September 2020
再びメダカ
26-09-20 11:53
あまりにもショックが大きすぎて、その日のうちには何も言葉にできなかった。
書かなければならないものが山積しているが、その、どれにも気持ちが行かない。
打ちひしがれて台風10号の成り行きを眺めていた。さして大きくはない秋台風の余波、長引く小雨の続く昨日今日、部屋の模様替えなどに気を紛らわせたのちに書こうという気力を奮い起こしている。
メダカの事件である。相手はハシボソカラスである。
早春以来のひきこもりの日々の中で、欠かさず続けてきたのが散歩だった。
散歩は、猫の富士と共にする。というか富士のための散歩の時間だ。朝夕2回、1回につき約3,40分。
散歩よ、とリードを持つと玄関の三和土に走り降りてドアに向かってまちかまえる富士。
ハルターをつけて玄関前の道に出る。ここからが犬の散歩と異なる行動で、道の真ん中に正座して動かない。元野良猫、今は外猫として衣食住を見てもらっている老猫のマルオが庭から現れて、この散歩とも言えない状態に参加する。
自転車が走り去る、人が通る、もちろん犬の散歩が多い。毎日の出会いで慣れてしまった犬たちとの目線交流、いつも優しくしてくれる人に寄り付いて撫でて欲しいと催促する、こんなことが醍醐味らしい。
その間私は立ちん坊だ。が、思い直して家の前を行ったりきたり、自分のための運動をしている。
気持ちが良いのは早朝だ、つい先ごろまでは4時半から5時には道へ出ていた。
この時間帯にはコウモリが彼らの宿へ戻ってくる。明けつつある空に、細かい方向転換を繰り返しながら飛んできて、一瞬のちには暗い軒下へ消えてしまう。入れ替わるように飛ぶ黒い鳥はカラスで、これは直線飛行だ。
最近、この一帯に居ついているのはハシボソカラスで、彼らの声は濁ったガラガラ声だ。頑丈で太い嘴のハシブトカラスとは以前に付き合いがあり、彼らはよく通る澄んだ声の持ち主だった。
台風9号が近づく前の早朝のことだった、起き抜けにビオトープのメダカたちに餌をやり、3時間後に次の餌をやるために、夜じゅう被せておいた覆いをはずしたまま猫の散歩に出た。この時期にたくさん食べて体力をつけ、冬を越してもらいたい。
もう、ここまで来たらお分かりのことと思う、たった3時間と思って覆いをはずしていたために、カラスにメダカを食われてしまったのだ。
コウモリが吸い込まれるように定宿に消えたのと入れ替わりに現れたハシボソが、私の斜め前の電柱に来て声をあげた。その声は、仲間を呼ぶ声だった。おーい、おいで! そう言っていた。私はカラス語を幾つか知っているのでわかった、食べ物があるよと言っていた。
おかしいなあ、今日は水曜でしょ、ゴミ出しゼロの日じゃないの。ゴミ場所には何もないはずだと私は思った。
ここで気づくべきだったのだ、ゴミじゃなくてメダカを意味していると、ピンときてしかるべきだったのだ。
しかし私はコウモリが、たった1匹の寂しい暮らしだったコウモリが、この夏の間に4匹に増えたことが嬉しくて、観察の方向が偏ってしまっていた、私はカラスの声を聞き過ごした。
ビオトープの周りに白い糞が散らばっているのを目にした途端、全てを悟った。
メダカの姿は、なかった。雨水桶で育った700匹が参加したばかりで、数えただけでも3000匹をこえていたメダカたち。8割がたが今年生まれの子たちで、皆おっとりとして懐こく明るい。昨夕、新しい水を入れてやった時は喜んで、折重なり寄ってきて、浮草の上にまで乗り上がり遊んでいたのが、さざ波一つなかった。
しゃがんで待った。やがて浮かび上がる魚影、そのほとんどが野生に戻ったフナの色をしたメダカたちだった、明るい色のヒメダカたちが犠牲になった。残ってはいるが非常に少ない。ため息とともに立ち上がった時、メダカの姿は1匹も見えなかった、おっとりしていたメダカたちは、一回の襲撃で、物影に素早く反応して身を隠すタチを身につけていた。
悔しい。
書かなければならないものが山積しているが、その、どれにも気持ちが行かない。
