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Sep 2019

アメリカの中のヒロシマ

アメリカの中のヒロシマ』HIROSHIMA IN AMERICA 著者=Robert J. Lifton and Greg Mitchell R.J.リフトン G.ミッチェル 訳=大塚 隆 発行=岩波書店 1995年 128X187mm 上下巻 各P235 各¥2400 ISBN4000000683
著者=R.J.リフトン=1926年ニューヨーク生まれ。精神医学・心理学者。ハーバード大学東アジア研究所等を経てニューヨーク市立大学教授。著書『死の内の生命ーヒロシマの生存者』『思想改革の心理ー中国における洗脳の研究』他
   G. ミッチェル=1947年ニューヨーク生まれ。ジャーナリスト。「ニュークリア・タイムス」誌元編集長。
訳者=1947年生まれ。京都大学工学部卒。朝日新聞者入社。アメリカ総局員、ワシントン取材などを経て東京本社科学部次長。(以上、出版当時)
内容=アメリカの側から見たヒロシマ・ナガサキはどのようなものだったか。悲惨な歴史的事実を、どのように受けとめ、向き合ってきたのか。歴代大統領・歴史家・退役軍人・ジャーナリストらの心の内へ迫る。
精神医学の専門家ならではの視点と分析が盛り込まれる一方、ジャーナリストのフットワークを駆使して活写するスミソニアン博物館の原爆展周辺の人間模様は圧巻。
感想=先に読んだダニエル・エルズバーグの『
国家機密と良心』の中で、少年エルズバーグがこの本に泣き、読んでみて、と父に手渡したエピソードがあった。アメリカの側から見た海外のヒロシマか、アメリカ大陸の中のヒロシマか。
図書館では借りる人が少なくなったために書庫にしまわれていたのを貸してもらった。かれこれ25年前の本。上下2巻、巻頭に主要登場人物が顔写真とともに掲載されている。この人々を紹介するだけで十分、広島の原型が見えてくる。
アインシュタイン、アイゼンハワー、オッペンハイマー、トルーマン、ルーズベルトなどはよく知られた人物だが、ノーマン・カズンズ(核兵器に批判的な立場を貫いたジャーナリスト)J,C.グルー(外交官。太平洋戦争勃発時の駐日大使。トルーマンに日本への降伏条件を緩めるよう進言、原爆投下に強く反対)L.R.グローブズ(陸軍将軍、軍のマンハッタン計画の最高責任者。オッペンハイマーら科学者を指揮、原爆を開発。日本への原爆投下を強く推進)J.B.コナント(化学者。ハーバード大学長。科学者を組織し、マンハッタン計画を推進。戦後は、原爆投下の正当化に全力をあげた)L.ジラード(物理学者。マンハッタン計画に参加。原爆投下に強く反対。核廃絶運動を推進)H.スティムソン(大戦当時の戦争長官。都市への無差別爆撃に抵抗、京都への原爆投下に強く反対したが、戦後に原爆投下擁護論文を発表)M.ハーウィット(前国立スミソニアン航空宇宙博物館長。大戦終結50周年に、爆心地の再現を含めた大規模な原爆展を企画。議会、退役軍人の圧力で挫折、辞任)W.L.ローレンス(科学ジャーナリスト。マンハッタン計画のスポークスマンとして投下の正当性に力を尽くした)などなど。
70年余りものちのいま、当時の仔細な記録と分析を読むことに意味があるのか。それは読んでみて初めて胸に落ちた、今現在の世相、今現在の政府各人の動きようとの、恐ろしいまでの共通性を噛み締めたのだった。
それでは今、どうしたら良いのかを考える下敷きにすべきではないか。
一口で言ってしまえば単純で簡単なことなのだと思う。それは、嘘をつかないこと。隠さないこと。もう一つは、どんな意見も無視してはならないこと。どんな人の考えも、思いも、圧殺してはいけないこと。
こんなことは一般家庭で守る、あたりまえの簡単な事柄ではないか。イザコザが絶えない家には、決まって嘘つきがいたり、これは誰ちゃんには黙っててね、と隠し事をする奴がいたりするものなのだ。同じことだ。
戦争前夜、戦争中、戦後の混乱期、ここには隠し事、ごまかし事、気に入らない考えを圧殺する事などが溢れかえっている。
この、一握りの者が引く設計図を見ることもできない、ただの道具として左右されていた人々の生の声も、ここにある。原爆投下を知った途端に揃って泣いた若者たち。これは沖縄上陸作戦寸前の運命にあった兵士たちだ。死なずに済んだ、家へ帰れる喜びの涙。
