文房 夢類
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文房 夢類

よい煙わるい煙を科学する

よい煙わるい煙を科学する 人と煙の長いつきあい』著者 谷田貝光克 (やたがい みつよし)発行 中経出版 2002年978-4806-116950¥1300198x138
著者は1943年生まれ、東京大学大学院農学生命科学研究所農学国際専攻教授。長年の研究成果をふまえて、煙の正体をガス状物質も含めて解説。
専門家が、素人向けに書いてくれた専門書は、簡潔で要点をつかみ、わかりやすい。すらすらと読み進むことができるのは、上質の文章であるゆえである。
なぜ、文学者ではない人が、読みやすく、頭に入りやすい、上質の文章を書けるかというと、それは語る内容を熟知している故である。
私が上質の文章と認める文というのは、なにを伝えようとしているのか、はっきり分かることが第一だ。
で、結局何が言いたいの? というような文章を書いたり、話したりする人は、自分でも分かっていないか、あるいはごまかそうとしているにちがいない。
ところで、本の題名を見て読もう、と思った動機は、煙って、すべて悪者なのかしら、少し健康によい煙もあるんじゃないの? という疑問を持っていたためだった。
読後、納得したことは、肺によい煙はない、ということだった。さらに驚いたことは、タバコを吸う人よりも、周辺にいて、タバコの火の先から出る煙を直接吸ってしまう場合の方が何倍も被害が大きいということだった。これはひどい話です。
ただ、煙が良い効果をもたらす場合はある。それはよい香りが気持ちを和らげたり、寛ぎをもたらしたりする場合だ。お線香の煙も、気持ちを鎮めるスギの葉などが配合されていて、理にかなっているという。悲しみ苦しんで仏壇に向かい、お線香に火をつけると、拝む人の心が煙によって静まるのだなあ、と私は納得した。
歴史の方面からお線香の効用を考えると、このような解釈は出てこない。古代人は、煙が天に向かって立ちのぼり、天空にまします神々へ祈りを届けてくれるのだと信じていた、となる。また、足利尊氏は大会議を開くとき、衆議一決、それも尊氏の思う壺の一決を目論むとき、香を焚いたという記録がある。結果を出したいのだ、なんとしてでも。そういう心境になったときに唐天竺の秘薬を焚きたいと思ったのではないか。正倉院に収蔵されている沈香を、信長が削り取って用いたことは有名な話だ。
ここから先は私の空想だが、伽羅木が倒れて土中に長く埋まり、樹脂部分が固い塊となって発掘される。これが黄熟香、沈香と呼ばれて珍重されたのだが、はたしていにしえの指導者、権力者が欲し、用いたのは、この香木だけだったろうか。そのほかに大麻や、芥子の実から抽出する類の禁断の煙があったのではなかろうか。煙の流れるさきを追い見つめるのは愉しい。
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