打ちひしがれて台風10号の成り行きを眺めていた。さして大きくはない秋台風の余波、長引く小雨の続く昨日今日、部屋の模様替えなどに気を紛らわせたのちに書こうという気力を奮い起こしている。
メダカの事件である。相手はハシボソカラスである。
早春以来のひきこもりの日々の中で、欠かさず続けてきたのが散歩だった。
散歩は、猫の富士と共にする。というか富士のための散歩の時間だ。朝夕2回、1回につき約3,40分。
散歩よ、とリードを持つと玄関の三和土に走り降りてドアに向かってまちかまえる富士。
ハルターをつけて玄関前の道に出る。ここからが犬の散歩と異なる行動で、道の真ん中に正座して動かない。元野良猫、今は外猫として衣食住を見てもらっている老猫のマルオが庭から現れて、この散歩とも言えない状態に参加する。
自転車が走り去る、人が通る、もちろん犬の散歩が多い。毎日の出会いで慣れてしまった犬たちとの目線交流、いつも優しくしてくれる人に寄り付いて撫でて欲しいと催促する、こんなことが醍醐味らしい。
その間私は立ちん坊だ。が、思い直して家の前を行ったりきたり、自分のための運動をしている。
気持ちが良いのは早朝だ、つい先ごろまでは4時半から5時には道へ出ていた。
この時間帯にはコウモリが彼らの宿へ戻ってくる。明けつつある空に、細かい方向転換を繰り返しながら飛んできて、一瞬のちには暗い軒下へ消えてしまう。入れ替わるように飛ぶ黒い鳥はカラスで、これは直線飛行だ。
最近、この一帯に居ついているのはハシボソカラスで、彼らの声は濁ったガラガラ声だ。頑丈で太い嘴のハシブトカラスとは以前に付き合いがあり、彼らはよく通る澄んだ声の持ち主だった。
台風9号が近づく前の早朝のことだった、起き抜けにビオトープのメダカたちに餌をやり、3時間後に次の餌をやるために、夜じゅう被せておいた覆いをはずしたまま猫の散歩に出た。この時期にたくさん食べて体力をつけ、冬を越してもらいたい。
もう、ここまで来たらお分かりのことと思う、たった3時間と思って覆いをはずしていたために、カラスにメダカを食われてしまったのだ。
コウモリが吸い込まれるように定宿に消えたのと入れ替わりに現れたハシボソが、私の斜め前の電柱に来て声をあげた。その声は、仲間を呼ぶ声だった。おーい、おいで! そう言っていた。私はカラス語を幾つか知っているのでわかった、食べ物があるよと言っていた。
おかしいなあ、今日は水曜でしょ、ゴミ出しゼロの日じゃないの。ゴミ場所には何もないはずだと私は思った。
ここで気づくべきだったのだ、ゴミじゃなくてメダカを意味していると、ピンときてしかるべきだったのだ。
しかし私はコウモリが、たった1匹の寂しい暮らしだったコウモリが、この夏の間に4匹に増えたことが嬉しくて、観察の方向が偏ってしまっていた、私はカラスの声を聞き過ごした。
ビオトープの周りに白い糞が散らばっているのを目にした途端、全てを悟った。
メダカの姿は、なかった。雨水桶で育った700匹が参加したばかりで、数えただけでも3000匹をこえていたメダカたち。8割がたが今年生まれの子たちで、皆おっとりとして懐こく明るい。昨夕、新しい水を入れてやった時は喜んで、折重なり寄ってきて、浮草の上にまで乗り上がり遊んでいたのが、さざ波一つなかった。
しゃがんで待った。やがて浮かび上がる魚影、そのほとんどが野生に戻ったフナの色をしたメダカたちだった、明るい色のヒメダカたちが犠牲になった。残ってはいるが非常に少ない。ため息とともに立ち上がった時、メダカの姿は1匹も見えなかった、おっとりしていたメダカたちは、一回の襲撃で、物影に素早く反応して身を隠すタチを身につけていた。
悔しい。
世界で最も影響力のある100人
23-09-20 22:09
アメリカの雑誌「TIME」は今日、「世界で最も影響力のある100人」を発表した。
世界の100人の中に、ジャーナリストの伊藤詩織さんとテニスの大坂なおみ選手が選ばれた。素晴らしいなあ! 嬉しいなあ!