米国の被爆者については、この本で初めて知った。アメリカ西海岸に千人以上の被爆者がいることを、どれだけの日本人が知っているだろう。大部分は、親類を訪ねたりして広島に閉じ込められて被災した人たちだ。広島では数百人の日系アメリカ人が死んでいる。アメリカの被爆者たちは、生き延びてアメリカへ戻ることができた人々だが、日本の被爆者よりもさらに困窮している。無料医療給付を受けていない。日本もアメリカも、それぞれの理由や思惑があり、ボールを取り落とした形だ。
ダニエル・エルズバーグが、なぜ内部告発へと気持ちを進めていったか。それが本書を読むことで理解できた。
嘘をつくな、隠し事はするな、そうすれば平和への階段が見えてくる、そう言いたかったに違いない。そうじゃない、世の中、そんな甘いもんじゃないさ、とあざ笑う利口な人たちは、実は地獄への穴を自ら掘っているようなものだと思う。

老いと記憶

老いと記憶』副題=加齢で得るもの、失うもの 著者=増本康平(ますもと・こうへい) 発行=中央公論社2018 中公新書2521 206 ¥780 ISBN9784121025210
著者=1977年大阪府生まれ 神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授。専門分野は高齢者心理学、認知心理学、神経心理学。
内容=加齢に伴い、人の記憶・認知は、どのように変化するのか。若年者と高齢者ではどこが違うのか、あるいは同じか。様々な実験・研究による知見を披露する。
感想=タイトルから内容を推測すると高齢に伴い、記憶はどのように変化するのか? そしてその対処法は? というものだった。
最近氾濫している健康関連本、腰痛を治すには、的な内容が浮かんでくる。しかし本書は「治すには本」ではない。
もちろん、全5章あるうちの第3章では「訓練によって記憶の衰えは防げるのか」と題して、最も関心が深い「よく忘れちゃう」問題について詳しい内容がたくさん出ている。よって、第3章を読めば、物忘れを防ぐ日常のありようがわかるだろう。
ところで、まず第1章では、脳みそのデキについて解説。最近はしばしば目にする脳図だが、初耳! だったことは、一つの出来事が、一つの部位に収納されるのではない、あっちの部署にもこっちの課にも、といろいろなところに保存される仕組みになっているということだ。このような情報はもう、専門家から授けてもらうすごい宝物だ。よって最も興味深く読んだのは、第1章だった。
この分だと、脳内状況はさらに詳しいものがわかってゆくに違いない。たとえば連想について。浜辺で砂を踏んだとたんに思い出した、あのメロディ。味噌汁の香りとともに突然浮かんだ実家の台所。
匂い、音、色、手触りなど、ジャンルを超えて連結する通信網の不思議さについて思いを巡らせた。
本書には、このような五感の間の連結とか通信などは書かれていない。基礎的な脳の仕組みの解説を読みながら勝手に想像を膨らませただけである。
いま私は三遊亭円朝に浸っているので、人間のもつ第六感のようなものについて関心を寄せているのだが、多分、この分野の研究は今が門前に佇んでいるような時期であり、これから大きく扉が開かれるのではないだろうか。
著者は、この本を執筆された時、41歳。「まえがき」に、次のように記している。
ー 私は三五歳の時からシニアカレッジで毎年、「記憶機能の加齢」について高齢者を対象とした講義をしています。その講義をお世話していただいている方に、「若い先生が高齢者の前で高齢者の記憶について話している姿が新鮮で面白い」と笑われたことがありました。確かに記憶の問題をまさに体験している高齢者に対し、その二分の一ほどしか生きていない私が高齢期の記憶について講義をするわけですから、釈迦に説法の感はあります。ー
この文からも分かる通り、高度で複雑な研究内容を一般向けに分かりやすく平易な表現で手渡してくれる空気が親しみやすく、明るい。よって、明日にも御陀仏になりかねぬ当方が読んでも明るく、ためになり、おもしろい。
つくづく身にしみることは、手間と労力がかかり煩雑な実験などにしても、高齢期には知恵はあっても肉体的に続かないだろうということだ。よって、データを提供する側に立ち協力することで役に立ちたい。
