老いと記憶
12-09-19-11:41-
『老いと記憶』副題=加齢で得るもの、失うもの 著者=増本康平(ますもと・こうへい) 発行=中央公論社2018年 中公新書2521 206頁 ¥780 ISBN9784121025210
著者=1977年大阪府生まれ 神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授。専門分野は高齢者心理学、認知心理学、神経心理学。
内容=加齢に伴い、人の記憶・認知は、どのように変化するのか。若年者と高齢者ではどこが違うのか、あるいは同じか。様々な実験・研究による知見を披露する。
感想=タイトルから内容を推測すると高齢に伴い、記憶はどのように変化するのか? そしてその対処法は? というものだった。
最近氾濫している健康関連本、腰痛を治すには、的な内容が浮かんでくる。しかし本書は「治すには本」ではない。
もちろん、全5章あるうちの第3章では「訓練によって記憶の衰えは防げるのか」と題して、最も関心が深い「よく忘れちゃう」問題について詳しい内容がたくさん出ている。よって、第3章を読めば、物忘れを防ぐ日常のありようがわかるだろう。
ところで、まず第1章では、脳みそのデキについて解説。最近はしばしば目にする脳図だが、初耳! だったことは、一つの出来事が、一つの部位に収納されるのではない、あっちの部署にもこっちの課にも、といろいろなところに保存される仕組みになっているということだ。このような情報はもう、専門家から授けてもらうすごい宝物だ。よって最も興味深く読んだのは、第1章だった。
この分だと、脳内状況はさらに詳しいものがわかってゆくに違いない。たとえば連想について。浜辺で砂を踏んだとたんに思い出した、あのメロディ。味噌汁の香りとともに突然浮かんだ実家の台所。
匂い、音、色、手触りなど、ジャンルを超えて連結する通信網の不思議さについて思いを巡らせた。
本書には、このような五感の間の連結とか通信などは書かれていない。基礎的な脳の仕組みの解説を読みながら勝手に想像を膨らませただけである。
いま私は三遊亭円朝に浸っているので、人間のもつ第六感のようなものについて関心を寄せているのだが、多分、この分野の研究は今が門前に佇んでいるような時期であり、これから大きく扉が開かれるのではないだろうか。
著者は、この本を執筆された時、41歳。「まえがき」に、次のように記している。
ー 私は三五歳の時からシニアカレッジで毎年、「記憶機能の加齢」について高齢者を対象とした講義をしています。その講義をお世話していただいている方に、「若い先生が高齢者の前で高齢者の記憶について話している姿が新鮮で面白い」と笑われたことがありました。確かに記憶の問題をまさに体験している高齢者に対し、その二分の一ほどしか生きていない私が高齢期の記憶について講義をするわけですから、釈迦に説法の感はあります。ー
この文からも分かる通り、高度で複雑な研究内容を一般向けに分かりやすく平易な表現で手渡してくれる空気が親しみやすく、明るい。よって、明日にも御陀仏になりかねぬ当方が読んでも明るく、ためになり、おもしろい。
つくづく身にしみることは、手間と労力がかかり煩雑な実験などにしても、高齢期には知恵はあっても肉体的に続かないだろうということだ。よって、データを提供する側に立ち協力することで役に立ちたい。
一つ、びっくりしたことは、認知機能低下の原因が、喫煙や高血圧、空気汚染などよりも、社会的つながりの有る無しが問題だということだった。
これでわかったことは、難聴そのものが認知症を引き起こすのではなく、聞き取りにくいために会話が億劫になることから社会的つながりが減ることが問題なのだということだろう。これは、視力の補正にメガネをかけるように、補聴器を楽に使いこなせれば問題解決になるわけで、これを読んだら難聴者は元気が出ることと思う。各章の各所に、こうしたヒントがたくさん盛り込まれている面白い本。
もうひとつ面白かったのは、有名なピアニスト、ルービンシュタインが晩年になっても年齢による衰えを感じさせない演奏を行ったことについての、インタビューでの彼の答え。
彼は、ピアノ演奏における年齢の影響を、3つの方法でマネジメントしていた由。
1 演奏のレパートリーを絞り(選択)2 集中的に練習し(最適化)3 速い手の動きが求められる部分の前の演奏の速さを遅くすることでコントラストを生み出し、スピードの印象を高める。
