文房 夢類
文房 夢類
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カマキリ

急に涼しくなり、今朝は雨も上がり、フウセンカズラがすっかり黄色みを帯びて、緑の風船より茶色の風船が目立っているのを眺めた。本生りの風船から来年用の種も取り入れたことだし、このへんでおしまいにしても良いと思う。この秋はペンキ塗りの仕事も控えていることだから、手早く片付けてしまおうと心づもりをしながら眺めていたら、小さな蜂、緑に光るコガネムシなどが集まって、まだ咲き続けている小さな白い花に群がっていた。フウセンカズラは虫たちにとても人気がある。寄るに任せているから賑やか。常連のカマキリがいたのは結構だが、なんと中学生程度の育ちようだった。この先、倍くらいの大きさまで育ってくれないと困る。というわけで、フウセンカズラはたぶん、ペンキ塗りが終わるまで虫たちの出入りする館となっていることだろう。

富士と眠る

体調が優れない。足腰の動きがマリオネットのようで、しかも痛む。眠っても1時間ほどで目が覚める。足が吊るというのか、スネの筋肉が緊張して材木のように硬くなってしまう。寝る前にお薄の茶碗に梅干しを入れて、熱湯で満たして飲んだ。あれか、これかと逃げ道を探すのである。
小寒いほどに気温が下がり、布団を掛けて寝たら、まあ良い気持ち。今夜は痛くなりませんように。うとうとしたら、ふとんを掻く気配がして富士が潜り込んできた。私の脇腹に背をつけて眠ってしまった。ゴロゴロ響きが伝わってきた。猛烈嬉しい気持ちで満たされて、有り難いことに一度も目を覚まさずに朝を迎えた。今日は良い日になりそう。

マッシュルーム・ウィード

この夏のはじめに、マッシュルーム・ウィードという水草を買った。高さが15センチほどで、マッシュルームと同じくらいの大きさの丸い葉が伸びている。小さなポット苗。見たこともない初めての種類なので、3つに株分けをして違う環境の3カ所に置くことにした。
この知恵は、ターシャ・テューダーがやっていた方法で、新入りを迎えたときは、3カ所に分散して植えてみるのだと書いていたのである。私が一番に最高だ、と考えた場所は、二階庭だった。ベランダと言うには少し広い庭のようなもので、抜群に日当たりが良い。風通しも良い。2番目がメダカが棲んでいる壷で、南側の庭先にある。3番目が北側の玄関前の池。池というのはおこがましい、雨水の溜まっているA4サイズの穴である。
それぞれに目を掛け、手をかけて8月の終わりが近づいたいま、3カ所に分けて良かった、とつくづく思った。
結果は、予想とはちがっていた。「育て方」の札にあったとおりの、風通しの良い、日当たりの良い場所、である二階のベランダの苗は、息も絶え絶えの貧弱な姿。細い茎、小さな黄色みを帯びた葉。溢れるほどの花のついた数多の茎。花は目立たない白い小さなものだが、子孫を残そうと必死になっている姿である。どんな植物でも、枯れそうに弱ってくると花芽が増える。雄花と雌花がある花では、雌花が目立つようになる。次世代に命を繋ごうとするのだ。
さて2番目がメダカの壷だった。だらけており、長く伸ばした根茎、壷から溢れる葉には苔がついてしまい、半分ほどは茎が溶け始めていて、捨てなければならなかった。そして枯れるかなあ、と初めから諦めながら入れた北側の穴では、穴が見えなかった。生き生きとして濃い緑の丸い葉が盛り上がり、葉は艶やかに光っている。もっと場所が欲しいと根茎が門扉のほうへ伸びている。
ターシャの言うとおりだった、こっちが理屈で考えるより、本人に聞いた方が確かなのだった。

朝5時、朝日が射した。久々に美しい夜明けだった。振り向いたら西空に虹があった。それは一軒向こうの家の屋根の真上かと思うほど間近に懸かった虹だった。それは、初めて見る幅広い虹で、ながさは非常に短かった。虹色の一色一色が太く、濃い色だった。太陽の光と地球の水が作った、すばらしい色だった。

