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Feb 2023

プライヴァシーの誕生

『プライヴァシーの誕生』副題=モデル小説のトラブル史 著者=日比嘉高(ひび よしたか) 発行=新曜社2020年 サイズ=128X210mm 308頁 ¥2900 人名索引・モデル問題関連年表・初出一覧・注 ISBN9784788516854
著者=1972年愛知県名古屋市生まれ 筑波大学大学院文芸・言語研究科修了。博士。アメリカ2大学客員研究員ののち、名古屋大学大学院文学研究科准教授。著書『今、大学で何が起こっているのか』ひつじ書房他
内容=明治時代の内田魯庵から始まり大正、昭和と時代を下りながら、モデル問題で世間を賑わせたというか話題になり、裁判にもなった 作家たちと、その作品、裁判などでの評価を検証する。最後に、現在のネット社会の個人情報の取り扱い方、プライヴァシー、表現について考察している。
感想=明治時代、文明開化の世の中となり、西洋からどっと入ってきた眩い諸々に幻惑されつつも必死で吸収していった、その時に文学の風潮もまた小説家たちを新しい波に乗せた。絵画も然り。
   が、今になってハタと気付くことは、誤訳的導入をしていた部分があったのではないかということだ。
   例えば絵画でいうと印象派。これがあたかも西欧絵画の主流であるかのように感じて吸収したが、実は多々ある中の一派でしかなかったという話を聞く。小説書きの世界でも、田山花袋が愚直に実行した、あの自然主義。
   見たものを見たままに文字にするという手法が、文明開化以来、金科玉条のごとく信じられ実行されてきていたと私は思う。純文学系の同人誌のほとんどが、今世紀に至ってもなお、大真面目に守っている。
   私は今朝、何を食べたか、我が家の犬が、こんな芸をしたなどの身辺雑記を書いていたのが、やがて自分の家族の事情、恋人、友人のことも、と視野を広げていった。
   自他の区別が明確に意識されていない古世代の作家たちはもとより、俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの、みたいな意識の作家が世にまかり通っており、彼らの目に触れる近間の題材を文字にしては売ったのであるから、たまったものではない。
   個人の意識を明確に持っていない人々が、大手を振って歩く時代だった。これに、噂話が大好きな読者が飛びつく。商業誌も、映画スターやスポーツ選手の個人情報を取り上げる。こうして、この世は覗き見大繁盛となったのである。
   本書は、何人かの作家と、モデル問題でやり玉に上がった作品を取り上げ、その裁判の際のコメントも出して検証する。
   世の中の進歩、変革は、常に科学の進歩によって否応なく牽引されて変化するものであり、文学世界もこの流れには逆らえない。インターネットが一般的になり、利用せざるをえない必需品となった。
   第8章までは、三島の『宴のあと』柳美里『石に泳ぐ魚』などが取り上げられていたが、終章では、自己情報管理の問題を取り上げている。これは、高速進化する科学に引かれゆく姿である。 
   ネット社会の波間で、個人プライバシーは、どこまで安全で、どこまで保護されるのか? 
   指先操作だけで拡散・攪拌される情報社会に日夜棲息する大衆、筆者自身も含む大衆は、翻弄される自覚もないままに自分自身の魂までもが膨大な情報と合体攪拌、溶解され、もはや異質の溶解ならぬ妖怪に変化、ならぬ化学変化を遂げつつあるのではなかろうか。
   私見の戯言はさておき、プライバシー問題は、作家と、作家に目をつけられた人物という関係枠を消滅させ、個人情報という万人向けのフェンスによって守られる時代となった。これは歓迎すべき、良い進歩だろう。
  
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