど形をとどめなくなったこの季節の、富士五湖花火大会トップを飾る花火大会だ。五湖中、もっとも大きく、もっとも高い標高、約980メートルに位置する山中湖は、壮大な逆さ富士の水面をハクチョウが滑る絶景の場である。祭の数日前から静かに沸き立つ4地区の人々。湖を囲んで山中、長池,平野、旭が丘の四つの地区があり、どこからでも花火を楽しめる。
今年は,例年とは違った。皆の胸に東日本大震災がたたまれている。湖畔のボーリング場では、この日のために大きなボーリングピンのペンキを塗り直した。真っ白にして赤い線をいれ、縦に大きく「がんばれ日本」と記した。その下にへんてこな形をべた塗りで入れてある。なんだろう。わからない。聞いたら、クジラのシルエットなんだという。なんでクジラ。え〜、当たり前でしょ,山中湖って、クジラの形してる。いつもなら歌謡ショーで賑わう前夜祭だが、今年は鎮魂の花火でもあるのだ、ショーはなく、かわりに花火の数を増やした。
当日は昼過ぎには席とリもたけなわを過ぎて、駐車場は満杯、屋台は張り切り、用意万端怠りない。義援金募集、富士山とがんばれ日本の白抜き文字を入れたカンバッジは300円。この売り上げも被災地の子どもたちの教育費に贈られるのだ。
曇天に重い霧。寒いほどの風が湖面を渡ってくるが、煙る花火は、幻想的で美しかった。大玉のスターマインの上半分が雲に隠れて、五色の光が枝垂れ落ちるさまを眺めて、私も東北の魂へ祈りを捧げた。
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コレステロール ゼロ

道志道にある水場の一つで、一山いくら、にして並べて売っているキュウリ、茸、玉子を買った。取れ立てのキュウリ。玉子1個100円、という。すかさず私は大声を上げる、わ、高いじゃない! すると、ゆったりと構えた村の女性、私と同年輩に見える人が、だってコーチンだもんね、と返した。名古屋コーチン。そうか、んじゃ、毎日生まないわね。毎日どころか、4日に1回だ。毎日生むレグホンに比べりゃあ,これだけだって4倍だ。 それに、と名古屋コーチンの主は続ける、雄鶏も飼ってる、つまりこれは有精卵なのさ。掛け合いは続いて、私の番になった。じゃあ、雄鶏のえさ代も1個の玉子に入る計算。そうそう。有精卵てね,コレステロールがゼロなんだからね。え、と私は返事につまづく。普通,知らないけどね,有精卵は薬を作るのに使うのよ。ワクチンを作るほどだから、コレステロール、ゼロ。これって、どういう理屈。
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前に書いた「道の駅 富士吉田」の水は,富士山の雪解け水が地下にしみ入り、60年から80年を経て、いま、飲み水として汲み出されている。忍野八海では、いまでも湧き水が池底から豊かに湧き出しているが、富士吉田の地下水は、いまはモーターで上げている。数個並ぶ蛇口のうち、1個を残して昼だけで停めてしまう。
この地下水とは対照的に、道志川の水は表層水だ。一口で言えば,普通に流れている川の水である。この水は,古来非常に尊ばれた水で、私はまったく,内容を知らないけれど、船に積んで赤道を通過しても,道志の水は腐らないと言われている。この水場は、「道の駅 どうし」にあり、山中湖から相模へ抜ける道志道(どうしみち)添いに,何カ所かの水場がある。いずれも、村の人たちが力を合わせて高い山奥の水源から麓まで引いて来た,手のかかった水場である。たまたま発見したかのように喜んで,だまってタンクにいくつも汲んで行く人たちが増えたが、その傍らで野菜や玉子を売る村の人に、ありがとう、の一声をかけて欲しいと思う。
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地デジ

