海流のなかの島々
20-12-14-19:54-
『海流のなかの島々』ISLANDS IN THE STREAM 著者=アーネスト・ヘミングウェイ ERNEST HEMINGWAY 訳=沼沢洽治 発行=新潮社 新潮文庫 上下巻¥@480ISBN4-10-210008-3
内容=この本は、アーネスト・ヘミングウェイが1961年に猟銃自殺後、彼の妻、メアリー・ヘミングウェイが版元のチャールズ・スクリブナー・ジュニアと協力して編集し、1970年に出版した長編小説である。未完のまま保存してあったものをみつけた。
はしがきに、メアリーが、こう書いている。「綴り字や句読点の訂正という当り前の作業に加え、若干原稿のカットを行いましたが、これは故人が生きていれば当然自分でいたしたはずと私に思えたカットです。この本はすべてアーネストのもの。私たちはいっさい加筆しておりません。」
カリブ海に浮かぶ小島、ビミニで一人暮らしをする画家、トマス・ハドソンが主人公。夏休みに、別れた妻たちの息子たち3人がやってくる。これが第一部。第二部は、下の息子二人が母親と共に自動車事故で死に、長男を戦地で失ったハドソンが、キューバに逼塞する重苦しい心模様が描かれる。第三部「洋上」は、ドイツのUボートと思える敵船を追跡して殲滅させるが、ハドソンは致命傷を負う。
感想=トマス・ハドソンは作られた人物像であり、そっくりヘミングウェイと重なるものではない。実生活の息子さんたちは死なない。事実とは違うのだが、実際にビミニ島、キューバを愛していたヘミングウェイの姿が重なって見える。登場するネコたちはヘミングウェイが飼っていたネコたちで、これは実名だそうだ。
いつもは母親と暮らす息子たちが父のいる島へやってくる。待ちかねる父。子を見る父親の目の確かさ、深さに目を見張る思いがした。海釣りに出て大物がかかる。このときのすべてが、のちに『老人と海』に姿を変えて発表される。両方を読んでみると、こちらが先に書かれたと見ざるを得ない。長編であり、未完であり、しかも推敲途上におかれたままの作品である。それにもかかわらず、私は突っ走るように読み進み、読み返した。「ビミニ」のなかの#8では作家論が、#9では「老人と海」の原型が見られ、#10に自殺論とも言える内容が籠められる。「キューバ」の章は重く暗く海はない。ここにむき出しのヘミングウェイが置かれ、苦悶苦悩がのたうち回り、読むに堪えない無惨な魂を目前に見る。ここまでの大きなうねりが、終章の見えない敵を追跡する海上の激闘を必然的なものにしている。ハドソンは致命傷を負い、ここで未完なのだ。
海の情景、空、雲の姿、船。酒。そして吐き気がするほどの緊張のなかの追跡と戦闘。ネコたちへの心遣いは、人に対するのと変わりがない。出かけるときに、挨拶を忘れて出てきてしまったが、と気にしている。一緒に眠っていて、猫が胸に乗っている、寝返りを打つときに、猫に断っている。細かいことの感想は山のようにあり書ききれないが、読後、微風のように目の前をよぎったのは、三島由紀夫の最期の大作『豊穣の海』全四巻であった。寒気がする。
内容=この本は、アーネスト・ヘミングウェイが1961年に猟銃自殺後、彼の妻、メアリー・ヘミングウェイが版元のチャールズ・スクリブナー・ジュニアと協力して編集し、1970年に出版した長編小説である。未完のまま保存してあったものをみつけた。
はしがきに、メアリーが、こう書いている。「綴り字や句読点の訂正という当り前の作業に加え、若干原稿のカットを行いましたが、これは故人が生きていれば当然自分でいたしたはずと私に思えたカットです。この本はすべてアーネストのもの。私たちはいっさい加筆しておりません。」
カリブ海に浮かぶ小島、ビミニで一人暮らしをする画家、トマス・ハドソンが主人公。夏休みに、別れた妻たちの息子たち3人がやってくる。これが第一部。第二部は、下の息子二人が母親と共に自動車事故で死に、長男を戦地で失ったハドソンが、キューバに逼塞する重苦しい心模様が描かれる。第三部「洋上」は、ドイツのUボートと思える敵船を追跡して殲滅させるが、ハドソンは致命傷を負う。
感想=トマス・ハドソンは作られた人物像であり、そっくりヘミングウェイと重なるものではない。実生活の息子さんたちは死なない。事実とは違うのだが、実際にビミニ島、キューバを愛していたヘミングウェイの姿が重なって見える。登場するネコたちはヘミングウェイが飼っていたネコたちで、これは実名だそうだ。
いつもは母親と暮らす息子たちが父のいる島へやってくる。待ちかねる父。子を見る父親の目の確かさ、深さに目を見張る思いがした。海釣りに出て大物がかかる。このときのすべてが、のちに『老人と海』に姿を変えて発表される。両方を読んでみると、こちらが先に書かれたと見ざるを得ない。長編であり、未完であり、しかも推敲途上におかれたままの作品である。それにもかかわらず、私は突っ走るように読み進み、読み返した。「ビミニ」のなかの#8では作家論が、#9では「老人と海」の原型が見られ、#10に自殺論とも言える内容が籠められる。「キューバ」の章は重く暗く海はない。ここにむき出しのヘミングウェイが置かれ、苦悶苦悩がのたうち回り、読むに堪えない無惨な魂を目前に見る。ここまでの大きなうねりが、終章の見えない敵を追跡する海上の激闘を必然的なものにしている。ハドソンは致命傷を負い、ここで未完なのだ。
海の情景、空、雲の姿、船。酒。そして吐き気がするほどの緊張のなかの追跡と戦闘。ネコたちへの心遣いは、人に対するのと変わりがない。出かけるときに、挨拶を忘れて出てきてしまったが、と気にしている。一緒に眠っていて、猫が胸に乗っている、寝返りを打つときに、猫に断っている。細かいことの感想は山のようにあり書ききれないが、読後、微風のように目の前をよぎったのは、三島由紀夫の最期の大作『豊穣の海』全四巻であった。寒気がする。