TIME誌に掲載された伊藤詩織さんを紹介する文章は、東京大学名誉教授の上野千鶴子さんが書かれた。
上野千鶴子さんは紹介文の中で、こうつづった。「彼女は性被害を勇敢にも告発することで、日本人女性たちに変化をもたらしました」そして
「彼女は日本の女性たちにも#MeToo運動に加わることを後押しし、全国の女性たちが花を持って集まり、性被害の経験について語ることで、性暴力に抗議するフラワーデモにも火をつけました」。
これまでの上野千鶴子さんの努力、長いあいだ頑張ってくださって、この度は伊藤詩織さんを、このような言葉で世界に紹介してくださった。
上野千鶴子さんに拍手と感謝です。伊藤詩織さんの勇気ある行動が、日本の女性たちに、どれほどの勇気をもたらすか、これは計り知れないものがあります。
素敵だ、素晴らしいと感激したことは、このニュースの報道を、東京新聞では望月衣塑子記者が記名入りの記事で書き、毎日新聞では木許はるみ記者が、同じく記名入りで詳しく報道したことだ。
また、HUFFPOSTも坪池順・生田綾の両氏が詳細に報道。これらの記名入りの記事の魅力は、ものすごく大きい。勢いがあって、思いがこもっていて、堂々としている。筆者の思いがダイレクトに伝わってくる。受け止める嬉しさ。
大坂なおみ選手は、アメリカで広がっている警官による黒人への暴行に抗議する「Black Lives Matter」デモの発信を積極的に続けている。先ごろの全米オープンでは、犠牲になった黒人の名前をプリントしたマスクをして試合会場に現れ、優勝を果たした。
その時のコメントも、よかった。自分の立場でできることはなにかと、考えたのだと語った。
大坂なおみ選手は、まだ二十歳を過ぎたばかりの若人だ、しかし経験の多彩さ、味わってきた感情の重さ、深さは並ではなかろう。それに圧し潰されずに他者のために何ができるか、を自分で思案して実行する、そういう強靭な女性なのだ。
テニスの、あの強さだけではない、精神の清々しい強靭さに目を見張る思いがする。
上野千鶴子さん、伊藤詩織さん。そして大阪なおみさん。こうした勇敢で、他者への愛に溢れた女性たちが、次々に生まれるだろう。そう思うと日本に希望を持てる気がしてくる。
自分の立場でできることをしよう、上野千鶴子さんの思想に共感し、詩織さんを応援し、大阪なおみ選手の試合を応援しよう。
応援の心は、勇気を持って立ち上がった女性を、発言し行動した女性を守ることにつながるはずだ、コロナで引きこもっている者でさえも、想いを届けることはできるのだから。
世界の100人の中に、ジャーナリストの伊藤詩織さんとテニスの大坂なおみ選手が選ばれた。素晴らしいなあ! 嬉しいなあ!
