文房 夢類
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猫の散歩

富士猫の散歩とも言えない朝夕の散歩。
フジちゃん散歩よ、と声をかけるまでもなく、手にハルターを持った私を眺めていた富士は、玄関の三和土に走り降り、ドアに両手をかけて立ち上がる。それを抱き上げてハルターをつけ、ドアを開く。富士のワクワク散歩の始まりだ。

猫の習性だろう、どれほど待ちかねていたとしても、いきなり飛び出すようなことはしない、内側にいて表の気配を伺う。
大丈夫だな、と確かめてからドアを出る。この、人任せにはしない態度は見習う点の一つだろう。
アイヌ犬の千早が懐かしい。さあ、行きましょうねっ ドアの鍵をかけるのを辛抱強く待つ千早。何秒とかからない鍵をかける時間でさえも、足踏みするほどに待ち遠しい。
行く手に目を放ち進む、勢いの良い足取り。時折見上げてきて、ニコッとする可愛さ。千早のおかげで私は長年の偏頭痛が消えて足腰が丈夫になったのだ。

しかし猫の富士は、家の前の道に出るなり座る。とても行儀の良い座り方で、前足を揃えて長い尾を体に沿って巻きつけるように整え、猫背スタイルで座る。私はドアの鍵をかけず、電子ブックを持って出て、玄関前のスツールに腰掛けて本の続きを読み始める。
富士は、右から来る人、左から走ってくる車、自転車、親子連れ、通るものを眺めている。時には10分も20分も、何も通らない時もある。それでも富士は丸い目を見張って眺めている。これが富士の、朝夕お楽しみの時間だ。
これに外猫のマルオが加わる。マルオはもう、だいぶ高齢になり、ほとんどの時間を庭のハウスで寝て過ごしているオス猫だ。富士が赤ちゃんの時からよく知っているが、だからと言って親密な関係ではない。よく猫同士がくっついて眠っている写真を見るが、毛の一筋も触れ合ったことがない。互いが疎遠を好むのではない、富士が避けているので、マルオは遠慮しているという構図。が、並んで道に座ることは問題ないらしい。一方が、素早く右手を見る、一方も右手を見る。左に目をやる、必ず、もう一方も、すぐに左を向く。わかったことは、マルオが先に視線を向けることだった。富士は一拍遅れだ。そしてふたりの視線の先には必ず、犬連れの人、あるいは道に降りたカラス、スズメ、時にカートを曳く女性の姿などがあった。何も見えないのに揃って見つめることも多い。つられて眺めていると、必ず何かが、誰かが現れるのだ。私が気づくのは、いつもマルオと富士の後ではるかに遅い。
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