文房 夢類
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自殺の9割は他殺である

自殺の9割は他殺である』著者=上野正彦 発行=カンゼン 2012年 ISBN9784862551597 ¥1900 サイズ19cm 207頁
著者=うえのまさひこ 1929年 茨城生まれ 東邦医科大学卒業 東京都監察医務院院長退官後は法医学評論家。2万体を超える検死、解剖5000体以上、30年間死体とだけ付き合ってきた。著書に『死体は語る』『死体を科学する』『監察医の涙』など。
内容=自分で命を絶てば自殺とされて終わる。監察医には、命を絶つまでのありさまが、死体に刻まれているのが見えるという。ほとんどの自殺の内面には他者の力が及んでいると説く。とくに子どもの自殺にたいして、不憫の心と社会への問いかけをしている。
感想=父も医師であったという。卒業後、なかなか専門を決められずにいて、監察医になったいきさつも語られる。
日本だけで年間約3万人が自分の命を絶っている。3万を365で割ると、毎日82人以上という、とんでもない数だ。自分が高齢になったせいか、高齢者の自殺について書かれた部分が心に残った。思いも寄らなかったが、高齢者の自殺は三世代同居、最近では四世代同居もあるそうだが、大家族の中の老人の自殺がトップだという。私は一人ぼっち老人がトップだと思っていたので驚いた。遺書には、病苦とあるが、それは家族を思いやってのことだ、と上野さんは書いている。(自分さえいなくなれば、まわりの皆が楽になるだろう)という老人の呟きが聞こえるような気がした。
監察医は、死体を見て人を救うこともあるのだ。高齢の男性が、妻を殺したと自首して逮捕された。その検死。病妻は湯槽の中で死んでいた。湯槽内で殺すには、頭を抑えて沈めるのだそうだが、この死体には、腕に掻き傷がたくさんついていた。これは湯から引き上げようとした夫の指の跡だった。殺したのではない、逆に沈んでゆくのを助けようとして果たさなかったのだった。検死の力で、事件ではなく事故と修正されたという。亡くなった奥さんも救われたことと思った。優しい人たちの姿も浮き彫りになる。
上野さんが我慢ならない思いをぶつけているのは、子どもの自殺だ。まだ人格が未熟である子どもが死を選ぶのは、出口を見つけることが出来なかったからだ、まわりにわずかの隙間があれば、という無念さの背景に、学校、家庭、社会、すべての無関心さを見ていられる。これは、大勢の人たちが、一人残らず、少しずつでいい、隙間、扉、カギや浮き輪など何でもいい、毎日たくさん手渡してあげていたら、ということにならないか。周囲の全員が殺しに荷担したのだ。
ジュール・ヴェルヌの『タイムマシン』という小説の映画で、未来へ行った主人公が眺めた風景の一場面を思い出した。
ゆったりと寛ぐ人々の傍らを流れる川を、溺れもがき流されてゆく人がいる。ところが、寛ぎ憩う人々は、眼に入れていながら何もしない。誰一人表情も変えない。振り向きもしない。腰も上げない。心地よい憩いの、自分のひとときを続けているのだ。大昔のモノクロ映画のこの一場面は、現在にタイムスリップしてきているのではないか。
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