大いなる遺産
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『 |
大いなる遺産
』(
Great Expectations)
ディケンズ(
Charles John Huffam Dickens)
山本政喜訳 角川文庫上中下巻 初版昭和27年
ISBN-13:
978-404211009
このほか、新潮文庫上下巻 山西英一訳 と、河出文庫上下巻 佐々木徹訳もある。
ディケンズは、改めて書くには及ばぬ文豪。
本書は、ディケンズの晩年の作で、彼の作品中、最高という評もある長編小説で、映画化もされている。
内容は孤児のピップが鍛冶屋の親父に育てられて、将来は鍛冶屋にして貰うつもりでいるところを、思わぬ遺産が降って湧いたようにピップにもたらされる、そして……、というストーリー。
感想=昭和27年の訳文は、新潮文庫版の山西訳と比べてみたが、どっこいどっこいであった。ただ正直に原文を訳しているなあ、とその忠実さに好感を持った。いまは原文が無料でネットから読めるので、楽に比べることができる。ほんの少し、お楽しみに訳してみたが、ディケンズの文章は丁寧で多弁で、やっぱりディケンズ、そしてお手本にされるだけのよさがあるのだった。なんといっても人物造形の巧みさ、その人物に付与された性質気質が、まるで実在の人物であるかのように躍動し、読む人の心に焼き付けられてしまう。いいやつも、いやーな奴も。しかも人物群がとんでもなく異様で、常識外れで想像を絶するものであるにもかかわらず、彼らの心情は、実に身近に感じられる。ストーリーも意外な展開を見せる。このあたりが大衆向けのエンターテインだが、それだけではない、この時代に生まれたといえる家庭の温かさ、家族愛、そして友情が描かれる。ピップに表れる人間性のよさには、作者の願いが込められているように感じた。
特に印象に残ったのは、数多の登場人物中、寿命が尽きる高齢者が多くいることだった。この人々が、どのようにして命を終えるか、その有様に感銘を受けた。医療が未発達で、福祉もない時代、もちろん老人ホームもない時代に、だれが、どこで、どのように病人の介護をし、看取っていったかという姿が描かれている。物語のストーリーを楽しむとかいった目的ではなしに、今現在の高齢者への介護、病人に対する看護などと引き比べながら、この点に注目して読むと、ピップの周辺の高齢者たちが、ほんとうに人間らしく、のびのびと、むしろ我が儘なほどに、して欲しいことを要求し、言いたいことを言い、聞いて貰い、しかもいままでの世界から引き離されることもなしに旅立っている、と感じた。