TIME誌に掲載された伊藤詩織さんを紹介する文章は、東京大学名誉教授の上野千鶴子さんが書かれた。
上野千鶴子さんは紹介文の中で、こうつづった。「彼女は性被害を勇敢にも告発することで、日本人女性たちに変化をもたらしました」そして
「彼女は日本の女性たちにも#MeToo運動に加わることを後押しし、全国の女性たちが花を持って集まり、性被害の経験について語ることで、性暴力に抗議するフラワーデモにも火をつけました」。
これまでの上野千鶴子さんの努力、長いあいだ頑張ってくださって、この度は伊藤詩織さんを、このような言葉で世界に紹介してくださった。
上野千鶴子さんに拍手と感謝です。伊藤詩織さんの勇気ある行動が、日本の女性たちに、どれほどの勇気をもたらすか、これは計り知れないものがあります。
素敵だ、素晴らしいと感激したことは、このニュースの報道を、東京新聞では望月衣塑子記者が記名入りの記事で書き、毎日新聞では木許はるみ記者が、同じく記名入りで詳しく報道したことだ。
また、HUFFPOSTも坪池順・生田綾の両氏が詳細に報道。これらの記名入りの記事の魅力は、ものすごく大きい。勢いがあって、思いがこもっていて、堂々としている。筆者の思いがダイレクトに伝わってくる。受け止める嬉しさ。
大坂なおみ選手は、アメリカで広がっている警官による黒人への暴行に抗議する「Black Lives Matter」デモの発信を積極的に続けている。先ごろの全米オープンでは、犠牲になった黒人の名前をプリントしたマスクをして試合会場に現れ、優勝を果たした。
その時のコメントも、よかった。自分の立場でできることはなにかと、考えたのだと語った。
大坂なおみ選手は、まだ二十歳を過ぎたばかりの若人だ、しかし経験の多彩さ、味わってきた感情の重さ、深さは並ではなかろう。それに圧し潰されずに他者のために何ができるか、を自分で思案して実行する、そういう強靭な女性なのだ。
テニスの、あの強さだけではない、精神の清々しい強靭さに目を見張る思いがする。
上野千鶴子さん、伊藤詩織さん。そして大阪なおみさん。こうした勇敢で、他者への愛に溢れた女性たちが、次々に生まれるだろう。そう思うと日本に希望を持てる気がしてくる。
自分の立場でできることをしよう、上野千鶴子さんの思想に共感し、詩織さんを応援し、大阪なおみ選手の試合を応援しよう。
応援の心は、勇気を持って立ち上がった女性を、発言し行動した女性を守ることにつながるはずだ、コロナで引きこもっている者でさえも、想いを届けることはできるのだから。
本能と感情VS理性
16-09-20 11:48
第3次安倍内閣ともいうべき形が現れた。感情を土台に据えている集団であり、率いる頭たちは安倍晋三にしても麻生太郎にしても、自分らと一般国民の間には、越えることを想定しない濠があることを前提としている。
彼らにとっての野党とは、元来主導権をとるはずのない集団であり、とることを許してはならない集団である。日本国の民主主義は見かけの上着と心得、彼らの肉体も精神も独裁者だ。これは奈良時代からこっち、変わらない。
勉強嫌いで本は読まない、といわれているこの二人は、元来が机上の勉強は必要ないと決めつけている。なぜなら代々継承してきている大量の知恵と感覚を家庭環境の中で吸収してきている故だ。それは民衆取扱書という取説だ。
国民という名の下に、ひとまとめにした群衆の、どこに砂糖を置けば集まってくるか、どこに水を流せば逃げ惑うかが、はっきり見えている人たちだ。
天平の昔からの体質を根強く残す人々、強いものに従うことに慣れている、静かでおとなしい人々、立ち上がってモノを言うと損をすると思い込んでいる人々、勤勉で我慢強い人々。最大の欠点は知ろうとする力を持たないことだ。
こんな我々、国民とか一般人とか呼ばれる我々はいま、令和という時の枠に収まっている。相変わらず「時」までも支配されて、明治、大正、昭和、平成と、時代の箱に囲われてきたことも、当たり前だと感じている、まるで四季のように。
アメリカのトランプ大統領は、泡沫候補と目された状態から、鯉の滝登りのように躍り出て大統領となり、破天荒な言動で民主党の面々を激怒させている。しかしこれは民主党VS共和党の対決には、ならないのではないか。
民主党は理性的な思考と判断で民主主義国家を運営しようと努力している。一方、共和党と呼ぶよりもトランプファミリーは、民衆に対して、人間の本能と感情に触れようとしているように見える。
これでは戦うフィールドが異質だからくいちがう。お互いが、敵のいないところに拳を振り上げている。この状態で民主主義方針のもとに選挙をしても、予想と結果は異なってくるのではないだろうか。なぜなら本能による決定には言葉は必要ないからだ。
アンケートなどに、どれほど言葉で反応しようとも、本能に働きかけられて本能で反応する場合には、言葉を飛び越えて本能的決定がなされるのではないか。よって結果はデータには現れないだろう。
あれ? これって日記じゃなくて壺猫の言葉かな?
