蛇抜け
12-07-14 14:58
梅雨が明けないのに台風が北上した。南木曾で土石流を起こし、少年の命を奪った。ここは馬籠、妻籠に通ずる山道、右も左も山また山で、わずかに見えるのが行く手に伸びる国道である。ふだんでも、ほとばしる大量の水に圧倒される地域だ。南木曾では、土石流が襲い下る山腹の筋を「蛇抜け」(じゃぬけ)と呼ぶという。大蛇が這い降りてくるさまを見たのだと思った。自然の動きは動物に似ている、とつくづく思う。こんな感覚は八百万の神を知る日本人だから、だろうか。何年も前、私が札幌に滞在していたとき、大型の台風がやってきた。2,3メートルの長さの枝が空を飛んだ。紙飛行機のように水平に飛んだ。店のシャッターが段ボールの端切れのように剥がれてゆく。嵐が収まった翌日、私は札幌周辺を足に任せて歩き回った。北海道大学構内では、ハルニレなどの大木が根こそぎひっくり返っていた。その惨状の中を歩いていて、あ、ああっと声を上げた。大風は、ただ一面に、おしなべて吹いていたのではなかったのだ。彼(風)の欲する道を走り抜けていた。それは、巨大な龍が押し通っていった、という有様に見えた。龍がうねり、のたうって通ったあとだけが、滅茶滅茶に破壊されていた。私は、その後を追いかけて歩いた。このときのことを重ねて「蛇抜け」を思った。「鎮まり給へ」と祈る神官の声が聞こえる。南木曽は、思い出の地である。