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写真屋カフカ

写真屋カフカ』(1)(2) 著者=山川直人(やまかわ なおと)発行=小学館 2015年 2017年 kindle版 各174頁¥660 紙本=¥763 ISBN-10:4091872905
著者=1962年大阪生まれ、東京育ち。高校時代から同人誌活動を始め、同人誌即売会コミティア創立時にスタッフとして関わる。現在も同人誌、自主制作本の活動を続けている。
著書=『
コーヒーもう一杯』『道草日和』など。
内容=第1巻に14作、第2巻に13作。ほとんどが独立した作品で、共通する主人公はカフカという名の黒マントの写真屋カフカ。都内で小学校などの集合写真撮影などで生計を立てており、時たまカラスとネコが遊びに訪れて彼らと話し合える。カフカは銀塩カメラで世の中から消え去りゆくものを撮り歩く。そのエピソード集とも言える短編集。本書はビッグコミックススペシャルとして発行、同時にkindle版でも出ている。独特の画風、往年のカメラの数々がカットに入り、念入りに描かれる。
感想=公衆電話ボックス、風呂屋の煙突、紙芝居などを撮り歩く。居合わせた老人や女の子など撮らせてもらい、記念に渡す。銀塩、現像する写真だ。後日受け取った老人の、写っている姿は懐かしい恋人との中学生時代のツーショットだ。息を飲んで再び見つめると、そこには一人でベンチに腰掛けている今の自分が写っていた。「線路を訪ねて」では彼の父が語られる。父の生まれ故郷の電車は廃線となり、線路も消えた野だった。野を撮影するカフカに、土地の老人が語りかけてきた。それは昔ながらの土地の言葉だった。
多少、お伝えできるだろうか、単なる懐古に終わっていない、動きつつ進む社会と連結感がある一方、ファンタジックな楽しみもある。第2巻には未来を見る一編がある。転がってきた幼児の靴、片方。拾いに来たお母さんに抱かれた坊やの写真を撮る。現像して手渡してもらったお母さんが見た写真には、母より背の高い青年が。変な写真家だ、と言われてカフカは、そんなことない、みんな、自分が見たいものを見るんだ、と伏目でつぶやく。
山川直人は、私の一代あとの世代の人だ。が、見ている「昔の姿」が親世代と言える私の視線と重なる世界をつかまえている。例えば映画「自転車泥棒」を観る場面があるが、実際に観て、心を動かされていなかったとしたら描けない空気に満ちている。取材だけで書いたものと、自分自身の欲求から掴み取ったもの、感じたものとの間に広がる溝は埋めようがないし、わかるものだ。だいたい、主人公の名前が谷遠カフカである。これはジャン・コクトーとフランツ・カフカではないだろうか。
コクトーは1963年に亡くなっている人だし、カフカはコクトーと同時代の作家だが41歳で亡くなっている。著者が生まれた頃に、この世を去っている作家たちだ。以前、東京で国際ペンクラブ大会が開催された時に、会場でフランスの作家と話したことがあった。フランスの作家で誰が好き? と問われたので、すかさずジャン・コクトーと答えてしまった。その時の彼のガッカリぶりはなかった。うなだれた姿を、今も思い出す。自分の好みはさておいて、若い、今時代の作家を挙げるべきだった。それはさておき、文学も映画も、フランスは長いこと低迷期にあるような感じがしてならないのは、私の見方がおかしいのでしょうか。
ジャン・コクトーを日本の読者が容易に受け入れることができている理由は、映画がヒットしたこともあるが、詩の訳文が優れていたことが大きな要素だと思っている。翻訳文だけで他国の文学を受け入れる読者の場合、翻訳の力が大きな影響を持つのは避けようがない。
川端康成がノーベル賞受賞後の取材に答えて、(私の受賞は)翻訳の力もあります、と述べていたことを思いだす。翻訳されていなければ読まれなかったわけだし、さらに翻訳の文章が優れていなかったとしたら、伝わるだろうかということだし、翻訳の腕によって、相手の国の感覚に入り込めるような仕上がりになることもあり、その逆もありうる。翻訳のことを考えると、聖書や仏教の経典などはどうなのだろうと思う。
話題が逸れてしまったが、著者は同人誌から出発した作家であるだけでなく、現在も同人誌活動を続けているそうだ。同人誌を作るということは、まさに「活動」であり、文化の、その分野の礎である。商業誌で活躍するかたわら、この場所にも体重をかけている作家を、私は心底から敬愛し、応援する。
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