彼らにとっての野党とは、元来主導権をとるはずのない集団であり、とることを許してはならない集団である。日本国の民主主義は見かけの上着と心得、彼らの肉体も精神も独裁者だ。これは奈良時代からこっち、変わらない。
勉強嫌いで本は読まない、といわれているこの二人は、元来が机上の勉強は必要ないと決めつけている。なぜなら代々継承してきている大量の知恵と感覚を家庭環境の中で吸収してきている故だ。それは民衆取扱書という取説だ。
国民という名の下に、ひとまとめにした群衆の、どこに砂糖を置けば集まってくるか、どこに水を流せば逃げ惑うかが、はっきり見えている人たちだ。
天平の昔からの体質を根強く残す人々、強いものに従うことに慣れている、静かでおとなしい人々、立ち上がってモノを言うと損をすると思い込んでいる人々、勤勉で我慢強い人々。最大の欠点は知ろうとする力を持たないことだ。
こんな我々、国民とか一般人とか呼ばれる我々はいま、令和という時の枠に収まっている。相変わらず「時」までも支配されて、明治、大正、昭和、平成と、時代の箱に囲われてきたことも、当たり前だと感じている、まるで四季のように。
アメリカのトランプ大統領は、泡沫候補と目された状態から、鯉の滝登りのように躍り出て大統領となり、破天荒な言動で民主党の面々を激怒させている。しかしこれは民主党VS共和党の対決には、ならないのではないか。
民主党は理性的な思考と判断で民主主義国家を運営しようと努力している。一方、共和党と呼ぶよりもトランプファミリーは、民衆に対して、人間の本能と感情に触れようとしているように見える。
これでは戦うフィールドが異質だからくいちがう。お互いが、敵のいないところに拳を振り上げている。この状態で民主主義方針のもとに選挙をしても、予想と結果は異なってくるのではないだろうか。なぜなら本能による決定には言葉は必要ないからだ。
アンケートなどに、どれほど言葉で反応しようとも、本能に働きかけられて本能で反応する場合には、言葉を飛び越えて本能的決定がなされるのではないか。よって結果はデータには現れないだろう。
あれ? これって日記じゃなくて壺猫の言葉かな?
ナメクジの話
12-09-20 20:32
今年の初夏の頃から、ナメクジの大群を見るようになった。いつでも、どこにでもいるわけではない。隣家の塀に現れる。雨上がりの早朝に現れる。
コロナ騒ぎ真っ最中、ひきこもりの日々が始まったある朝、玄関前の掃き掃除をしようとして道に出たとき、ふと隣家の塀を見たら、無地だった塀が模様付きの塀に変わっていた。
それは高さが私の肩くらい、8〜9メートルほどの長さのコンクリート塀だ。
ところが塀の模様ではなかった、模様と見えたのはナメクジの大群だった。35ミリ程度の、ごく細いナメクジが、塀一面にびっしりとついていた。まだ5時前のことで、周囲の家も道路も静まっていた。
模様と見間違うくらいだから、一面についていたと言っても3、4センチの間隔を置いて並んでいたのだ、塀の上から下まで。のろのろしているナメクジが、よくまあ這ったもんだ。
これは、おぞましい光景だった。寒気を呼ぶ感覚があった。やがて日が昇りゴミ出しに出たときに、見たくもないが、つい横目で見てしまった。びっくりした。一歩進んで、もう一度見直した。
たしかにいたはずの、あの大群が消えていたのである。ただの1匹も残っていなかったのだ。
そこで私は考えた、あののろのろのナメクジが、揃って短時間で移動した。これほど不可解な現象は初めてだ、ナメクジが這う速度とは、いかなるものなのか。塀に現れた目的とは?