一つ、びっくりしたことは、認知機能低下の原因が、喫煙や高血圧、空気汚染などよりも、社会的つながりの有る無しが問題だということだった。
これでわかったことは、難聴そのものが認知症を引き起こすのではなく、聞き取りにくいために会話が億劫になることから社会的つながりが減ることが問題なのだということだろう。これは、視力の補正にメガネをかけるように、補聴器を楽に使いこなせれば問題解決になるわけで、これを読んだら難聴者は元気が出ることと思う。各章の各所に、こうしたヒントがたくさん盛り込まれている面白い本。
もうひとつ面白かったのは、有名なピアニスト、ルービンシュタインが晩年になっても年齢による衰えを感じさせない演奏を行ったことについての、インタビューでの彼の答え。
彼は、ピアノ演奏における年齢の影響を、3つの方法でマネジメントしていた由。
1 演奏のレパートリーを絞り(選択)2 集中的に練習し(最適化)3 速い手の動きが求められる部分の前の演奏の速さを遅くすることでコントラストを生み出し、スピードの印象を高める。
これは無理になったことを知恵でカバーするという、年をとった職人さんたちが持っている「いっとき力」と同じ知恵。高齢になったら、時にはニヤリとしながらこうした知恵を絞るのも楽しみかもしれません。

除染と国家

除染と国家』副題=21世紀最悪の公共事業 著者=日野行介(ひの こうすけ)発行=集英社 2018 新書0957A 248頁 ¥860 ISBN9784087210576
著者=1975年生まれ。毎日新聞記者。九州大学法学部卒。1999年毎日新聞社入社。大津支局、福井支局敦賀駐在、大阪社会部、東京社会部、特別報道グループ記者を経て、水戸市局次長。
   福島県民健康管理調査の「秘密会」問題や復興庁参事官による「暴言ツイッター」等の特報に関わる。
   著書『
福島原発事故 県民健康管理調査の闇』『福島原発事故 被災者支援政策の欺瞞』(岩波新書)『原発棄民フクシマ5年後の真実』(ま日新聞出版)など
内容=2011年の東京電力福島第一原発事故に伴う放射能汚染対策の中で大きな柱となった「除染」について環境省の非公開会合の記録を入手。これをもとに官僚、学者に直接取材をして暴いた。
   目次を挙げる。序章 除染幻想ー壊れた国家の信用と民主主義の基盤 第1章 被災地に転嫁される責任ー汚染土はいつまで仮置きなのか 第2章 「除染先進地」伊達市の欺瞞 
   第3章 底なしの無責任ー汚染土再利用(1) 第4章 議事録から消えた発言ー汚染土再利用(2) 第5章 誰のため、何のための除染だったのか 第6章 指定廃棄物の行方 あとがき 原発事故が壊したもの 以上
感想= 世界史に刻まれる原発事故を最前線で報道したい、という出発点から5年間を、日野記者は調査報道に心身全てを投入してきた。これは、その間の「除染」に焦点を絞った部分の記録だ。
 読みながら私は、私自身の、この数年間を振り返った。夢類の読書評は、読書をしながらの随想のようなもので、純粋な読書評を期待する向きには横道ばかりに映ることと思い、申し訳ないです。
さて、その横道風景。「夢類」第25号に出した紀行「神田川」の取材で都内の神田川沿いを歩いていたときのこと、産業廃棄物用の大型トラックが神田川を渡ってくる、これを避けて橋のたもとにいたときのことだ、生活道路を通る大型車だから、歩行者との間は50センチもない。徐行するトラックが産廃廃棄物ではない、汚染土という表示をつけていることに気づいた。これか、と眺めた。「汚染土」を、私は気にしていた。福島の汚染土の、軽い汚染度のものを公共土木工事に使う、という情報は本当だったんだな、とトラックを見送った。
墨汁やインクを一滴だけ、浴槽に垂らしてもわからない。これがインクでなくて有毒の液体だったとしたら? 吐き気もなく、肌が荒れる事もなかったら、誰にも気づかれることなく、一瓶のインクは何ヶ月もしないうちに空にできるだろう。
神田川沿いをグダグダと思いながら歩き、そして思った、福島の、あの膨大なフレコンバッグは次第に減ってゆくな? 特に埋め立て地などを探しまわらなくても、気づかないうちになくなってしまうんだ。そうして日本列島全体が汚染されきってしまうんだなあ。