8.15

昨夕、安倍晋三が戦後70年談話を読み上げるのを聞いた。彼は、ただの一度も、私は、と言わなかった。私たちは、と繰り返したのみだった。前の村山、小泉談話は2000字足らずだったが、今回はひどく長かった。感じたことは、何人かが頭を寄せ合い、慎重に吟味してまとめていったのだなあ、相談の結果、これも足らぬ、これも入れようとなって長くなったのだなあ、ということだった。今更言わなくてもいいようなことが並び、具体的な目玉はなかった。で、結局何が言いたかったの? という全体像になっていた。こんなことを並べるだけなら、談話なしのほうが、スッキリしたと思った。
そのなかで、あ、これはご本人が言いたい唯一のことかもしれないな、この部分は、相談者たちの文ではなく、もしかすると最終原稿を受け取ったあとに安倍晋三自身がつけ加えたのかもしれない、と感じた部分があった。「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という部分だ。
中国と韓国が、ことある度に謝罪をしろと言いつのる事に対して、いったい何度謝ったら気が済むんだ? という思いを抱えていたが故の、この一行だろうと推測した。
子どもの喧嘩じゃないのだ。これは言ってはいけないことだった。皮相な見方、浅薄な人間性が丸出しだ。また、宿命という言葉は、このように用いてはならない。
筆舌に尽くしがたい暴挙を受けた側が、もういい、と心から思うまで、思うことはないだろうが、とことん誠を尽くすことしか、道はない。
私は菊池寛の小説『恩讐の彼方に』を思い出す。日本という国が、いつ何をして今に至るのかを、良い事も悪かったことも、事実をすべて伝え継ぐべきだ、先々の世代にとって、このことは生きてゆく上の土台であり、国際社会へ向けることのできる唯一の顔だろう。これほど浅はかで思慮のない、愛情もない、度胸もない、我執に囚われている者を、国の代表者として表に出している日本国民の一人として、私は恥じ入っている。
私は洋の東西を問わず、あちらこちらで、下劣な行動をする個人、組織に出会い、怒り心頭、口惜しい思いをしたこともある。それと同じ以上に、尊敬する態度、見上げた行いに出会ったことが多々あり、むしろ忘れられないのは、良い事を受けた経験のほうなのだ。
日本が一方的に悪行を重ねてきたとは考えて居らず、たとえば植民地支配をしたときでも、ずいぶんと土地の人々のためになるよう、良い事もしたのだ。未来永劫、謝罪をお経のように繰り返すなどは、どこの国がするにしても愚の骨頂だと思う。それはしてはならないし、受けるも愚かしいことだ。なぜなら、そうした言葉は、もはや形骸化しいる故だ。形式に押し込めないためにすることは、繰り返すが事実をすべて知り、学び、その上で堂々とした国格を養い、良い行いを積み重ねて行く事だと思う。

富士の気持ちはわからない

小雨の朝。窓々を開けて網戸にした。湿気は強いが暑さ疲れが脱けてゆく。まずはコーヒーのための湯を沸かし、その間に富士と外猫のマルオにご飯をあげた。マルオは網戸の外で食べ、富士はお勝手で食べた。今朝は雨だから洗濯はなし。と、網戸越しに南の庭を眺めている富士の黒い背を見たあと、私は富士を忘れていた。あら? 富士はどこ? となったときは2時間以上も経っていた。ここで外を眺めてたんだ、と見たら、網戸に大きな穴が開いていた。網を食いちぎったのではない、たぶん頭で網を押したのだろう、周囲のパッキングが大きく外れていた。
出たか。驚きはしなかったが、無事に戻るか、戻らないかわからない事態に、これからの時間を費やす決心をする。戸締まりをする。富士のピンクのハルターを持つ。雨が降っているが傘はささない。富士に対しては経験はないが、マルオは私が傘をさしていると恐れて逃げ去るのだ。帽子をかぶって帰宅したときも、呼んでいるのに怖がって逃げた。マルオが特別なのか分からないが、帽子やカサは猫を掴まえるときにはよくなさそうだ。これに引き替えカラスは利口で、ちがう服を着ても、傘をさしても、確実に人を見分ける。ごまかせないのがカラスである。犬は見て憶えるのではない、匂いで記憶する。いちど会ったら、一年後に再会してもしっかり憶えている。これが犬だ。犬の記憶、カラスの記憶。猫は、何によって、どの程度記憶するのだろう。あるいは憶えていないのだろうか、私はまだ、猫について知らないことが山のようにある。
家を出る前に、既に私は疲れていた。暑さ疲れがどっと身体に被さってきた。とぼとぼと歩き出したら、市民農園の方角から身体の大きな黒っぽい猫がのし、のし、と濡れた舗道をやってきた。実に偉そうな態度だ。見たこともない猫だった。立ち止まって見つめていたら、我が家の庭へ入ってゆくではないか。マルオが使っている猫道を抜けて入ってゆく。最後に長い尻尾が通り過ぎたとき、私は飛び上がった。見慣れた尻尾だ、あれは富士じゃないか? まさしく富士だった。無事だった。怪我も汚れもなかった。抱いてきてリビングに置いたら毛繕いを始めた。食後の一休みです、といった感じの平穏な顔つき。どうなっているんだろう。何なんだろう、あの偉そうな歩き方は!