考えたって、答えが出るはずもない、変ねえ! しかない。
この現象は、一度だけでは終わらなかった、ナメクジは繰り返し塀一面を覆い尽くし、やがて大群は、かき消すように消え去るのだった。塀の内側の草むらにこもるのだろうか。
友人にメールで訴えたところ、それは異常気象の影響でしょう、地球がおかしくなっている、という返事。地球規模の事件とも思えないのだが。
やがて酷暑の日が続くようになり、隣家の塀模様は消えた。が、ナメクジの一部が我が庭へ這いこみ、メダカの住処に浮かぶ布袋草の丸い葉に乗っているではないか。しかも成長したのだ、大きくなっていた。
水の上に浮かぶ布袋草の葉に、どのようにして飛び乗ったのだろう? ピンセットで捕獲し、ポリ袋に集めてゴミバケツに入れる。
大群ナメクジ大移動の謎、水上に浮かぶ葉に乗るナメクジの謎。何も解決しないまま、季節は移りゆく。
コロナ騒ぎ真っ最中、ひきこもりの日々が始まったある朝、玄関前の掃き掃除をしようとして道に出たとき、ふと隣家の塀を見たら、無地だった塀が模様付きの塀に変わっていた。
それは高さが私の肩くらい、8〜9メートルほどの長さのコンクリート塀だ。
ところが塀の模様ではなかった、模様と見えたのはナメクジの大群だった。35ミリ程度の、ごく細いナメクジが、塀一面にびっしりとついていた。まだ5時前のことで、周囲の家も道路も静まっていた。
模様と見間違うくらいだから、一面についていたと言っても3、4センチの間隔を置いて並んでいたのだ、塀の上から下まで。のろのろしているナメクジが、よくまあ這ったもんだ。
これは、おぞましい光景だった。寒気を呼ぶ感覚があった。やがて日が昇りゴミ出しに出たときに、見たくもないが、つい横目で見てしまった。びっくりした。一歩進んで、もう一度見直した。
たしかにいたはずの、あの大群が消えていたのである。ただの1匹も残っていなかったのだ。
そこで私は考えた、あののろのろのナメクジが、揃って短時間で移動した。これほど不可解な現象は初めてだ、ナメクジが這う速度とは、いかなるものなのか。塀に現れた目的とは?
考えたって、答えが出るはずもない、変ねえ! しかない。
この現象は、一度だけでは終わらなかった、ナメクジは繰り返し塀一面を覆い尽くし、やがて大群は、かき消すように消え去るのだった。塀の内側の草むらにこもるのだろうか。
友人にメールで訴えたところ、それは異常気象の影響でしょう、地球がおかしくなっている、という返事。地球規模の事件とも思えないのだが。
やがて酷暑の日が続くようになり、隣家の塀模様は消えた。が、ナメクジの一部が我が庭へ這いこみ、メダカの住処に浮かぶ布袋草の丸い葉に乗っているではないか。しかも成長したのだ、大きくなっていた。
水の上に浮かぶ布袋草の葉に、どのようにして飛び乗ったのだろう? ピンセットで捕獲し、ポリ袋に集めてゴミバケツに入れる。
大群ナメクジ大移動の謎、水上に浮かぶ葉に乗るナメクジの謎。何も解決しないまま、季節は移りゆく。
コロナの影響、私にも
09-09-20 21:09
本気になると徹底してヤルのが癖なので、コロナ危険となった時点から徹底して引きこもった。この影響は如実に現れ、足が軟弱になってしまった。これは整形外科の先生のご指導で体操を始めたというか再開したので救われた。
この徹底引きこもりの暮らしぶりを見た我が子が、なんと巨大なポークローフを運んできてくれるようになったのだ。わが子は二人とも男の子だが、揃って料理上手、最近のこと、長男の方がスチコンという名の料理の新兵器を手に入れた。
このスチコンを使うとプロ級の焼き豚が出来上がる。スチコンという名の料理器具を見たことはないがプロ仕様の器械らしい。2キロ以上の焼き豚の塊の仕上がりは上々、絶妙な味わいである。
味をしめるという表現があるが、文字通りの有様で、コロナが去ってのちも期待してしまいそうだ。
この徹底引きこもりの暮らしぶりを見た我が子が、なんと巨大なポークローフを運んできてくれるようになったのだ。わが子は二人とも男の子だが、揃って料理上手、最近のこと、長男の方がスチコンという名の料理の新兵器を手に入れた。
このスチコンを使うとプロ級の焼き豚が出来上がる。スチコンという名の料理器具を見たことはないがプロ仕様の器械らしい。2キロ以上の焼き豚の塊の仕上がりは上々、絶妙な味わいである。
