文房 夢類
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富士の気持ちはわからない

小雨の朝。窓々を開けて網戸にした。湿気は強いが暑さ疲れが脱けてゆく。まずはコーヒーのための湯を沸かし、その間に富士と外猫のマルオにご飯をあげた。マルオは網戸の外で食べ、富士はお勝手で食べた。今朝は雨だから洗濯はなし。と、網戸越しに南の庭を眺めている富士の黒い背を見たあと、私は富士を忘れていた。あら? 富士はどこ? となったときは2時間以上も経っていた。ここで外を眺めてたんだ、と見たら、網戸に大きな穴が開いていた。網を食いちぎったのではない、たぶん頭で網を押したのだろう、周囲のパッキングが大きく外れていた。
出たか。驚きはしなかったが、無事に戻るか、戻らないかわからない事態に、これからの時間を費やす決心をする。戸締まりをする。富士のピンクのハルターを持つ。雨が降っているが傘はささない。富士に対しては経験はないが、マルオは私が傘をさしていると恐れて逃げ去るのだ。帽子をかぶって帰宅したときも、呼んでいるのに怖がって逃げた。マルオが特別なのか分からないが、帽子やカサは猫を掴まえるときにはよくなさそうだ。これに引き替えカラスは利口で、ちがう服を着ても、傘をさしても、確実に人を見分ける。ごまかせないのがカラスである。犬は見て憶えるのではない、匂いで記憶する。いちど会ったら、一年後に再会してもしっかり憶えている。これが犬だ。犬の記憶、カラスの記憶。猫は、何によって、どの程度記憶するのだろう。あるいは憶えていないのだろうか、私はまだ、猫について知らないことが山のようにある。
家を出る前に、既に私は疲れていた。暑さ疲れがどっと身体に被さってきた。とぼとぼと歩き出したら、市民農園の方角から身体の大きな黒っぽい猫がのし、のし、と濡れた舗道をやってきた。実に偉そうな態度だ。見たこともない猫だった。立ち止まって見つめていたら、我が家の庭へ入ってゆくではないか。マルオが使っている猫道を抜けて入ってゆく。最後に長い尻尾が通り過ぎたとき、私は飛び上がった。見慣れた尻尾だ、あれは富士じゃないか? まさしく富士だった。無事だった。怪我も汚れもなかった。抱いてきてリビングに置いたら毛繕いを始めた。食後の一休みです、といった感じの平穏な顔つき。どうなっているんだろう。何なんだろう、あの偉そうな歩き方は!
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