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Mar 2018

蟻地獄

ソメイヨシノが満開、球根の草花が足元に咲き誇り、春に埋もれた。先立って咲いた彼岸桜、レンギョウ、ボケから、息つくまもない花の日々である。
ここ2、3年のことだが、通りかかるたびにチェックしている虫がいる。気候が良くなりアリも歩き回っているので、昨日立ち寄った。それは大きな建物の軒下の乾いた場所で、本来は草花でも植えておこうかと用意したのだろうが、乾いた土だけの細長い場所になっている。見届けたい虫はアリジゴク。この土の中に住んでいる。
いたいた、いました。蟻地獄が見事なすり鉢を作っていた。厳冬期は気配も感じられなかったが、見渡したところ15個はあった。直径数センチのロト状の穴の底に、アリジゴクという小さな虫が1匹ずつ隠れているはずだ。
見渡したところ砂のように細かい土でできたすり鉢だけで、虫の姿は気配もないが、黒アリがせわしなく歩き回っていた。
ところが思いもかけないことに作業中のアリジゴクがいて、彼はすり鉢の斜面をらせん状に巡りながら穴の形を整えようとしていた。捕食するところはよく見かけるのだが、すり鉢を作る場面に出会ったのは初めてだ。期待以上の場面に出会った嬉しさは、ちょっと言葉にならないくらいのときめきである。腰を据えて作業を見物。
アリジゴクは、ウスバカゲロウの幼虫だ。カゲロウは、儚いものの代名詞で、あっという間に命を終えると言うが、ウスバカゲロウは違う。肉食で1月は生きる。幼虫のアリジゴクは、英名をアリライオンといい、まさにアリにとっては恐ろしいライオンのような存在である。
10ミリ前後と見えるアリジゴク君は、勢いよく斜面を巡る。後ろ向きに進んで行くが、体は砂の中、見えるのは頭についている巨大なハサミだけだ。ハサミの長さは3ミリか4ミリだが、体のサイズが10ミリだから大きいと言って良いと思う。後すざりで見えていないだろうに穴の形は真円で歪みがない。斜面だから土塊が次々と転がり落ちてくる。彼は塊をハサミで掴み取り、外へ放り出す。これをやるためには土塊が見えなければならないわけで、後すざりは合理的だと思った。直径数ミリの土塊も放り出し、穴から7、8センチは飛ばす。小さなものやダンゴムシの殻などは10センチ以上も飛ばす。残るのはコナのように細かい土砂だけだ。完成し満足した彼は、ロト状の底に身を沈めてしまった。
そこでアリを捕まえて、穴の中に落とすのが、私という悪者である。
「それはもう、あなた。あれじゃあ蟻地獄ですよ。もがけばもがくほど、はまってしまうんです」
こんな例え方をして、声を潜めて噂をする。そんな小説を読んだことがあるかもしれない。万が一にも経験はしたくない場面だが、蟻地獄はコレをやって成長してゆくのだ。落ちたアリは、当然這い上がろうと努力の限りをつくす。それを察知した蟻地獄は、砂つぶてをアリの足元にぶつけてゆく。パッパッとぶつけるから斜面は崩れてゆく。アリの足は、さらに斜面の砂つぶを転がし、次第に穴の底へと落ちてゆく。アリジコグは、作業に用いた大きなハサミでアリを挟み、土中に引きずり込む。
終わりだ。アリはアリジゴクが注入する消化力のある毒液で溶かされ吸い取られてしまう。この毒液はフグ毒の130倍といわれる。ダンゴムシも、良くはまってしまうから相当大きなものも餌食になる。
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余寒

お彼岸が近づいた。武蔵野の冬は乾燥し、春先の強風に悩まされる。この時期に、春の到来を知らせてくれるのは雨である。花や木の芽がと思うでしょうが、それは昔の話。今時代は人工的な装飾品的耐寒草花が出まわり、季節の便りになり難い。12月、1月、2月だって、道路際に置いたプランターに赤や黄色や派手な花が置いてある。育てているのではない、買ってきて置いているだけの消耗品。私は、これはあまりにも花に気の毒すぎて出来ないので我が家周りはまだ殺風景だ。
変わらぬのは雨である。春雨、小雨。まだ水が上がらないうちにと、気になっていた一本のサツキを植え替えておいた。このサツキの根が嬉しがっているでしょうと雨を喜ぶ。先日の大雨では息を潜めていた壺のメダカたちが、密やかな雨脚に呼ばれるようにして水面に上がってきました。
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大雨

昨夜のこと、日本列島の太平洋側に大雨が降った。前もって予報が出ていたので雨水桶を洗い、空にして庭周りを掃除した。
雨上がりの朝、鶴見川では遊水池が満杯となって洪水を防いだというニュースを見て大よろこび、遊水池は近所にもいくつもあるが、これほど満ち満ちて働いている様子を見たのは初めてだった。
朝食もそこそこに腕まくりで庭に出て、前から狙っていた汚れたタイルのところを亀の子束子で洗い流した。と、こう書くと、いかにも働き者のように見えるかもしれないが、実は反対の省エネ大好き人間。一年に何回とない大雨を狙って掃除をするのが楽しみなのでありました。逆に、濡れ落ち葉には触らない。乾燥し切った時に、それも大風の吹いた後に、すっかり風が止んでから掃き掃除をする。こういうのが年寄りの知恵というか、生きゆく技というものでありましょうね。
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残酷な報道者

北島三郎さんが朝のテレビに出ていた。ろくに歌を知らない私でも知っている「さぶちゃん」という愛称で親しまれてきた有名な歌手。
たくさんの報道陣に囲まれて、突然亡くなってしまった51歳の息子さんについて記者会見を開いているのだった。
子に先立たれた親に、いったい何人出会ってきたことだろう。ついこのあいだの3.11の大津波では、どれだけの親たちが子を失ったことだろう。娘を失った友だちの言葉、この苦しみと悲しみは墓場に行くまで。持っていくしかない。
(亡くなられた息子さんに)なんと言葉をかけてあげたいですか? とマイクを向ける人の背を、私は視た。
三脚を立ててカメラを向ける男の一人を、私は注視した。この人は食べているのか、ガムを噛んでいるのか、くつろいで口を動かしながらファインダーに目を当てていた。
亡くなってしまった息子さんより若いような、この報道の人たちに対して、苦悶の表情を手で覆うこともせずに、絞り出すように答えながら、このつとめから放たれる時を待っている北島三郎さんに涙した。これは残酷な仕打ちだ。
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