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Aug 2016

物価

物価に注目している。日常の食べ物の値段が上がっている。いつの間に、こんなに高くなったのかと思う。
税込99円だったものが134円プラス税、といった具合だ。私は安い物探しの底辺の消費者だ。
ほとんど値上がりしないものもある。例えば箱入りのお菓子類だが、箱が小さくなって内容量を減らしてある。あるいは一個ずつの包装にしてかさばらせて、数を減らしてある。値段は同じでも、体積・重量を減らしている。
目立たぬように、忍び足で近づくインフレだ。
民放のニュースは事件災害、ゴシップ専用チャンネル、NHKは政府の方針と足並みをそろえて放送しているから「デフレ対策は遅々として進んでいない」などと国民を意図的に騙す作戦をとっている。
目標の数値に届かない云々、などと拡めるから、信じて受け取る者がいたとしたら、そうか、今はまだデフレなんだな、と勘違いする。
私の視線は、日常の食品に焦点を当てている。食品の中で、際立って安いものがある。それは野菜だ。たいていの野菜が値上がりしている中で、山積みされて破格に安いものは種類ではない、産地だ。付け加える言葉はありません。
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雨台風と猫

雨台風が去った。昨日の多摩川は穏やかだったが、馴染みの中洲は見えず、いつもの多摩川に戻るには、少し時間がかかりそうだ。あの荒れ狂った台風の最中に、魚たちはどうしていたことかと見下ろした。
今回の台風は、真っ最中が正午ごろだった。家中を点検していた時に富士が付いてきて、ベランダに出たいんだけど? と見上げてきた。んじゃ出てみようね。富士は台風を知らないのだ。喜んで外に出て行った。
激しい雨しぶきが富士の顔に当たった。跳ね返る水に出会ったのは初めてだった。まんまる目玉を目一杯に見開いて壁際の台に飛び上がり、背を壁に押し付けて正座、前足を揃えて引き寄せて固まってしまった。
抱きとったが、正座したままの姿勢が崩れない。まるで置物を運んでいるみたいに抱いて部屋に入れた。富士は二ヶ月児の頃に初めてアリに出会い、足の先を動き回る黒アリに目を見張ってじりじりと後すざりをしたことがあったけれど、今はもう、アリなんか目もくれない。こうして次第に経験を積んで行く猫でありました。
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猫と蝉

法師蝉の声を聞くころになると、夏の終わりを待つ心となる。ミンミンゼミもよく鳴いている。都内ではミンミンゼミは聞いたことがなかった、私が子供の頃は。当地は戦時中に、学童疎開の児童を受け入れていた土地だから、まだ虫の種類も多く、ノネズミ、野ウサギもいる。今年は蝉が多い年で、柿の成り年でもあろうか。青い柿の実が色づく日を待ちかねている。風台風さえ来なければ豊作だ。
3歳になった富士は、ほとんど毎日、蝉を捕まえて部屋に持ち込む。昨晩、寝る前の戸締りをしていたら、玄関のスニーカーの縁にアブラゼミが止まっていた。台風の残雨の暗がりだが、三和土にいるよりもと表へ出した。
今朝は家中の雑巾がけをして、ソファーの下にミンミンゼミの死骸を発見、ホッとした。掃除機を使うより、そっと袋に入れる方が気が休まるのです。
三日ほど前に、ベランダがミンミン騒がしいから、やったな、と二階へ上がったら、案の定、富士が咥えて部屋に飛び込んできた。
アタシ、すごいでしょ? 大威張り、大喜びで、私に見せてくれる富士。えらいなあ。富士、すごいなあ!何度も褒める。大満足。猫は身体で表情を見せる。尾と耳の動かしよう、しなやかな胴体の微妙なうねりは、細やかな感情も、爆発的な激情も見せてくれる。
この夏、何十匹とはいかないが、十何匹は部屋に持ち込んだ。室内猫だから、蝉を捕まえるのは、もっぱらベランダだ。
私が出かけると、玄関の三和土にお気に入りのおもちゃを置いて帰りを待っていてくれるが、蝉の季節になってからは蝉が加わった。家具の隙間やソファーの下にしまっているのを出してくる。嬉しいけれど、あまり長くしまっていると衛生面で困ることが多々あるので回収する。掃除を終えて人心地がついた。
ベランダに出さなければ蝉ハントはない。でもせっかく猫に生まれたのだ、できるだけ多くの経験をさせてやりたい。
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敗戦71年という節目

