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子育て 親育て

育ててもらった、と親に感謝する子がいる。親を殺す子もいる。色とりどりの親子関係を並べ出したら紙幅は関係ないだろうが、スクロールしても続くだろう。それはのちの機会に譲るとして、誕生日にあたり、ぜひとも言いたいこととして、子が親を育てる場合を書きたい。
実は今日、私が在るのは、二人の子が育ててくれた故である。私が子どもに対してしたことと言ったら、お話にもならない日常の暮らしのことだけだ。それも穴ばかりで、手取り足とり伝えたわけではなかった。歯を磨く、といった毎日の習慣も、ろくに教えなかったと思う。しかし二人の息子は揃って見事に健康な歯の持ち主だ、なぜかというと、よい歯医者さんに出会ったので、私は先生に子供たちの歯を丸投げしたのだった。今も同じ歯科医院の、子供たちと同世代の若先生に診ていただいている。全てがこの調子で、学業はそれぞれの先生へ丸投げだ。母親がすることと言ったら、ご飯を作ることと掃除洗濯くらいのものだ。料理は子供の時から並んで流しに立っていた。火を扱うし、焼いたりこねたり、かき回したりは子らにとっては大きなお楽しみだ。泥んこ遊びも良いが、後で食べられるのだからやめられない。
教えるというよりも、一緒にやってきたのだし、伝える楽しさも大きかった。伝えてきたことの中で、最も大きいこと、それは第二次世界戦争の時の体験話だろうか。
一方、ふとした子どもの言葉をつかまえ、受け入れ、成長してきたのは私の方だった。なんで〜 どうして〜 で始まることが多い少年の思いは柔軟であり新鮮だった。私は目を見張るような驚きを持って聞き入り、時間をかけて咀嚼する。
子供たちがいることで消耗するのではない、手がかかるのではない、細い私の心が太く、強靭に育って行けたのは、まさしく子の力によるものだった。
今もかわらず対等に話してくれる息子たちの来訪を待ち構えていて、ためておいた幾つかの なんで〜 どうして〜 を訊ねる。私の問いに新鮮さはなく、重く硬い。どうして核兵器だけ反対なの? なんで核そのものを廃絶しないの? 
楽しみは どうして なんでと問い交わし 親子揃って考えるとき  次回へ続く
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