地デジ、地デジとさんざん聞かされて、TV画面の下にも出ていた「地デジ」が、ついに消えた。最後の何日間となったら、カウントダウンをしていた。居間のテレビと台所のテレビが映らなくなった。車のナビについているテレビも、アナログだった。我が家のテレビは、これで全部だから、全部映らなくなった。
朝起きると、まずテレビをつける。ただいま、と帰宅すると、とりあえずつけるのは、テレビ。何十年ものあいだ、テレビに振り回されて来た、と思う。一方、今回の大震災でも、テレビのお陰で現場の惨状を知ることができたのだし、テレビのお陰で世間を、世界を身近に見せてもらってきた。これから先は我が家のテレビは、DVD専用として働いてくれる’。
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天満宮の祭が14,15,16の3日間にわたり催された。場所は山梨県山中湖村の平野というところの天神様。山中湖に面した平野は、昔は一つの村だったから村祭りである。私は、意気込んで見物人として参加した。
初日は、夕刻、七時に天満宮から御神輿に乗った神様が御旅所へ出発。二竿の花笠、山車、男児神輿、女児神輿、幣帛神輿、そして本神輿が動き出す。御旅所に一泊された神様は、二日目の午後、同じ行列を先に立ててお帰りになるために、午後3時に御旅所を出発した。村中の道祖神や本家をはじめ何軒もの家々を巡り、その前で獅子舞が笛と太鼓で舞うのだが、これが長い。御神輿は幣帛神輿とぶつけ合い、盛大に揉む。たいへんな迫力だ。傍らの家々は、空き地にテーブルをいくつも並べ、盛大に饗応する。宮司さん、村長さんが常に皆の間にいらっしゃる。幣帛神輿を担ぐのは、村の若い衆、本神輿は、今年厄年の男たちが担ぐ決まりになっている。子ども神輿を担ぐ子たちは、小学校はお休み、皆大きなリュックを背に、揃いの法被姿である。酒の出る大人へのお振舞いとは別に、子どもたちは行く先々でカンジュースと袋菓子を貰う。4時5時、6時。神輿の行列は完全に酒に浸り切っているが、まだ先は長い。ちいさな村であるが、小道はたくさんあるのだ。子どもたちのリュックが丸々とふくらんで日が暮れ、やがて真っ暗になる。
天満宮の境内に行列が着いたのは夜も更けた十時半を過ぎていた。煌煌と照らしていた照明が突然、消えて真っ暗闇となる。宮司様の祝詞が聞こえて、ここで神様が本殿に戻られたとわかった。本殿脇の土俵が、すでに清められており、ここで相撲が奉納された。山車を引いて来た紅白の綱を若い衆が手に手にほどき、広げて相撲の「まわし」とし、紅白に分かれて相撲を取った。相撲を取るのは神輿を担いだ厄年の男たちである。前厄、本厄、後厄がいる。子どもたちも大人に交じって応援の歓声を上げる。やがて優勝者が大関となった。弓取り式が終わり、女たち、子どもたちはお開き、男たちは、大関の家に大急ぎで駆けつけなければならない。祝いと厄落としのためであるが、12時前に大関の家に着かなければならないきまりがあるのだ。
最後の日は、「悪魔っぱらい」の行事がある。これは昼間だけに行う。奇怪な面と衣装のものが、その年の祭りのために、あらかじめ決められている個人の家々を訪れて、悪魔を払う儀式であるという。これは個人の家の中で行われる行事であるし、閉じられたもののように感じられたので遠慮して、先の2日間を完全について回った。見てもらうのは嬉しい、と私は顔を覚えられて、サンドイッチやおにぎり、スイカと行く先々でごちそうになってしまった。いや〜、姿のいい若い衆集めたもんだね〜。集めたんじゃない、この土地のもんばかりだ、飲みなよ、飲みな、これ食え。
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梅雨明け

昨夕、友だちと長電話をした。暑いわねえ、そろそろ梅雨明けじゃないかしら、と私。昨日かしら、明けたわよ、と友だち。知らなかった。この夏は電力不足で日本中が節電をしている雰囲気がある。その一方、節電は原発推進のために、原発がなくなると電力不足になりますよ、ほーら、このとおり困りますよ、という宣伝なのだ、ともささやかれている。これは計画停電を実施した当初から言われていることで、事実は一般の人には分かりにくい。このような情報を流してくれるメディアの筆頭、テレビは、電気情報も伝えていて、いかに節電すると効果があるかも喧伝する。もうひとつのメディア、ネットでは、テレビが節電してみせたらどうなのよ、と姦しい。
テレビの節電は大賛成。だって、見ない方々にはわからないでしょうが、見てみると見ていられないことがわかる内容なのです。事件災害などの緊急報道がないときは、だれそれが結婚する、離婚する、子が生まれた、どうしたこうした。これが見たことも聞いたこともない顔と名前の軽々しい雰囲気の人たちの出来事であり、彼らの間だけで浮かれている。このような映像を流されても、どうしようもないのである。節約以前の問題で、オフにするしかない。NHKの女子アナが、自分自身の大事件、婚約について報道番組で発言した、こんど婚約発表するんです、どこそこで、何日に。びっくりした私は身を乗り出して見つめた。彼女が結婚する! それに驚いたのではない、女子アナの低劣で、分をわきまえぬ根本的精神に愕然としたのだ。相づちを打つ相手のアナも同列だ。これは3.11の直前であったので、よく記憶している。
今日は暑くなりそうだ。朝、7時半のいま、すでに30度を超えている。
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