文房 夢類
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文房 夢類

丹沢・山暮らし

丹沢・山暮らし』著者=中村芳男 前文=城山三郎 発行=どうぶつ社1980年 ISBN9784886224132 1325 四六判 P260
著者=なかむら・よしお 新潟県能生町生まれ 県立能生水産学校卒業 安南(今のベトナム)で底曳網漁業に従事。戦後、丹沢で戦争犠牲者たちと共同生活。民営国民宿舎経営。丹沢自然保護協会、全国自然保護連合などを組織。
内容=作家 城山三郎の前文があり、東丹沢に住み着いたきっかけから今日までの中村さんを一枚の写真に撮影したかのように綴っている。
続いての本文で主人公の中村さんが丹沢山中での暮らしを語る。大きな特徴は、これが1947年に始まる出来事であり、この年は日本国が戦いに敗れて2年後であり、中村さんが戦災孤児たちを連れて山に入り、炭焼きをして食べて行く姿を描いていることだ。中村さんは、東京生まれのクリスチャンの女性と出会い結婚する。山の中で生き抜くうちに、美しい自然に目が奪われ、山の木々、動物を守りたい気持ちが膨らんでゆく。
感想=私がこの本と出会ったのは、図書館の郷土史料の棚だった。
この海老名市立図書館は、2015年に改装オープンして今の形になった。大きな特徴が3つあり、1つは蔦屋書店とスターバックス コーヒーが入っていること。2つ目は日本全国、住所を問わず登録、利用できること。
本の返却は送料一律500円で可能。3つ目は大まかなジャンル別に書架に並べてあること。
というわけで郷土資料のコーナーを、アテがあるわけでもないが漂っていた時に目に止まった一冊がこの本だった。
この図書館は、新しいやり方を取り入れたところの特徴として、従来の常識から外れているという感覚から拒否反応を示す人も少なくないと聞いている。が私には受け入れやすい、大歓迎する要素満載の嬉しい図書館誕生だった。カフェスタイルの図書館員が館内のあちこちにいて、声をかけると親切に教えてくれる。年配の人たちも働いているが、わざとではない、ごく自然の穏やかな笑顔で接してくれるのである。
一つの組織の良さ悪さは、現場で働く人の表情を見るのが一番だ。ここは、素晴らしく良いのだった。歩いて通える図書館はあるが、私は小田急線に乗って海老名に行くことにした。近いところは館員が仏頂面で、こっちも仏頂面になっていると、何でお礼言わねーんだよ? という裏飯面で見上げてくるのだ。二度三度となると、こっちが先に般若面になる。
話が逸れてしまったが、手に取った本書はカバーなし、ヤケ、痛み、シミ、汚れ、蔵書印、なんでもありのボロボロ本だ。蔵書印はいくつも押されていて、それは転々としてきた図書館印だった。丹沢は海老名の目と鼻の先だから、この本は地元の本として長い間読まれてきて、この図書館に落ち着いたものだろう。

城山三郎の前文ーー出だしの一行。
中村芳男さんが、丹沢に入ったのは、昭和二十二年も暮れのことであった。新潟と富山の県境に生れた中村さんは、もちろん、丹沢を知らない。見当もつかない場所であった。
全文を紹介したいところ。思いのこもった紹介である。
大勢が住めるタダの家があるところ、という条件で探して、見つかったのが丹沢山中の77坪の廃屋だった。ガラスもランプも壊れて、家の中は土足で歩く状態。ここに戦災孤児たち引揚者、罹災者など13人と中村さんの妻と2人の子たちが居着いて炭焼きを始めた。漂浪してたどり着く人も加わって人数は増える。この時中村さんは37歳だった。
これは、年間千万人の餓死者が出ると見積もられた時代のことだから、食物にどれほど苦労したことだろう。
細かくお伝えしていると一行残さず書くことになりそうだ。中村さんは奥さんの影響もありクリスチャンになる。

腹の底に響いたのは、中村さんが丹沢に連れてきた孤児の少年の、それまでの日々だ。当時菊田一夫の「鐘の鳴る丘」という戦災孤児を題材としたラジオドラマが放送されていて、その主題歌が「父さん母さんいないけど~」という始まりだった。中村さんが山に連れてきた少年が、まさにこのような戦災孤児だった。上野の地下道で暮らし、靴磨きをするために電車の座席の布を切り取った。生き抜くためには何をしたっていいんだ、とお兄さんたちから教わる。読んでいて私は、山よりも当時の東京に引き戻されてしまい辛かった。
一番心に残ったのは「なかちゃん」のエピソードだ。真面目になりたいんです、と言ってやってきた、大柄でスピーディではない得体の知れない男。クリスマスにキリストの演劇をしたりするうちに祈るようになり懺悔を始める。やがてハガキを各所に出し始める。驚くような犯罪に関わることを続けてきた罪を謝るハガキだった。刑事が逮捕状を持って山にやってきた。ハガキを受け取った中の誰かが届けたらしく、なかちゃんは逮捕された。中村さんが裁判に呼ばれた。引取人に本人の全生活の指導と監督をお願いする、と言われて中村さんは請けあう。これが判決だった。このエピソード一つで一冊の本になるくらいの、山と時代と人の情景が広がる。
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