川内原発

九州電力は今日の午前、川内原発一号機の原子炉を起動して、再稼働させる。今日まで約2年間、日本は原子力発電を使わないで暮らしてきた。それが今日、逆行して再稼働させる。政府寄りのメディアは、これに対して極小のニュースで目立たぬように配慮し、反対のデモ、それも地元だけではない、全国民の反対の心が集結しているデモをほとんど報道しない。一方、東京新聞では川内原発関連として、福島の原発避難区域の介護利用が際立って増えている現状を、介護費用急騰とあわせて報道、吟味している。
小さな島国の日本国で、九州の原発も北海道の原発も、国民全体が関わる深刻な問題なのに、政府の後押しのもと、電力会社はじわじわと我欲の行動をとり続けている。そのありさまは、人混みの中で沈黙したまま、無表情で、じわじわとまわりの人を押しのけて前に進む人のようにみえる。
矮小な議員の失言に説明や取り消しを求める人々は、電力会社に対して明確な説明を求めるべきなのに、なにも言わない。いったい、この情況は失望して終わりでよいのだろうか? なにかすべきではないか、私ごときゴマ粒一粒であっても。湯沸かしポットを止めたが、これっぽっちでは、何万分の一のゴマにもならないが、諦めたら、その瞬間に敗北が決まる。関心を持ち続けて、若い人たちに応援の声を上げ続けよう。

猫と犬

お気に入りのサマーセーターを調べていたら、猫がついているセーターが何枚かあった。大きなボブキャットの顔や、ネックレスをしたオレンジ色の猫とか。探したが、犬は一匹もいなかった。元来私は「犬さま、命」だから犬関係の模様が沢山あってよいようなものだ。でも持っていたのは猫とトラ。
しばらく首をひねったが結論が出ました。つまり猫科の動物について、私は寛容なのだった。山猫も家猫も、ヒョウもトラも、みんな受け入れる。犬は、犬種によりさまざまな特徴を持っていて、そのなかの特定の犬種が好みなので、あらゆる種類の犬を受け入れるわけにはいかないのだった。可愛いとは思うけれど、プードルやパピヨンのついた服を着る気持ちにはなれない。実は日本犬が好みで、なかでもアイヌ犬がよい。じゃあ、アイヌ犬だったらホワイト家のお父さんいいでしょ、となるかと思うが、そうはいかない。白いアイヌ犬はいるけれど、あれはごく一部で赤犬が多い。私の好みは、いかにもアイヌ犬らしい赤犬だ。しかし赤犬のアイヌ犬でもダメで、私の相棒の千早でなければ私は受け入れられないという哀しき心情である。じゃあ、千早の写真をプリントしたらいいでしょ、となるかもしれない。そんなことができるはずがない。大事な千早をシャツにプリントして着て歩くなんて、勿体なくてできません。というわけで犬がいないわけが分かったのでした。

お気に入りの服

行きたいところがある。あっちにも、こっちにも行きたい。でも家から出ない。何故って、暑いから出たいが出られないのだ。
家にいると洗いざらしのTシャツばかり着ていて、お気に入りの服、と言うほどのものではない、似たような夏のシャツだけれど、大事にしていて着ない。それで夏が終わってしまったらどうなのよ。というわけで、掃除洗濯など一通り終わったところでお気に入りの身なりに着替えることにした。たいしたものではない、ありきたりのサラサラバギーパンツにフレンチスリーヴのニット。
いつもはポニーテイルをまとめて団子にしているのだが、下ろしてクーラーを効かせた。気分一新、何事もないのに浮き浮きしてきた。幸せとはこんなものだろう。

熱死したメダカ

連日猛暑で、明治時代に観測始めて以来の5日間の猛暑日は、昨日で7日に伸びて記録更新となった。今夏は富士ネコが網戸越しに外を眺めたがるので扇風機で過ごしていたが、あっけなくエアコンに頼ることになった。昨日の富士は網戸越しにセミを産まれて始めて見て興奮していたが、結局暑さに負けて二度も戻してしまった。
家の中は、こんな程度だけれど外にいるメダカがかわいそうなことをした。3つの壷に入っているメダカたちのうち、肩口まで地中に埋めてある2つの壷では、メダカたちは元気一杯。ところが玄関先に置いた壷はコンクリートの上に立っている。日陰になるマッシュルーム・ウィードという水草を入れているが、手を入れてみたらお風呂の湯の温かさだった。40度以上あるなあ、と氷を入れて傘をさした。そして今朝、餌をやろうとしたら全部死んでいた。ふと、途方に暮れた。手を尽くしたが、という感覚。
途方に暮れる、という感覚を抱えて私は、アフリカの大地の広域にわたる旱魃の亀裂を引き寄せ、今も消えないカリフォルニアの山火事を引き寄せた。

夏の楽しみ

どういうわけか、暑い盛りに服を縫う。中学生の夏休みにギャザースカートを作ったのがきっかけで、スカートとか、簡単なワンピースなどを縫うのが楽しみになっている。私は衝動買いはしないほうだが、素材には手が出てしまい、毛糸、布地をみると、どんどん夢が膨らんでいって、買おうっ、となってしまう。家に着いたときには夢は消えていて、素材が溜まってゆくという次第。いまは物を減らすのに一所懸命になっているから、溜まっている布地を使って作ると言う、一石二鳥の手仕事。一昨日から縫い始めた襟なし袖無しの、ピナフォーみたいなのが今日出来上がる。これをTシャツの上に着るつもり。
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