文房 夢類
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雪解けの季節

各駅停車の電車に乗って越後湯沢へ行って来た。桜散る高崎、桜咲く水上。水上を発車した3両編成の電車は、土合の深いトンネルをくぐる。トンネルの上は谷川連峰の名だたる山々が連なる地域である。日本列島の背骨、この大屏風の日本海側にある越後では、梅の花が一輪二輪ほころび始めていた。見渡す限り雪が覆い被さり、車道は乾いて夏とおなじ。側溝に溢れる雪解け水の、奔流の激しさに目を見張った。幹線道路脇の太いコンクリ製の電柱の足下にフキノトウが出ていた。
 新幹線なら、大宮から一時間足らずで着く越後湯沢だ。しかし土地の人たちは、隣駅に行くにも一日がかり。バスはあることはありますが不便ですよと言われた。
 水上から長岡へ向かう電車は、日に5本ある。9時47分発の電車に乗り遅れると、次の電車は13時42分である。新幹線は速い。早いがトンネルに続くトンネルで車窓から見える景色はほとんどない。都心から道中の風景を見ずに、一足飛びに目的地へ着いてしまう。これが新幹線だ。道筋で生活している人々に視線を向けることはなく、目的地で、至れり尽くせりの温泉宿でご馳走食べて目玉の場所を眺めたら、まっすぐ戻る。
 各駅停車のなかは賑やかだった。出会ったばかりで、降りたら二度と会わないだろう人たちが喋る。二度と会わないと分かっているから、共通の話題で本音を言う。角栄さん、の名が出た。あの人が、やってくれたから。そうだよ、お陰で東京とつながったさ。新幹線の産みの親、田中角栄元総理大臣。その後がいけないね。小渕もね、森もね、みんなこれだよ、と親指と人差し指で輪をつくって見せる。水上をどう思ってるんだ、寂れちまって。日本中だよ、寂れちまったさ。
 青春18きっぷで一人旅をしている人がいた。私と同年配に見えたので、それって学生向けでしょ、と驚いたら、年齢には関係なく利用できるのだそうだ。5日間乗り放題で1万円余り。「北海道も、これで行った。いまが青春だね。金はないけどよ、時間がある」。
 車両のドアの上をチラチラ見る私。しかしそこには何もなかった。次はX駅です。お出口は左側です。そんな表示が出るので便利なドア上だが、三両編成ローカル電車には、それはない。すべてアナログ、すべて手動。乗り過ごしたら帰れなくなる。皆の話は上の空で駅名を読み取ろうとしていたら、大丈夫だよ、教えてやるからさ、と何人も声を掛けてくれた。温か、すべて人動。
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