味をしめるという表現があるが、文字通りの有様で、コロナが去ってのちも期待してしまいそうだ。
コロナの影響、メダカにも
05-09-20 10:02
2月末から9月に入った今日まで、徹底的引きこもり生活をしてきた。
図書館へ行かず、スーパーにもいかない。生協と通販、基本的には非常時のための備蓄が活躍する日々であった。
それはともかく、朝から晩まで在宅であるために、結果としてメダカの世話が念入りになった。夏の終わりだ、これから木枯らしの季節が来るまでの間に、この夏に生まれたメダカたちの体力をつけてやらねばならない。
無事に冬を越して春を迎えますように。
ところが大変なことになった、増えすぎたのである、せいぜい500匹くらいだったのが、軽く3000匹を超えてしまった。もっといる。
ついに業務用の餌を買った。知らぬ間にメダカが人気者になっており、改良品種が次々に登場している。三色だったり、銀色やスケルトンもいる。
今まで粗食に耐えてきた我が家フツーのメダカたちが、卵をどんどん産む餌などをもらい、生育の早いという稚魚用の餌をもらい、というよりも通販で買おうとすると、どの餌も優れた効能を持っており、普通の餌などは売っていないのである。
色揚げと言われても、黒っぽいメダカたちが、この餌を食べてたってどうにもならないが、手に入る餌を与えてしまう。結果、猛烈大量に産卵し、大量の稚魚の面倒を見ることとなり、今は水面いっぱいのメダカにたじろいでいる有様だ。
赤ちゃんメダカの時から、「ぐんぐん育つ」と謳われている餌を食べ続けると、たしかに早く大きくなる。が、大勢の高校生メダカたちを前にして、不安がよぎる。これで大丈夫かな?
植物の場合は、これは良くない育て方なのだ。栄養たっぷり、至れり尽くせりで育てると、確かに柔らかく美しく育つが、根が浅くて風に倒れる。時々、水が欲しいっ という状態にしてやると、地中深く根を張ってゆくのだ。
来年はパンくずや、鰹節の粉などを食べさせよう、今までのように。
『自由と規律 イギリスの学校生活』池田潔著 の中で、寄宿舎で生活する少年たちの食事が詳しく出ていた。それは、非常な粗食であり、少量だった。これはわざと、そうしているのだった。
また、お寺の若き修行僧たちの食事も粗食だ。これらは、何か意味があることではないか。
図書館へ行かず、スーパーにもいかない。生協と通販、基本的には非常時のための備蓄が活躍する日々であった。
それはともかく、朝から晩まで在宅であるために、結果としてメダカの世話が念入りになった。夏の終わりだ、これから木枯らしの季節が来るまでの間に、この夏に生まれたメダカたちの体力をつけてやらねばならない。
無事に冬を越して春を迎えますように。
ところが大変なことになった、増えすぎたのである、せいぜい500匹くらいだったのが、軽く3000匹を超えてしまった。もっといる。
ついに業務用の餌を買った。知らぬ間にメダカが人気者になっており、改良品種が次々に登場している。三色だったり、銀色やスケルトンもいる。
今まで粗食に耐えてきた我が家フツーのメダカたちが、卵をどんどん産む餌などをもらい、生育の早いという稚魚用の餌をもらい、というよりも通販で買おうとすると、どの餌も優れた効能を持っており、普通の餌などは売っていないのである。
色揚げと言われても、黒っぽいメダカたちが、この餌を食べてたってどうにもならないが、手に入る餌を与えてしまう。結果、猛烈大量に産卵し、大量の稚魚の面倒を見ることとなり、今は水面いっぱいのメダカにたじろいでいる有様だ。
赤ちゃんメダカの時から、「ぐんぐん育つ」と謳われている餌を食べ続けると、たしかに早く大きくなる。が、大勢の高校生メダカたちを前にして、不安がよぎる。これで大丈夫かな?
植物の場合は、これは良くない育て方なのだ。栄養たっぷり、至れり尽くせりで育てると、確かに柔らかく美しく育つが、根が浅くて風に倒れる。時々、水が欲しいっ という状態にしてやると、地中深く根を張ってゆくのだ。
来年はパンくずや、鰹節の粉などを食べさせよう、今までのように。
『自由と規律 イギリスの学校生活』池田潔著 の中で、寄宿舎で生活する少年たちの食事が詳しく出ていた。それは、非常な粗食であり、少量だった。これはわざと、そうしているのだった。
また、お寺の若き修行僧たちの食事も粗食だ。これらは、何か意味があることではないか。