文房 夢類
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生存者の回想

生存者の回想』(THE MEMOIRS OF A SURVIVOR) 著者=DORIS LESSING ドリス・レッシング 発行=水声社 2007¥2200 237頁 サイズ 20cm ISBN978-4-891766559
著者=1919201394歳)イギリスの作家 小説・詩・ノンフィクション 2007年ノーベル文学賞受賞 受賞理由=女性の経験を描く叙事詩人であり、懐疑と激情、予見力を持って、対立する文明を吟味した。
内容= 近未来のイギリス北部の都市を想定した場所が舞台。現代社会が完全に崩壊して道路と建物は残っているが、交通、電気、水道、通信網などのライフラインがすべて破壊され尽くしたアパートの1Fに居残る、一人の老女が主人公である。小説の中心にいる老女、私は、ただ一人、待つ。なにを、何故、いつまで?  時が過ぎるのを待つのだ。荒れ果てた道路には、田舎へ落ち延びてゆく人々の姿、たむろする若者の群れが見える。若者等は無人の建物に侵入して略奪、破壊し去って行くが、同じような集団が次々に現れる。老女は、高価な水を買い、蓄えの食物で暮らすが、不自由さに負けて逃げることはしない。あるとき、部屋の壁の向こうに、なにかが存在することに気づく。現実の壁の向こう側は通路だが、老女は、そこに部屋があるとみて踏み入る。部屋はひとつではなく、様々な多数の部屋があり、人の姿も見えた。
読者は、この時点で、この小説が近未来小説であるだけでなく、ファンタジックな要素をも、併せ持つことに気付かされる。
こうした状況にあるとき、見知らぬ男が、エミリという少女を連れて訪れ、置き去りにする。老女は、13歳のエミリの面倒を見ながら生活するようになる。エミリは1匹の獣を連れてきて、この獣も同居する。それは茶色の毛皮で犬の形だが緑色の猫の目をしている醜い獣だった。エミリが道路のギャングたちの仲間に入り、ボスの女となり、ライバルの少女が現れるなどの動静を、老女は獣と共に見守り、待つ。当初はエミリの保護者の立場であった老女は、やがて荒廃した現実の中で、古布で服を作り、食物を手に入れてくる技のある、早熟で逞しくもあるエミリによって生活を支えてもらう関係に変化してゆく。ギャングのボスの下には大勢の子4,5歳のこどもたちが集まり、エミリは彼らを取り仕切るが、少女と子どもたちの関係は権威と服従であり、ここに、意図して作られたのではない従来社会の病巣が現れる。作者の主張する一端、社会構造は特定の人物たちが意図して作り上げたものではなく、状況次第で少女と4歳児との間にも生まれるのだ、と言っているかのようだ。やがてこの子どもたちは人を殺す。冬が来て老女とエミリとボス、獣は老女の部屋に籠もったとき、壁の向こう側の部屋が現れて、皆が踏み入る。そこに老女が探し求め続けてきた女人がいた。女人に従い、エミリとボス、獣がついて行く。獣は美しく、威厳と支配力に溢れた素晴らしい動物に変身してエミリのそばを歩いていた。ギャングのボスは、最後までためらっているが、子どもたちにしがみつかれて、皆と一緒に女人のあとを追った、そのとき最後の壁が砕け散る。
感想=生存者、と訳している SURVIVOR には、たしかに生存者という訳もあるが、「生き残った人」のほうが、この作の場合、より適切に思える。「回想」ではない、これは「記憶」のほうがぴったりする。読みにくい、分かり難い、長々とした説明文が、最後まで続く作品。
壁の向こうにある部屋と、そこにいる人々は、原初の風景ともいえる普遍的な世界で、いままでに世界各地で生まれて読まれてきた物語の典型である。『トムは真夜中の庭で』(フィリパ・ピアス)などのファンタジーを思い出させる。
生涯をかけて探し求める「何か」が、そこにあるのだ。「待つ」私は、求めるものを手に入れる迄、待っていたと言える。求め続け、待ち望んでいたものは、一人の女人。その姿も声も言葉も、なにひとつ描かれていない、女人に従い、どこかへ去って行くゆくエミリとジェラルド(ギャングのボス)、獣、子どもたち。私は、見送る人であり、追うことはない。一同が去り、壁が砕け散る。
私を過去、エミリを現在、獣を未来とみることもできる。あるいは、殺人者である4歳の子どもを未来に置くことも可能だ。レッシングがしつらえた世界は、細部は目の前に見えるように仔細に描かれているが、いったん超常世界に入ると、一挙に不可解世界に読者を落とし込む。読み取るという読み方ではなく、著者に対抗し、作品と戦いながら読み進む方がより楽しめるし、収穫も大きいと感じた。
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