文房 夢類
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骨から見た日本人

骨から見た日本人』 古病理学が語る歴史 鈴木隆雄(すずき・たかお)著 講談社 2010年発行 1000円 ISBN 978-4-06-291978-4  学術文庫
 著者=1951年生まれ。札幌医科大学卒業。東京大学大学院博士課程修了。現在国立長寿医療センター研究所所長。
 何章かとりあげて紹介する。
 
「花を供えたはじめ」
 イラク北部、クルジスタン地方のシャニダール洞窟遺跡から、1953年~60年にかけて、ハーバード大学のソレッキらにより、男女子ども合わせて九体の遺骨が発掘された。
 九体の中の第四号人骨は野の花に埋もれていた。ムスカリ、アザミ、タチアオイ、ノボロギク、ルピナス、ヤグルマソウなど。おそらく、花の季節に死亡したシャニダール四号人は、周囲の人々が摘み集めた花に囲まれ、丁重に埋葬されたのであろう。六万年前のことだ。
 縄文人も花を供えていたという。死者に花を供える心。その発想が伝搬ではなく、自然発生であることに、人が授かった人の心を感じる。

「岩場からの転落か」
 福島県相馬郡の三貫地貝塚から出土した百体を超える人骨のなかに、大腿骨骨折の例が発見された。この個体では、骨折後良好な経過を辿り、骨折後数十年生存していた症例とみなされた。
 縄文人の平均推定年齢は短い。ゼロ歳の平均寿命(余命)男女とも、一四・六才。長寿の人との差が大きいことに驚く。

「闘いのはじまり」
 闘いの始まりは、農耕がはじまった弥生時代だとする定説がある。土地の奪い合いなどが、闘いの原因となったであろうと言う推察からきている。戦闘によって奪取すべき富の偏在と蓄積、社会統制と分配の組織化が、闘いへと発展していったであろう、という。
 しかし、骨を見るとちがった、縄文時代の骨に、石の鏃を打ち込まれたあとがある。縄文人も戦っていたのだ。人の遺伝子には、殺人衝動が組み込まれていたのか。ヒト以外の動物に同種間での殺し合いがあるのだろうか。食べるために殺すのと、殺すことを目的にするのとはちがう。

「古人骨にみられる先天異常」
 頭蓋の先天異常に、唇裂・口蓋裂が知られている。現代でも1500~5000人の出生に一人という、比較的高い頻度の異常である。
 縄文時代の土偶や土器人面把手に、上唇裂(兎唇)を表現したと思われるもののあることは、よく知られている。口唇裂の者は、その奇異な発声という特性から、カミの声を伝える媒介者としての役割を担い、これが呪術師的能力を持つ者へと転化していった、という説がある。先天異常の人は、周囲の仲間がその特性を差別するのではなく、認めることで居場所を得て生ていたのかもしれない。

「身障者の介護」
 北海道西南部の洞爺湖町高砂貝塚から一キロほどのところにある入江貝塚は、縄文時代前期末葉から中期、さらに後期までを含む貝塚である。ここから発掘された後期の個体「入江9号」の推定年齢は、十代後半から二十代前後である。その四肢は極度に細く、幼少期に麻痺したまま、長い間寝たきりであったと推定できる個体だった。脳性麻痺、脊髄の変成疾患、進行性筋ジストロフィー、あるいはポリオか。咀嚼筋も萎縮した痕跡があるので、筋ジストロフィーが強く疑われる。
 このような大きな障害があり、成人するまでの長い間を寝たきりでいた当例は、縄文時代にも、周囲の厚い保護と介助を必要とした身体障害者を受け入れていたことを立証している。
 原始社会とみなされている縄文時代の、障害者とその介護に対する精神構造を知る上で、手足の萎えた入江9号は、貴重な証人である、と書かれている。
 死者に花を供える。人殺しをする。健康管理をし、長生き努力をする。そして弱い者を助ける。これが人なのだ。
 人は善悪両面を持つ。一時代をひとまとめにはできない。これらの両面が古代から発掘された骨によって動かぬ証拠として語られたとき、古代先祖人がいっそう身近に引き寄せられて心が安んじる。

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