このグダグダ思いは、あの太平洋戦争の時の記憶からもたらされるものだった、一千万人が餓死したと伝えられる敗戦直後の日本で、時の日本政府は、多少の国民が餓死して人口が減ったら、国としては儲けものだくらいに思っただろうと私は思っていた。ようやく新聞が読める年齢になった小学5、6年生の頃の記憶だ。棄民。国民を捨てるという意味。この棄民政策を、かつての日本政府は行ったことがある。政府は国を守ろうとしたが、国民を守ろうとはしなかった、むしろ消費した。これが太平洋戦争だった。
膨大なフレコンバッグだって、あの当時の政府と同じメロディを奏でればいいわけだ。そうすれば国の損害は少なくて済む。戦争の影響は子どもに現れる。国を信じることができない歪んだ性根、これは生涯続く後遺症だ。
いま私が信用しているものがある。それは一般市民が集まり、調べ上げて作った自費出版の本『
17都県放射能測定マップ』だ。これを基にして観察を続ける。
福島第一原発事故の汚染地域のほとんどは山林地帯だ。事故後、この山林に火災が起きたことがあり、その直後から自宅の雨水を調べていたが明確に影響が現れた。雨水は黒い豆腐を崩したような塊でいっぱいになった。晴れ続きであれば気づく手立てはなかった。たちまち、何事も起こらなかったかのように黒い波紋は消えた。ニュースにもネットにも、このことはなかった。山林は、もともと除染の対象外だから、汚染のほとんどは、今も放置されているのだと思う。このころ庭に実生の松が芽を出した。見守るうちに30cmほどに伸びたが、枝の具合に疑念を抱き、写真を添えて環境庁に送ったが、梨のつぶてだった。
 ここに、戦争を知らない1975年生まれという若い報道記者、あの太平洋戦争時代の苦い疑いの心を持たない若い世代の記者が、まっさらの時点から、澄んだ目で疑いの種を見つけ、この疑いに向かって自身の力の全て、情熱の全てを投入して突き進んだのだ。
そして私たちのところへ戻り、掴んだ手の指を開いて見せてくれたのだ、これらの著作として。
読んでいて、取材現場に一緒にいるような気持ちにさせられる、それは日野記者が等身大の普通の常識を持った普通の人として、当たり前のことを問いかけ、耳を傾けている故に違いない。
 汚染土関係の片々を、いくつか転載します。役人と学者のプロジェクトチームの、削除された議事録より
「あくまで仮置き場であり、最終処分場と言ってはいけないということだ。そう言わないと福島県が受け入れてくれない。だから中間貯蔵施設というネーミングになった」
「敷地内に一応、溶鉱炉とか管理棟とかあるでしょ。あれが大事なんだ。ただのゴミ捨て場と言われないようにするためにね」
国を司る政府が、守るべき国民を守らない、国という形は守るが、国民は消費する対象であり、国が切羽詰まった時は捨てる(棄民)、このような過去を記憶するがゆえに、福島第一原発事故後の、国と東電の対応を見ると、過去とぴったりと重なる。
何もかも、あの戦争の時代と同じなんだ、繰り返している、と憤懣の思いを込めて振り返り、現実に帰った時、大きな驚き、信じられないが事実だ、と目を見張る違いに気づいた。
あの時と、今は違う。何が違うのか?
それは自由な言論が保障されていることだ。隠したり、ごまかしたりする根性は変わらず健在だとしても、隠された事実を掘り出して見せてくれる果敢な精神の持ち主が、確実に生まれ、育ち、成長しつつあるのだ。
その証拠が、この著作だ。あの、伏字の時代を振り返り、私は今、どれほどの恩恵に浴しているかを体で感じとっている。
神田川の橋のたもとで思ったことと、この本を読んで知ったことがつながり、私はようやく呼吸ができる自身を感じ取れた。
一般の私たちにできることは、あの時代には育つことのなかった記者たち、ジャーナリストたちのもたらしたものを受け取ることだ。
一人でも多くの、普通の国民たちが記者たちの仕事に目を向ければ、結果として言論の自由を守る力に加わることもできよう、言論封殺のための左遷、降格などの圧力をも防げるかもしれない。応援し続けよう。
「伏字」とは? ですって? 伏字とは、今時代の「のり弁」書類のようなものです。違うところは個人名や数字を黒塗りにするのではなく、気に入らない文章全般にわたり行うもの。
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