これは無理になったことを知恵でカバーするという、年をとった職人さんたちが持っている「いっとき力」と同じ知恵。高齢になったら、時にはニヤリとしながらこうした知恵を絞るのも楽しみかもしれません。
著者=1977年大阪府生まれ 神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授。専門分野は高齢者心理学、認知心理学、神経心理学。
内容=加齢に伴い、人の記憶・認知は、どのように変化するのか。若年者と高齢者ではどこが違うのか、あるいは同じか。様々な実験・研究による知見を披露する。
感想=タイトルから内容を推測すると高齢に伴い、記憶はどのように変化するのか? そしてその対処法は? というものだった。
最近氾濫している健康関連本、腰痛を治すには、的な内容が浮かんでくる。しかし本書は「治すには本」ではない。
もちろん、全5章あるうちの第3章では「訓練によって記憶の衰えは防げるのか」と題して、最も関心が深い「よく忘れちゃう」問題について詳しい内容がたくさん出ている。よって、第3章を読めば、物忘れを防ぐ日常のありようがわかるだろう。
ところで、まず第1章では、脳みそのデキについて解説。最近はしばしば目にする脳図だが、初耳! だったことは、一つの出来事が、一つの部位に収納されるのではない、あっちの部署にもこっちの課にも、といろいろなところに保存される仕組みになっているということだ。このような情報はもう、専門家から授けてもらうすごい宝物だ。よって最も興味深く読んだのは、第1章だった。
この分だと、脳内状況はさらに詳しいものがわかってゆくに違いない。たとえば連想について。浜辺で砂を踏んだとたんに思い出した、あのメロディ。味噌汁の香りとともに突然浮かんだ実家の台所。
匂い、音、色、手触りなど、ジャンルを超えて連結する通信網の不思議さについて思いを巡らせた。
本書には、このような五感の間の連結とか通信などは書かれていない。基礎的な脳の仕組みの解説を読みながら勝手に想像を膨らませただけである。
いま私は三遊亭円朝に浸っているので、人間のもつ第六感のようなものについて関心を寄せているのだが、多分、この分野の研究は今が門前に佇んでいるような時期であり、これから大きく扉が開かれるのではないだろうか。
著者は、この本を執筆された時、41歳。「まえがき」に、次のように記している。
ー 私は三五歳の時からシニアカレッジで毎年、「記憶機能の加齢」について高齢者を対象とした講義をしています。その講義をお世話していただいている方に、「若い先生が高齢者の前で高齢者の記憶について話している姿が新鮮で面白い」と笑われたことがありました。確かに記憶の問題をまさに体験している高齢者に対し、その二分の一ほどしか生きていない私が高齢期の記憶について講義をするわけですから、釈迦に説法の感はあります。ー
この文からも分かる通り、高度で複雑な研究内容を一般向けに分かりやすく平易な表現で手渡してくれる空気が親しみやすく、明るい。よって、明日にも御陀仏になりかねぬ当方が読んでも明るく、ためになり、おもしろい。
つくづく身にしみることは、手間と労力がかかり煩雑な実験などにしても、高齢期には知恵はあっても肉体的に続かないだろうということだ。よって、データを提供する側に立ち協力することで役に立ちたい。
一つ、びっくりしたことは、認知機能低下の原因が、喫煙や高血圧、空気汚染などよりも、社会的つながりの有る無しが問題だということだった。
これでわかったことは、難聴そのものが認知症を引き起こすのではなく、聞き取りにくいために会話が億劫になることから社会的つながりが減ることが問題なのだということだろう。これは、視力の補正にメガネをかけるように、補聴器を楽に使いこなせれば問題解決になるわけで、これを読んだら難聴者は元気が出ることと思う。各章の各所に、こうしたヒントがたくさん盛り込まれている面白い本。
もうひとつ面白かったのは、有名なピアニスト、ルービンシュタインが晩年になっても年齢による衰えを感じさせない演奏を行ったことについての、インタビューでの彼の答え。
彼は、ピアノ演奏における年齢の影響を、3つの方法でマネジメントしていた由。
1 演奏のレパートリーを絞り(選択)2 集中的に練習し(最適化)3 速い手の動きが求められる部分の前の演奏の速さを遅くすることでコントラストを生み出し、スピードの印象を高める。
これは無理になったことを知恵でカバーするという、年をとった職人さんたちが持っている「いっとき力」と同じ知恵。高齢になったら、時にはニヤリとしながらこうした知恵を絞るのも楽しみかもしれません。