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日本速記事始

日本速記事始』副題=田鎖綱紀の生涯 著者=福岡 隆(ふくおか たかし) 発行=岩波書店1978年 新書 218頁 ¥280
著者=1916年広島生まれ 1929年上京、商業・速記・英語の各学校卒業。早稲田大学通信文学部終了。海軍通信学校暗号科卒業。速記者・東京速記士会理事
内容=日本に速記術をもたらした人物、田鎖綱紀の伝記。
感想=画像も音声も、自由自在に保存できる現在、速記という言葉さえ知られなくなった。しかし、テレビで国会中継を見ると、まるで議場の主役であるかのような中心の席にいて仕事をしている速記士の姿を見ることができる。
この本は、録音録画は夢にも出てこなかった時代に、なんとかして発言した言葉を、そのまま記録したいと願った人の伝記だ。
田鎖綱紀は、初めから速記の記号を案出しようとしたのではなかった。
彼は日本語文字を作りたいという大望を持って、外国に生まれた速記を手本に、日本の速記を生み出した。
ローマ字は西洋の文字、漢字は中国の文字。カタカナ、ひらがなは、漢字の変形だ、と田鎖はいう。純粋な日本文字ではない、という。
純粋の日本文字が欲しい。この熱意、努力が結果として日本速記術を生み、録音技術が発達した現在も、未だに必要とされている存在となったのだった。
この本は、速記に生涯を傾けた田鎖綱紀の生涯と同時に、その時代の記録でもある。
目次の次、中扉に当たるページに晩年の綱紀の写真が出ている。白髪白髯、眼鏡をかけた明治人の姿。その上端に東京雑司ヶ谷墓地の地番が記されている。綱紀の墓所だ。次ページに墓所の墓石に隣接して建てられた念碑に刻まれている文字が置かれている。著者は、この念碑建立の発起人の一人である。その文字をここに置きましょう。
表「日本文字始而造候居士」裏「岩手県盛岡の人田鎖綱紀は、明治15年(1882年)日本傍聴筆記法を発表し、速記の今日の隆盛の礎を開いた。その八十年を迎えるに当り、翁が生前の抱負を示す遺墨の碑をここに謹んで建立する」一九六二年七月三日 日本速記法習得者有志一同

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