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石牟礼道子さん

石牟礼道子さんが亡くなられた。90歳。熊本県天草で生まれて一生の間、不知火の海を愛し、水俣病を常に現在の位置にとどめてきてくれた。
画家・吉留 要の画業を追いかけて過ごした昨年、その道筋で石牟礼道子さんが積み重ねていらした仕事に接したのだった。膨大な水俣関係の著作は、ひたすら読みすすむうちに読経かと取り違え、ついには読経と重なったのであった。
子供向けの絵本に描かれる不知火の海は美しく、例えようもない慈しみに満ちている。石牟礼道子さんの絵本は丸木位里・俊子夫妻の絵と合体し、夫妻の家を故郷とする画家、吉留要の画業へと解き放たれて外国へと拡散した。
私はただ、ひたすら追い追いして、感嘆するばかりであった。
石牟礼道子全集に収められた初期の小品を読んだ。まだ若い頃の、処女作と呼ぶよりは習作であったが、その頃彼女はまだ水俣と出会わず、詩を好み文字を書くことを喜ぶのみの少女だったと推測するが、その文章は将来の大きさを含む、才能豊かな驚くべきものだった。これに驚嘆しつつ私は、彼女がこの才能を一途に水俣に注ぎきったことを、亡くなられた今に及び、改めて噛み締めている。できることではない。
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