2016年8月15日の新聞社説のタイトルを並べてみる。
朝日新聞「日本の戦後71年 記憶を新時代へ渡す責任」
読売新聞「終戦の日 確かな「平和と繁栄」を築こう」
毎日新聞「終戦記念日 歴史に学ぶ力を蓄える」
日本経済新聞「71年目の夏 戦後はいつまで続くのか」
      「サービス業は異業種に学べ」
産経新聞「終戦の日 先人への礼欠かぬ和解を 「譲れぬ価値」再確認する時だ」
東京新聞「終戦の日 戦争は今も続いている」
それぞれの個性を出した、内容も推測できる見出しだ。多様な見方をのびのびと表現できることが何より良い社会だと思う。
今年はアメリカのオバマ大統領が広島を訪問、天皇がご自身の気持ちを国民に向かい述べられ、そして終戦記念日を迎えたという、ちょっといつもとは違う感じがある。
私は、地球人類の有り様が膨張から水平移動を経て下降線を描き始めた、まさに峠にいる時代だと感じている。根拠に乏しく、感じるとしか言えないが。
もう、繁栄を希求する環境ではない。金集めすることが普通の人々の幸福と重なることはない。金は納税と政府と戦争、そして金融・運搬機関のためにあるのだ。
こんなことは、私のような泡沫人間にも分かっていることだから、権力者が知らないはずがない。
船というものは、大型船であればあるだけ、方向転換が難しいのだという。戦時中に駆逐艦の船長をしていた叔父から聞いたことだが、とっさに避けよう、と必死になったところで車のハンドルを回すようにはいかず、急ブレーキも効かないのだそうだ。多分、国の運営も大型船のようなものなのだろう。あらら。これじゃ氷山にぶつかる、と眺めつつぶつかり沈没するのだろう。
じゃあ、どうしたらいい? 考えるのは楽しい。こうか、ああかと思案するクソ暑い日。
私は、ウンカのごとき大衆によって決まるんだと思う。権力者が握るハンドル、権力者が踏ん張るブレーキではないような気がする。
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馬齢を重ね、犬死にする

私は、その日その日をただ、生きていたいとのみ念じつつ来たような気がする。いたずらに馬齢を重ね犬死にすると、この生き方を馬と犬に喩えては、あの聡明なまなざしの馬たち、熱い心の犬たちに申し訳がない。私、別名無額齋は、無額の人として八十年を越える年月を、今日の今も刻み続ける。
無額齋よりもあとに生まれて先に死んでしまう人たちを思う。なんという大いなる稔りを遺して逝ったことか、時の長さと人の重さは関係がない。
膵臓癌で九重親方が亡くなられた。無額齋が生まれてから20年後に、北海道松前に生を受けた少年は、相撲界に不朽の名を刻む大横綱となった。あの朝青龍が、自分にとって神様、と言い悲しみ、白鵬は千代の富士の相撲を目指し勉強したと語る。近くにいた人のみならず、場所、時を隔てた多くの人に及ぼすエネルギーは、この先も増すことはあっても決して衰えはしないだろう。世界中の各界にいる、このような永遠の人のお陰で人類は先へ進む。
同じ日に東京都知事選の結果が出たがニュース性もなく、発端も経過も結果も、あらゆる点において目を閉じ、耳を塞ぎたくなる姿だった。
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