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Mar 2016

強いお相撲さん

幾つになっても、何を見ても勉強になる。お相撲を見て楽しみながら勉強もできた。立ち合いの変化、かち上げ。このような奇襲作戦は、小兵が用いて巨体を倒せば喝采を浴びるが、横綱が用いる手ではないと聞く。相手が手強いとみた横綱が奇襲作戦に出て勝星を手にしたとき、失ったものは無限大だ。この一戦で横綱が露呈したのは精神の弱さだからだ。これでは強いお相撲さんとは呼べない。
また、単なる弱さと読むか、汚さと読むか、見方は様々だろうが、精神面を併せ見るところに相撲の特徴がある。
そして観客もまた、それぞれの価値観を露呈するのである。だって、どうしても勝ちたかったんだから、しょうがないじゃない。と感想を述べる観客は、たぶん、実生活でもそういう態度をするだろう。真正面からぶつかって四つに組んで欲しかった、と怒る観客は、さあ、どうする? といった実生活の決定の場面にぶつかったとき、やはり堂々としようとするだろう。お相撲は、遠く離れた世界の華勝負、観客の感想は、身のうちの価値観の確かめか。
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富士の成長

富士の成長はめざましい。なんでも自分でやりたがる子どものように、自分でやりたがる。散歩から戻り、さあウチに入りましょ、と抱き上げようとすると嫌がる。抱っこされて入るの嫌。自分で歩いて入るから。という仕草をする。それじゃあ、と抱くのを止めると先に立って玄関へ入る。私がスニーカーを履いていると飛んできて玄関のドアに身体をくっつけて待っている。でも私はバスに乗ってお出かけなので、連れていくわけにはいかないから、富士、お留守番よ、待っててね、と言うと、あっというまに駆けだして部屋に入ってしまう。見送る気はない。帰ってくると足音で分かるのか、必ずドアのそばで待っている。
ちょっと困ることは、やれやれ、ここで一休み、ゆっくりコーヒーを飲みましょう、というくつろぎの時間、コーヒーカップに手を伸ばす、このタイミングを見計らっていたかのように、やれやれ、一休みだにゃ〜、と膝に乗ってくる。ま、よい相棒です。
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富士とテレビ

動物写真家 岩合光昭さんが撮影した猫たちが放映される番組がある。岩合さんは、カメラを地面に置いて上からのぞき込めるスコープを使って撮るので、猫たちが動く様子を猫目線で眺めることができるのが特徴だ。見下ろすのではないから、背中と後頭部、あとは寝姿ばかり眺める人間目線とは違う。出てくる猫たちは釣り人のそばにいたり、道ばたに寝転んでいたりする普通の猫たち。
この番組を見ていたとき、富士が並んで見ているのに気づいた。脇目もふらずに見つめている、としか見えなかったので、何日かしてまた試してみた。富士は見ている、ほんとうに深い関心を寄せている。続いて外国の風景にかわったら、立ち上がって部屋を出て行ってしまった。さっそく岩合さんの猫を富士のために録画した。
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春だ!

ついに春がきた。庭のメダカが朝に夕に、食べたがるようになった。先週まで石と土のあいだに潜って動かなかったのに、水面に浮いてきた。なんと、たった2センチ足らずの子メダカが何匹もいた。去年の秋に生まれた子たちが立派に越冬したのだ、えらいなあ、頑張ったなあ。氷が張る日もあったのだ。そろそろビオトープを作り直してヤゴが気楽に住めるようにしよう。
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3・11が近づいて

福島原発大事故から5年目の3・11が近づいた。この日を記念日化して恒例の行事に組み入れて欲しくない。
東日本一帯が襲われた大津波の被災者は、その日のうちから言ってきたように必ず再起する。いままでどれほど苦難の道であっても乗り越えてきた歴史的実績があるから言えるのだ。ただし、俗に言うとおり「火事を出したら三代」であり、孫の代まで影響するのは覚悟しなければならない。それでも必ず立ち直る。
ところが福島原発事故はちがいます。記念日どころか、今現在進行中の事故なのだから、3月になったから蒸し返そうという問題ではない。政府は福島一帯の山林の除染を諦めた。除染しないということは汚染されたままの状態が続くということだ。山は基本だ。水の源だ。表層水を飲料水に使っている地域はどこか、供給されている水の水源はどこかを把握して欲しいと思う。
文句を言いつつ、3・11に放映されるだろう原発関連特集番組は見ようと思う。最近は見方が陰険になってきて自己嫌悪ものだが、どの程度事実を出すかな? どの程度のごまかしをするかな? というスタンスだ。こんな見方が、私のような非力者でもできる時代になったので、このことは喜んでよいと思う。
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